第100話 受け継がれるもの
前話のあらすじ!!
・心地よい夜
・大介の過去
・どうなるんだろう
王国と勇者との話し合いから数日。その間は何事もなく、平穏な日々が過ぎていった。
そのため、勇者たちは王国の態勢が整うまで暫しの休息を。
王国側は復興と体制の整えを。
それと同時に王国は今回のことの真相を知るべく、調査を行った。その過程で分かったことがいくつかある。
王国がまず最初に行ったのは取り調べ。その人物はこの事件の重要人物であるオールフェイ家次期当主、ガルフ・フォン・オールフェイ。
ラトノアの警備団から王都の警備団本部に移動させ、尋問した。最初は何も話さなかったが、数日後には徐々に話し出した。
ガルフの父であるヘルマンは幼い頃から優秀であり、優秀であったが故、あまり優秀ではなかったローランドに対して強い不満を抱いていた。
その不満が爆発したのが五年前の魔王復活の時。次々に破壊されていく街、死にゆく人々、倒れていく冒険者たちを見て心底思ったそうだ。
王の座は自分の方が相応しいと。
そう思ったときに声をかけてきたのが大臣であるコーリック・フォン・ルーズウェルだった。ヘルマンは彼の言葉に耳を傾けたそうだ。
ローランドを王の座から引きずり下ろすことが出来る。という言葉に。
そして―――出会ったそうだ。あの存在に。
白銀に輝く銀髪を持つ悪魔に。少年のような風貌からは似合わない圧倒的な存在感を持つ彼の者に。
その者に与えられたという。全ての存在の上に立つ種である竜の水晶を……。
「白銀の髪を持つ少年のような風貌の悪魔、ですか。…………〝 知略の悪魔 〟ですね」
「はい。恐らくはそうかと…………」
ガルフの取り調べを終えて、すぐにフレリーカらは会議を開いた。現在、会議の場に居るのはフレリーカ、ローランド、クリフト、ジーゼット、ライオット、そしてガルフを捕えるための指揮をとったユーリスの六者だ。
「知略の悪魔についての情報は何かありますか?」
「いえ……それが詳しく分かっていないのです」
「えっ?それはいったいどういうことですか?」
自身の問いに困惑した面持ちで答えたクリフトにさらに困惑した様子で返すフレリーカ。
その理由は至極単純。なぜ詳しく分かっていないのか疑問だったからだ。
―――魔王六魔族
五年前の魔王復活の際に猛威を振るった恐るべき悪魔であり、王国内でも有名な200年前の勇者と魔王の戦いを題材にした物語にも登場する存在。
故に、魔王六魔族と呼ばれる存在はこの世界では最も恐れられている。だからこそ、悪魔に関する情報や資料は残っているとフレリーカは思っていたのだが……。
「ブライトヒー公爵が言った通りだ、フレリーカよ。六魔族に関する資料はほとんど残っていない。王城の図書館に保管されている本や王室にある資料。その全てを漁ったのだが、それこそ物語りに書かれていること以外の情報は出てこなかった。
五年前に散々調べたから確かだ」
「な、なぜ…………」
ローランドのその言葉にフレリーカは驚愕した。王城には古来より伝わる重要な書物や貴重な資料が大量に保管されている。それを全て調べても物語りに書かれていること以上のことが分からないということが分からなかったからだ。
そもそも、王国民の間で広く愛されている勇者の物語は卓上の空論で書かれたようなものではない。
200年前の勇者と魔王の戦い。その事実を書き記した、いわば史実である。
