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僕と尻尾の冬休み  作者: 柴健
僕と尻尾の冬休み編
10/30

一月一日

「うおおおおお!」


 木刀を構えた冬夜は常立神に向かって飛び掛かる。

 常立神は避けようともせず、逆に冬夜を待ち受ける。

 罠か、とも考えるべきだろうが、そんなことは構わず冬夜は常立神に向かって特効していく。

 冬夜の攻撃が常立神に直撃する。

 刹那。ガキィン! と、鉄と鉄がぶつかったような甲高い衝撃音が空間に広がった。


「この前は子供だと思って油断していたが、今回はそうはいかんぞ!」


 常立神の神は腰に帯刀していた刀を抜刀していた。さっきの甲高い音の正体は刀のようだ。

 冬夜は力で常立神を押していくが、相手の方が力は上で、押された力で体が地面にたたきつけれ、辺りに砂の粉塵が舞う。

 今回の天野が用意した『神域(ゴド・フィールド)』は常立神の目を欺くために、見た目は同じ空間に設定されている。だから、この場所ならどれだけ派手に戦っても周りに危害は加えられないのだ。――だからこそ、冬夜は地面で受け身を取って立ち上がる。


「ふん、それなりに鍛錬は重ねてきたようだな。だが、これではどうだ!?」

「……!?」


 常立神は天野のように自分の神力を自分の周りにまとわせるが、数は天野の比ではない。空をすべて覆い尽くすように紫弾が浮いていた。そして、常立神はそれらすべてに念を送る。紫弾は形を変えていき鋭い紫色の巨大な針へと変貌した。


「これをすべて避けるのは容易くないぞ。『紫水(しすい)時雨(しぐれ)』!!」


 空を覆い尽くす量の紫色の針の雨が地上に、冬夜めがけて一気に降り注ぐ。

 冬夜は咄嗟に樹木の後ろに姿を隠すが、そんなことなど関係ないように樹木を貫通しながら紫水の雨は冬夜に降り注ぎ、体をズタボロにしていく!


