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52―4 博徒とラティチュード その4

「そ、それって本当? ねえ莉依ちゃん」


 急に立ち上がった麻季ちゃんがリーちゃんに詰め寄る。ぶつかりそうなくらいの勢いだ。

 しかしリーちゃんはいつもの無表情で、一歩後ずさっただけであった。


 やはり彼女が事の真相を掴んでいるようには思えるのだが、リーちゃんの無表情な顔からはそれ以上の情報が掴めない。


「言える範囲でいいから教えてくれ。椿と麻季ちゃんのすれ違いの原因は、結局何なんだ?」


「一応、それらしき仮説は立てられましたが……合っているかもわかりませんし、それ以上に……」


 普段はテンポよく話すリーちゃんにしては、歯切れの悪い返事しか返ってこない。そんなに言いづらいことなのだろうか。


「あの椿ちゃんが本物かニセモノか、どうしても確かめたいの。お願い、莉依ちゃん」


「しかし……」


「俺からも頼むよ。モヤモヤしたままだと落ち着かなくてな」


 しばらくの間うつむいた後、諦めたかのようにリーちゃんは空を仰いだ。


「みなさんに対して同時に話すべきだと思いますので、姐さんのところに行きましょう」






 しゃがみこんだ椿に目線を合わせるよう、全員で地べたに座る。

 あまり行儀のいい振る舞いではないが、集まって話すのには適したスタイルだ。


「じゃあリーちゃん、始めてくれ」


「はい……端的に言うと、姐さんかマキマキさんのお二人、どちらかが平行世界から来たのではないでしょうか」


 リーちゃんは指で地面に二本の線を書く。二つ並んだ線は最初交わることなく描かれていたが、途中から折れ曲がり、交錯してまた別の方向へ伸びていった。


 平行世界、か。漫画やゲームなんかでは耳にした用語ではある。


「へいこー世界?」


 ギャンブル以外のゲームをやらないであろう麻季ちゃんは眉をひそめている。

 概念自体は知っていそうな椿も釈然としない様子だ。突然非現実的な話をされても困る、という気持ちはわかる。


「パラレルワールド、とも言います。今我々は知己として仲良く過ごしていますが、たとえばもしナガさんが大学入試に落ちていたとしたら、わたしと姐さんやマキマキさんは知り合いになっていなかったかもしれません」


「確かに、俺が間に入ってなかったらみんな知り合ってなかったのかもな……」


「そうです。偶然や選択肢次第で未来はいくらでも変わりうる。ということは、わたしたちがいる現在とは別の世界が存在している可能性もあります。極端に言えば、姐さんがナガさんに執着しない世界や、マキマキさんが品行方正になっている世界もあり得るのかも」


「わ、私がプロのギャンブラーになってる世界とかもあるってことかな……」


「それはないと思いますが」


 リーちゃんから即座に否定されたことで麻季ちゃんはムッとした表情になったが、今はケンカをしている場合ではない。

 とにかく話を前に進めないと。


「要するに、今ここにいる椿か麻季ちゃんのどっちかが誤ってパラレルワールドから来たのかもしれない、ってことか」


「可能性の話ですがね」


 リーちゃんの言う通りであれば一応筋は通っていることになる。

 麻季ちゃんのいた世界線では椿と相互に連絡が取れていたが、こちらの世界線では椿と麻季ちゃんは音信不通になっていた。

 普通に考えれば麻季ちゃんがパラレルワールドから来たように思えるが、どの時点で交錯が起こったのかわからない以上、実は今の椿こそパラレルワールドから来た存在なのかもしれない。


「で、でも……そんなことあり得るの?」


「どうなんでしょう、わたしにもわかりません。なのでわたしが話したことは可能性の一つくらいに受け止めておいてください」


 さきほどからリーちゃんは「可能性」という言葉をやけに多用している。

 というか、全体的に何か明言するのを避けているような……理論派の彼女には珍しい、持って回った言い方だ。


 何にせよ解決の糸口は見つかった。


「要するに、ここにいる椿と麻季ちゃんのどっちがパラレルワールドから来たのかハッキリさせれば一件落着ってわけだな」


「いえ、その必要はありません。と言いますか、そうすべきではありません」


「えっ……?」


「わたしからは以上です。では失礼します」


 まるで論文の発表でも終えたかのように、リーちゃんは事務的に頭を下げて立ち去ってしまった。

 理解が追いつかないまま、小さくなった彼女の背中を見送る。何故だかわからないが、リーちゃんを引き留めることはできなかった。


 意味がわからない。何か気に障ることでもあったのだろうか。それにしては態度が冷静だし、怒るというよりむしろ怯えていたようにも思えた。


「えっと、なんでリーちゃんは帰ったんだろう……お前らわかるか?」


「さあ……あの子の考えてること、わかったことないです」


 麻季ちゃんは相づちを返してくれたものの、椿は難しい顔をして黙りこくっている。

 こういう不条理な事態に対して真っ先に怒りそうなヤツなのに。


「まあ仕方ないか……残った人間で謎解きを」


「すみません、私も失礼します。お二人もそろそろ帰った方が良いですよ」


 わざわざ俺の言葉を遮ったうえで、椿までもが妙なことを言い出した。

 引き留める間もなく、幽霊のようにスーッと去っていってしまう。


 これで残されたのは俺と麻季ちゃんだけ。しかも事態が飲み込めていない二人だ。

 こんな心もとない状況でどうすればいいのか。


「なあ麻季ちゃん……なんでアイツら突然帰り始めたんだろうな」


「わ、私に言われても……知りませんよ」


「何か言いたくないことがあったのか……もしくは……何だろ?」


「うーん……」


「面倒になっただけか? でも、椿はともかくリーちゃんがそんな無責任なことをするかな」


「椿ちゃんだって無責任ではないですよ……きっと、何か意図があってとか……私たちのために、とか」


「俺たちのためってなんだ? 椿と麻季ちゃんのどっちがパラレルワールドから来たかわかったら、何かまずいことでも起こるのか?」


「あっ」


 麻季ちゃんは短く声を上げたが、すぐに両手で漏れ出た声を塞いだ。

 何か、気づいたことでもあるのだろうか?





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