勿論、様々な作家により物語りが描かれているため少しのずれがあったり、子供が読むために改変されていたりと書き手により様々な再編が行われているのだが大本は一緒である。
そのため物語り内で起こる出来事や戦い、登場する人物は実際に存在していたものなのだ。
物語り内で登場する六魔族は三体。
〝知略の悪魔〟
〝傀儡の悪魔〟
〝地獄の伯爵〟
この三体だ。
この三体は空想の世界から生まれた悪魔ではなく、実際に200年前の戦いにおいて実在し、勇者たちと戦った悪魔だ。そのため、これらの悪魔の情報はきちんと記録されているものと思っていた。
物語りとして描かれているのなら尚更……。
「何故かは明確には分らぬが…………恐らく200年という歴史の中で損失してしまったのだろう。だからこそ、五年前の戦いでは情報不足で後手を踏み、多大な被害を出してしまった」
確かに。
確かに長い歴史の中で悪魔に関する資料を損失してしまったというなら、説明がつく。
だが、しかし―――いくら昔のこととはいえ、たった200年前の出来事だ。
このアイゼンブル王国は建国してから1400年以上の歴史を持つ。その歴史の中で起こった出来事については資料として残っているのだ。
それこそ、アイゼンブル王国を創立した初代国王であるライジェルが親友にして盟友であったオライオンと共に戦乱の世を歩み、国を建国したその時から貴族制度の発足。隣国や様々な種族間での抗争や和睦……。この国が歩んだ1400年という長い歴史の内容がしっかりと記録されている。
そのため、たかが200年前の出来事の内容が詳しく残っていないというの事実にフレリーカは引っかかった。
―――なぜ?
―――なぜ、何も分かっていないの?
―――これほど重要な情報がなぜ欠如しているの?
分かっていない、と言えばだ。
(そういえば……勇者様のスキル……)
朝比奈春樹が召喚時から所持していたという普通のスキルとは違う特殊なスキルであるユニークスキル。
そのスキルの存在についても王国側は一切知らなかった。
―――なぜ?
勇者の情報もまた、王国にとっては重要なものだ。話を聞く限り、ユニークスキルは他のスキルを遥かに凌駕する強力なスキル。そんなスキルがあるのなら必ず現代の世まで伝えられているはず……。
「あ、あの……。話は少し変わるのですが、200年前の勇者様たちがどのようなスキルを所持していたのかの記録は残っているのですか?」
「フレリーカ様、残念ながらそれも分からないのです。200年前の勇者の情報も、また、ほとんど残っていません。強いて分かっていることと言えば【四聖の勇者】が女神シンシアに聖剣を与えられたという物語に書かれていることぐらいです」
クリフトからの返答を聞き、フレリーカは思う。
―――おかしい
と。
200年前の勇者は魔王を封印し、世界を救った英雄だ。そのような人物たちの詳細が分からない、伝わっていないなんて……。
それに物語りの内容が真実でこの数日の間に聞いた桐生勇気のユニークスキルの詳細が本当なら、200年前の勇者もユニークスキル《聖剣召喚》を所持していたということだ。
なのに、何故―――。
かつて春樹も自身が持つユニークスキルについて王城の図書館で調べていたことがあった。しかし、結果は何も分からないということが分かっただけだった。
フレリーカは春樹がユニークスキルに関して調べていたという事実は今現在は知らない。
だが……。
(何故……物語に書かれていること以上の情報がないのですか?)
