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19/19

住み果つる

 プロポーズの翌年。


 年度が変わってから結婚退職した私は、『え? 彼氏いたの?』『学生時代からの付き合いって、本当に?』と、かなり周りを驚かせてしまった。

 件の『ビートルズ、云々』の先輩は、

「寿退職するような腰掛けOLとは違うと思っていたから、思いっきり仕事を仕込んだのに……ショックだわ」 

 顔をしかめて、ため息をつく。

 新人の頃だったら、私も慌てただろうけど。

 これもこの人のネタの一つと、受け流す。

「どこへ行くにしても、知識は財産だからね。機会があれば、生かしてちょうだい」

「はい」

 持ち前の負けず嫌いで、覚えた仕事もあった。

 何かに没頭したくて、こなした仕事もあった。


 その一つ一つが、私の財産。

 この先、どこかの街で働くことがあれば、

 生かせる日も、きっとある。



 退職の報告をした後、三人いる同期には

「売れないバンドの追っかけだなんて、嘘ばっかり」

 と、責められて。

「私、一言も追っかけしてるなんて、言ってないし」

「いやいや。態度が言っていた」

「言い掛かりだー」

 なんて、やり取りもあったけど。

「ライブの日だろうが、なんだろうが。さ来週、送別会するからね」

「ありがとう」

「馴れ初めから、なにから。がっつり聞かせてもらうから」

 覚悟しろー。

 の言葉に、笑わせられながら、予定を埋められる。

 


 ひーくんの住む街で挙げた式には、職場の人だけでなく、えっちゃんたち、サークル仲間も招待したけど。野島くんだけは、仕事を理由に欠席だった。


 爆発的なヒットは無いものの、地元ではそれなりの知名度を誇るようになった、織音籠(オリオンケージ)

 さすがに、気楽には来てもらえないか、と残念に思っていたら、えっちゃんと連名でお祝いが贈られてきた。

「シルクのペアパジャマだって」

「これは、野島の見立てじゃないな」

「うん、えっちゃんっぽい」

 シンプルで肌触りの良い品は、えっちゃんの控え目な性格を思わせる。


 あの二人が結婚する時には、私たちもプレゼントをしよう。


 そんなことを話し合いながら、結婚報告のハガキに一言、お礼を添える。



 そうして始まった生活は、やっぱり引っ越しがつきもので。

 それでも、年子で授かった息子二人が小学生になる頃には、少し間隔が開いてきた。

 経験者の父に言わせると

「若いのは、動かし易いからな。子供の学校とか、考慮しなくて良い分」

 らしい。

 子供時代の私にとっては、転校だらけだったけど。あれでも、考慮してくれていたそうだ。



 私たちが結婚した二年後に、野島くんと えっちゃんが結婚して。

 えっちゃんの友人として式に呼ばれたのが、上の子がお腹に居るときだった。

 幸い、この時は比較的近くに住んで居たし、安定期でもあったので、二人で出席することができた。


 えっちゃんの打ち掛け姿に、ため息をついて。

 野島くんに羽織り袴が似合う意外性に、首を傾げる。



「二年で、変わった所もあるね」

「そうだな」

 東のターミナル駅に程近い、ホテルに泊まったその夜。

 散歩と称して、駅前を歩く。


 えっちゃんが働く市役所は、いつのまにかライトアップされているし。バスターミナルの周りに、花壇なんかできている。


 それでも、初めて誕生日プレゼントを買ってもらったデパートは、駅前の顔として一等地に建っているし、彼と訪れたレストランの佇まいも変わっていない


「考えてみれば、この街で暮らした時間が、一番長かったなぁ」

「十年、か?」

「そう、なるよね」

 十八で大学に入って。二十八でプロポーズされて。

 結婚が、二十九……。


「あー」

 あの、占い。当たってたじゃない。

 ちょっとしたズレは、長い人生からみれば、誤差の範囲よね?

