第5話 条件を潰せ
「……で、どうするんだよこれ」
机の上に置かれたスマホ。
そこには、例の足跡の写真が映っている。
部屋の中。
外から内側へ続く足跡。
途中で消えている。
「……どうするも何も」
俺は淡々と言った。
「もう分かってる」
「は?」
向かいのやつが固まる。
「分かってるって、あれだぞ?完全に——」
「“条件”がある」
俺は言葉を被せる。
「……条件?」
「幽霊じゃない」
「いやいやいやいや」
「落ち着け」
俺はスマホを操作する。
動画を開く。
昨夜の記録。
「見ろ」
再生。
ザッ。
粉が沈む。
足跡ができる。
「ここ」
一時停止。
「……何もないじゃん」
「違う」
俺は指で画面をなぞる。
「“何もないように見えるだけ”だ」
「……は?」
—
「まず前提」
俺は椅子に深く座る。
「これは物理現象だ」
「いや、無理あるだろ」
「あるように見えるだけだ」
「……」
「じゃあ質問」
指を立てる。
「なんで“途中で消えた”? 」
「それが分からないから怖いんだろ」
「違う」
即答する。
「“消えたんじゃない”」
「は?」
「“見えなくなっただけ”」
—
「いいか」
俺は机の上に小麦粉を少し撒く。
「これ、全部同じに見えるか?」
「まあ……白い粉だし」
「違う」
指で軽く撫でる。
一部が薄くなる。
「濃い場所と薄い場所がある」
「……ああ」
「人間は“濃い部分”しか認識しない」
「それが?」
「足跡も同じだ」
「……」
「完全に消えたんじゃない」
「粉が薄くなって、“見えなくなっただけ”」
—
「……じゃあ音は?」
「足音」
「誰もいないのに鳴ってたやつ」
「それも同じだ」
俺は即答する。
「“何もない空間”だと思ってるだけだ」
「いや意味分かんねえよ」
—
「あるんだよ」
俺は静かに言う。
「“見えてない何か”が」
「……それ幽霊じゃん」
「違う」
「じゃあ何だよ」
「空気の流れ」
—
「は?」
—
「夜の部屋ってさ」
窓の方を見る。
「温度差がある」
「……」
「廊下と部屋。外気と室内」
「……ああ」
「その差で、“流れ”ができる」
「風ってこと?」
「微弱なな」
「でも足跡になるか?」
「なる」
俺はスマホを取り出す。
別の動画を見せる。
粉の上に置いた細い糸。
風が吹く。
糸が動く。
粉が削れる。
「……マジか」
「完全な形じゃない」
「でも“それっぽく”はなる」
—
「つまり」
俺はまとめる。
「音=流れによる摩擦音」
「跡=粉の偏り」
「ノック=圧力差」
「全部繋がる」
「……いやでも」
そいつはまだ納得していない。
「部屋の中のやつは?」
「俺の後ろにあった足跡」
「あれどうすんだよ」
—
少しだけ、沈黙。
俺は一瞬だけ視線を落とす。
だが、すぐに顔を上げる。
「それも条件だ」
「……条件?」
「あれ、“俺が振り返った後”に出てる」
「……言われてみれば」
「つまり」
ゆっくりと言う。
「“観測のタイミング”に依存してる」
—
「……何それ」
「簡単に言うと」
俺は立ち上がる。
「“見方”で結果が変わる」
「……」
「だから検証する」
—
その日の夜。
同じ部屋。
同じ配置。
同じように、小麦粉を撒く。
カメラも同じ位置。
「……またやるのか」
「条件を潰す」
俺は言う。
「今回は“見ない”」
「は?」
「一切、直接見ない」
「……どういうことだよ」
—
「こうする」
カメラをもう一台設置する。
スマホで映像を確認する。
「モニター越しだけで観測する」
「……直接見ないってことか」
「そう」
「意味あんの?」
「ある」
—
録画開始。
時刻は0:07。
俺たちは部屋の隅に座る。
床は見ない。
スマホの画面だけを見る。
—
数分後。
ザッ。
「……来た」
画面の中。
粉が沈む。
足跡ができる。
一歩。
また一歩。
「……同じだ」
だが——
そこで止まった。
それ以上、近づいてこない。
「……おい」
小声が聞こえる。
「止まってるぞ」
「……ああ」
俺は画面を見続ける。
動かない。
足跡はそれ以上増えない。
—
「……分かった」
俺が呟く。
「やっぱりだ」
「何が?」
—
「“直接認識した瞬間に、距離が詰まる”」
「……は?」
「逆に言えば」
静かに言う。
「見なければ、近づけない」
—
「……それって」
「終わりだな」
俺は立ち上がる。
「条件はこれだ」
—
翌日。
俺は部屋のレイアウトを変えた。
鏡を置く。
カメラを固定する。
そして——
床に大きく、小麦粉で円を描いた。
「……何それ」
「境界線」
「は?」
「見える範囲と、見えない範囲を分ける」
—
夜。
再び現象が起きる。
ザッ。
足跡。
だが——
円の手前で止まる。
それ以上、入ってこない。
「……マジか」
「これで終わりだ」
俺は言う。
「観測できない領域には入れない」
—
しばらくして。
音は消えた。
足跡も、止まった。
完全な静寂。
—
「……終わった?」
「終わった」
俺は即答する。
「条件は潰した」
—
帰り道。
「すげえな……神谷」
名前を呼ばれる。
「普通だ」
「いや普通じゃねえって」
「ルールがあるだけだ」
—
その夜。
俺は一人で動画を確認していた。
再生。
足跡。
停止。
完璧に封じている。
「……よし」
そのとき。
一瞬だけ。
映像が乱れる。
ノイズ。
そして——
円の“内側”に、
足跡が、一つだけあった。
「……は?」
巻き戻す。
もう一度。
今度は、ない。
「……」
しばらく画面を見つめる。
やがて、スマホを閉じる。
「……まあいい」
そう呟く。
「説明できる」
—
その瞬間。
部屋の外で、
コン。
と音がした。




