友達に挨拶しよう
私は毎日散歩に出かける。運動不足のお母さんのために。
散歩のコースは決まってない。私のその日の気分で決まるのだ。おかあさんが
「今日はそっち行かんって」
って言ってリードをグイって引っ張るんだけど、気にしない。クラウチングスタイルをとってリードをぐわしと噛んで意地でも動かない。するとお母さんは諦めて「へいへい」と言って、私の行きたい方向へ向きを変える。
まあとにかく、今日はおうちの東側へ行きましょう。
「まぶしい!」
今日も朝日が容赦なく照りつけて私のぬれた鼻が、ヒクヒクする。お母さんがまた私のリードを引っ張る。
「こっち日に焼けるからやめよう?」
もう充分焼けてます、お母さん。かまわず進む。お母さんが仕方なくついてくる。
こっちのコースは住宅地コース。シンガポールの人間て、だいたいHDBっていう団地に住んでるんだけど、一軒家に住んでいるお金持ちもいるんだって。そういう人間たちのところには、だいたいいるのです。私の仲間が。大きなお家には大きな門が付いているけど、その門の隙間から仲間が軒並み鼻を出してくる。本当は顔を出したいんだろうけど、チビは顔を出してくるけど、でかいやつは鼻だけ出してヒクヒク私を待ってるの。
まず一軒目。ここのは、白い、足の短いおじいちゃん。いつも玄関脇の日陰で寝てるけど、私が通ると「バウワウ!」って言って飛んでくる。そして案の定、門に衝突。私この手のうるさいの、無視します。
次のお家。ここには私の半分ほどの小さいのが、うちの中に住んでいる。あ、今日は窓が開いてる?ほら来た!窓から飛び出して一目散にやってきた。
「キャンキャン!」
こいつもうるさい。後ろ足で立って、上半身身を乗り出して、このままじゃ道路に出ちゃうよ?はい、見て見ないふりして、素通りしましょう。
三軒目。ここにいるのは、白黒のでっかいやつ。隣のチビがうるさいもんだから、私に気づいてもう門のところで私を待ってる。
「…」
このおじさんはとっても静か。だから好き。あいさつしよう。鼻をすっと出してきた。私も鼻を近づける。クンカクンカしたいけど、おじさんの足が長すぎて、鼻の高さが合わないんだ。仕方なくおじさんのお尻の匂いを塀越しに嗅ぐ。
クンカクンカ。
おじさんはおとなしく塀に体を横付けして、嗅がせてくれる。
「はい、パンちゃん。行くよー」
おじさん、バイバイ。またね。
四軒目。角のうち。ここには黒いのがいるんだけど、ほらね、もう吠えてるよ。角を曲がる前からわかる。うるさいもん。どうせ、門の前で、鳴きながらぐるぐる回ってんでしょ?角を曲がってみたら、思った通り、ぐるぐる回ってる。私が来る前に回りすぎてもう疲れてる。あいさつしない。
「パンちゃん、疲れたよお」
お母さんはそう言って、すぐベンチで休もうとする。ここで座ると、あの黒、ずっとあそこから吠え続けますよ。早くどっかへ行った方が、お互いのためだよ、お母さん。リードを引っ張る。
「わかったよ」
お母さんがしぶしぶついてくる。
五軒目。ここにはいつも、人間がたむろしてる。隣近所のお屋敷の、メイドさんと言われてる若い女の人間が集まって、おしゃべりしてるの。一応、手にはほうきとか、ホースとか、ハサミとか持ってるんだけど、仕事は…してないみたい。
「ハロー、モーニン」
お母さんが言うと、メイドさんたちはニコニコ。道を開けてくれる。いた。茶色いやつ。いつもメイドさんたちの傍でフセして待ってるの、私を。
「クーン、クーン」
て掠れた声で鳴いてるんだけど、人間の声でほとんど聞こえてこないんだ。彼女はずっとフセしてくれてるので、クンカクンカもしやすい。お尻の匂いを嗅ぐのも、鼻をこすり合わせるのも簡単。
「コンニチハ!」
そして私は前足を柵の中に伸ばす。彼女は自分の前足を私の足の上に乗せる。握手!
今日も上手にできた。満足。
「センキュー、バイ」
お母さんが汗を拭き拭き、先を促す。お母さん、もう帰りたいんだね?いいよ、今日の挨拶回りはここまでにしよう。おとなしく従ってあげるから、帰ったら氷一つちょうだいね。
じゃあ最後に、もう一匹だけ。あそこの喫茶店の椅子の下で寝ている、いつものネコにあいさつしてから帰りましょ?