「どうした?」

「うーん。なんでもない」

 えっちゃんたちと、卒業前に占いに来たことは

「女の子同士の内緒ごと、かな?」

「ふーん」

 相変わらず、奥ゆかしい。

 そう言って笑う ひーくんの垂れ目を眺めながら、膨らみかけたお腹を撫でる。


 『一生、穏やかな暮らしが続く』

 その占いも、どうか当たってね。



 そのお願いが、聞き届けられたのか。

 はたまた、あの占い師さんがすごかったのか。


 景気の変動だの、災害だの。

 世の中の動きは、いろいろ大変なことが続いたけど。

 家族四人、つつがなく過ごさせて貰って。 


 気付くと、私たちも五十歳を過ぎていた。



 下の子が、大学受験を控えたその年の秋。

 次の転勤先は、学園町の西隣り。えっちゃんの実家のある市、と伝えられた。


 前回の転勤が、四年ほど前で。

 この時は、子どもたちの学校のことを考えて、彼は単身赴任をしていた。私もパートで働いていたし。

 今回はどうしようかと、相談を重ねる。


 上の子は、大学生になったと同時に一人暮らしを始めていたし、県内の大学への進学を希望している下の子も、独り立ちの時期だろう。

 さすがに、どこかの親御さんみたいに、『自分の人生、好きにしなさい』とまでは、言えないけど。


 それに、なによりも。

 独りで頑張っている、我が家の“お父さん”は、寂しいなんて、自分からは言えない人だから。

 新しい生活で、新しい人間関係を築いていく息子たちよりも、近くに居てあげないとね。



 息子の卒業を待って、現在の家を引き払う。

 そして、懐かしいあの街の近くで、新しい生活が始まる。


「そろそろ『母さん』から、『ほっこ』に戻してもいいかな?」

 人生何度目かもわからない、引っ越しの片づけをしている最中に、そんなことを言われて。

「今更?」

「うん。ほっこが恥ずかしがるから、ガマンしてたけど」

 なんだか、さらりと呼び方を戻しているし。


 子どもの前で、『ほっこ』『ひーくん』と呼び合うのは、抵抗があって。出産と同時に『母さん』『父さん』と、変えていた。

 二十年ほど続けてきた呼び方だけど、夫婦二人っきりの家で続けなくても……と言いたいらしい。


「夫婦水入らずに戻った記念に」

「また、記念?」

「それとも……今までにしたことのないデートでもして、新しい記念日を作る?」

「いや、既に覚えきれないし」

 そんなことを言い合っても、結局は、彼の希望を聞いてしまうのよね。

 嬉しそうに垂れ目が綻ぶ、その笑顔が見たくって。

 

 家の中でだけ、呼び方を戻した私に、“ひーくん”は

「ほっこは、相変わらず大和撫子だな」

 と言って。


 “水入らず記念”のキスをした。 



 長い間、年賀状のやり取りだけの繋がりになっていたサークルの友人たちと再会したのが、夏のさなか。学園町が、夏祭りで賑わう土曜日だった。


 