「がはっ……!? ぐあぁあああああ!!」


 あまりの痛みに冬夜の咆哮がこだまする。

 そんな冬夜の姿を見ながら常立神は楽しそうに笑う。――物陰から傷だらけの体を無理やり立たせながら出てくる冬夜を眺めながら。

 冬夜の呼吸は数キロ走った後のように荒くなっていた。


「とうや!? ……とうや!!」


 鎖でつながれているきなからも冬夜が傷づいているのが見えた。

 きなの瞳から涙がこぼれだす。

 冬夜を助けようと必死に鎖から逃げ出そうとするが、あまりの力に指一本動かすことも叶わない。

 そんななにも出来ない二人を見た後、常立神はつまらなさそうに天野の方を見ると口を開いた。


「おい、あま……いや貴様の人間名で呼んでやろう。天野、貴様の弟子が我の攻撃で瀕死の状態だぞ? 助けてやらないでいいのか、あやつは人間なのであろう?」

「私はあの子を助けはしない。なぜなら、あの子なら……常立神、お前を倒してくれると信じているからな」

「力を失った貴様が言うことはそんな夢心地な幻想か……落ちたものだな」


 会話を終えた常立神は冬夜のもとにゆっくりと向かい彼の前に立つ。

 目の前の冬夜は既に虫の息で、立つのがやっとなのか持っていた木刀で体を支えていた。


「はぁ、はぁ……」

「そんな貴様の夢心地なんぞ、我が貴様の目の前で打ち壊させてもらおう」


 余裕そうに冬夜の元までゆっくり歩み寄り、体重をすべて乗せた回転蹴りを冬夜に打ち込む。

 それはまるでこの前の戦いの屈辱を晴らすような攻撃だった。その衝撃に冬夜の体は吹っ飛び地面を転がっていく。――そんな冬夜の姿を見た天野の顔が歪む。


「がはっ!」

「とうや……! 逃げて!」


 きなの必死の願いも叶わず、常立神は無様に倒れている冬夜の首を掴み、締め上げていった。

 冬夜の顔が苦しみに歪む。

 首を掴んでいる腕を離させようと、冬夜は首元の腕を掴んで必死に両手に力を入れる。

 しかし腕の力は今の冬夜が外せるほど弱くない。

 徐々に目の前の視界はぼやけ、冬夜の意識は遠退いていった。

 やがて、腕を外そうと動いていた冬夜の腕の力は抜けていき、だらりと落ちる。

 彼の意識はなくなり――やがて呼吸も止まった。


「とうや……っ! とうや!!」


 きなは倒れている冬夜に向かって名前を呼び続ける。例え――彼が死んでいることが分かっていても。

 常立神はその腕から冬夜を離すと、抜け殻のように冬夜は地面に崩れ落ちた。


「威勢の割には……あの時と何も変わっておらんな」


 一言冬夜に吐き捨てると、常立神は体を浮かせて天野の前で止まる。そして常立神は不敵に、狂ったように笑い出す。


「はははははははははっ!! 天野!! 貴様の言う『希望』と言うものは、我が貴様の目の前で破壊させてもらったぞ! これで我の勝ちを認めるよなぁ!? あの時、我を邪魔した貴様の努力は無駄だったわけだ!!」


 ――それは世界を創造した時の話だ……。

 私と常立神は世界を作った五柱の神、別の名を別天津神(とこあまつかみ)とも言った。

 しかし、この五柱は世界を作った後は、姿を隠したというが、実際に身を隠したのは天之常立神、ただ一人であったのだ。そしてある日、奴はいきなりあらわれ、仲間を連れてこういった。


「世界は……我一人で動かさせてもらおう!」


 その一言で、世界を作って間もなく戦争が起きた。

 現役であった私達は、潜伏期間の間に神力を高めた常立神に苦戦をしながらも、ほかの三人の神と力を合わせて奴を天界から追放することに成功。

 しかし、これから生まれるであろう人間たちのためにもこんな歴史は残させたくなかった。――こんな惨めな戦いを人間たちに繰り返して欲しくなかったのだ。

 そのために私たちはもう二人の神を作ると姿を消した。

 そのあとの三人の行方は今でもわからない。こうして表だって存在しているのは、私ぐらいだろう。

 そして時は過ぎ、私の知らない間にも多くの神が生まれ、同時にたくさんの人間も生まれた。そんな光景に興味を持った私は、こうして表だってさまざまな仕事を受け持っているのだ。

 そして今も……。


「さぁ! 負けを認めてこの『神域』を解除しろ。抵抗するなら、貴様も同じように殺してやるぞ?」


 常立神の醜い声に対して、眼を閉じた天野は独り言のように話し始める。


「お前の言う私の希望は……、もう死んだよ」

「そうか……だったら!!」


 でもな。と天野は常立神の言葉を遮るようにして言葉を紡ぐ。

 何も迷わない。彼を信じているから!