感じる違和感。
それがただの思い過ごしだというならそれでいい。
でも、これは……。
あまりにも。
あまりにも―――不自然すぎる。
フレリーカは周りを見渡す。
四大貴族であるクリフト・フォン・ブライトヒー公爵にジーゼット・フォン・アルガンス公爵。
イクシオンの街を治める貴族にして、五年前と今回の二度にわたって国の危機を救ってくれたユーリス・フォン・パープルトーン男爵。
王国騎士団団長のライオット・ハルクニル。
そして、自分の父にしてアイゼンブル王国国王、ローランド・フォン・アイゼンブル。
ここに居る者たちは信頼するに値する者たちであるとフレリーカは思っている。そして、次の国王は自分だ。
あまりにも不自然すぎるくらいに無い情報。
それが意味すること。
今まではそれほど深くは考えていなかった。のだが……これは……。
フレリーカはライオットの方を見て、言葉を発する。
「ライオット・ハルクニル騎士団長。少し、お願いしたいことがあるのですが……」
「はい。何なりとお申し付けください」
どのような内容であれ、フレリーカのお願いを遂行しようと思っていたライオットは二つ返事でフレリーカの言葉に応えた。
フレリーカのライオットに対してのお願いが終わった後も会議は続いた。
六魔族の一人、知略の悪魔に出会ったヘルマンは息子であるガルフを巻き込み、コーリックと共に計画を立てたそうだ。
ローランドを王の座から引きずり下ろすためにやることはまずは王国の戦力の低下。そのため「性能付きの武具」を造れる王国有数の鍛冶師であるジダン・コリュを無実の罪により追放した。逆らえば家族やドワーフの一族の命はないと彼を脅して……。
その出来事はジダンと協力してガルフを捕えたユーリスにより事実だと証言された。
そして、六魔族の命令により勇者召喚の準備を始めると共にデグッドを仲間に引き入れ、ローランドを説得し、勇者召喚を計画させる。
その後は騎士団員たちを自分たちに引き入れながら徐々に王都襲撃の計画の準備を進めるようにヘルマンはガルフに指示したという。
時は立ち、勇者が召喚され、ヘルマンらの計画が実行された。
黒竜の水晶を初心の洞窟に仕込んだのも原崎を仲間に引き入れ勇者を分断したのも各地で起こっていたモンスターの大量発生も全て計画のうちだったとのことだ。
これらの話を聞いていたフレリーカは疑問に思ったことを質問する。
「何故、ハラザキ様たちをオールフェイ公爵は引き入れたのか分かっていますか?私としてはその意図が掴めないのですが……」
フレリーカのその問いに答えたのはクリフトだ。
「戦力としてハラザキ・ゴウキを引き入れたというのが主な理由なようですが……。どうやら勇者を仲間に引き入れるのは悪魔からの指示だそうで」
「悪魔からの、ですか?」
「ええ。野心、野望を強く持っている者を仲間に引き入れるように知略の悪魔に言われていたようです」
「知略の悪魔に…………そうですか」
クリフトからの答えを聞き、フレリーカは思考を巡らせる。
(何故、そのような指示を悪魔がするのでしょう。そもそも、勇者を召喚するのは悪魔の思惑のようですし……。それに王都襲撃の際に使用されたとされるモンスターの召喚魔法陣。あれは私たちの力では到底出来ないもの。ということはあれも悪魔から与えられたものなのでしょう。そのようなことをしてまで知略の悪魔は一体何を……)
フレリーカは再度、質問を投げ掛ける。それを横目に見ていたローランドは思う。
―――頼もしくなった。
と。
フレリーカが次期国王になると決まってから数日しか経過していない。しかし、この数日で随分と精神的に成長したことが伺える。
自分は失敗した。しかし、フレリーカならば大丈夫だろう。
こうして時代は受け継がれるのだろうとローランドは感じた。
話しがひと段落し、休息をとることにした六人。お気に入りの飲み物であるグリーンティーを一口飲んだ後にフレリーカはそう言えばという前置きをしてからユーリスに声をかけた。