 西のターミナル近く、昔私が住んでいた辺りに、最近できたという中華料理のお店に集まったのが……九人。

 『変わった』の『変わらない』のと、旧交を温めていると、個室のドアが開いて。

「久しぶりやのに、遅れてゴメンな」

「こんばんは」

 野島夫妻の到着に、拍手が起きる。周りにつられて手を叩きながら、首を傾げる。


「なんで、拍手?」

「さあ?」

 なんて、ひーくんと内緒話をしていると、野島くんが

「拍手の相手、俺らとは違うやん。それに、なんでこんな所、空けてあるん?」

 憚るように空けられていた上座にあたる椅子の背を、リズム良く叩く。

 そして、

「ほら、主賓。広尾、広尾。ヨッコちゃん、ヨッコちゃん」

 と、私たちに手招きをしながら、合間に手を叩くなんて、器用なことをしてみせた。

 改めて起きた拍手に戸惑う私たちに、亜紀ちゃんの『お帰り』の声がかけられた。


 上座を遠慮するわたしたちと、野島夫妻とで座席のゆずりあいというか、上座の押し付けあいをして。

「ここが野島で、隣にえっちゃん。その横にヨッコちゃんが座るだろ? 広尾はその隣か? 女子に譲るか?」

 見ていた香坂くんに、席を決められる。

「女同士で、積もる話もあるだろうから、俺は香坂の所でいいよ」

「じゃあ、私、ヨッコちゃんの隣!」

 譲ったひーくんの言葉に、亜紀ちゃんが手を挙げる。


 ビールが運ばれてきて、乾杯をして。互いの近況なんかを伝え合う。


 木下くんは、仕事で東南アジアの方に住んでいて、来られなかったとか。

 スキーが上手だった風間くんは、故郷に戻っていて。『今度はスキーがてら、こっちでも同窓会を』なんて伝言を、香坂くんに預けてたり。

 もう一人の男子、小野くんも転勤族で、今は山口らしい。

 二、三年おきぐらいの間隔でアルバムを出して、全国ツアーをしている織音籠の活躍は、さておき。



 料理が進み、杯を重ねるにつれ、話題は最近の家電のこととか、流行のダイエット法のこととか。ありふれた世間話になってきて。

 そのうちに亜紀ちゃんと、学生時代に三人で行った占いの話になった。

「あの占い、当たってたような、当たらなかったような……」

 微妙な顔で、亜紀ちゃんが北京ダックを取り分ける。

「ヨッコちゃんは……外れたよね?」

「そう?」

「なんか、お一人様になりそうなこと、言ってなかった?」

「お一人様、って。古くない?」

「それはともかく。結婚、一番早かったし」

「うーん」

 何を言われたっけ? と考えながら、具を包んだ薄餅にかぶりつく。


「お一人様というより、家なき子になりそうなことを、言われたような?」  

「“家なき子”って、サルを連れて旅をする……」

 亜紀ちゃんの向こうから、久恵ちゃんが話に混ざると、わたしの左に座った えっちゃんが

「それは、“母を訪ねて”じゃない?」

 とか、言いだして。

 世界名作アニメへと、話が転がっていく。 



 揚げ物の盛り合わせが来た頃に、恭子ちゃんが

「ヨッコちゃんって、引っ越し何回目?」

 と、聞いてきた。

「いやもう、数えてないけど」

 ちょっと待って、と部屋の隅のテーブルに置いてあるカバンから、スマートフォンを取ってくる。 


 保存をかけてある画像を呼び出して。

「色塗りしてある県が、住んだことのあるところ」

「って、また……」

 見せたのは、白地図のサイトからダウンロードして、色を塗ったもの。

 面白がって、子ども時代の転校歴まで色を変えて塗ったものだから、かなりの面積を塗ったことになる。


 手から手へと、スマートフォンが渡されて。テーブルを一巡する。

 画面をチラリと見たひーくんは、苦笑いをしていた。


「ヨッコちゃん、これだけ転々としてたら、十分“家なき子”じゃない?」

 隣の米山くんにスマートフォンをパスした恭子ちゃんが、春巻きに塩を付けながら言って。

「占い、当たってるじゃない」

 と、亜紀ちゃんにも肘で突かれる。

「まあね。持ち家のない、宿借り人生ですから」

「その人生を選んだのは、ヨッコちゃん」

 私の憎まれ口に、速攻で突っ込んだのは、香坂くん。


「東海林さん、って選択肢もあっただろ?」

「いや、なかったから。全くもって」

 そもそも、東海林さんをそんな対象として、意識したことなかったし。

「それもそうか」

 あっさりと前言撤回した香坂くんは、グラスの底に残ったビールを飲み干して。

「広尾の名前、呼びながら号泣したもんなぁ」



 叫んだのは。

 『きゃー』なんて、カワイイ声ではなかったと思う。

 例えて言えば……怪獣の鳴き声のような?