「私の希望の炎は……そんな水遊びのような攻撃じゃ揺れ動きもしない様だぞ?」


 そう言われ、常立神はとっさに冬夜の方向を見る。

 さっきまで倒れていた冬夜から何か二つの力を常立神は身震いしながら感じた。

 一つは白を基調とするような、神々しいイメージ。二つ目は黒を基調とする、禍々しいイメージ。

 それを感じて常立神は本能的に恐怖を感じた。だが、それに気付くのにはもう遅い。

 倒れていた冬夜の体から、神秘的な白炎が揺らぎ始める。

 これは――あの時と同じ。

 冬夜が一度死んだ時と同じ現象であった。

 やがて白炎は木刀を握っている方の手に移る。そして荒い呼吸で冬夜は再び戦うために立ち上がった。


「とうやっ! ……よかった」

「なっ!? 貴様、人間なのか?」

「……僕はれっきとした人間ですよ。前にも言ったじゃないですか。それに、僕はあなたを倒すまで死なないと、あの時決めましたから!」


 冬夜は白炎を纏った木刀を片手で一振りする。そして足に力を加えると空高く飛翔した。

 攻撃範囲内に常立神を捕捉した冬夜は木刀で振り下ろしの唐竹の軌道を描く。

 単調な攻撃を読んでいた常立神はそれを後ろに下がって避ける。

 けれどそれさえも読んでいた冬夜は常立神が下がるのと同時に前に進み、常立神の顔に左の正拳を叩きこむ。

 その衝撃で常立神は後ろに吹き飛ばされた。


「くっ、おのれ!!」


 常立神は再び周りに紫色の神力を何百と漂わせる。

 そして手を横に振り払うと、全ての紫弾が再び雨のように冬夜の頭上に降り注ぐ。


「同じ手は……二度も食いません!!」


 冬夜はあえてその雨の中に突撃し、避けられるものは避け、逆に避けられないものは木刀で叩き割って行く。

 その行動は徐々に常立神との距離は縮め、木刀の攻撃範囲内まで接近することができた。

 そして無防備な相手に冬夜は体重を全て乗せた剣撃を炸裂させる。

 常立神はその衝撃を直接受けて地面に叩きつけられる。――翼を失った鳥のように。


「とうや……!」


 冬夜の活躍に、さっきまで沈んでいた顔をしていたきなは笑顔で彼の名前を呼んだ。

 ――これは一応きなの能力のはずなのだが、どうやらきなには分かっていないのかな……?

 そんなことよりも冬夜は敵の飛んで行った方向に目を向ける。

 衝撃のせいで砂埃が立っていて、相手が良く見えなかった。目をつぶって気配を探ってみると、おぞましい気配を感じた。


「何だ、この禍々しい神力は!?」

「冬夜君! あれを見ろ……!!」


 天野が指した方向は、常立神が吹っ飛んだ場所である。さっきまで浮いていた砂塵が突然、風が起きたように周りに吹きすさぶ。

 その真ん中には、さっきまでとは違う気配を帯びた常立神が立っていた。

 右手に持っている刀は、さっきまでのものとは違い、刀の側面からは刺々しい刃がいくつも上を向き、紫の禍々しい気を表面から放っている。――あの神力の正体はどうやらあの刀らしい。


「まさか! 常立神、それをどこで手に入れた!?」

「これは我のものだ。貴様にとやかく言われるもの言いはないわ」


 そう言って常立神はその刀を冬夜と同じく横に薙いだ。そしてにやけながら虚ろな視線を冬夜に向ける。


「貴様が殺して死なないのなら、我が死ぬまで殺し続けよう……この伝説の剣、『神殺しの叢雲(むらくも)』でな!!」

「叢雲……?」


 そういえば聞いたことがある。

 スサノオが倒した大蛇、オロチの腹から出てきた刀。ゲームなどでの武器の名前に使用され、またの名を『草薙の剣』と言う。更に三種の神器の一つでもある品物だ。

 しかし、なぜそれを常立神が持っているかは、現時点では不明であった。


「気を付けろ冬夜君! 奴、何をするか分からない!!」

「分かってますよ!」


 冬夜は常立神に向かって再び特攻する。――危ない物があるなら、一回で仕留めて見せる!

 接近した冬夜は常立神の首元を狙って木刀を振るう。

 しかし、その攻撃は叢雲によって防御される。

 さっきと同じ展開。しかしさっきの展開とは違う現象が目の前で起きていた。


「力が、吸い取られていく!?」

「どうだ小僧……苦しいか?」


 冬夜の体から力が抜けていく。体の中のエネルギーを無理やり奪われるような感覚が冬夜を襲う。

 力の吸収源はどうやら叢雲らしい。

 叢雲に触れていた木刀に纏ってあった白炎は吸収された。そして元々練りこまれている天野の神力も吸い込まれ、冬夜の体は自動的に地に着く。

 神殺しの叢雲――それは相手の生命力たるものすべてを奪い、無に帰す最強の刀。いくら神といえどその生命力を奪ってしまえば、何の造作もないのだ!

