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俊蔭(その1)

 わたくし、あて宮と呼ばれていますが、実はこの世界の生まれではありません。『令和』の世から転生してきた未来人なのです。大学で平安時代の『枕草子』という随筆を研究していたのですが、トラックにひかれて(ファンタジーの世界では、あるあるの事情なのですが)気が付いたらこの世界に住んでおりました。


 どうも、『枕草子』の中に出てきた『宇津保物語』の世界のようなのです。『枕草子』には、詳しいのですが、『宇津保物語』には、詳しくありません。


 あて宮の登場は、もう少し後になりますが、まずは俊蔭様のお話をお聞きくださいませ。


  ☆  ☆  ☆


 あて宮様、私の話をいたします。ずいぶん長くなると思いますが、まずは聞いてくださいませ。


 昔、式部の大輔で左大弁を兼任している清原の王(おおきみ)という者がおりました。皇女がこの者の妻になっており、男子を一人産んでおりました。これが、わが父母です。

 父母は、幼き子があまりにも聡いと思い、わざと書物も読ませず教え諭すこともしないで育てたのですが、わたしは、すくすくと育ち、聡い心のままであったと申します。


 七歳(ななとせ)になった年、父が高麗人(こまうど)(朝鮮半島の国から渡来した外国人)と話をしていたのを見て、自分もそれをまね、漢詩を作って交わしていたということです。


(ああ、大学の韓国からの留学生と英語で会話していたのと同じね。平安時代、高麗の人と日本人だと、漢語、つまり中国語が共通語になるもの。)


 それを帝(みかど)がお聞きになり、驚かれて、直接いろいろ試してみたいものだと思われ、十二歳で加冠の儀をした後、呼び出されました。


 帝は、唐の国に三度も渡ったという大学寮の博士である中臣の門人(かどひと)を呼んで難しい問題を出させられました。大学寮の才ある学生(がくしょう)達が、答えあぐねて一文も答えを書かないうちに、わたしは答案を苦も無く作りだして、世の中の人々が驚きあきれる中で、わたし一人が合格して進士(しんじ)となったのです。


 また、次の年に同じ博士を呼び出し、進士から秀才(すさい)になるための試験をさせられました。試験場所をわざわざ宮中の校書殿(こうしょでん)にしつらえ、帝の御隣席のもと、難問を課されました。


 わたしは、わが心に従い、よどみなく答えました。帝は、

「その答え、まことにおもしろく、興あり。」と驚かれて、私をすぐに式部の丞(じょう)になさいました。


(幼いころからひときわ優れていて、世間を驚かす様子は、『源氏物語』に似ていますが、『宇津保物語』の方が、先に成立しているので、『源氏物語』が『宇津保物語』に似ているのです。)

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