「やめてー。そんな昔のこと、引っ張ってこないでー」

 忘却の彼方に沈めたはずの、恥ずかしい記憶に身悶える。

「いや、彼氏冥利に尽きるよな? あれだけ想われたら」

「ぎゃー」

 もう一声、怪獣が吠える。

 

「香坂、そろそろ止めてやって。ヨッコちゃん、ああ見えて恥ずかしがり屋だから」

 ひーくんの声に、頬が燃える。

 四半世紀ぶりに彼が呼ぶ、“ヨッコ”の名前は、破壊的な威力だった。



 顔を伏せて、膝の上のナプキンを弄っていると

「東海林さんも、結婚したみたいやで。五年ほど前に」

 野島くんが言う。

 顔を上げると、ほぼ正面に座っている ひーくんと目があった。

 彼の垂れ目が、ふっと笑って。

「へえ。そうか。って、それ。どこからの噂?」

 野島くんに話の続きを促す。

「人づてに聞いた話。うちのボーカルとキーボードが、東海林さんの後輩らしいわ。高校時代の」

「で、お前が大学の後輩か」

「あの人、どれだけ顔が広かったのやろな?」

「自分探しの旅をした人だからさ。想像もつかないよ。きっと」

 二人の会話を聞きながら、ジャスミン茶を飲む。

 

 織音籠のボーカルといえば、私とは中学時代の同級生。えっちゃんから聞いた話では、ベースも同じ学校だったとか。


 感心している ひーくんたちには悪いけど。

 世間ってものが、意外と狭いのかも、しれない。



 また、近いうちに。

 そんな挨拶を交わして、駅前で解散して。


 西の市へと向かう電車に揺られる。 

 バスに乗り換え、馴染みの感じられるようになってきた停留所で降りて。


 並んで歩く私たちの頭上に、夏の夜空が広がる。

「今年は、流星群見えるのかな?」

 あのペンションは、まだあるだろうか?

「さあ。どうだろう」

 そんなことを言いつつ空を眺める。


「流れ星に願うなら、って、思ってたことがあってさ」

 緩やかな声に、小さく相槌を打つ。

「あれは……俺たち、大学生になってたかな?」

 そう言って、彼が挙げたのは、老夫婦が手をつないで歩くテレビCMが一世を風靡した、台所用洗剤の名前だった。

「あんな風に、二人で歳をとれたら……って」

「介護がいるようになってからね。手をつないで歩くのは」

「出た。大和撫子。いや、アマゾネスの方か?」

「三つ子の魂、って言うでしょ?」

 なんて、言いあいながらも、去年の夏のことを思い出す。


 ひどい腰痛を起こして、通院にも息子の支えが必要だったあの時。逞しくなった息子の手に、逆に寂しくなったっけ。

 私が支えて欲しいのは、この手じゃない、と。


 思い出した寂しさに、そっと手を繋ぐ。

「ほっこ?」

 怪訝そうな声に逆らうように、握った手に力を込める。

 歳をとっても変わらぬ体温が、染みてくる。


「私は、ひーくんと一緒に居たい、だったかなぁ。ずっと、一緒にって」

 染みこんだ体温が、口を軽くする。

「うん」

「だから、宿借り人生も、願い通り」

「……そうか。願い通りな」

「うん」

 見上げた彼の顔は、酔いに緩んだ垂れ目が、宙に何かを探していた。



「どうしたの?」

 繋いだ手を軽く引いて、意識を呼ぶ。

「う、ん」

「酔った?」

「いや、それほどでも……」

 そう言って、微笑むけど。

 長年の付き合いが、囁く。 


 これは、何か……格好をつけようとしている時の顔。 


「ひーくん? 今度は、何?」

「今度? 何が?」

 プロポーズされた街の名前を挙げて。

「夜中に紐を持ってた時みたいな顔して」

 今度は、何の記念に肩凝りを起こすつもり?


