誘拐? 〜姫騎士は困惑する〜
今朝は朝から快晴で、眩しいくらいの初夏の日差しが降り注いでいる。
リュエマは愛馬の白馬ディアラに乗って、次兄のトリステラと轡を並べて城へと向かう。
「それでトリス兄上、今日ご一緒なさるのには何か訳があるのですか?」
そうリュエマが問いかけても、相変わらずニコニコと人の良い笑顔を浮かべ、領民へのお愛想を忘れないトリステラは、リュエマにも同じように微笑みかける。
「いや、ちょっとね〜気になることもあるし。ほら、姫達の侍女があんな話をしてたしね」
「まぁ・・・それはそうなんですが・・・」
今日招かれているのはハンクルイエ公爵家なのだ。王家に継ぐ大貴族なのだし、何か事を起こすにしても大事になりそうだから避けそうな気がするのだがと、リュエマは考え込む。
「それよりリュエマ、今日の騎士装束、新しいやつだね。良く似合っているよ」
今日のリュエマの騎士装束はいつもの服より更に深い青色の布に、ツタ模様の地模様が浮かぶように織り込まれたものだった。金糸や銀糸で華美にならない程度の刺繍がされている。白に近いベージュのセパロウ(乗馬ズボンのようなもの)とあわせている。足下は柔らかい鹿皮の編み上げブーツだった。長い黒髪は後ろに一つに編んで垂らしてあるが、さりげなく上着と同色の細いリボンが編み込まれていて、侍女達の「少しでも女性らしく!」という努力が伺える。
白いシャツの胸元には、フリューレ姫からプレゼントされたリボンタイを結んでいる。
「贔屓の姫君からのプレゼントを身につけてか・・・なんだか益々騎士らしいね〜」
トリステラがしみじみと言うと、
「騎士ですから・・・」
と、リュエマは朝の侍女達とのやりとりをうんざりしながら思い出す。
侍女達にフリューレ姫からもらったタイをつけていくと言うと、
「そのタイなら、この新しい上着が似合います!!」
と、強引に押し切られてしまったリュエマだった。
「華美な装飾が付いた衣装は動きにくいのにな・・・」
独り言のようにリュエマがぼやくと、
「まぁ、みんなの目の保養になっていいんじゃない?」
と、トリステラは笑い、本当に白馬にまたがった王子のようだと言って、リュエマを困惑させるのだった。
「おはようございます、ティアーヌ様」
「おはようございます、リュエマ様」
今朝のティアーヌ姫は光沢のある布でできた淡い桃色のドレスで、頭には白い花を飾っている。清楚ながらも皇女の風格がある姿だなと、トリステラはさりげなく値踏みする。「今日は近衛騎士団のトリステラ・フェル・シャルア隊長もご一緒させて頂きます」
そう、トリステラを紹介すると、チラリと扇の向こうからティアーヌ姫がトリステラを見て問いかける。
「シャルアというと・・・」
「はい、リュエマの兄で、シャルア男爵家の次男です。以後お見知りおきを」
そう言うとトリステラはサッと跪き、ティアーヌに臣下の礼をしてみせる。
「まぁ・・・リュエマのお兄様。よろしくお願いしますわね」
ティアーヌ姫はすっと右手を差し伸べて、トリステラに手の甲への口づけを許した。
「姫様がっ!!どこにもいらっしゃいません!!」
侍女クレリレアの悲痛な叫び声が響き渡った。
お茶を飲んで、薔薇園をそぞろ歩いて、四阿に戻ったときそれは起こった。
この薔薇園の設計者であり、国一番の庭師と呼ばれているヤクシュルという男の案内で、庭に植えられた薔薇の説明を聞きながら歩いていると、その一行からフリューレが少し遅れだした。
「フリューレ様?」
「大丈夫。なんでもありません・・・」
そう答えてはいるが、具合が悪そうだった。気遣うリュエマにそっとクレリレアが話しかける。
「姫様は・・・まだ足の傷が・・・」
数日前に酷い靴擦れを起こしたばかりの足の傷がまだ痛むらしい。
「少し休まれた方がいいかもしれませんね」
そうトリステラが声をかける。
「それなら、そこの四阿がいいでしょう。また一周してこの四阿に帰ってくるルートを通れば問題ありません。それまでゆっくり休んでもらえばいのでは?」
そう言う庭師ヤクシュルの言葉に従って、フリューレとクレリレア、そしてお供に付いてきていた騎士団のコルトルアという騎士が四阿に残ることになった。
「では、そこにお茶を運ばせましょう。ゆっくりとお休み下さいませ」
と、このハンクルイエ公爵家のスラビアーヌ様が言って、一行は3人を残して庭の散策へと向かったのだった。
本当はリュエマが残るつもりだったが、ティアーヌの侍女カレンナが、
