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僕と尻尾の冬休み  作者: 柴健
僕と尻尾の冬休み編
9/30

六日目

今回で修行編は終了し、きなを奪還する話になります。

※今回は想像力によってはとても残酷な表現を含みます。極力は減らしてるつもりなのであしからず。

 12月31日


 現在の時間は5時。

 冬夜は天野が来る前に起きて、外で素振りを行っていた。何十回か素振りをしていると、体が温まり、呼吸が荒くなってきた。

 朝の寒さを、口から出る白い息が物語っていた。


「今日が……最後の日」


 天野が言っていたことを冬夜は思い出していた。あの男によってきなが利用されれば日本に多くの被害をもたらすと。だから、そんなことが起きる前に前日から奴が現れそうな場所で待ち伏せをし、計画を阻止すると。

 そのための第一段階。それはまず冬夜が強くなることだ。天野は人間に対してはある程度戦えるが、現役の神相手では、どうすることもできないと言っていた。だから冬夜が強くなるのだ。――今の時点で、きなを救えるのは冬夜しかいないのだから。

 第二段階は、今日行われる演習で分かると昨日天野が言っていた。なので、冬夜は天野が昨日来た時間になるまで、木刀による素振りを続けるのであった。


「きな……ひどい目にあってないよね……?」


 今は囚われの身となっているきなを、冬夜は心配せずにはいられなかった。


 そこはとても暗い深淵の空間。その中心に、一人の少女きなが呪符同士を絡めて作られた鎖に縛られ、身動きの取れない状態で捕縛され、空間に幽閉されていた。


「……」


 あの男に捕まってから、きなは何も口に含んでいない。

 最初はあの男はも友好的だったのだが、力を使ってみろと言われ、自分にはなんの力もないことを話すと、暴力を振るわれた。何度も。何度も。そして男はあきらめたのか、仲間にきなをこの空間に幽閉するように言いつかったのだ。そうしてあの日以来、この空間に入ってきたものは一人もいなかった。


 ――とうやのごはん、食べたいなぁ……


 別に。暴力を振るわれたりしたのは、特にきなにとっては痛いという痛覚しか感じ取れなかった。それよりも、一番痛いのは、心だった。冬夜のそばに居れなかったのは、きなにとっては一番の苦痛だった。

 だから、最初のころは冬夜の名前を泣きながら叫び続けた。何もない空間の中でただただ叫び続けた。

 ――助けてと。――会いに来てと。――私の傍に居て欲しいと。

 しかしその願いもむなしく、冬夜に言葉は届かなかった。幽閉されたこの空間では、きなの言葉は誰にも届かなかったのである。だからきなは叫ぶことを止めた。

 でも、冬夜を想うことはやめることができなかった。自分にとっての一番大切な人。自分を一番大切に思ってくれる彼のことを忘れることだけはきなにできなかった。

 だから、いつまでもきなは想いつづける。


「会いたいよぉ……とうやぁ……」


 すると、閉じられていた空間に一筋の光が見えた。久しぶりの光に、きなは目蓋をつむった。

 空間の入り口に立っていたのは、あの男だった。


「時間だ。早く出るがいい『四気神』」



「ふぅ……」


 冬夜は用意していたタオルで、額を流れる汗を拭きとった。

 そろそろ頃合いだと思い、冬夜は汗を拭きながら、家の扉を開いた。開いた瞬間、昨日のような香ばしいコーヒーの香りではなく、おいしそうな料理のにおいが漂ってきた。

 不審に思い、玄関からリビングを覗くと、


「……おぉ、おふぁよぉ、とうやくぉん!」

「食べ物を口に入れてから喋らないでください天野さん! 飛びますから!!」


 リビングのテーブルには、三つの重箱を広げて、中身を箸で丁寧に食べる天野の姿があった。天野は右側に置いてあった湯呑を口にすると、さっきまで咀嚼していたものと一緒に飲み込む。


