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「いやぁ、氷狼を見た時のフリントやあの…ツアコンってやつの腰の抜かしようは、なかなか見ものだったぞ!!」


そばで話を聞いていたガンダルガが愉快そうに笑い声をあげた。


しかし、山の奥地や秘境の密林、はたまた魔道王国ドルクロスの版図ならばいざしらず、この時代、普通に生活している庶民が魔物に遭遇する事は極めて稀であり、その点でフリントやネルガの反応は、仕方ないものといえただろう。


「まあ、何はともあれ、ここで君たちを待つことになったんだよ」


ポッテヌによれば、いっとき湯〜ゲルンのロビーは、混乱する宿泊客や、避難してきた住民、運ばれてきた怪我人などで騒然とした様子になっていたようだ。


幸いな事に、キャトを始めとする魔道サークルの面々がいたので、ポッテヌが彼らに頼み、ロビー周辺に護符による結界を張ってもらい、ひとまずの安全が確保されたらしい。


「本当は、建物全体に結界を張ってもらえればよかったんだが…」


ポッテヌが、キャト達の方を見ながら苦笑を浮かべる。

学生達の魔力と護符の力でどうにか張った結界は、ロビー周辺とその上に位置する二階部分を覆うのが精一杯だったようだ。


「はっ、そりゃ学生どもには無理な話だろ。まあ、一応結界の形になってるだけありがたいがね」


アリッサが、回りを見回し、なかなかに手厳しい評価をくだした。


「彼らの中でも、キャト君はなかなか優秀なようだよ。ロクス王室付きの魔道士団から内定をもらっているようだし」


ポッテヌが、苦笑を浮かべたままやんわりとフォローを入れる。


結界が完成した後は、メディナの仕切りとガンダルガの叱咤とフェルナンドの歌によって、ようやく騒ぎはおさまり、今の状態に落ち着いたのだという。


「ともかく、今は二人とも体を休めた方がいい。アリッサ」


そう言うとポッテヌは、肩から下げたかばんから、銀色に鈍く光るスキットルを取り出し、アリッサへとほおり投げた。


「何だいこりゃ?」


キャッチしたアリッサが怪訝そうな顔で問い返す。


「ウィスキーだ。魔力回復薬を溶かしてある」


「……こりゃ高くつきそうだね」


「場合が場合だからな、ツケにしとこう。落ち着いたら、詳しい話を聞かせてもらわんとな」


「ハッ」


そう言い残すとアリッサは、風呂で一杯やるつもりなのか、地下へ続く階段の方へと降りていってしまった。


アリッサにしろ、ガンタルガやポッテヌにしろ、このような事態でありながら、普段通りの落ち着いた様子であるのが、ブランをある種感心させ、また安心させた。


「いち早く危機を感知し、一人で何とかするつもりだったのだろう」


アリッサの背中を見送りながら、ポッテヌがつぶやく。


「え?」


「いやいや、どうも今まで彼女のことを誤解していたようですなぁ」


商人風の笑顔に戻ったポッテヌが、ブランを振り返る。


「『太陽の家』での付き合いだけじゃ、彼女の事をただの鼻つまみ者と思い続けていたかもしれない。まぁ、やはり人間、一ヶ所にとどまってばかりではいかんということかな」


「ポッテヌさん…」


「さ、ブラン君も風呂に入って体を温めなさい。私もちょっと一服してこよう」


悠々と立ち去るポッテヌを見送りながら、ブランは彼の残した言葉に共感を覚えた。


(そうだ、僕もアリッサさんと外で冒険をするようになってはじめて、彼女が施設のみんなが思ってるような冷たい人じゃない事に気づけたんだ)


ガラス越しに、先ほどまでしんしんと降っていた雪は、いつの間にか唸るような吹雪へと変わり、ロビーのガラスに容赦なく叩きつけられていた。


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