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僕と尻尾の冬休み  作者: 柴健
僕と尻尾の冬休み編
7/30

四日目 午後

 少年の目の前には、非力な少女が体を震えさせながら立っていた。

 体に深手を負った少年の体は動くことすらままならず、口から言葉を発することすらできなかった。

 ――早く、逃げて……!

 少年は心の中で強く願った。無力で無様な自分を守ろうとする彼女に、自分の前に立っていてほしくなかったからだ。

 こんな時、物語の主人公やヒーローなら彼女を救えたのだろう。

 けれど、僕は一般人だ、ゲームで言うところの村人だ。

 物語の主人公のように特殊な能力なんて一ミリも持っていないし、魔法や超能力なんて使うことはできない。

 そんな力があったら、もうすでにこの子を救ってあげられる。

 目の前の彼女を、顔がぼろぼろになるまで泣かせるようなことなんてなかったはずだ。

 自分で自分が嫌になってくる。嫌悪感が襲ってくる。

 どうしてこんなに弱い自分に彼女は傍に居てくれたのだろう。

 確かに、見つけてくれた恩を返すという題目なら、すぐに去っていただろう。あの男についていけばいいだけだ。

 それでも、彼女は最後まで僕のそばを離れようとはしなかった。――それはなぜ?

 不意に、ぼやけた視線で彼女がこちらに向かってくるのが分かった。彼女は少年の頭を覆うように優しく抱きしめたかと思うと、唇にキスをした。

 感覚の薄れているこの状態じゃ、どんな感触だったのかと言うのは分からない。

 しかし、そのあとに彼女は僕の耳元で一言呟いた。

「ありがとう」

 ただそう言って、彼女が僕のもとから去っていくのが見えた。うつむいた表情には――涙を浮かべた笑顔が浮かんでいた。 

 最後に力を振り絞って、「待って」と声を上げ、右手を伸ばそうとする。

 けれど、今の弱い自分じゃそんな簡単な二つのことさえもできなかった。

 きなは男と一緒に――僕の目の前から消えた。


 あれから、どれくらいの時間が経っただろうか。十分?三十分?いや、一時間かもしれない。

 何にしたって、これだけの傷を負っているのだから、もうどうしようもない。

 意識が朦朧としてきた……。――そろそろ死んじゃうのかな? だったらもうどうしようもないか。

 あきらめ気味に泣きながら笑う冬夜の頭の中には、最後に見たきなの姿が脳裏に浮かんだ。


 『とうやはわたしと、ずっといっしょにいてくれるよね?』


 一人ぼっちなことを嫌っていたきな。

 それでも、そんな臆病な彼女でも、僕の前に立つ勇気を持っていた。

 その勇気を、僕を全力で守ろうと奮ってくれた。

 冬夜はまだ残っている微かな意識で考える。


 (――――――僕はこのままで良かったのか?)


 一度は冷えてしまった冬夜の心の中に再び熱いものが湧き立ち葛藤する。

 きなを救いたい。

 僕を助けるために自分を犠牲にした彼女を、守りたい。

 涙を飲んで、自分から闇に飛び込んでいった彼女をその闇から引っ張り出す!

 僕はまだ彼女に伝えていないことがたくさんあるんだ!!

 彼女のあんな顔を最後にして――!!


 ――助けて。

 と笑顔の裏で放ったきなの声がした気がした。


「こんな結末じゃ、こんな最期じゃ、あの子を見捨ててこのまま――――――――死んでも死に切れないっ!!!」


 冬夜の血反吐の混じった熱い叫びが、喚声が、咆哮が、空気中に轟き、地に積もる雪を溶かすように振動する!!



「……なんだ!?」

 冬夜の前で合掌をしていた男の目の前で、仰向けに倒れていた冬夜はふらふらと、しかし足に力をしっかりと込めて立ち上がる!

 次の瞬間、切れている胸の刀傷に白炎が燃えあがり、揺らぎ始める。

 白炎は傷口で激しく揺らいでいき、そして最後には冬夜の体をすべて包み込む。

 しかし、白炎で冬夜自身がが燃えることはなかった。その中で冬夜の傷口の箇所が激しく炎上し、傷口を消していく!

 そして、冬夜は目を見開き、己が胸に誓った想いを乗せ咆哮する!!