「判る?」

「何年、奥さんしてると思ってるの?」

「そうか。わかるんだ」

「あのね。専念したら、強いのよ。私は」

「うん。知ってる」

 子育てに必要だからって、ベーパードライバーも返上したもんな。

 混ぜっかえして、彼が笑ううちに、マンションの入口についた。


「で?」

 玄関ドアをくぐって、改めて尋ねる。

「うーん」

「ひーくん?」

「あのさ。いい加減、借り家暮らしも終わりにしようなかな、って考えててさ」

「転勤があるから、無理じゃない?」

「この歳だし。あっても、一回か二回じゃないかな? 定年の直前は、いくらなんでも……」

 そうか。そんな歳だ。



「今回も単身赴任にして、前の街にそのまま……でも、よかったんだけど、ほっこがこっちに来てくれたし」

「うん」

「今夜、『ヨッコちゃん』って呼ばれてる時の顔を見てたら、ほっこが人生で一番長く暮らしたこの辺りに、根をおろすのがベストか、と思って」 

 結婚以来、二人で飲み会に参加、なんてことはなかったから、懐かしかった、らしい。

 懐かしいついでに、自分も呼びたくなって。『ヨッコちゃん』呼びをしてみた、とか言いながら、掃き出し窓のカーテンを閉めている。

 そう言う彼も、家で晩酌をしている時の顔とは、違っていて。楽しそうだったよね。



「昔、『“故郷”って感覚が分からない』って、言ってただろ? お義父さんたちの家も、住んだことのない街で、馴染みがないからって」

「まあ、ね」

 あれは……十年ほど前のこと、だったかな?

 ひーくんの実家に帰省した時、彼の通った中学校の横を歩きながら、そんなことを話した。

 その頃から漠然と、老後の暮らしについて考えてたとか。

「ほっこにとって、この街はさ。さっきの白地図に、特別な色を使うくらい、思い入れが有るだろう?」


 うわ。ばれた。

 この街と、プロポーズの街。

 二つの県を、アヤメに近い色、赤紫で塗ったこと。


「俺にとってもここは、ほっこと出会った街だし、成人式もした街だからさ」

「うん」

 色々な“記念日”も。それにまつわる、思い出の場所もあるよね。


「だから、この辺りで家を買うとかしてもいいかな、って」 

「でも、少ないとは言っても、転勤……」

「まあ、そのときは、まあ。また単身赴任かな」

「うーん」

 それはそれで……どうなのかなぁ。

「と、俺は軽く考えてたわけ」 

 自分で茶化すように軽く言った彼が、冷蔵庫から麦茶を出すのを見て、食器棚から切り子のグラスを二つ取り出す。


「ほっこが嫌なら。無理にとは言わない」

「う、ん」

「ほっこの“実家”を作りたかっただけだから」

「私のって……」

「俺の故郷は、ほっこの居る所だから」

「……」

「独身の頃も、“帰る”のは、ほっこの居る、この街だった」

 そういえば、いつも『ただいま』って。


 私は、彼の所へ“行って”いたけど。

 彼は、私の所へ“帰って”きていた。 


 想いの強さで。

 彼には、勝てない。


 どうすれば、勝てる?

 どうなれば、勝ち?


 悩む私に、ひーくんは

「すぐに決めないといけないわけじゃないし」

 笑って、麦茶が入ったアヤメ模様のグラスに口をつける。

「だって……」

「俺は、終の住処がどこになっても構わない。ほっこさえ気に入ってくれれば」

「私の好き勝手で? いいの?」

「長年連れ添った恋女房なんだから。それくらい、甘えなさい」


 ああ。やっぱり簡単には勝てない。勝たせてくれない。


 でも、負けっぱなしは、悔しいから。

 彼が一番、喜んでくれる答えを見つけよう。



 湧き上がる負けん気を、麦茶と一緒に飲み下す。



 私の人生で一番

 長い時を過ごしたのは

 どこかの街じゃない。

 家でもない。


 ヤドカリが背負い続ける

 殻のように

 あなたの存在を

 背中越しに感じる


 そんな場所 

 

END. 

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