俊蔭(その9)
春ののどかな日、山を見れば霞が緑色に染まり、林を見れば木の芽が煙るように芽吹き、花園は花が盛りに趣深く咲き誇っています。照る日が頂にあるころ、わたしは琴の音をかき立て、声をふり上げて演奏に興じておりましたところ、大空に天の音が鳴り響き、紫の雲に乗った天人が七人連れ立って下って来ました。
わたしは、伏し拝んで、なおも演奏を続けておりました。天人は、花の上におりて、
「おやまあ、汝はいかなる人か。ここは、春は花を見に、秋は紅葉を見にと、我らが通うところなので、蝶や鳥でさえ来ないというのに、汝は不都合にもここに住んでいるのか。もしや、ここより東に、阿修羅が預かっている木を得た人であるのか。」とおっしゃる。
「わたしは、その木を賜った人間です。このように仏様がお通いになる所とも知らず、しめやかなところと思って、しばらくここに籠っておりました。」と答えますと、天人がおっしゃるには、
「それでは、汝は我らが待ち望んでいた人である。天の掟により、天の下に琴を弾く一族の始祖となるべき人であろう。我は昔、いくらかの罪を犯しており、ここよりは西で仏の国よりは東の中間であるところに下って、七年滞在し、そこで我が子を七人得た。その七人は、極楽浄土の曲に琴を合わせて演奏する仙人たちである。汝は、そこに渡り、その曲を弾きとって日本に帰りなさい。」と。また、
「この三十の琴の中に、音が勝っている物が二つある。我が名付けよう。一つは、『なん風』、一つは、『はし風』と。この二つの琴は、七人の仙人の前でのみ奏し、他の者に聞かせてはならぬ。」とおっしゃった。そして、
「この二つの琴の音が聞こえたならば、この世界でなく、人間の世界であろうとも、必ず我が訪おう。」とおっしゃった。