 冬夜はこれ以上生命力を吸い取られないように距離を開こうと飛行をしようとする。

 天野の神力を完全に吸い取られている木刀では、冬夜は空を飛ぶことができなかった。


「しまった、木刀の神力が吸収されたから……!」

「動きが遅いぞ!」


 常立神は両手で叢雲を天に向けると、紫の神力が叢雲に纏わり大きな刃へと変わっていく。

 巨大な大剣となった叢雲を常立神は冬夜に振り下ろす。


「一刀両殺・紫月(ゆかりづき)!!」


 振り下ろされた叢雲は強い衝撃波を生み出し、間一髪で避けた冬夜は衝撃波に巻き込まれ、体が吹っ飛ぶ。吹っ飛ばされた冬夜の体は、衝撃ごと樹木に強くたたきつけられる。


「っ、痛い……」

「まだ生きておったのだな」


 さっきまで遠くに居た常立神は一瞬で冬夜に詰め寄り、構えていた叢雲を振り下ろす。

 冬夜はかろうじて動きを読んでその一撃を避ける。そして冬夜は相手を見ながら後ろに下がる。ただの木刀を構えながら。――これじゃ冬夜にほとんど勝ち目はなかった。


「もう手詰まりか? だったら、いい加減に果てろ!!」

「くっ……」


 冬夜は常立神から距離を置こうと常立神に背を向けて走る。

 しかし、常立神は容赦無く叢雲に纏わせた神力を衝撃波として冬夜に向かって飛ばす。

 避けきれないと悟った冬夜は、最後の希望に木刀で衝撃波を受けとめた!


「ぐっ、あぁ!」


 しかし、神力の消えたただの木刀にはひびが入っていき、衝撃波を虚空にいなした後に粉々になってしまった。――冬夜にもう武器はない。

 常立神は再び冬夜に詰め寄り体重を乗せた剣撃を浴びせる。

 冬夜は体を横に回転させてその攻撃を紙一重で避ける。

 さっきから避けてばかりの防戦一方。さらには叢雲の生命力を吸収する能力のおかげで冬夜の体にも限界が来ていた。

 再び冬夜は後ろを見ながら逃げ走る。

 そして、どうしたら勝てるかをいろいろ考えた。だが今まで普通の人間の日常を生きてきた冬夜には、戦略なんてものは思い浮かばない。


「逃げられてばかりで、無様だな。もう貴様には飽いた」


 常立神は叢雲に纏わせた神力を今度は糸状にして冬夜に振るう。

 いくつもの触手のような形の神力は、走る冬夜の体中に絡みつき動きを封じた。

 かろうじて立っている冬夜は力を入れて神力の触手を引きちぎろうとするが、一つも手ごたえは感じられない。


手縛牢(しゅばくろう)常立(とこたち)


 そうして常立神は叢雲を自分とは逆方向に振るう。

 叢雲についていた触手に絡まれていた冬夜は同じように地面に振るわれ、立ち上がることすらままならなかった。

 その光景は、冬夜を見守る者達の心をえぐるには最高の舞台となった。


「ああっ!?」

「今楽にしてやる。いや、貴様の場合は何度も生き返るであろうから、地獄の始まりであろうなぁ?」


 再び天に叢雲を構えた常立神は神力を叢雲に注ぎ、月をも割りかねない程の攻撃力で冬夜を真っ二つにしようと振るわれる。


「やめてええええええええ――!!」

「……っ!」


 あまりの衝撃に地面はえぐれ、周りの樹木は吹き飛ぶ。周りに存在する生命をすべて殺すような一撃が冬夜に振り下ろされた。

 誰もが絶望感に打ちのめされた矢先、常立神だけは一人違和感を覚えていた。――叢雲を押し返されるような力に。


「馬鹿な!? 我の叢雲を、受け止めただと!?」


 衝撃で舞っていた砂塵が止んだその場所には、何かで叢雲を受け止める冬夜の姿があった。

 冬夜はまだ死んでいなかった。

 誰もがその光景には驚きを隠せなかったが、冬夜は一人で優しい笑顔を浮かべてながら自分で握っている物を見る。


「また、助けられたんだね」


 冬夜が叢雲の攻撃を受け止めた物――――それは昨日の夜に森で拾ったもう一つの木刀であった。

 その衝撃を吸収した二つ目の木刀にも既にひびが入っていて、使い物にはならなかったが、冬夜の命を延命するには大いに役立ってくれた。

 自分は、昔からあの子に助けられていたんだ。冬夜は懐かしむように呟く。


「くっ、小癪な真似を!」

「ぐあっ!」


 常立神は再び叢雲から触手を伸ばし、避けることの出来ない冬夜の両手両足をきなと同じようにように束縛する。そして彼のもとにゆっくりと近寄り気色の悪い笑顔をきなと天野に向けた。


