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迷宮高校の新学期  作者: こうづき
2.《迷宮症候群》
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2.《迷宮症候群》 - 1

 宵宮高校は界震の翌日こそ臨時休校となったものの、土日を挟み、月曜には早々と授業が再開された。

 被害の大きかった校舎は一時閉鎖されており、一年生の授業には引き続き、別棟にある選択教室が宛てられた。界震直後に発生した停電はすでに回復していたが、水道管に損傷のある建物も多く、一部のトイレや洗面台には「使用禁止」の紙が貼られている。

 そんな状況だけに、登校してきた生徒の話題は、端から端まで界震のことばかりだった。

「なんか、結構あっさりしたもんだね。もうしばらく休みになるかと思ったのに」

「まあ、世の中は平常運転らしいからな。いくら大規模な《界震》って言っても、しょせんはそんなもんだ」

 がっかりした顔で言う青海に、南は肩をすくめてみせた。

 代用教室があるこのC棟には、大きな迷宮化は見られない。校舎ごとの被害の差がなぜ発生するのか、詳しいことはよく分からないが、震源に近いほど重度だとか、そう単純なものではなさそうだ。被害の全容を探るため、さっそく専門家による調査が始まっていると聞く。

「青海、お前んちは大丈夫だったのか?」

「何ともなかったよ。南んとこは? 断水したとか言ってたっけ?」

「うちの家のあたりは、まだ水は出ないな。デカい水道管がやられたらしくて、近くに給水車が来てる。線路の向こうの銭湯が混んでて大変だった」

 はぁ、とため息をつく南。その左眉の端をかすめるように、絆創膏が貼られている。青海もあの日、家に帰ってみると身体のあちこちに青あざが出来ていたことを思い出した。揺れていた瞬間や脱出のあいだは夢中で気付かなかったが、案外色々なものにぶつかっていたらしい。

「白幡、お前は? 寮のほうはどうなんだ。水は出るのか」

 宵宮高校には、生徒向けの寮が設置されている。遠方から通う生徒はもちろん、部屋さえ空いていれば近隣地域の生徒でも入寮できるものだ。白幡は後者。通学できない距離ではないが、寮生活というものに憧れたのだと入学当初の自己紹介で言っていた。

「出てるよ。けど、便所は別の建物のを使ってる。こちとら、安静にしてろって言われてんのにな。停電してたからやることもねーし、ずっと寝てたわ。ああ、先輩が共用冷蔵庫に置いてたアイスは、溶ける前にってみんなで食ってやった」

 けらけらと笑う白幡を見ていると、ずいぶんと楽しそうだ。

「ケガはもういいの?」

 ひょい、と朱凛が会話に首を突っ込んでくる。

「おう、何てことないぜ。切ったトコって縫うのかと思ったら、ホチキスみたいなのでバチバチ留めるんでびっくりしたわ。見る?」

 オレもどんな風になってるのか知らないけど、と言いながら白幡が髪を掻き分けた。興味本位でのぞき込んでいる者もいるが、青海は気が進まず、「ホントだ!」と騒いでいるクラスメイト達の様子を端から眺める。