「こんな結末じゃ、こんな最期じゃ、あの子を見捨ててこのまま――――――――死んでも死に切れないっ!!!」


 傷口の場所にあった白炎は今はもう消え、冬夜の体に灯るのは全体を覆う炎だけとなった。

 そして、冬夜の咆哮と共に激しく大きく揺らぐ。

 その時、男は目にした。冬夜のその後ろ姿に――――もう一つの冬夜の姿を。

 そして、冬夜を覆っていた白炎は徐々に弱まり、最後には冬夜の体から消えていった。


「……うぁっ」


 冬夜は気を失い、体が地面に倒れ伏す。

 そんな冬夜を、男は地面に倒れる前に抱き留める。


「さすがだ……君を選んだ彼女は良い意味で運が良いのだろうな」


 男は冬夜に、希望の眼差しを向けていた。

 気を失っている冬夜には、知る由もないことだが。



 目が覚めた冬夜は、リビングのソファーに眠っていた。


「ここは……っ、きな!」


 体を起こした冬夜はとっさにきなを探す。

 しかしその場にきなは居なかった。

 (あの出来事は……悪い夢なんかじゃないのか?)

 テーブルに置いてあったケータイに手を伸ばし、電源を付ける。ケータイには、『12月29日』と表示されていた。――夢なんかじゃない。 


「目を覚ましたようだな」


 後ろから男の声が聞こえた。冬夜は気配を全く感じなかった方からのこえに素早く振り向く。

 そこには神社の神主のような格好をした、冬夜よりも二つほど上に見える美青年がそこに立っていた。身長は冬夜よりも大きく、線が細いせいで華奢のようにも見える。

 (……神主のような格好?)

 覚えのある格好。その服装はきなを連れて行った男のものに酷似していると感じた冬夜は慌てて後ろに下がる。


「あなたは誰だ!? もしかしてさっきの男の手先か!?」

「落ち着いてくれ。少なくとも私は君の敵ではない」


 青年は両手を上げながら静かに対応した後、適当な場所にあったテーブルの椅子に腰かける。それに応じるように冬夜も離れた場所に座った。


「まず、この場所まで君を運んできたのは私だ」

「……どうやって僕の家の鍵を開けたんですか」

「もちろん、君のポケットに入っている家の鍵を使ってだ」


 男は懐から小さな家用の鍵を取り出して冬夜にそれを投げつける。ついている鈴のキーホルダーから、冬夜は自分の家のものだと確信した。


「僕を助けて、いったい何が目的なんですか」

「それはもちろん、君に『四気神』を保護してもらうためだ」

「保護……だって? それに『四気神』って何なんですか!」


 分からないことばかりが冬夜の頭の中を駆け巡り、訳が分からなくなってきた。

 男はそんなことはお構いなしに話を続ける。 


「聞きたいことは順々に説明をしよう。だがまずはじめに自己紹介だ。私は日本神の中の最高位に君臨する天之御中主神アメノミナカヌシノカミという」

「それって、あなたは神様だとでも言いたいんですか」

「そうだ。ちなみに私の名前は長いから天野(あまの)とでも呼んでくれれば良い」


 自己紹介の終わった後、天野は手に力を込めたかと思うと、突然マグカップを精製した。そしてそれを冬夜の方に差し出す。中には飲み物が入っており、覚えのある心地の良い香りが漂って来た。


「これは……緑茶?」

「そうだ。これは私の大好物でもあるのだが、やはり元より味は落ちているはずだ。神様が精製したものなど、実際の物の劣化品でしかない」


 そう言われ、冬夜は半信半疑で緑茶を口にする。

 確かに。渡されたマグカップに入っているお茶は、彼の言った通り安いお茶と同じ味がした。匂いはさほど気にならないのだけれど。


「落ち着いたかい? とりあえずこれが私が持つ人間離れした力だ。私が神であることはこれで証明されたと思うが?」

「分かりました。それでは、天野さんに質問します」


 何なりと。と天野はうっすらと笑みを浮かべ答える。


「きな……『四気神』って一体何なんですか?」

「『四気神』とはその名の通り神だ。詳細はあまり知られていないが、強力な力を秘めているのは確かだ」

「その『四気神』って普通の神とは何が違うんですか?」

「前述の通り、並大抵のレベルの神なら軽く滅することもたやすいほどに、上位の神でも一体を倒すのに数十人が必要になるぐらいに強力だ。しかし」


 そこまで言うと、天野は口を閉じた。

 しかし、真実を知りたい冬夜は何の断りも入れずに天野に問いただす。


「しかし……?」

「しかし、その強力さゆえにか数が少なかったことが災いしたのだろう。何百年も前に消滅した存在になってしまったのだが、十二年前と最近に『四気神』の神気(しんき)が確認されたのだ。ちなみに神気とは、神の生命反応とでも言えば良いだろう」