「今から、貴様らの希望を削り取っていく。さて……こいつは何本目で死ぬかな?」


 神力を叢雲に催した紫の刀が上空に現れ、八本が地面に突き刺さる。常立神はそのうちの一本を抜き取ると、懇切丁寧に、嫌らしい笑みを浮かべながら説明を始めた。


「ちなみにこれは我の神力で作られているが、叢雲から作られてるから実質効力は同じだ」

「常立神! お前はどこまで卑劣なんだ!!」

「勘違いしないでくれよ天野。これは最高神である我に歯向かった人間の末路をこのまま小僧に体験させるだけだ。貴様も同じようにしてやるから、覚悟して待っておるがいい。……あはははははははははっ!!!!」


 笑いながら構えていた叢雲を勢いよく冬夜に振りかぶる常立神。

 冬夜の腹部に勢いよく一本目の叢雲が差し込まれる。

 直後、彼の叫び声が、苦しみを訴えるように空間に響く。

 刺さっている傷口から白炎が滲み出ているが、それはすぐ叢雲に吸収され消えていき、冬夜の傷口を治すには程遠かった。


「がはっ」

「さぁ、次だ!!」


 二本目の叢雲が右腕に、三本目が左足に……と次々に冬夜の体に差し込まれていく。

 痛みと恐怖が冬夜の体に刻まれていき、刺されるたびに冬夜の叫びは小さくなっていく。

 神力で作られた八本目を差し込まれた時には、もう声すら発せられていなかった。

 その時、きなの嗚咽が常立神に届いた。

 ぼろぼろに泣きじゃくるきなは常立神に嘆く。


「やめてぇ……、このままじゃ本当にとうやがしんじゃうよぉ……」

「何を言っているんだ……四気神? そのためにやっているんだが? 貴様を追ってくるものはもうこいつしかいない。だから、こいつは二度とあんな風に気持ち悪く生き返らないようにこうやって神である我が浄化させようとしているのではないか」


 そして、最後の叢雲本体が冬夜に刺されようとしていた。

 その時、きなは泣き叫び、後悔する。

 こんな自分に巻き込まれたばっかりに、大切な人が目の前で無残な姿で死んでいくことを。


「わたしは……どうなってもいいから……。どうかとうやは助けてください、神様……!」


 きなは必死に願いを乞うが、神である天野は動けなかった。

 自分が行っても誰も助けられない、と。力を失った自分にはほとんどできることがなかった。

 できることは、神として冬夜に望みを託すことしかできなかった。

 本当だったら彼が願われる、託される立場のはずなのに。


「残念な神様だな天野! だから、これから世界の神となる我が四気神の願いをかなえてやろう。『この男を殺す』と言う願いをなぁ!!」


 九本目が、叢雲本体が冬夜の体に差し込まれる。狙うは……刺していない心臓!!



 気を失った冬夜は一人、意識だけの真っ暗な世界に立ち尽くしていた。

 力の足りない自分に対して嘆くように立ち尽くしていた。

 そんな時、あの時自分の心に話しかけてきた醜い声が再び彼の耳を叩く。

 誰のものか分からないその声は冬夜に投げかける。


 ――キサマハ、コンナチュウトハンパナオワリデヨカッタノカ?


 中途半端……その言葉が冬夜に向かって一番心に響いた。

 それには訳がある。

 小学生時代。自分は何でもできると思ってやってきたことは全て一番になる。勉強だって、運動だって。

 そんなことが彼にとっては日常だった。

 しかしある日、勝負事をしていたとき、冬夜は知ってしまったのだ。

 自分が一番になる背景には、必ず二位や三位になる人間がいる。

 二位や三位になって悲しむ人間がいる。

 それを知った時から冬夜は一番になろうとは思わず、人よりある程度できれば良いと思うようになった。

 自分のせいで悲しむ人間がいるなら、自分は一位以外でいい。冬夜はそう考えて今まで生きてきた。

 そしてそれはいつしか、彼にとっては普通のことに、日常へと変化していた。

 本当は人並み以上どころか、人を超えるくらいにすべてをこなせるのに。


「駄目なんだ。自分は中途半端で、何をやっても二、三位程度。こんな自分じゃ、きなを救うことはできなかったんだ」


 ――ナラ、オマエノキナヘノオモイハ、スベテニセモノダッタノカ?