「ティアーヌ様の警護を優先させて下さいませ!」
と、リュエマとトリステラの同行を強く希望したため、仕方なく同行していたトリステラの部下で、まだ近衛騎士団に入ったばかりのコルトルアという少年騎士が護衛に付くことになったのだった。
「フリューレ様のお姿が見えないと?コルトルアは何をしている?」
トリステラが眉間に指をあてて、考え込む。
「騎士様はフリューレ様を捜して、お屋敷へ続く道を・・・どうしましょう、フリューレ様・・・」
すっかり取り乱している侍女クレリレアの肩を抱いて、落ち着かせようとリュエマは低い声で問いかける。
「落ち着いて、クレリレア。一刻もはやくフリューレ様を捜し出すためには、あなたの証言が必要なんだ」
やはり、自分が側に居るべきだったのにと、リュエマはものすごく後悔していた。どうしても侍女カレンナの主張を否定しきれなかったのは、自分の怠慢なのでは無かったか?無用の争い事を避けようとした自分の・・・ミス・・・。
「リュエマ!」
名前を呼ばれて、パチンと軽い音がした。それと同時に左の頬に痛みを感じる。
「お前の思惑は後回しにして、とりあえず姫君を無事に奪還することが俺たちの騎士としての仕事だろう?」
「トリス兄上・・・」
戸惑いながら兄を見上げる。今まで、一度も打たれたことなど無かったのに。
「お前は騎士なんだろう?リュエマ?なれば今、お前のするべき事は何だ?」
「っ・・・はい!!」
後悔する前に行動せよ!!そう言い伝えられているのはシャルア家の騎士としての家訓。
「まずはこの庭の詳細な図面を持て!」
リュエマは庭師に命じた。
まず、トリステラがおこなったのは、この屋敷からの出入りの一切の禁止だった。そして、周辺街道の検問と、城内の探索。
「まだ、姫様のお姿が見えなくなってからそんなに時間が経っていないから、賊は姫様と一緒にこの近辺にひそんでいるかも・・・」
そんなクレリレアの意見を聞き入れて、ハンクルイエ公爵の許可を得て城内の探索もおこなわれた。
その結果・・・。
「居たぞ!!」
「フリューレ様に間違いないか?」
「フリューレ様ぁ〜!!」
フリューレ姫は無事に庭の片隅にあった水を供給するための水車小屋から見つかった。
外傷も無く、眠らされただけのようだった。
「はぁ・・・・・・」
と、リュエマは愛馬の白馬ディアラの背で、肩を落として大きなため息を付いた。リュエマは無事に見つかったフリューレ姫とティアーヌ姫を王宮に送り届けて、帰路についていたのだった。
「お疲れ様だったな」
と、傍らに青鹿毛の愛馬ジャスティンの背に乗ったトリステラが声を掛ける。
「トリス兄上・・・今日は不甲斐ない姿をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした!!」
リュエマが馬上で頭を下げると、トリステラが笑う声がした。
「いや・・・お前が取り乱した姿など、久しぶりに見たよ。・・・叩いたりして悪かったね・・・」
そう、トリステラがリュエマを気遣う。
「いえ、そのようなお気遣いは無用です!」
そう、リュエマが元気に答えると、また、トリステラは笑った。
「しかし、何故あのようなことが・・・」
「私もね、そこが気になっているんだよ」
何故、犯人はフリューレ姫をあのような場所に放置したのか。姫の飲んだお茶からは眠り薬に用いられるハッパシの葉の香りがしたが、混入させたのは誰なのか。
「一体何のために、誰が・・・」
そうリュエマが呟くと、次兄のトリステラが大きく頷く。
「そう、リュエマ。そこが大事なところなんだよ!!」
リュエマはにっこりと満面の笑みを浮かべて見せるトリステラの前で、何故か背筋が寒くなるような気がしていたのだった。
すっかりご無沙汰してしまいました〜。
お待たせしないと言っていたのにすみません。
突然の人事移動でパニックになった職場!!!!
従業員達の運命やいかに〜〜!的な出来事に巻き込まれ、目下仕事に追われつつある雨生です(泣)
いや、「事実は小説よりも奇なり」は、本当の事ですよと、今の職場の現状だけでも本書けそう〜とか思ってる私って・・・。
また、いつか、そんな職場のラプソディーなど書いてみたいなと(誰も読みたくないよね?)。
そんなごたごたに巻き込まれつつ、更新。
リュエマ!色々なプレッシャーに負けずに頑張れ〜〜!!的な・・・。
次はお待たせしないように頑張ります!
雨生