「それが……きなだったってことなんですね」

「そうだ。そして神気を感じ取った階級の低い神達は、『四気神』を利用して復権を目論んだ」


 そうして、今回のことに運んだのだ。

 天野は静かにそう言った。

 聞いていた冬夜は、自分のズボンを強く握りしめて――――怒りを押さえていた。


「そんなことのために、きなはあんな奴に連れて行かれたんですね」


 冬夜は窓の外のどんよりした雲を見ながら怒りと共に言葉を吐いた。

 その後、ふと冬夜は天野に再び質問する。


「天野さんって神様で、しかも天之御中主神ってことは最上位の神様なんですよね?だったら……!」


 冬夜の悲痛な願いを天野は冷たい表情で止めた。そして天野は冷たい表情のままに重たい口を開いた。


「すまない冬夜君。私にはどうすることもできない。なぜなら私にはもう戦う力など残っていないのだ」

「な、なんでですか?」

「それはもうすでに子供に力のほとんどを渡してしまったからだ。神と言うのは一人が何百年も生きることもあれば、世代を交代することもあるのだ」


 進化のためでもあり、退化のためでもある。どんなに完璧なものでも、一個体では限界が来るのだ。――見た目の若い天野はそう言った。


「そんな……。それじゃ彼女は、きなはどうすればいいんですか? このまま見捨てろって言うんですか?」


 冬夜は怒りの状態で天野の胸倉をつかむ。冬夜のその表情には、救いを求める思いが瞳の中で揺らめいていた。


「あんな神業を見せられてもう信じるしかないですけど、きなは僕から見たら、幼くて、可愛らしくて、天真爛漫で、無邪気で、好奇心旺盛で、でも時々みせる暗い表情は、僕にとっては人間そのものだったんだ!」

「冬夜君はどうやら、きな君をずいぶんと好いているんだね」


 一瞬、胸倉をつかむ力が緩んだ。どうやら図星だったようだ。その証拠に、冬夜の頬が少し紅潮していた。


「分かんないですよ、そんなの。でも、僕はそんな彼女のことを救いたいんです! でも、僕には力が無い。神様みたいな特殊能力は少しもない。だから、僕は」


 冬夜が悲痛な叫びをあげた後、天野は逆に冬夜の服の裾をつかむと冬夜を投げ飛ばした。冬夜は硬く冷たい床に叩きつけられる。


「甘えるな! 君に力がないだと? だったら、さっき私が見たあの白い炎は何なんだ!?」

「けほっ、……白い炎? 一体何の話をしているんですか? 僕はただの一般人なんですよ!」


 冬夜は痛い体をゆっくりと起こしながら、天野の問い詰めに答える。


「そんなことはどうでもいいです。それよりも、神様なんですからきなの場所くらいなら分かりますよね?」

「……それを聞いて君はどうするつもりなんだ?」

「一人できなを奪還しに行きます。僕には聞こえるんです。きなが――助けて。と泣いている声が。だから、僕一人で助けに行くんですよ……ぐっ!?」


 突然体に襲い掛かった激痛に冬夜は膝をつく。


「止めた方が良い。あれだけの体力を消費した今の君じゃあの男には勝てない」 

「だったら……!!」

「そのために、私が居る」


 天野は、冬夜に肩を貸して安静にさせる。ソファーの上に冬夜を座らせると、天野は冬夜の瞳を見つめて語りかける。


「私は戦うことはできないが、君に戦い方を伝授させることはできる。長年生きてきた経験を生かして君を一月一日までにある程度戦えるようにさせる」

「だけど、僕には何の力も無いって何度も……」

「それじゃ、あれだけの致命傷を受けた君は、どうして今この場で息をしているんだ?」


 当たり前の質問を投げかけられ冬夜は動揺する。さっきまできなや天野のことで頭がいっぱいだったせいか、どうして今自分が生きているのかという疑問を消化していなかったのをすっかり忘れていたのだ。