 その言葉を聞いた冬夜は、誰なのか、何なのか分からないそれに向かって自分の答えを叫ぶ。


「それは偽物なんかじゃない! まだ会ってから日は浅いけれど、僕は本当に彼女に惹かれていったんだ。自分が知りたいと思うことを一生懸命に、健気に知ろうとするきなの姿に――! この気持ちだけは、誰よりも一番強いと思っている! この気持ちだけは誰にも負けない……誰にも負けたくないんだ!!」


 二、三位程度でいいと思っていた少年は、久しぶりに一番と発した。

 誰にも負けたくないと、そう叫んだ。

 けれど、力が足らない。自分だけでは彼女を救えない。――だから、諦めるしかないんだ。

 冬夜は力なく地面に倒れそうになる。

 しかし、優しい誰かの手が冬夜のことを引っ張ってくれた。そして、その誰かが再び語り始める。――この空間が温かいものに包まれるのを冬夜は感じていた。


 ――お前の主への気持ち、しかと受け取った。


 さっきの化け物のような声とは一転、男の美しい声が聞こえてきた。どこか懐かしいその声は、冬夜に向かって語り続ける。


 ――わたしが……君に力を授けよう。


 その力が君に善を与えるか、悪を与えるかは、君の使い道次第だ。と言って、男の気配らしきものが冬夜の肩に優しく乗った。


『その力で君が守りたいと思うものを守れることを君の側で――――私は一番に祈ろう』



「いやああああああ!!!」


 きなは目をつぶり叫ぶ。

 叢雲本体が冬夜の心臓を貫こうとしたとき、


 叢雲を受け止める力が何者かの手によって働いた。


「なっ!? 貴様……どうしてその状態で動ける!?」


 きなは瞳を開ける。

 そこには叢雲を左手で受け止める冬夜の姿が見えた。

 冬夜の左手に絡まっていた触手は、無残に引きちぎられたままになっている。

 次の瞬間、顔を上げた冬夜の体に巨大な白炎が燃えあがった。

 その炎は冬夜の傷口をすべて消し焼き、冬夜の頭髪を白髪に染め上げ、刺さっていた刀と絡まっていた触手を燃去(しょうきょ)させ、冬夜が握っていた叢雲本体の先端をも溶かす。


「ばっ、化け物か……!?」

「化け物はあなたの方だよ」


 冬夜の体を覆ていた白炎はやがて、九つの塊となって冬夜の後ろにくっつく。それはやがて尻尾に変わり、さらに冬夜の耳には狐らしい立派な毛並みの髪の毛と同じように白い狐耳が生えていた。


「あれは、九尾の狐!?」


 天野は驚愕する。

 あれは古より伝わる伝説の妖怪。

 しかしどうして冬夜君に、と天野は驚きと同時に冬夜に対しての疑問も浮かんだ。

 一方、常立神は苦し紛れに叢雲を再び冬夜に向かって構える。そんな様子を冷たく冬夜は見つめた。

 風格のある冬夜の姿を見ながら、内心怯えながらも常立神は怒声を放つ。

 まるで、弱い犬が強い者に吠えるかのように。


「しかし、人間である貴様の見た目などただのハッタリ。狐に化かされる我ではない!!」


 勢いに任せて常立神は冬夜に叢雲を振り下ろす。

 しかし、冬夜は左手に持っていたひびの入った木刀でいとも簡単にそれを受け止める。

 冬夜の持つ木刀には白炎が纏われていき、やがて刀のような形に姿を変える。


「九の刀、白雪(しらゆき)


 さっきまで木刀だったそれは白炎によって美しき白の刀へと変貌した。そして振り下ろされた叢雲をはじき返し、常立神をも吹き飛ばす。

 地面に倒れた常立神は、あまりにも驚きの出来事に呆然としていて動くことができない。

 そして、冬夜はさっき壊された天野からもらった木刀を破片ごと拾った。

 その破片からも白炎が纏われ、一本は白雪より短い一本の日本刀に。破片は七つの短刀へと姿を変え、冬夜の周りを守るかのように漂い始める。


「八の小太刀、黒夜(くろよる)


