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52―3 博徒とラティチュード その3

 神社に着くと、境内の石段に椿と麻季ちゃんの姿を見つけた。不思議なことに、なぜか二人はかなり距離を取って座っている。3メートル以上は離れているだろうか。おまけに互いに顔を背けている始末だ。

 俺たちが到着するまでにケンカでもしていたのか? なんとなく気まずい気配も漂ってるし……


 俺に気づいた椿が激しく手を振ってきたので、とりあえずそちらへ近づく。

 間近で見ると椿は半べそをかいており、ズルズルと鼻をすすっているほどだ。

 なんだか面倒なことになりそうな予感がした。


「先輩……助けてください! 麻季ちゃんが私のこと偽物って言うんです。でも私は私しかいないのに! ねえ先輩、私は貴方のお嫁さんの本庄椿ですよね? 偽物なんかじゃないですよね?」


「落ち着け、何を言ってるのかわからん」


「だから、私は偽物じゃないんですって……! でも麻季ちゃんのメッセージ画面が! もしかして麻季ちゃんが偽物? でもそんなことって……」


「落ち着いてください姐さん。ほら、とりあえずナガさんの匂いをかいで」


「おわっ!?」


 リーちゃんに突然背中を押されたせいで俺はバランスを崩し、椿を巻き込む形で倒れこんでしまった。

 俺の身体に押し潰された椿の鼻から荒い呼吸が聞こえる。

 気色悪かったのですぐに離れたかったが、俺の背中に素早く手を回した椿により、身体ごと拘束されてしまっていた。


 発作のような呼吸音がしばらく続く。胸越しに椿の鼻息が当たって不快感がすごい。


「ふぅー……少し落ち着きました。礼を言うわ、莉依ちゃん」


「いえ、取り乱した時はナガさんを吸うに限りますね」


「そうね……って莉依ちゃん? 貴女も先輩を吸ったことあるの?」


「おっと今のは失言」


 椿が顔を上げて睨むと、リーちゃんはバックステップで距離を取った。相変わらずこの二人の関係は危ういバランスで保たれているようだ。


 何にせよ、椿がいつもの調子を取り戻しつつあるらしい。

 俺の下敷きになったまま普段通りのいやらしい声色で話し始める。


「スーッ……実はお二人があちこち探して回っている間、私も色々と手を尽くしていたんです。スーッ……そしたら知り合いの知り合いからここの神社で麻季ちゃんを見つけたって……スゥー」


「ちょくちょく俺の匂いを嗅ぐのをやめろ」


 未だ俺から離れようとしない椿を強引に引き剥がし、石段に座り直させる。


「で、偽物ってのはどういう意味なんだ?」


「それが……なんだか変な事態なんです。私はずっと麻季ちゃんとメッセージのやり取りができていなかったはずなのに、麻季ちゃんのスマホにはやり取りした記録が残ってて」


「なるほど……誰かが椿の『なりすまし』でもしてたってことか?」


「それならまだ話は単純なんですが、麻季ちゃんに返事をしていたのは明らかに私のアカウントで。しかも私が言ってそうな台詞ばっかり、あんなに正確に真似ができるのか……」


「異様に精度の高いなりすまし、でしょうか」


「なりすましだとしても、誰が何のために……先輩、莉依ちゃん、私はどうすればいいんでしょうか」


 椿はすがるような目で俺たちの顔を交互に見つめた。いつものように無駄に勿体ぶっているわけではなさそうだ。

 話の真意が読めずこちらも混乱しそうだが、誰よりも混乱しているのは椿本人だろう。

 せめて俺たちは冷静であらねば。


 沈黙を破ったのはリーちゃんだった。


「とりあえずマキマキさんからも話を聞いてみましょうか。どうも食い違いがあるようですし」


「そうだな」







 うつむく麻季ちゃんに近づき声をかけると、彼女の身体がビクッと跳ねた。


「お二人はニセモノさんじゃないですよね……? あっちのニセモノ椿ちゃんと何を話してたんですか……?」


 麻季ちゃんはこちらを疑う素振りを隠そうともせず、怪訝な目でチラチラ表情を窺ってくる。

 元々猜疑心を持ちがちなタイプなのだ、特殊な状況下ではなおさら警戒が強まるだろう。

 ここは一つ慎重に……


「ニセモノってどういう意味なのかな、って。椿も落ち込んでたぞ?」


「どういうも何も、そのままの意味です……私は昨日椿ちゃんとお昼を食べてたのに、そんな記憶ないってあっちのニセモノさんが……」


 うーん……どうも二人の記憶に食い違いがあるようだ。まさか椿が部分的に記憶喪失になったとか? あるいは麻季ちゃんの記憶違いか。

 いや、椿と麻季ちゃんで共謀して俺たちを騙そうとしている? だとしたら何のために? わからん……全然わからん。


「マキマキさん、スマホ見せてもらえませんか?」


「えぇー……」


「頼むよ。俺たちも麻季ちゃんのこと探してたし、無関係ではないと思うんだ。な?」


「仕方ないですね……」


 しぶしぶ差し出された麻季ちゃんのスマホを見ると、確かに椿とのやり取りが残っていた。

 その会話自体は何気ないもので、椿が俺の後ろ姿の隠し撮りを麻季ちゃんに送りつけ、それに対し「なんか後頭部ハゲそうだね」と麻季ちゃんが返すというただの雑談。

 ……俺をネタに盛り上がるなよ、という気持ちはここではこらえておく。


 一旦麻季ちゃんから離れ、椿からも聞こえない距離でリーちゃんと相談する。


「どう思う、リーちゃん。俺はどっちかが勘違いしてるだけじゃないかと思うんだが……」


「と言いますと?」


「いや、うまく言えないんだが……なんか二人とも混乱してるし」


「そうでしょうか」


 リーちゃんは含みのある言い方で、地面に転がっている石を蹴った。

 あめ玉ほどの大きさのソイツは、草むらの方へコロコロと転がり、やがて姿を消した。


「じゃあ、二人して嘘をついてるとか?」


「それも無さそうですね。椿の姐さんはともかく、マキマキさんに演技力なんてありませんから」


 椿と麻季ちゃんへそれぞれ目配せするが、二人ともこちらを怪訝な表情で見つめるだけで、腹の底は見えない。

 再びリーちゃんの方を見ると、彼女だけが迷いのない目で神社のやしろを眺めていた。


「もしかしてリーちゃん、何が原因か見当ついてるんじゃないか?」



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