「パープルトーン男爵。貴方が王都に冒険者の方々を派遣してくださったからこそ、被害を最小限に食い止めることが出来たと聞いています。本当にありがとうございます」
「おお。そうだったな。パープルトーン男爵よ。本当に良くやってくれた」
フレリーカに続き、ローランドもユーリスに対し感謝の言葉を伝える。その言葉を受けてもユーリスは動揺することなく、むしろ淡々と言葉を述べた。
「お褒めに預かり光栄ですが、例には及びません。私はただ、戦況を読み、王国に仕える貴族として適切な対応をしたのみ。命を懸け、民衆を救ったのは冒険者です。労うのであれば冒険者の皆を」
「ああ。分かっておる。戦いに参加した冒険者の者たちにもしっかりとした褒賞を与えると約束しよう」
「ありがとうございます」
現国王と次期国王。現状の王国のツートップと話をしているのにも関わらず、ユーリスは非常に落ち着いた声音と態度で対応していた。
それは他の貴族から見ればさぞ違和感を覚えることだろう。ユーリスは貴族の中でも男爵という低い立場の人間だ。それがこのような国の重大な物事を決める会議に出席しているだけでなく、四大貴族、果ては現国王と王女であり次期国王の前で話をしているのだ。普通であれば緊張と緊迫感に押しつぶされてしまいそうになるような状況である。
それは即ちユーリスが普通ではないということであり、見るものが見ればユーリスの対応に不満を示すだろう。しかし、幸いこの場にはそのような思いを持つような小心者はいない。
寧ろ、ユーリスのこの対応を高く評価するのであった。
フレリーカ、ローランド、クリフト、ジーゼット、ライオット、ユーリスらが調査結果を精査してからさらに数日が経過し、月は十から十一へと移り変わった。
―――十一月一日の早朝。
王城内は陽が上がる前だというのに騒がしく人々が行き来していた。それもそうだ。何故なら本日、いよいよガルフの処刑が行われるのだから。
王に対しての反逆を行い、王都民の命を奪った大罪人。その死にアイゼンブル王国民は歓喜の声と安堵の表情を浮かべた。
実際に計画を企てたのはガルフの父であるヘルマンと大臣であるコーリックなのだが、二人は既に死亡している。死亡している者を犯人だと告げても納得出来る者は少ないだろう。特に犠牲者の親族は。
だからこそ、生きている者を刑に処さなければならない。
これは必要な死だ。
しかし、その死を理解は出来ても受け入れられない者。また、理屈では納得出来ていても精神的に拒絶する者もいるのも事実である。
ガルフの処刑が行われてからさらに数日が経過したある日の朝。俺たちの部屋にメイドさんがやってきて今日の午後に褒賞の授与式を執り行うことを告げられた。
そのため朝食の場ではその話で持ちきりだった。
「おい。メイドさんからの話聞いたか?」
「ああ。聞いた聞いた。いよいよ褒美を貰えるらしいな」
「しっかし、長かったよな~。褒美をくれるっていう話からもう一か月だぜ?」
「俺たちをこんなに待たせたんだからきっと豪華なものが貰えるんだろうな」
彼らが言っているように今日の日付は十一月十一日。あの王都襲撃事件から丁度、一か月が経過していた。
時間の経過は精神を安定させ、心に余裕を持たせられるようになる。それがいいイメージならば尚更だ。
今、皆にはモンスターに打ち勝ったといういいイメージ、記憶が色濃く残っている。だからこそ皆、浮足立っているのだろう。
「ったく、現金な奴らだぜ。一か月前は責任は王国にあるとかなんとか言ってた癖によ……」
そう皆の様子を見てポツリと呟く大介。まぁ、言いたいことは分かるけど。
「言い争いになって内部分裂するよりかよっぽどいいわよ。まぁ、まだその可能性も残ってはいるのだけれど……」
大介の呟きに応えを返したのは望月だ。なんかこの二人、最近仲いい気がするんだけど。