 こうして、再び冬夜のもとには太刀と小太刀、そして七本の短刀が武器となった。それはまるで、稲荷さまの力を得て作られた刀、『子狐の太刀』に似ているが、そんな比ではなかった。


「これでそろった。常立神、これが僕の武器、『九尾狐(きゅうびぎつね)白炎九刀(はくえんきゅうとう)』だ」

「白炎……九刀……」


 常立神はあまりにも美しい刀に見惚れる。

 はっ、気がつくと再び叢雲を構え、冬夜に向かって紫水の針の神力を放出した。

 しかし冬夜は避けず、黒夜と白雪を交差させるように振り下ろす。

 すると両刀にまとってあった聖なる白炎が地面に燃え移り炎上し始める。燃え移った白炎は壁となり、すべての紫弾を無に返した。


「『白火昇炎(はくびしょうえん)』!」

「くっ、我の神力をこんなにもあっさりと」


 遠距離の戦闘が不利だと思った常立神は、紫弾で牽制しながら冬夜の前まで距離を詰める。一方の冬夜は黒夜で全て防御する。

 だがこれも常立神の計算のうち。

 紫弾のけん制でひるんだ冬夜に一太刀浴びせようと、常立神は勢いよく叢雲を振るう。


「かかった――!!」

「……」


 キィン、と甲高い音で空間が振動する。

 しかし、冬夜は手を出さず常立神の叢雲を止めていた。

 否、止めたのは冬夜自身ではなく、さっきまで浮いていた七つの短刀であった。

 どうやらこの七つの短刀は冬夜の思う通りに動き、守りにも攻撃にも使用可能のようだ。


「ば、馬鹿なっ!」


 短刀に防御を任せていた間に後ろに回った冬夜は、二本の刀で常立神の背中に数秒で何十もの剣撃を浴びせる。

 その衝撃で常立神は吹き飛び、持っていた伝説の刀、叢雲も折れてしまっていた。

 常立神は今まで見せなかった恐怖の表情を浮かべる。


「ま、待ってくれ。これまでのことは反省する。だから命だけは……」

「悪行をした後は、自分の命の心配ですか。ずいぶんと良い性格してますね」


 そう言いながら冬夜は詰め寄る。目の前にいる敵に最後の一撃を浴びせるために。

 さっきまで自分の大切な人を恐怖のどん底まで叩きつけたこいつに、終を迎えさせるために。


「う、うわああああああああああああああああああああああ!!!」


 恐怖の叫びを常立神は上げた。その時、冬夜の心は揺れ動き、体の動きが止まる。

 しかしそれによって隙ができてしまった。――にたりと常立神は笑う。


「やはり、貴様は甘い!」


 常立神は冬夜の戦闘に関する実戦経験の浅さを知っていたのだ。だからそこに漬け込んだのだ。

 最後の力を振り絞っての攻撃か、神力で刀よりも小さい小太刀を型どり、それを冬夜の心臓に突き刺す。


「甘いのは……あなたの方だ」


 冬夜はとっさに足蹴りで小太刀を蹴り上げる。

 常立神は、どうして普通の蹴りで自分の刀が蹴り上げられたのか不思議だったが、冬夜の足を見てその問題は解消した。

 冬夜のつま先には、短刀の一本が上向きに乗せられていた。短刀の刃で自分の刀は振り上げられたと常立神は気付く。

 冬夜は常立神の襟をつかむと、上空へと振り上げ低くしゃがむ。

 九刀の炎圧は上昇していき、一つ一つが大きめの刀のようにと変わる。そして、短刀の上に乗ると、上空に飛ばした常立神のもとへ向かい、最後の仕上げを行う。

――これで、手加減しなくて済む。

 短刀七本は、常立神の服を絡めるようにしてさらに上空に上がる。冬夜は手に持っていた両刀に念を送ると、浮上し両刀を交差させ構えた。


「く、くそがあああああああああああああああああああああ!!?」


 常立神に絡むように刺さっていた七本の刀は常立神の服を貫通し散っていく。そのせいで上空を飛んでいた常立神は重力で落下していく。七本の刀のおかげで的となった常立神に突撃して容赦なく斬り倒す。