「やぁ、冬夜君!」

「また勝手に上がり込んだんですか? それに僕の家のテーブルで何を広げているんですか!?」

「これはお節だよ? 知らないの? ちなみにこれは家内の手作りでさ。どうだい? 君も一緒に食べないかい? おいしいよ!」

「そういう話じゃないですよ!?」


 しかし、言葉とは裏腹に、冬夜の腹からは空腹の音が鳴っていた。恥ずかしくなった冬夜は、天野から目をそらした。そんな光景を、天野はにやにやしながら見ていた。


「まぁ、立ち話もなんだ。このお節を食べながら話をしようよ冬夜君」

「……分かりました」


 冬夜は食器棚から自分の箸を持ってきて、テーブルの上に置くと両手を合わせた。


「いただきます」

「はい、どうぞ」


 天野は楽しそうに返事をした。

 試しに冬夜は、重箱の中から数の子を取り出して、口に含んだ。これが意外にもおいしかった。


「ほう。最初に食べるのが数の子とは……子供はそんなに沢山欲しいのかい?」

「……ゲホッ、ゲホッ!」


 恥ずかしい話をされて、冬夜は咳き込んだ。確かにおせちの数の子には、子沢山の意味合いがあるが、別にそれを狙って食べたわけではなかった。しかしそう言われて、一番最初にきなの顔が浮かんだのは秘密である。


「そういう天野さんは、最初にいつも何食べてるんですか……?」

「私は鯛から食することにしている」

「めで鯛ですか……」


 ぐぬぬ、と反論できない冬夜であったが、一つ質問することができた。


「そういえば、このおせちは奥さんが作ったんですよね?子供はいるんですか?」

「子供は二人いる。前にも言ったように、私の力をちゃんと受け継いでいるよ。写真でも見るかい?」

「えっ、持っているんですか?」

「当たり前だろう?親が子供の写真を肌身離さず持っているのは」


 そう言って、天野は神主のような服の袖の奥から写真を取り出した。写真の中には、男の子と女の子が仲良く並んでいて、そのそばには清楚な女性が笑顔で立っていた。


「こっちの女の子が姉で、こっちで指をくわえているのは弟だ。そしてこっちで佇んでいるのが自慢の家内だ」


 とても仲良しそうな家族であった。少なくとも冬夜はそう思えた。


「もしかして、いまさらですが、天野さんが僕に協力してくれるのって……家族のためでもあるんですか?」


 天野は黙ってこくんと頷いた。写真の中身を楽しそうに眺めながら。彼にとって守りたいのは、日本なんかよりも家族なんだろう。

 冬夜はそんな天野の期待に応えたくなった。いつか会うだろう子供たちのためにも。


「さて、そろそろ修行を始めようか。あとの中身は冷蔵庫のでも入れといておくれ。特製の重箱だから、中身が腐ることはないだろうけど。」


 またお昼にでも食べよう。と言って、天野は玄関のドアを開けて外に出たのであった。


「……えぇーーーーー!?」


 この三日間で、初めて玄関のドアを開けて外に出る天野の姿を見た冬夜であった。


 言われた通り、重箱を冷蔵庫にしまってきた冬夜は、昨日借りた木刀を持って外に出た。天野は集中力を高めているのか、静かな出で立ちでいた。


「さて、今日も戦うための演習を行ってもらう。しかし、今日は本気を出すために、私が選んだ場所で戦ってもらう」

「どうして場所を変えるんですか?」

「後でわかるよ」


 そう言って、目の前で天野は手拍子を二回、神様に祈るように叩いた。神様は天野さんだけれど。

 その瞬間、目の前が光に包まれて、冬夜は目を瞑るしかなかった。

 次に冬夜が目を開けたころには、冬だとは思えない景色が広がっていたのだった。足元には静かな水面が広がっていて、空には青空のなかに雲が浮いていた。

 平和な日常のような光景だが、水の上に浮いているというどこか幻想的な空間であった。


「私が本気で戦うのに、あんな狭い場所じゃ被害が出るからね」

「それにしたって贅沢なフィールドですね」


 すごく澄んでいる空を眺めながら冬夜は言った。その反応が面白かったのか、天野はふふっ、と笑っていた。


「気に入ってくれて何よりだ。私もこの天気が好きなんだ」


 澄んでいるこの空気を見ていると心が洗われる。と天野は目を閉じながら気持ちよさそうに言った。それを見ていた冬夜も、つられて天気を見る。――本当に心が洗われるようだ。


