動く影
机の上の写真を眺めながら更に男は呟いた。
「ここまで長かった…果てしない失敗の末、巨大な蚊を生み出すことに成功し、そして…決行した!」
男の脳内で、例の事件の光景がビデオの様に、鮮明に再生された。
老若男女問わず、次々と命が消えていく光景。
それを見て、高らかに笑う自分自身!
凄惨な光景だが、それこそが、男が待ち望んだ光景だった。しかし、それで満足では無い。
「だが、まだだ!まだ復讐は終わってはいない。この大阪の地のアチラコチラに、しぶとく生き残り、ゴキブリの様にコソコソとしている連中は、沢山いる。」
男は視線を複数台のパソコンのモニターに戻した。
そこには監視用の蚊から送られて来た、映像が映し出されている。彼の言う通り、今も大阪の各地で蚊の脅威から命からがら逃れ、隠れている人達の姿がそこにあった。
ただただ生き残るのに必死な者達…助けが来る事を信じて耐え忍ぶ者達…そして大阪からの脱出を目指す者達!
命を諦めずに生きている目的様々だが、生き残りが大勢いる事は事実だった。
男の目的は、それらの人間達を1人残らず全滅させる事にあった。
「フン!まぁ、せいぜい頑張ることだな…」
それだけ言うと男は作業に戻った。
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時は再び戻り、難波の地下の隠れ家。
紫苑の研究結果を聞き、一同はまだ、言葉を失ったままでいる。そんな中、走が口を開いた。
「しかしあれだ…コレで蚊が人の手で生み出された存在である事はハッキリしたな!」
「えぇ、そう言えばここに来た時、よっちゃんも同じ事を言ったわよね?」
「えっ、あぁ、そうだったな…正直当たったからといって、喜ぶような事じゃ無いけど…」
「いいえ、なかなか良い着眼点よ。よかったら私の研究の手伝いをしてくれないかしら?」
「え!紫苑さんの?」
「そうよ!私は生物学の研究畑に入り浸りで、他の事に疎い所があるの…だから、貴方みたいな人が手伝ってくれたら、私じゃ気づかない点に気付く可能性はあるからね!どうかしら⁉」
「………」
正一は言葉を詰まらせた。実を言うと、あの時のセリフは、その場の雰囲気と、半ば思い付きで発した言葉だった。それが的中してしまった。
「(まさか本当になるなんて…少し前に見たSF映画に影響されて言っただけなのに…でも、そんな事言える空気じゃ無いよな…)」
正一は心の中で、自分の言ったことを後悔していた。
それから、適当に理由を付けて紫苑の誘いを断った。
「そう…残念ね…でも、気が変わったら何時でも言ってね!」
「えぇ、考えときます…」
何とか話を切り上げた。そして紫苑は、話を変えた。
「それは兎も角、三船さん。ノートパソコンのバッテリーが無くなりそうなので、充電させてもらいたんですけど…」
「何だもう無くなったのか?君に提供しノートパソコン、バッテリーの持ち良いやつなのに…」
「長時間、蚊の研究をしていると、すぐに無くなるんですよ。」
「そういう事情じゃあ、しょうがないけど、データは大丈夫なんだろうね⁉」
「えぇ勿論。」
そう言うと紫苑はスカートのポケットからの何かを引っ張り出した。それは細いアクセサリーのチェーンだ。そしてその先に、指程の大きさの物が繋がっている。
「何ですかそれは?」
有希子が聞いた。
「フラッシュメモリーよ!この中に、私がこれまで、ここで行った蚊の研究に関するデータが全て、入ってるのよ!」
「へー、その中にね…」
登紀子が少々興味ありげに見ている。
「実はね、今皆に話したこと以外にも、気付いたりした事が入っているは!」
「気付いた事⁉何です?」
「今はまだ言えないは!私もまだ、確証が得られていない状態だから!」
「何だ、もったいぶるんだな…」
「時期が来たら言うわよ!約束する!」
そう言うと、紫苑はフラッシュメモリーを持って研究室に戻って行った。
それで一旦、その場は解散となった。それぞれ、自身のスペースに戻り休む事とした。
そんな彼等を、近くの影から盗み見る様に除いていた者は、人が居なくなった後にその地点に現れ、研究室を見つめていた。
その日の夜。
「齋木さん、お風呂空きましたよ!」
「ありがとう有希子ちゃん、すぐに行くは!」
紫苑は入浴具を持って、研究室を後にした。地下では数日に一度、風呂に入れるのだ。廃材で作った大きめの風呂釜に湯を溜めて、かわりばんこに入るのだ。勿論、男女別に!これも三船の仕事だ。女性がそれなりにいるので、たいへん喜ばれた。
研究室の主が居なくなった後に先程の影が忍び込んで来た。そして机の上のフラッシュメモリーを見つけると、素早く、隠し持っていた自身の端末に繫げ、データを移そうと試みた。しかし、
「!!何だ、何1つとして、データが入ってないじゃないか!ダミーか!」
そう呟いた途端、研究室内の灯りが光った。
「‼」
「お目当ての物はあったかしら?、ドロボウさん!」
そこには、風呂に行ったはずの紫苑が立っていた。近くには走等もいる。
「私の事に、気づいていたんですか⁉ミス紫苑!」
「ええ!」
そんな会話を交わす2人を他所に、走が口を開いた。
「オイオイ、あっ、アンタは!」
侵入者の正体。それは、日本好きな外国人だと多くの人に印象付けていた外国人、ブライアン・カーターだった。
やっと、予定通り、ブライアンの正体の手前のところまでこれました…