13・たそがれ
日が落ち、いくつかの星が存在を主張する。
灯りが少ない道々はすぐにでも暗闇に包まれるだろう。
自分の指先さえ確認できないほどの闇の中へ。
馬車から走り降り、邸内に滑り込んだディリに、レナが小首を傾げながらそれでも出迎えの挨拶を口にする。
戦争はとっくに終了している。
武力、とは名ばかりとなった騎士隊においては、国内の安定へとその仕事の軸足を変えている。
結局のところ安定しきっていない国境や、国内においては荒事が多いということは否めない。
それでもやはり、平和時のそれはのどかな雰囲気をもたらしてくれる。
心の奥底に隠した何か、を思い出させる程度には。
「・・・・・・なんでもない」
何も言わずただレナの顔を凝視したままだったディリは、ようやく言葉を搾り出す。
ときおりもたげる「不安」というものをどう表現していいのかわからない。
黒くもやもやとしてそれに触れれば、無性にレナの腕をつかみ、その存在を確かめたくなる。
同僚に話せばのろけだと囃され、親友に言えば自業自得だと言われるそれに、自分自身も戸惑ったままだ。
見上げた顔に綺麗な微笑みをのせ、レナが後ろを付いて歩く。
確かめたいのに遠慮して、そしてディリの中に不安だけが蓄積される。
静まり返った邸内は、数少ない使用人たちで切り盛りされている。
人員が増える予定ではあるものの、信用に足る人間を雇うことはほとほと難しい。
ふと、左腕に体温を感じた。
それは本当に一瞬のことで、それでもディリは後ろを振り返る。
いたずらが成功した子どものような目で、レナは綺麗に笑う。
そして、先ほどのぬくもりはレナからもたらされたものだと確信する。
「レナ?」
あたりまえのように名前を呼べ、そして彼女がそこにいる現実に感謝する。
自分の手から零れ落ち、そしてどこかへ行ってしまってもおかしくなかった愚行に頭が痛くなるほどに。
「おなかすきました」
下腹部に手を置きながら、照れ笑いを浮かべる。
瞬間、不安も、焦りも、なにもかもが霧散していく。
ディリは自然とレナの肩を寄せ、歩いていった。
たそがれに見失いそうになった彼女の姿を消し去りながら。
お題/狂詩曲 capriccioさま(http://noir.sub.jp/cpr/)より