「でも、頑張ったのは唯香や朝比奈くんたちや茜や会津くんでしょ。他は何もしてないじゃない」
「そうだとしても皆の功績にした方が丸く治まる。そう考えたから茜ちゃんは皆に褒賞を出してもらえるように王女様に掛け合ったんでしょ」
キツイ言い方をしたのは西山。それに続いてフォローを入れたのは唯香だ。
唯香が言ったように式では勇者全員を対象として褒賞を授与してもらえるように望月がフレリーカ王女に掛け合ってくれた。じゃないとまた変な軋轢を産みかねない。
もっとも、炎竜を討伐した俺と唯香。コーリックを撃破した桐生に関しては個別で表彰されるらしいけど。
「まぁね」
なんか望月の奴、少し変わったよな。前まではこんな打算的な考えで行動するようなことはなかったのに。
まぁ、何か心境の変化があったんだろうな。
そして、現在の時刻は午後一時三十分。
俺たちはこの世界に召喚された日にステータスの確認をした豪華な広間に呼び出された。
「思い出すな。召喚された日のことを」
隣にいた大介がそう呟く。
確かに今のこの光景は召喚された日のことを思い出す。でも、あの日と違う点はいくつかある。
まず違うのは俺たちの恰好。原崎、斉藤、清水を除いた三十七人が揃っており、その全員がフル装備でここに居る。
そして次に違うのは俺たちがいる位置。前にここに来た時は玉座の正面にいたのに今の俺たちのいる場所は部屋の左側後方だ。
そして、一番の違い。それは正面にある玉座に座るのが国王であるローランド・フォン・アイゼンブルではないということ。
「フレリーカ・フォン・アイゼンブル王女殿下!御入場!」
その声の後、奥の扉が開き、フレリーカ王女が二人の女性騎士を引き連れて入場し、玉座に座る。
「では、始めましょうか」
それから今回の一件で活躍した人たちへの褒賞の授与へとすぐに移った。
まず、王都内で活躍した冒険者たち。次に王都外で活躍した冒険者たち。
そしてその次に現れたのが……。
「ユーリスさん?ジダンさん?」
イクシオンの領主をしているユーリスさんと俺たちの装備を作ってくれたドワーフの鍛冶師、ジダンさんだ。
何であの二人が?
内容を聞いている限り、どうやらガルフ・フォン・オールフェイの思惑を打ち砕いたらしいけど。
そんな二人の授与が終わり、次に入ってきた人物たちに場に居た王国の人達からざわめきが起きた。
「アリス……イリス……」
そう。入ってきた人物は今回の事件の首謀者であったオールフェイ公爵の孫であり、ガルフの娘であり、オールフェイ家の令嬢であるアリス・フォン・オールフェイとイリス・フォン・オールフェイだ。
二人は迷うことなく、真っ直ぐ王女の元へと向かっていく。そして王女の少し前で立ち止まり、跪き、頭を垂れる。
「まずは王女殿下、並びにここには参られていない国王陛下へ心より陳謝致します。我がオールフェイ家が王家に対して行った反逆、狼藉の数々。言葉での謝罪をいくら積み重ねても決して許されるものではないと理解しております」
「それ故に今回―――この場は授与を行う式だと当然分かっておりますが、この場を借り、我々の首を捧げて贖罪したいと王女殿下へと進言するために参上した次第でございます」
二人の表情は俺たちのいる場所からは良く分からない。でも、アリスとイリスの言葉。それは相当の覚悟がないと出てこない言葉。
そしてこれはけじめなのだろう。自分たちなりの。四大貴族としての。
「アリス……イリス……」
隣にいた唯香が思わず前に出そうになったけど、それを俺が肩に手を置いて止める。
「春樹くん……」
「大丈夫だよ。きっと」
「うん……」
そう。あの王女様なら大丈夫だ。きっと……そんなことにはならない。
「祖父と父の命をもってさえも償いきれぬこの罪。大勢の民の身を危険にさらした責任。それらから逃げるつもりはありません」
「王女殿下。我々の命を最後にこの一件の終止符とさせて頂きたく思います」
「どうか……お願いします」
