潮騒へ続く道(5)
後に町の住人のT氏と言う人物が画面に現れた。とは言え、全体にモザイクが掛けられ、音声も変えられている。
真島はT氏に「願いが叶ったと言うのは、本当なんですか!?」と熱い口調で問いかけた。
「まあ……確かに叶ったよ。具体的に『こうなりたい』だから『叶えて欲しい』って願ったら、そうなった」
それを聞いた真島は自分の方へカメラを向けて、わざとらしく真剣な顔をして大きく頷いて見せる。
「神社の神様のお陰だと?」
「そうなんじゃねえの? 他に願ってないし、あそこのカミサマのお陰だと思ってるけど」
「皆さん、聞きましたか? やはりここの神社、『願いが叶う神社』なんです!!」
「……これだけで、確証だと思うのは気が早すぎだろ」
あまりのチープさに呆れてしまった。子どもならまだしも、いい大人が騙されるとは思えない。
「確かにその通りだよ。でも、願いが叶うかどうか以前に、理は確かに歪んでいたんだ。君があの町の封結点を修復したと言う事実もある。そして、確実に『人の流れ』が生まれている」
柊也はそう言って動画を閉じた。
「にわかには、信じられねえなぁ」
顎に手を当て、眉間にしわを寄せて視線を泳がせる。その姿を見て、柊也はふっと短く息を吐く。
「考えてみて。封結点の歪みは自然に起きることもあるけど、原因の多くは『人から流れ出るモノ』の力だよ。あの町で、あんな変化が、あんなに早く起きると思う?」
「うん……でもよ、あんなおざなりな作りの動画なんかに、人の心が動くもんなのか」
「人の心が動くのは、動画の出来がいいからとは限らないよ」
「……皆が騒いでるから、自分もってことか」
「多くの人が関心を寄せるものに、人は無意識に引き寄せられる。つまり、煽れば人は集まる。場の空気を掴める者がいれば、人は簡単に動く」
「構造はひとつってわけじゃねえ、と」
「……って千景が言っていた」
「っ……、そこで九鬼さんが出てくるんだ……?」
まさかここで同じ渡守の、九鬼千景の名前を聞くことになるとは思ってもみなかった。共に柊也が統括する五葉に属している仲間だが、あまり表に姿を現さないので、界隈では得体が知れないことで有名な人物だ。だが、その一方で柊也からの信頼は厚く、それなりに仕事はしているようだった。
「こう言うのは僕の管轄じゃないんだ。ただ、人の流れなら僕の方が見えてる。それはれっきとした事実としてね」
そこまで話して、柊也はようやく目の前の紙コップに手を伸ばした。その横で麻紀は、顎に手を当てて難しい顔をしたままゆっくりと口を開く。
「……帰り際に寄った神社で、俺は真島カイトを見たんだ。神社の関係者とちょっとしたトラブルになってたけど、あれはもしかしたら」
「願いの成就方法や、そのシステムについて調べていたのかもね」
それならば、真島は完全に迷惑な訪問者だ。なのに由良は「訪れてくれるだけで嬉しい」と話してくれた。そんな気持ちを踏みにじっている気がして、心の奥がざわつく。
「千景が、流れを抑えに動いてる。けど、おそらくこれは止まらない」
柊也はふと視線を上げた。何かを追うように、忙しなくその瞳が動いている。
「……流れの勢いが、強すぎる」
その目に何が見えるのか、麻紀は分からない。けれど、柊也には確かに見えている。――理の流れが。
少しだけ息を吐くと、どこか覚悟を決めたように麻紀は膝を叩いた。
「俺にやれることはあるか、坊」
それをちらりと見やると柊也は少しだけ口の端を上げた。
「五葉は、誰を挙げても真面目で優秀だね。やっぱり、上司が有能だから……?」
「自分で言ってたら、世話ねえなぁ……」
そんな風に呆れたように呟く麻紀の肩を柊也はぽんと叩く。
「麻紀。また、あの町に、白貝町に行ってくれないか。人の流れ、理の流れが乱れた時、必ず『妖』が姿を現す。その時、君の力が必要だ」
「……了解した 」
あの町と、人の営みが崩れていくかもしれないのを、見て見ぬふりはできなかった。
「五葉の渡守として『妖』から、町と人を守ってみせるぜ」
拳を掌に打ち付けると、乾いた音が小気味よく響いた。柊也はそれを見て、ふと肩の力を抜いて静かに頷いた。
「――柊也さん! やっと……やっと見つけましたよ!」
突然、静寂を切り裂くような怒声とともに、玄関の引き戸が激しく音を立てた。
柊也と麻紀はお互いに顔を見やると、そっと玄関の方に視線を向ける。ドタドタと足音を立てて現れたのは、案の定、額に青筋を浮かべた成瀬慎一だ。鬼の形相で、手に持ったタブレットを今にもへし折りそうな勢いで握りしめている。
「勝手に会議をすっぽかして、何処へ行ったかと思えば……! 探す方の身にもなってください!」
成瀬がテーブルにバンッと手をつくと、二つの紙コップがその振動で揺れた。口元を引きつらせながら、眼鏡の奥の鳶色の目で柊也を睨む。
「探してとは頼んでないよ」
いたずらっぽい顔をして、少し挑むように目を細める柊也を見て、麻紀はこの場をどう収めればいいのかと頭を抱えた。
「おいっ、坊っ……!」
慌ててなだめようとしたが、もう遅かった。成瀬の堪忍袋の緒が切れる音を聞いたような気がした。
「な、成瀬さん! 頼むから落ち着いて!?」
麻紀の制止も虚しく、成瀬はぐいっと柊也の腕を掴むと椅子から引きずり下ろす。
「外に車を待たせていますから、早く!! それに上の方もお待ちです。もう、カンカンですからね!!」
抗う様子もなく、されるがままに玄関へと運ばれて行く柊也を、麻紀はやや緊張しながら見送るしかできなかった。
「じゃあ、あとはよろしくね。麻紀」
去り際に見せたわずかな微笑みが、どこか麻紀への信頼の色を滲ませる。
落雷のような足音と、成瀬の説教が遠ざかって行った。
バタン、と車のドアが閉まる音がして、やがていつもの静けさが戻ってくる。
「……嵐だな、マジで」
麻紀は一人残された食卓で、柊也が飲み干した紙コップをしばらく見つめた。
そうして嵐の前の静けさ――その前に、ひとつの突風が過ぎ去って行った。