「さて、そろそろ演習を行おうか。場所は変えられても、時間は戻せないからね」


 そうして、天野は手を広げると、顔つきが変わった。あまりの神力に、空気が震えた。びりびりとした空気が、冬夜に緊張感を与えたのであった。


「私は神を統べる『天之御中主神アメノミナカヌシノカミ』。今からお前に私の本気の姿をお見せしよう!」

「……!」


 どこかの小説で読んだことがある気がする。自分の本名を教えるということ、それは相手を本気で倒すときのみだと!!

 天野の周りに数多くの光弾が現れ始まる。数は増えていき、冬夜にめがけて物凄い速さで飛んできた。その光弾を、冬夜は反射神経で避ける。避けた光弾は水面に当たり、巨大な水飛沫(みずしぶき)を巻き上げる。もしあれが自分の体に当たっていたら――間違いなく死んでいた!!


「どうだい? 冬夜君。これが神の力だ。今日の課題はこれに当たらずに君には私を倒してもらう。すべて避けきれるかな?」


 天野の合図とともに、冬夜に向かって無数の光弾が降り注ぐ!それはまさに光弾の弾幕!!

 冬夜は当たらないように、水面で体を回転させて全てを避ける。後ろでは水面に衝突した光弾が水飛沫を上げて、冬夜の頭にも降り注ぐ。晴れているせいで、それはお天気雨にも思えた。

 しかし、あまりの数の多さに冬夜にも限界が来ていた。避けそこなった光弾の一発が冬夜に命中する……!

 冬夜は、その光弾に対して左手に持っていた木刀で光弾を切断しようと試みる!木刀を叩き付けられた光弾は予想通り真っ二つに割れる。一方、木刀には傷一つなかった。


「気付いてしまったか」

「そうですよねね。この木刀は天野さんがくれたものだ。そこらの木刀とは訳が違いますよね」


 ――これは特別製で、私の神力も少し練りこまれている。

 その言葉を思い出していた冬夜は、木刀を、天野を信じて光弾に木刀を叩き付けたのだった。でもこれで確信が持てた。――これなら勝てる気がする。

 冬夜は木刀を前に構えながら、水面の上を全速力で駆け抜ける。天野は先と変わらずに光弾を冬夜に撃ち込むが、斬ることを覚えた冬夜にとっては、光弾の嵐はすでに敵ではなかった。走りながら次々に光弾を真っ二つに割っていく。


「こいつはどうだい!」


 天野は光弾をまるでビームのように一列に並べると、一気に冬夜に向かって放った。一点集中で勝負を決めるつもりであった。しかし、冬夜はそれを体を横に回転させて、わざと紙一重で避けた。

 それは自分の隙を少しでも削るため。一点にまとめた光弾は後ろで爆音を起こすが、冬夜は気にせず天野に向かって駆け抜ける。


「くっ、なんて成長力なんだ!」


 昨日あれだけの実戦経験で、冬夜は確実に強くなっていた。神をも凌駕する勢いで。速さも、力も、反射神経も、体のすべての力量(パラメータ)が十分すぎる量だ。

 若いとは、素晴らしい。天野は改めてそう思うのだった。可能性にあふれた彼のように。


「勢いが緩んでいますよ! これなら僕が勝ちにいきます!」


 天野のそばまで接近していた冬夜は、目標である天野が攻撃範囲内に入ったので、木刀による攻撃を開始する。

 木刀を振りかぶり、唐竹割りをするように振り下ろして天野の脳天に直撃させる!