二人の懇願を聞いたフレリーカ王女はゆっくりと立ち上がり、
「アリス・フォン・オールフェイ。イリス・フォン・オールフェイ」
凛とした声で語り掛ける。
「確かに。今回、オールフェイ家がしてしまったこと。犯してしまった過ちは許されるようなものではありません」
それはそうだ。聞いていたアリスとイリスはそう思った。
「ですが、リアーナ副団長より貴女たちが王都南側に現れたモンスターの大群を命を懸けて殲滅したとの報告を受けています」
「っ!?」
アリスとイリスは思わず騎士団の先頭にいるリアーナのことを見る。確かに自分たちはモンスターの大群と戦った。だが、完全には殲滅出来なかった。
殲滅できたのは騎士団の助けがあったからだ。そしてそれは恐らく……フレリーカ王女も分かっているはず。
「貴女たちの活躍がなければより多くの犠牲を出していたことでしょう。本来であれば、オールフェイ公爵家令嬢として貴女たちの功績を称えるべきなのでしょう。ですが今回、オールフェイ家は反逆という罪を犯してしまった。
ですので、四大貴族オールフェイ家の者として貴女たちの功に報いることは出来ません。
しかし……。
一冒険者のアリス、イリスとしての功を蔑ろにすることは王を継ぐ者として、そして王家の者として私は出来ません。ですので、この場で改めて感謝を。
王都にいる民を、自身のその命を懸けて守ってくださりありがとうございました、アリス、イリス」
今度は優しい声色でアリスとイリスに語り掛けた。
「ふ、フレリーカ王女……!?」
「そ、そんな!?罪を犯した私たちにそのようなお言葉をこの場で……!?」
「ああ。そのことでしたら……もう、死にました」
「は……?」
「ですから、今、この場でオールフェイ家のアリスとイリスは死んだのです。私が極刑に処しました」
「な、何を……?」
「四大貴族としての家名はもうなくなってしまいました。家は取り潰され、領地は無くなり、もう王家に使える理由は貴女たちにはないのかもしれません。ですが、それでも……私に力を貸してくれますか?」
「そ、そんなの勿論でございます」
「私たちは王女殿下の如何なる願いも聞き入れます」
「では…………冒険者アリスと冒険者イリスに今回、民を守った褒賞として冒険者ランクのアップと専用の武具の贈呈。そして、私、次期国王であるフレリーカ・フォン・アイゼンブルの護衛の任を与えます」
「……ッ!?」
それは事実上の無罪放免である。
「引き受けてくれますか?アリス、イリス」
「は、はい!」
「王女殿下のため。この国のために、その任、引き受けさせて頂きます」
アリスとイリスが退室し、次はいよいよ俺たちの番となった。ちなみに王都にいる人達を助け、被害を最小限に抑えられたのは冒険者だけでなく騎士団の活躍もあってこそなのだが、今回、騎士団からは多くの反逆者を出したということで褒賞の授与を辞退している。
俺たちは勇者一行として呼ばれたため原崎たちを除いた三十七名全員で王女の前まで移動する。そして、事前に言われていたので王女の前で膝をつく。
「まずは勇者様方の此度のご活躍に対し、アイゼンブル王国王女にして、次期国王のフレリーカ・フォン・アイゼンブルが感謝の言葉を述べさせて頂きます。
誠にありがとうございました。
さて、そんな勇者様に対しての褒賞ですが…………」
いったいどんなのが貰えるのか。
期待した眼差しで王女を見ている者が何名かいるのが俺でさえも分かる。恐らくその眼差しを受けている王女は俺以上にそれを感じているはずだ。
これにどう応えるのか……。
「各勇者様方に『一度だけ王国が叶えられる範囲の願い』を申告する権利を与えることとします」
フレリーカ王女のその言葉に場に居た王国側の要人たちは困惑していた。
いや、困惑はなにも王国側だけじゃない。当事者である俺たちも困惑している者が大半だ。
だけど……。
(まぁ、そうなるよな)
俺のすぐ隣にいた大介がそうポツリと呟いた。
―――勇者たち全員に褒賞を。