「あれ?」

 白幡の髪を勝手に触っていた朱凛が、きょとんとした表情で手を止めた。

「ねえねえ、これ、もしかして白髪じゃない?」

「ちょっ、マジで!? そういう笑えない冗談は良くないよアカリン! いや確かに、白幡と白髪ってちょっと似てるけどさ! いや、でも白しか合ってなくね!?」

「そんなことないよ、半分も一緒だよ! すごい似てるよ!」

「へえ、どれどれ……」

 朱凛の手元を南がのぞき込み……不意に、表情を変える。

「おい白幡、これ、病院で何も言われなかったか?」

「え? なに、傷口開いたりしてる?」

「いや、そうじゃなくて」

 意を決して、青海も南の視線を追った。やはり痛そうな傷だ。縫合した傷の端から一センチほど離れた場所に、確かに明るい灰色が見える。

 だがその様子は、白髪と聞いて青海が連想したものと随分違った。

 明るく染まっているのは、髪の一房、その根元に近いごく一部だ。髪が伸びていけば、いずれ、黒髪の中に明るい色の髪がメッシュのように混じることになるだろう。

「やっぱり、これもそうなのか……」

「何が?」

 呟いた南は、眉根を寄せてなにやら考えこんでいる。

「……いや、何でもない。気にしないでくれ」

「ちょっ、そんなこと言われたら余計に――」

 口を挟みかけた青海だったが、南の真剣な表情を見て言葉を切る。

「ちなみに白幡、なにか身体におかしなことはないか? 体調は? いつもと違うと感じることはないか?」

「怪我人に何を聞いてんだよ、ガタガタだっつーの! アイスの食い過ぎで腹も痛いし」

「その先輩って、どれだけ冷蔵庫にアイス溜め込んでたのさ……」

「いやいや、あの日は単に頭数が少なかったんだって。帰れるヤツはたいてい帰っちまったしな。にしても、便所が遠いときに腹が痛くなると、もう絶望感が半端ねぇのな!」

 いやー死ぬかと思ったぜ、と白幡が遠い目をした。

「そうか。元気そうだな。ならいい」

「お前、オレの話ちゃんと聞いてた!?」

「聞いてたよ。……ああ、そうだ、もう一つ」

「ん?」

「何か、不思議な力……《超能力》に、目覚めたりはしてないか?」

 唐突に真顔で言われ、白幡がぷっと吹き出す。なまじ真面目な顔で言われただけに、どこまでが本気なのだろうか、と青海は笑いながら内心で首を傾げた。

 友人になってから一週間。この友人の考えることは、まだよく分からない。


■ ■ ■


「そういや真那子、おまえ今日はメガネなんだな」

 駅からのスクールバスを待つ列の中、唐突にそう言われ、真那子はびくりと肩を震わせた。

「う、うん。水、まだ出ないじゃない? 水がないと、コンタクトはちょっと……」

「そっか。めんどくせぇな」

 言いながら、笠井劉生は大あくびをする。真那子は俯きながら、ちらりと笠井の横顔を見た。

(だいじょうぶ、バレてない……はず)

 眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。野暮ったい眼鏡。できればもうすこしお洒落なものを持っていればよかったのだが、さすがにこの三日間はそれどころではなかった。

「家も学校も、さっさと元通りになりゃいいんだけどな。まさか入学早々、こんなことになるとは思わなかったぜ」

「……ほんとにね。びっくりしちゃった」

 耳をそばだててみれば、周囲の生徒達の会話も界震の話ばかりだ。とはいえ、逆に異変はそれだけとも言える。電車はいつも通りに走っているし、バスも時間通りに来ているようだ。

「ビックリっつぅか、正直メゲるな。あの家も、これからどうすんだか」

「お父さんが言ってたけど、建て替えるにしても、どこの業者さんもいっぱいなんだって。しばらくは無理かもね」

「そっか。まあ、仕方ねぇな」

 ふぁーあ、と笠井はあくびをもうひとつ。

「劉生、なんか今の、オッサンくさいよ」

「ほっとけ」

 真那子の指摘に、笠井は顔をしかめる。

 遠くから、スクールバスが角を曲がる時のウィンカーチャイムが聞こえてくる。間もなく、紺青色のバスがロータリーに到着するだろう。

「にしても、一緒に巻き込まれたのがお前んちで良かったよ。俺、反対側のおばちゃん苦手なんだ。何かとうるさいんだよな」

 思った通りのタイミングで、バスが乗り場に滑り込んでくる。他の友達は見当たらなかったので、真那子は空いていた二人掛けの座席に、笠井と並んで腰を下ろす。

 先週と何も変わらない、朝の風景。

 こうしていると、家や学校で起きている異変のほうが、何かの間違いだったのではないかと思えてくる。

 学校に着いたら、家に帰ったら、何もかも元通りになっていればいいのに。

 そんなことを考えながら、真那子は目を伏せた。



 眠気に負けて、まぶたが少しずつ降りてくる。そのたびにハッと目を覚まし、笠井は窓の外の様子を見つめる。

 隣の席には紅島真那子が座って、こちらも珍しくうとうとしているようだった。疲れているのだろうか、と笠井は思う。ここ四日ばかりのことを考えれば、無理もないだろう。

 笠井と真那子の家がある区域は、程度の差はあれ、ほぼ全域で《迷宮化》が発生していた。通常、木造の一戸建ての被害はそれほどひどくはならないと言われている。それでも、多少の変形や膨張、あるいはパーツの複製や組み替えが発生した家は多く、副次的にケーブルや配管が破損した例も少なくないらしい。

 窓から見える家々にも、ところどころ《迷宮化》の爪痕が見える。交差点で止まった拍子に、若い女性がひとり、携帯電話で迷宮化した家を撮影しているのが見えた。もはや珍しくもない光景だ。撮影者は初日こそ町の住人が多かったが、ニュースで界震の情報が流れたせいか、わざわざやってくる野次馬は日に日に増えている。

(まあ、撮りたくなる気持ちは分かるけどな)

 このバスの車内でさえ、さっきから何度も携帯電話のカメラのシャッター音が聞こえているのだ。笠井だって、自分がこの付近の住民でなかったら、この異形の町にバスの中からカメラを向けていただろうという自覚はある。

 そうしないのは、単にそんな気になれないからだ。


 笠井家と紅島家は隣同士だ。それも、二階の笠井の部屋から手を伸ばせば、紅島家の壁に触れられそうな近さである。

 同時期に建設された建て売り住宅なので、窓と窓が大きく重ならないよう配慮はされている。そのため、笠井の部屋の西側にある窓から見えるのは、ほとんどがただの白い壁だ。顔を出して左側に視線を向ければ、真那子の部屋の窓がある。

 小さい頃はよく、それぞれの部屋から顔を出して、真那子とお喋りをしたり、マンガの貸し借りをしたりしたものだった。いつの頃からかそんな習慣もなくなり、用事があるときは真那子の部屋の窓をノックするのではなく、携帯電話にメールをするようになった。どちらかがやめようと言い出したわけではないし、今でも禁止されているわけではないのだろうが、少なくとも中学生になってからは、笠井は真那子の部屋の窓を叩いた記憶はない。

(……でも、だからって、隣の部屋からいなくなったわけじゃねえんだよな)

 あの日、家に帰った笠井は、その事実をいやというほど思い知ることになった。


 ――いま、二人の部屋は、忽然と出現したドア一枚を隔てて繋がっている。

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