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「……………」
目の前の生物ー正確には元々死骸だったものだがーが動かなくなった後、ガロンは、その脇に転がる黒い玉から視線を合わせたまま、しばらく睨み合っていた。
割れたステンドグラスから吹き込んでくる雪と冷気が、部屋を冷たく満たしていく。
お気づきの方もいるとは思うが、今ガロン村長の目の前にある玉は、以前にキリー村の青年を魔物へと変え、村人たち全員を石へと変えた「イビルストーン」と呼ばれるものである。
もしガロンに、少しでも魔道への知識があれば、鳥の死骸などを使いによこすレイロックという男が、決して白魔術師などではなく、危険な闇の脊族であることに気づけたかもしれない。
またもし彼が、全てを失った直後でなく、いつも通りのいんぎんな冷静さを保っていれば、このようなうろんな石になど見向きもしなかったかもしれない。
しかし、残念な事に現在の彼には、その両方が欠けていた。
「…………!!!」
ガロンは、おもむろに手を伸ばすと、その黒い玉をつかみとった!!
途端に、彼の中でなにか爆発的な感情の流れが起こったらしい、目を見開き、口から何やら大声で奇妙な叫びを上げると、この中年男は、発作的とも言える動きで、いきなりその玉を飲み込んでしまった!!
「ハァハァハァハァハァハァ…………ううっ!!!」
彼の体に変化が起こるのに、時間はかからなかった。
ガロンは、空をつかむように二、三歩前へ進むと、今度は急にその身体を後ろにのけぞらせた。
「ぎひぃ!!!……いいっ!!……あっくあっく!!!」
バリィッ!!!!!
次の瞬間、彼の腹の中央が膨れ上がり、何かがそこを突き破って現れた!!!
「ぎひぃぃぃ!!!」
それは「手」であった。
非常に長いその「手」は、天井近くまで伸びていくと、やがて真ん中で折れ曲がり床に手のひらがつく形となった。
しかし、異変はそれだけではなかった。
バリバリバリバリバリッ!!!
「ぎぃやぁぁぁ!!!……あん……ふぎぁ!!!」
さらに無数の「手」が、彼の体のあらゆる部分、腹、胸、背中、足、頬、後頭部などから、彼の皮と脂肪を突き破って、伸びていったのだ!!