「今日の課題一。合格だよ!」


 そう言って、天野は後ろに飛んで、冬夜から離れていく……だけではなかった。

 後ろに下がった天野は、どんどん上空に上昇していき、天に手が届く高さまで浮いていた。


「空中なんて卑怯ですよ!?」

「敵がこのように飛んだらどうするんだい?だが安心してくれ。君にも空を飛べる。その木刀に飛ぶように念を送れば、神力の無い君にも空を飛ぶことができる。」


 もっとも、慣れるのは戦いながらだけどね。と天野は再び無数の光弾を冬夜にぶつける。光弾は弓矢のように冬夜に襲い掛かる。

 冬夜はさっきと同じように、光弾の動きを読んで避けていく。避けられないのは真っ二つに割っていく。問題はその状態で念を送ることだ。集中しなければ念は送れないが、そんなことをしていたら、光弾が体に直撃する。

 冬夜は慎重に光弾を避けていき、集中する感覚を掴もうとするが、これがやはり難しい。


「くっ、どうすれば……」


 冬夜は、光弾を避けながら考える。どうすれば天野が自分に光弾を当てられなくなるかを。

 当たらない、目標を捕捉する、――相手から相手から見えなくなる。これだ!

 考えがまとまった冬夜は、すぐさま行動に移る。さっきまでと同じように光弾を避けていき、一つ一つの距離とタイミングを計る。

 そして、やっと見つけた一つにタイミングを合わせるように後ろに走る。


「冬夜君、一体どうする気なんだ……?」


 まさか!と天野が気付いた時にはもうすでに遅かった。冬夜はにやりと笑い、光弾が地面に着弾するのを見計らってさらに高速で後ろに下がる!

 爆音も生じるその攻撃で、水しぶきが舞い散る!その後ろに下がった冬夜の姿は、天野からはどうしても見ることができなかった。


「……やられた!」


 天野は慌てて、冬夜のいるであろう予想の地点に光弾を撃ち込む!しかしどれも手ごたえがなく、天野は恐怖に怯えていた。

 水飛沫が地面にすべて落ちていき、奥の場所が見えた。しかし、その奥に冬夜の姿はなかった。


「くっ、どこに行ったんだ!?」


 天野は様々な方向を見るが、やはり冬夜の姿は見当たらなかった。そして、すっと首筋に固い物が当てられる。視線を向けると――それは木刀であった。


「今回も僕の勝ちでいいですよね?」


 天野の後ろでは、優しい笑顔で木刀を首筋に当てる柴咲冬夜の姿があった。顔には被った水飛沫の水滴が流れていた。天野は参ったと両手をひらひらと上げてこう言った。


「合格だよ。これで君も十分に戦えるはずだ」


 空間がゆがんでいき、気が付けば冬夜と天野は冬夜の家の庭に居た。さっきまで濡れていた冬夜の服も、現在では嘘のように乾いていた。


「これで修行終了ですか? ほかにすることはないんですか?」

「冬夜君があと行うことは、夜までに、疲れているその体を休ませることだ。今日はもうやることはないよ」


 そして天野は先に玄関に入ろうとする。すると、何かを思い出すように後ろにいる冬夜の方向に向いた。


「そろそろ十二時だ。君もお腹がすいているだろう? 冷蔵庫にあるおせちを一緒に食べよう」

「……それでは、遠慮なく」


 天野が言うには、どうやら十二時を回っているようなので、冬夜は天野と一緒に、天野の奥さんが作ったおせちを再び食べるのであった。


 食事の終えた冬夜は、天野に言われた通りに体を休めるため、自分の部屋のベッドで横になっていた。現在、天野は自分の帰る場所に帰ってしまった。夜の九時ごろに迎えに来るらしい。

 冬夜はベッドに寝転がりながら、木刀を見ていた。ずっと不安に思っていたんだ――昨日見たあの感覚を。しかし今となってもどうしてあんな感覚が襲ってきたのかを冬夜は知ることができなかった。天野に話すこともできたのだろうが、きなの能力だ。わからないかもしれないと思い、あえて聞かなかったのだ。

 だから、正体を知るために、冬夜は再び木刀を手にして、念を送ってみた。またあんな思いをしなくてはならないのだろうけど、こんな不安な状態で戦場に行くのも心残りだ。


 九つの光。紅い目。今度は一瞬ですべてがはっきり見えた。だが、正体まではわからず、今でもその姿が恐ろしい。

 そんな時、言葉が聞こえた。


――オモイダセ。イマワシキオマエノキオクヲ!


