3.災禍の森 / アウルシュッツェ
何だかんだで予定通り、俺達は森の中に入っていた。
「確かに何か様子が変だな」
「むしろ悪化していると言っていい。私が前に来たときよりも静まりかえっている」
色々と寄り道しながらも、それなりに深くまでは進んできた。大型の獣はまだしも、小鳥や少動物まで見掛けないというのは不自然だ。
「ちょっと周りを探ってみるか。最終調整はまだだけど、テスト代わりには丁度いい」
「いきなり使って大丈夫なのか?」
「絶対安全とは言い切れないけど、そんなにヤバいことにはならないはず」
未完成と言っても、実際に使って問題点を洗い出す段階までは到達している。
「でも未完成は未完成だからな。アテナは少しでも違和感があったら、すぐに言ってくれ。グレイスも注意だけはしておいて」
「そうだな。分かった」
「了解しました。私はいつでも始められます」
ユニットのセキュリティロックを解除。研究室から呼び出して、アテナに装着させる。このユニットは最初から高速換装ができるように調整済みだ。
「“アウルシュッツェ”装着完了。システムオールグリーン」
狼とモチーフにしたルプスリッターに対し、アウルシュッツェは梟や木菟の意匠を持っていた。具体的には耳羽を模した頭飾りや鳥の翼のようなマントが大きな特徴になっている。
「見た目は問題無いみたいだな。異常は感じるか?」
「……ん。だいじょうぶ」
アテナは自身の体を確認し、短く一言だけ返してきた。纏う雰囲気も合わせて、冷静さはそのままに、なんとなく普段よりも幼げな感じがする。
「ふむ……ルプスリッターとは大分違うんだな」
グレイスが呟いた感想の通り、2つのユニットは全く真逆の性質を持っている。
まず、軽装鎧がモデルのルプスリッターに対し、アウルシュッツェの見た目は“只の服”の範囲を越えない程度のものである。前述の装飾こそあるものの、あまり派手さは無く、また戦闘向きの格好にも見えない。
「そもそも使い道が違うんだよ。アウルシュッツェは射撃と索敵が目的だから、装甲を減らして動きやすいように調整してる」
とは言え、全身を薄く覆うように幕のような障壁を発生させることで並の鎧を越える程度の防御力は確保してある。最も、それに加えて視力や感覚の強化にも魔力を回しているために、腕力が普段より落ちていたり、搭載するスラスターが最低限の数になったりしている。
「ま、論より証拠ってな。アテナ、周辺索敵だ」
「……分かった」
アテナの頭飾りと瞳が輝き始め、魔力が集まっていく気配が感じられる。アウルシュッツェは空気の流れや大気中の魔素の状態から、辺りの状況を調べることができる。
「……近くに生物はいないみたい。遠くに嫌な感じのする魔物の反応がある。多分『侵蝕スル者』の影響を受けたタイプの魔物だと思う。距離は南西20km」
つまり、初めて戦ったクマもどきとか、この間のカマキリみたいなタイプのヤツか。
「『侵蝕スル者』の影響を受けた……長いな。影響……エフェクト……E型でいいか。E型以外の魔物の反応は?」
アテナはふるふると首を横に振る。
「自然な状態じゃないよな? 普段の森のことはグレイスが一番詳しいと思うけど、E型の魔物って普通に出現したりするのか?」
「いや、以前のグランティスが初めてだな。それに村が襲われることこそ稀だが、森に魔物が居ないというのも考えられない」
グランティスというのが例のカマキリだ。E型魔物と森の異変……無関係じゃなさそうだ。そういえば村の人が失踪してるって話もあったな。人浚いが原因だとは言うけど、E型の出現と時期も近い。2つの間に何も無いと考えるのは早計か?