とは言っても実際に物として用意するのは簡単ではない。というより、用意しにくいと言った方がいい。
なにせ俺たちはこことは異なる世界、異世界からやってきた者たちだ。当然、ここに住んでいる人たちとは感覚が違うし趣向も違う。
だから物を用意したとしても俺たちにとっては必要のないものの可能性もある。それだと皆が納得しない。
かといって他の……例えば、お金や住居などの日常生活面では既に王国がサポートしてくれることが約束されている。
全員にとって満足できる物が用意できないのであれば個々人の望みを叶えるという方向が一番いい。
それは俺たちもそうだ。王国が許容できる内容であればどんな願いでも叶えてくれる。下手な物を貰うより余程いい内容。
そして王国側の要人たちはそのあまりに破格な褒賞や勇者たちに対する優遇に戸惑っているのだろう。
「ありがとうございます、王女殿下。その権利、大切に使わせて頂きます」
望月の感謝の言葉に「はい」と答えたフレリーカ王女。二人のやり取りの後俺たちは下がるように指示されたため立ち上がり、全員で元の場所に戻る。そして、その途中でフレリーカ王女がくれた「権利」がどれだけ有用な物なのかに気が付いた人達が何人かいたようで元の場所に戻ってからひそひそと話し始めた。
「コホンッ……授与の続きを行いますので、皆様、静粛にお願いします。―――それでは続きまして今回の事件の首謀者の一人にして王女殿下を亡き者にしようとした許されざる悪鬼、コーリックを見事打ち果たした勇者。キリュウ・ユウキ様。王女殿下の前へ」
授与の進行役をしている人からの声かけで桐生が一人で王女の前まで行き、膝をついた。
「…………」
「……?王女殿下?」
「あっ……はい!それでは―――」
何か少しの間があったけど、事前に告知されていた通り、桐生にはオールフェイ家が所有していた屋敷が与えられた。
さて、恐らく次が最後の授与だ。
「それではこれが最後の授与となります。愚かにも王家への反逆を企て、国王陛下の命を狙い、数多のモンスターを使い王都を攻め滅ぼそうとした大罪人であるヘルマンの野望、思惑、計画を見事打ち砕き、王城に現れた炎竜をも討伐した勇者。アサヒナ・ハルキ様、ササキ・ユイカ様。―――そして、王都内に現れたモンスターを討伐し、多くの民を救った獣人の戦士。ルナ様。王女殿下の前へ」
「えっ?わ、私も……?」
そう。俺と唯香に強引にこの場に連れてこられ、俺たちがいる場所の後ろのさらに後ろ側で事の成り行きを見ていたルナ。彼女もこの授与の対象だ。
狼狽えているルナを取りあえず無理やり王女の前に連れて来て、三人並んで膝をつく。
「まずはルナ。あなたの活躍で王都に住まう多くの民の命が救われました。アイゼンブル王国の民を代表し、感謝の言葉をあなたに送りたいと思います。
ありがとうございました」
「い、い、いえ。そんな……も、勿体ないお言葉です」
今まで貴族とは面識があってもこんな場で王女と会う機会なんてなかったはず。そのため言葉を詰まらせながらルナは返事をした。
「そんなあなたに……次期国王としての権限でBランク冒険者の地位を与えましょう」
「えっ?」
「大丈夫です。私からギルドに直接進言しておきます。実力は今回の件で証明され、実績も充分なので誰にも文句は言わせませんよ」
「い、いえ。そうではなく……その……私は……」
「アサヒナ・ハルキ様とササキ・ユイカ様から聞いています。あなたは奴隷だったと」
「っ!?」
「しかも、奴隷保護法を守らない貴族の元で暮らしていたと……。我が家臣があなたを……あなたという人を無下に扱ってしまった。その責任はひいては王家にあります。
その責任としてこの王城にあなた専用の部屋を用意します。なので、ここで自由に生活してもらっても構いませんよ。勿論、アサヒナ・ハルキ様とササキ・ユイカ様と共にこれからも過ごしていただいて大丈夫です」