「そういえば……何で……?」

「『四気神』のおかげだろう」


 冬夜自身には体に特殊能力があるなんて覚えは微塵も無い。とするならば、そんなことをできるのはきなだけだろう。

 彼女は去り際に何かしらの方法で冬夜に力を託したのだ。本人も気づかない、無意識の間に。

 冬夜は胸に手を当て今動いている自分の鼓動を感じる。自分はきなによって二度も助けられていたのだ。


「きな……」

「感動に浸っている場合ではない。今すぐにでも君を鍛えたいところだが、今日は疲れただろう? 休んだ方が良い」


 そう言って、天野は玄関に向かって歩き始める。神主のような服装が歩くたびにひらひらと揺れるのが見えた。


「待ってください! どうして一月一日なんですか?」

「それは、奴らが動くのが一月一日と言う確証があるからだ」


 そう言うと、玄関で靴を履いたあと、あの男のようにふっと姿を消してしまった。

 ――どうして玄関から出なかったのだろうか?

 そんな不安を残しながら、冬夜は一人玄関に立ち尽くすのであった。



 七時


 天野が帰った後、冬夜はきなのいない時間を過ごしていた。きなが居た時と比べると何か物足りない気がしてならなかった。

 今日は一人、夕食を食べる。テーブルに乗っていたのは、お湯で沸かしたカップラーメンただ一つであった。


「いただきます」


 冬夜は一人手を合わせて、カップラーメンを口にする。

 やはり自分で作った方がおいしいと冬夜は感じていた。――何か物足りないのだ。


 九時


 食事を終えた冬夜は、いつものようにお風呂を洗ってから機械のスイッチを入れてお風呂を沸かす。

 シャワーだけでも良かったのだが、なにぶんこの季節だと寒いから仕方ない。

 お風呂が足されていく間、冬夜は終わっていない冬休みの宿題を始める。静かなところで勉強をしていることが何か物足りなくて、今日は耳に白いイヤホンを付けながら宿題を進めた。


 お風呂が沸いたアラームが、耳に付けたイヤホン越しに聞こえてきた。

 冬夜は勉強を中断すると、二階に向かいパジャマと下着を持ってお風呂場に向かう。


 冬夜は一人お風呂場に入ると支度を始める。いつもなら先にきなを着替えさせるのだが……。

 準備のできた冬夜は一人浴槽に浸かる。

 一人のせいだろう、浴槽がすごく広く感じる。いつも隣に居た人物がどれほど大切な存在だったのかを改めて教えさせられる。


 体を洗い流した冬夜は、お風呂で消費した水分を補給するためにコップにあらかじめ冷やしておいた水を入れて、一気に飲み干す。そんな姿を彼女だったら「すごい!」と褒めてくれただろうか? 今はいない彼女のことが、冬夜の頭から離れなかった。


 冬夜は自分の部屋のドアを開けると、すぐさまにベッドの上に腰をかける。――幻想だろうか? ベッドの上に小さな影が隣に腰掛ける。


『今日も……いっしょにねてもいい?』


 そんな声が聞こえてきたが、冬夜はその幻聴に対して涙を流していた。あの時に自分が助けてあげられたなら、その言葉は幻聴ではなく本物の言葉となっていたのだから。

 それに……彼女は自分のことを二度も守ってくれたのだ。その恩義を返さないのは、男として恥だろうし、それ以前に自分の心がそんなことを許せなかった。


「絶対に、助けに行くよ……きな!」


 数多の星と白い月が浮いている夜空に向かって冬夜は再び心に誓う。

 ――もう一度ここに帰ってこれたなら、きなと一緒に天体観測をしよう。



 その空間はとても暗く、周りには何も見えなかった。そこはまさに――深淵。しかしそんな空間の中に、ぼんやりと人の姿が見て取れた。

 その人物の両手両足には、何枚ものお札を紡いだ鎖が縛り付けられていた。彼女はその鎖につながれているせいで自由に動くことができない。

 そうして一人、涙を流しながらつぶやいた。――それは彼女の、小さな心の叫びだった。


「助けて、とうや……」


 彼女の目から涙がこぼれ落ち、深淵の床に吸い込まれていくのであった。



(四日目 終了)

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