「……!? E型の反応が急速に増加! マスター、足元にも……!」
まるでアテナの警告に合わせるかのように、足元の地面が割れて何かが飛び出してきた。
「何だコイツは……。こんな魔物は見たことがないぞ」
魔物の姿をシンプルに表すならば、巨大な蛇であった。当然というか、E型の証となる靄も纏っている。
「初見だとしてもやるしかないだろ!」
魔物は既にこちらを睨みつけており、今にも襲い掛かってきそうな感じだ。
「アテナは距離を取って牽制! 俺達は前に出るぞ!」
「……了解」
「ああ!」
こうして、一連の出来事の幕開けとなる戦闘が、誰も予想していない形で始まった。
「セット!」
合言葉を唱えながらブレスレットに触れる。この機能は、緊急の事態に対して即座に対応するための準備だ。ブレスレットに圧縮空間を付与して、幾つかの武装を研究室から移しておいた。合言葉1つで事前に設定した通りに自動装備される。現時点で設定しているのは2つ。左前腕にはガントレットシールドが固定され、ベルトの両サイドにはとある新型武器がホルスターごと装着された。
「……? それは、武器なのか?」
俺が左ホルスターから抜いた得物を見て、グレイスが怪訝な顔をする。
確かに、一見して武器と判断するには難しい形だと思う。捻くれた見方なら小さい金槌、素直な見方なら刀身を取り払った剣の様だと言えるか。
この説明で、分かる人には分かるかもしれない。この武器の真の姿が――――
「こういう感じに、ってな」
魔力を込めることで武器内部の魔法陣が起動する。空気中の魔素が吸収・圧縮され、先端から生えるような形で結晶状の刃が形成される。いわゆるビームサーベルとかライトセイバーの系譜に属する代物だ。見た目は幅広の両刃長剣だけど。
「マニスタルソード。軽い、硬い、鋭い、そして燃費が悪い。俺がガス欠になる前に、短期決戦だ!」
決して悪い性能ではないけど、まだまだ改良の余地はある。
「了解だ。……なに、徒に長引かせるつもりはないさ」
アテナは既に動き始めていた。距離を取って矢を撃ち込み続けている。この、難なく魔物の鱗を貫いている矢も魔素結晶製だ。矢筒に組み込まれた魔法陣によって際限無く生成されるため、矢切れが起こる心配は全く無い。
「まずは一撃……!」
魔物の注意がアテナに向かっている隙に、接近して斬り付ける。魔素結晶の刃が魔物の鱗を物ともせずに傷を与え、その傷口から大量の魔素を噴出させた。
「予想以上の切れ味だ。流石はアテナの設計者」
マニスタルのデータは研究室に保存されていたものだ。研究途中だったようで不完全な情報しかなかったけど、それなりに活用させてもらっている。
「ゆっくり研究したいよ……なっ!」
一刻も早く魔物を仕留めて森の調査も終わらせる。そう決めて二人に指示を出していると、魔物の動きに変化があった。
「逃げる気か!?」
地面に穴を掘り、土煙に紛れて姿を消した。
「シュウ、どうする!?」
「油断はするな! アテナ、魔物の位置を探れ!」
本当に逃げられたら厄介だ。最悪、村の方を狙う可能性すらある。……もっとも、今回はその心配は要らないみたいだが。
「マスター、7時の方向……3、2、1」
反射的に、シールドに魔力を流した。
「……障壁、起動!」
魔物は地中から飛び出し、勢いそのままに大口を開けて噛み付いてこようとした。タイマンでなら有効な奇襲だっただろう。しかしこっちにはアテナがいる。出現位置もタイミングも完璧に把握した。その結果、魔物の牙は光の壁に遮られることになった。
「コイツ……また!」
「問題無い! 私が止める!」
魔物が元の穴に戻ろうとしたところをグレイスが追撃した。穴の周囲ごと魔物の体を氷結させる。
――――!?
瞬間的に動きを封じられ、魔物が困惑したような悲鳴を上げた。
「アテナ!」
「……了解」
障壁を足場にしてアテナが上へと跳び上がった。魔物はそっちに注意を向け、体の大部分が隙だらけになっている。
「足元がお留守だぞ、っと!」
マニスタルソードで徹底的に斬り付ける。反対側ではグレイスが高速で短剣を振るっているのが見えた。
魔物の体に付いた傷口からは、おびただしい量の魔素が吹き出している。
―――シャァァァァァ!
痛みに耐えかねたか、魔物は激しく暴れ始める。地中の体も動かしているらしく、地面も揺れて、まともに立っていられない。
「悪いけど、おっと、大事なこと忘れてないか?」
一言発する間にも揺れが邪魔してくるが、その影響を受けていないのが1人。
「ルプスリッター、オンライン! やぁぁぁぁっ!」
空中で換装したアテナが全身のスラスターを起動した。十分以上に加速された長剣が、魔物の体に深く傷を刻み付ける。
「よし!」
崩れ落ちた魔物を見て、強く拳を握りしめた。
「……まて、何かおかしいぞ」
森の調査を再開しようと大蛇の魔物に背を向けた直後、グレイスがそう呟いた。
「言われてみれば……なんで消えてないんだ?」
今までの魔物は、絶命すればその体が消失していたはずだ。コイツだけ例外? ……無いな。
「と、言うことは――――」
声に反応したんじゃないだろうが、こっちが視線を向けたとたんに魔物は再び起き上がった。
「しつこい!」
改めてトドメを刺そうとした瞬間、こんどはアテナから警告が飛んだ。
「そっちじゃないよ!」
「何? っとぉ!?」
間髪入れず、地面が大きく揺れた。魔物が起こした揺れよりも強く激しい。
「二人とも無事か?」
「私は大丈夫だ」
「うん、平気だよ! それより……アウルシュッツェ、オンライン。……何か、来る」
アテナの言葉通り “それ” は現れた。
「おいおい、流石にこれはどうなんだ……?」
俺達の目の前で、地面から何かが飛び出して魔物の体を串刺しにした。それも1本ではなく複数が同時にだ。
魔物は僅かに痙攣すると、すぐに魔素となって消滅していった。
「味方……じゃなさそうだな」
魔物が消えた跡に何者かが立っている。人のようなシルエットだが、手足や体が異常に細長い。ソイツからは、なんとなく、言い様のないプレッシャーのような何かを感じた。