 言葉を聞いた瞬間、冬夜の意識は吸い込まれ、気が付くと空間の中に一人立っていた。声の主は誰だかわからなかった。


「誰だ! 僕を呼ぶのは!」


 空間の中でそう叫ぶが、冬夜の声は空間で反響した。そして、目の前にある炎が形を作っていく。――それは少女の形になっていき、少女の泣き声が聞こえてきた。


「……ひっく、えぐ」


 泣きじゃくった少女は、冬夜の前をゆっくりと歩いて行った。どうやら冬夜には気づいていなかったようだ。

 そうしてそのあと、残っていた白炎がほかの男の形を成していった。


「いたぞ!」


 白炎の男たちは、少女の後を追っていった。その手には武器が握られていた。追いかけてくる男たちに気付いたのか、少女は逃げるように走り始めた。

 冬夜もそれを追いかけるように、意識の体を走らせた。

 やがて男たちは少女に追いついて、彼女を捕まえるように白い髪を引っ張った。


「やっぁ、止めてよぉ……! あぐ……!?」


 男たちは、少女の体に収まらないほどの武器で少女を襲った。冬夜はその残酷な光景を、見続けることができなかった。

 やがて男は少女を殺すと、少女を置いてどこかに行ってしまった。

 しばらくして、死んだはずの少女は、一人泣き始める。すると、少女の体から武器は勝手に抜けていき、傷口からは白炎が立ち始めた。


「あれは……天野さんが言っていた、僕の傷を治したときと同じ現象!?」


 そうして、少女は立ち上がり、どこかへと向かった。冬夜はそれを追いかける。彼女の向かった先とは、冬夜の近所にあったあの森であった。

 森の真ん中には雪が積もっていて、少女はその真ん中で横になった。

 それが冬夜が最後に見た光景であった。



 午後七時


 どうやらあの後、冬夜は眠ってしまったらしく、覚めた目で窓を見てみると、空は真っ暗であったが、下の方は明るかった。

 今日は12月30日。だからみんな初詣のための準備を行っているようだ。


「……夜ご飯食べなくちゃ」


 冬夜は木刀を持って下に向かった。一階に降りてみたが、まだ天野は来てないらしく、電気はついていなかった。

 いつものように適当なものを冷蔵庫を覗いて探した。修行をしていて買い物に行かなかったせいか、中に目ぼしいものは無かった。

 しょうがないので、食品庫から乾燥物を探していると、一つだけ食べられるものがあった。

 それを持った冬夜は、何を考えたか二人分持ってそれを調理した。


 食事を終えた冬夜は、暗い自分の部屋で机の前に立っていた。それは何故かと言うと、昨日拾ったあれを持って行こうか迷っているのだ。しかしそんな大きいものでもないし、お守り程度で持って行くのには丁度良い。