ルナは横にいる春樹と唯香を見る。それは自分ではどうすればいいか分からないからだ。
今までずっと誰かと共に過ごしてきた。自分の自由意思に任せて選択するなんてことはしてこなかった。だからどう返事すればいいか分からないのだ。
ルナの視線に気が付いた春樹と唯香もルナの方を見て、優しく微笑む。
「私たちから王女様に頼んだの。ルナに自由に過ごせる場所を提供してあげて欲しいって」
「俺たちは勿論、これからもルナと一緒に過ごしていきたいって思ってるよ。でも、ルナには他にやりたいことをやる選択肢もある。だからルナ自身がこれからのことを決めてほしいんだ」
唯香と春樹の言葉を聞いたルナの答えはもう既に決まっていた。今後については考える時間や悩む間などなく一瞬で。
「私はこれからも唯香と春樹と一緒に居たい」
「であればアサヒナ・ハルキ様とササキ・ユイカ様と一緒に過ごせるように手配しましょう」
「い、いいんですか?」
「はい。寧ろこれくらいのことはさせてください。あなたは民を救ってくれた英雄なのですから」
「ありがとうございます」
「それでは……最後に……」
フレリーカ王女は視線をルナから俺と唯香の方に向け、頭を下げながら発言をした。
「アサヒナ・ハルキ様、ササキ・ユイカ様。お二人はオールフェイ公爵の野望を食い止め、炎竜を命懸けで討伐し、多くの民の命を救ってくださいました。
王国を代表する次期国王として、そしてこの世界に住まう者として改めて御礼を言わせてください。……ありがとうございました」
「いえ。フレリーカ王女、頭を上げてください」
「そうですよ。私たちは私たちのためにやったことですから」
「それでも……。この国が救われたことは変わりませんよ。そんなあなた方に精一杯の感謝を込めて、こちらのものをお渡ししたいと思います」
そうフレリーカ王女が言うと、近くに控えていた女性騎士が豪華な装飾が施された箱を持ってきて、王女へ渡した。
騎士が王女に渡した時、そして王女が箱を受け取った時、その仕草はまるで宝物を扱うように丁寧だった。
「こちらをお二人への褒賞として与えます」
そう言って王女は俺たちの前で箱を開けたのだが、その中に入っていたものに俺と唯香は驚愕した。
「!?……これって」
「ゆ、指輪!?」
そう指輪だ。二つの白銀のリングが重なり合ったデザインに中央には綺麗な桜色の宝石が嵌め込まれている。
「はい。ですがただの指輪ではありません。これは200年前の勇者のお一人である四聖の勇者様とその恋仲であった勇者様が身につけられていた指輪だそうで、この国の国宝でもあります」
200年前の勇者の指輪。
っていうか国宝って……。
そりゃ大事そうに扱うわ!
「春樹くん、ど、どうする?」
あまりにも高価というか大事な物を貰うことになったため困惑した唯香が俺に聞いてきた。
「ど、どうするって……。まぁ、貰ってもいいんじゃないかな」
王女がくれるって言ってるんだし、何よりも勇者の指輪だ。きっと凄い効果が付いているんだろうし。
「はい、是非に。お二人の功績に見合うものと言えばこれくらいしかありませんし、四聖の勇者様も現在の勇者様に受け継がれるのであればきっと喜ばれることと思います。それに……お二人にはお似合いだと思いますよ」
「っ!?」
「えっ!?……いや、えっと」
なんで王女がそのこと知ってるんだよ!?
真っ赤になりながら俺と唯香は指輪を受け取った。
「それではこれで授与の式を終了します。皆様、順に御退出お願いします」
進行を務めていた人の声でこの式はお開きとなり、まずはフレリーカ王女が、次に貴族の人や俺たちや要人たちが順番に退出していく。
そんな中、俺と唯香とルナはこれからのことや貰った指輪のことについて話をしたいた。
だから、気が付かなかった。俺たちを見ている人物たちを。その人物がどういう目で俺たちを見ていたのかを。その人物がどんな表情で俺たちを見ていたのかを。
祝!! 100話!!