九尾一刀(きゅうびいっとう)!!」


 さっきまで散っていた七本の短刀が切り替えしてきて常立神を切り裂いた後、黒夜での一撃を浴びせ、体を回転させ白雪の二撃目を一撃目と同じ傷口に浴びせる。

 その衝撃で地面に叩きつけられ、常立神は意識を失った。まだ命はあるようだが。

 常立神が意識を失った後、冬夜の後ろから叫び声が聞こえてきた。声がする方向に目を向けると、束縛から解放されたきなが重力で地面に落下していくのが見えた。


「きゃあああああああああ!!」


 神力によって縛られたきなは空中に居たため、解除された後はそのまま地面に落ちていく。

 冬夜はきなのそばに行くことを念じ、一瞬にしてきなの下まで到着した。

 その後、冬夜は落下してくるきなをその二本の腕で優しく受け止める。

 受け止めたきなの体は、見たとおりぼろぼろであった。


「とうや、やっとたすけにきてくれた」


 きなの笑顔には、涙が浮かんでいた。

 それを見た冬夜はきなを強く抱きしめる。きなに見えないように涙を流して――。


「ごめん……こんなになるまで、きなのことを助けに行けなくて」

「いいんだよ? こうやって、またわたしはとうやに会えたんだから」


 きなは嬉しそうに冬夜の顔にを頬を擦りつける。そんなきなをとり落とさないようにしながら冬夜はきなの頭を優しく撫でた。

 相変わらずきなの髪はとても柔らかく、凄くさわり心地がいい。

 すると、冬夜は何かを思い出したかのように懐から何かを取り出した。手に持っていたのは、夜に作った餅であった。


「きながお腹を空かせてたらなと思って、持って来たよ。きなが一番最初においしいって言った食べ物。ちゃんときな粉もつけてきたよ」


 そう言って冬夜はきなに餅を差し出す。時間が経って冷めてしまっているが、もちもちの弾力は失われていなかった。


「とうや……おぼえててくれたんだ」

「忘れるわけない。だって、あれがきなとの初めての会話だったんだから」


 そうして、きなは二日ぶりの食事をとった。口の中のお餅は、きなの今までの苦しみを吸収してくれるぐらいに柔らかい。

 涙が口の中に入ってしまって、甘い中に少し塩味がある不思議なおいしさだった。


「おいしいよ。とうや」

「それは……良かった」


 おいしそうに笑顔で餅を頬張るきなの姿を見ながら、冬夜は顔をほころばせた。

 そして、きなはきな粉餅を頬張りながら冬夜に再び顔を向ける。きなの目線は、冬夜の尻尾と耳、そして白髪に向けられていた。


「でも……どうしたの? 髪の毛も真っ白でしっぽもはえて、とうやってわたしと同じだったの?」

「いや、これは僕の能力じゃないというか、きなの能力というか……」

「でも、そんなこときにしないよ。だって――そんなとうやもかっこいいもん!」


 きなの一番の笑顔がそこにあった。まだ頬を伝っている涙を拭きとりながら、冬夜はきなに笑顔を返す。その時、きなの顔が驚いたような、照れているような顔になった。


「とうや……」

「……きな」


 顔を見合わせていた二人は、自然に顔を近づける。そして……。


「「……きーす!きーす!」」


 いきなり下の方から多くの人の声が聞こえてきた。その声の主はどうやら天界に住んでいる神様達のようだ。

 天界に居たことをすっかり忘れてた……。冬夜は内心、冷や汗をかくのであった。


「冬夜君。時と場所と言う物があるだろう?」

「天野さん……何で『神域』を解いたんですか……」


 空気を読めないのはあなたの方だ。と冬夜はため息をつく。

 その時、冬夜は自分の体の力が抜けるのが分かった。他の人から見てもそれは良く分かるほどに。

 なぜなら、冬夜の白髪が元の状態の黒髪に戻ったからである。

 そこで、冬夜の意識は薄れて行った。


 最後に冬夜が見たのは、そんな冬夜に驚いた顔をしたきなの姿と、眩しく輝く初日の出であった。


(一月一日 終了)

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