 ――持っていくか。

 迷った末に、冬夜はそれを持っていくことに決めて、懐にしまったのだ。

 用意のできた冬夜は、一階に下りると、既に天野が待っていた。そして、天野に衣服を手渡された。白を基準とした服装だった。


「これは……神社の礼装?」

「私のお古で済まないが、これで我慢してくれ」


 天野によると、天界に行くのには、人間時の服装は目立つとのことだ。

 とりあえず、渡された服を脱衣所で着替えてきた。慣れない服だからか、少し動きにくいが。


「それでは行こうか。君はまだ神歩法(しんぽほう)は学んでいないと思うから、私の力を経由して天界に向かう。準備はいいかい?」


 うん。と頷こうとした時、後ろの方から自分の名前を呼ぶ男の子の声が聞こえてきた。


「冬夜兄ちゃん? 冬夜兄ちゃんじゃん!」


 聞こえてきたのは、近所に住んでいるカズキ君の声だった。後ろにはカズキ君のお母さんとお父さんが居た。


「どうしたのその格好? あっ分かった。神社のアルバイトでしょ?いいなぁー」

「まぁ、今回はそういう解釈で良いや……」


 面倒なことにならなそうだし。冬夜はそう思いながら、カズキ君から目をそらすようにして頬を右手の人差し指で掻いた。


「あれ、そっちのひとは? 知り合い?」

「私は冬夜君の遠い親戚の天野って言います。よろしくカズキ君。ところで、どこか出かける用事があったのでは?」

「あっ、そうだった。家族で初詣に行くんだった。」


 じゃーねー!とカズキ君は元気に走り去って行った。さて、と天野は話を戻した。


「準備はできたかい? 今更こう言っちゃなんだけど、助けに行くことを止めても良いんだよ?これは私たち神の問題でもあるし、下手したら君は……」

「そう言う訳にも行きませんよ。だって僕はもう決めたんですから。絶対にきなを助けに行くって」


 冬夜の真剣な眼が、天野の心に訴えかける。――自分はもう……迷わない。


「分かった。そこまで君の覚悟ができているなら、私はもう冬夜君を止めたりはしないよ。それじゃあ行こうか……天界に!」


 天野の合図で、二人は白い光に包まれた。そしてそのまま高くへと飛び立つ。先に明るい入口が見えてきた。あれがどうやら天界への扉らしい。

 二人を包んだ光は、その入り口に向かって一直線に飛んだ。目が開けられ無いほどの眩しさに、冬夜は瞳を手で覆いかぶせてしまい、何も見えなかった。



 天界


「冬夜君。着いたよ」


 天野に言われて、冬夜が目を開けた。その場には信じられない光景が広がっていた。人間界のような家や建物かと思っていたら、家の一つ一つが神社のような形をしていたのだ。さすが神様の住み場所と言うところだろうか。

 今冬夜と天野は、道の端にいるが、その目の前では見覚えのある神様や、見覚えのない神様もその道を通っていた。


「ここが……天界」

「人間がここに来るのはすごく久しぶりだけど、なるべく人間である事を隠しながら進もうか」


 天野からの忠告を受けた後、冬夜と天野は道を歩き始める。元旦は神様にとってもお祭りなのか、道の端では屋台が並んでいて、今まで見たことのない料理も置いてあった。もちろん、その場所を車なんかが通る事は無かった。


「驚いたかい? 昔のしがらみに縛られず、神様も現代では人間を見習ってある程度は自由に生きているんだよ?」


 すると、一人の神が天野に挨拶をした。天野はその神に笑顔で対応すると、嬉しそうに歩いて行った。


「天野さんって、やっぱり人気なんですね」

「今更そんな反応なのか……私はそんなに変な性格してるかな……?」

「少なくともお子さんはお母さんに似るといいですね」


 天野は落ち込んだふりをするが、すぐに立ち直って冬夜の隣で歩き始める。たぶん、こう言う愛嬌がある人って、人気なんだろうな。と冬夜は心の中で天野が少しだけ羨ましくなった。

 それにしても、さっきから様々な神様を見ているが、自分が人間と言うことはばれていないようだ。


「まぁ、その服細工してあるから、ある程度ならばれないと思うよ」


 天野は歩きながら普通そうに言った。そんな会話をしていると、いつの間にか祭りの端の大きな神社に来ていた。


「ここら辺は、偉い神様が今年の様々なことを決める場所に近い場所なんだ。だからこの辺に隠れていれば、あいつらも来るはずだ」

「……」


 冬夜は天野と一緒に体を隠すように茂みの影に隠れた。ふと、持ってきていた携帯の時計を確認すると、十一時を回っていて、地上階ではカウントダウンが行われそうな時間帯だ。――そろそろ奴らが来るころ合いだ。

 すると、天野の予想通り、あの男が空に浮きながら仲間を引き連れて、会議の場所の方向に向かっていた。そしてその場所には、仲間に捕まっているぼろぼろのきなの姿があった。


「……っ! きな……」


 無意識に歯に力が込められ、強く口を結んだ。冬夜は怒りを我慢しているのだ。すると、冬夜の方に天野の手が置かれた。人を安心させるような優しい置き方だった。


「冬夜君。君はもう我慢する必要はない。この二日間、君は彼女を助けるために頑張ってきたんだ。その怒りを晴らすのは……今だ」

「……はい!」


 冬夜は涙をこらえて、敵の数を確認する。神受性が鍛えられた冬夜には、目を閉じればある程度の気配を感じられるようになっていた。

 ――敵の数は……男を含めて四人。

 冬夜は木刀に念を込めると、一瞬にして奴らの間合いまで気付かれずに近づく。



「ふふっ、今日で我の今までの屈辱を晴らせる。そうだろう――?」


 男は一人不敵に笑っていた。これから世界を支配する喜びに打ち震えていたのだ。そうして仲間に同意を求めようと後ろを向いた時には。


 「ぐああっ!」「へぶっ!?」「ぎゃあああぁああぁあ!!」


 謎の影によって聞こえる仲間の断末魔と衝撃音。それと同じく、仲間達三人がやられていく様をその目で魅せられていた。

 やられた仲間たちは、下の森に落ちていった。それと同じく、男たちの手によって浮いていたきなも落下していく。


「きゃーーーーー!?」


 きなは最後だと思い、眼を閉じて頭の中に好きな人のことを思い浮かべていた……。

 しかし眼を閉じていると、落下する感覚が無くなっていた。そして目を開けたそこには、きなをお姫様だっこする……。


「大丈夫? きな」

「とうや……? とうやぁ……。とうや、とうや、とうや!!」


 礼装姿の柴咲冬夜の姿があった。冬夜は男に対して、怒りの視線を向けていた。


「貴様あの時の! 生きていたのか!?」


 冬夜はぼろぼろのきなを抱きながら、男に向けて怒りの視線を送り返す。冬夜にとって、もう我慢の限界なのだ。


「きなをこんな姿にさせたあなたを僕は絶対に許さない! 例え神様が許そうとも、夜が明ける前にあなたには星屑になってもらう!!」


 きなを抱いたまま、冬夜は男に怒りと木刀を向ける!それはもちろん自分の物だけではない。こんな姿にされたきなの分も混じっていた。


「ぐっ、面倒だ……い、一旦退却……!? これは『神域(ゴド・フィールド)』!? なぜあんな小僧がこんな高度な神力を……!? まさか!!」


 男は、そこに居るであろう人物の方に向かって声を荒げた。


「お前は……天之御中主神アメノミナカヌシノカミ!!!!!!!!」

「久しぶりだな。何千年ぶりだ? 天之常立神(アメノトコタチノカミ)


 二人は旧知の仲なのか、真剣な眼差しで向かい合っていた。しかし、そんな雰囲気をぶち壊すように、天之常立神の後ろから冬夜は話しかけた。


「あなたの相手はこの僕だ、常立神。この前の借り……返させていただきますよ!」

「ふん、図に乗るなよ小童が!」

「っ……! あぁっ……!?」


 常立神は片手をあげるかと思うと、きながいきなり苦しみ始めた。そして、冬夜の手から離れて行き、空中で両手両足を紫色で紐状の神力で縛りあげられる。


「きなっ!!」

「ここで『四気神』の力を失ってたまるか! 小僧、我に勝つことができたら、『四気神』は返してやろう。しかし貴様が負けたら、『四気神』は一生我のものだ!! そしてお前には今度こそこの世から消えてもらう!!!」


 常立神は禍々しい声でそう言った。それを聞いた冬夜は怒りに震える!!


「あなたはどれだけきなを苦しめるんだ!? あなたが負けたら、あなたこそこの世から、いや、二度と僕達の目の前に現れるな!!!」


 冬夜は木刀を強く握りしめ、常立神に向かって全速力で突っ込んだ!!相手を滅殺するために……。

 刻は一月一日を迎えたのであった。



(六日目 終了)

次回、常立神との戦い……完結。

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