24
「こりゃすごいなぁ」
馬車からおりたブランは、思わずため息をついた。
彼の目の前には、ニーゲルンが誇る温泉施設「湯〜ゲルン」がどっしりと居を構えていた。
もう日が暮れかけており、湯〜ゲルンから立ちのぼる無数の煙が、オレンジ色の空に不思議なシルエットとなって映し出されている。
「いやぁ、夜になる前に到着できましたね」
ネルガがホッとため息をもらす。
村長達のもめ事に巻き込まれたため予定が押し気味だったのだろう。
もっとも「ロジ・マジのほこら」の中というのが、緑色の石の台座の上に、古ぼけた木像が置かれただけというシンプルさだったため、見学自体に時間はかからなかったのだが。
木像のロジ・マジは、つるりとはげ上がった頭に、膝までのローブをきた聡明そうな老人であった。
しかし、木像自体にはあちこちにひびや痛みが見られ、その上すっかりほこりをかぶっていたため、ブランの中には、なにやらむなしい印象だけが残っていた。
「おおっ!!相変わらずでかいのう!!」
その時、ブランの後ろで、久しぶりにばかでかい声がした。
「小僧!!中で迷子になったりするなよ!!」
そう言って、目覚めの一発、高らかな笑い声をあげたのは、今朝から今まで馬車でひたすら爆睡をしていた老戦士、ガンダルガである。
たっぷり睡眠をとって絶好調のようだ。
「そういえば、ガンダルガさんは、ここに来るの初めてじゃないんですよね??」
「無論じゃ!!通算6回目かのぅ」
ガンダルガは、冒険者時代から温泉好きだったようで、今もかつてのパーティー仲間とよく旅行に出かけている事をブランは思い出した。
「……おやおや、残念だねぇ。温泉の効能に『馬鹿に効く』なんてのがあれば、あんたも相当マシになっただろうに」
それまで、ブランが心配になるくらい沈黙を保っていたアリッサだったが、ガンダルガの覚醒に合わせて、得意の皮肉も復活したようだ。
「ちょっ!!アリッサさん!!なんて事言うんですか!!」
「よいよい小僧。わしは今すこぶる機嫌がよいからな。アリババのたわごとなどに怒ったりはせんよ」
「『ハゲに効く』がなかったのも残念だねぇ」
「なんじゃと!!!この老いぼれ魔法使いめ!!!」
ガンダルガの「怒らない宣言」は、あえなく一瞬で破られてしまった。
ブランはフリントと目配せすると、お互いが担当する相手のそばへ行った。
「まあまあ、ガンダルガさん。せっかくこれから温泉に入るんですから」
「じゃがなあー」
「アリッサさん、ここは馬車の出入りが激しいですから、とりあえず移動しましょう」
「んなこたわかってー」
二人の若い介護士は、なかなか見事な連携プレーを見せ、それぞれの文句を聞きながら、巧みに二人をグループの先頭と最後尾に引き離すことに成功した。
「では、皆さん私についてきてください!!はぐれないように気をつけてくださいね!!」
ネルガが旗を振りながら一同に呼びかける。
そうしている間にも、湯〜ゲルン前の駐車場には、大小様々な馬車が到着し、そこから降りるたくさんの人々でごったがえしていた。
「まったく……あのジジイの笑い声は、うるさいったらありゃしないよ」
皆の後ろを歩きながら、アリッサの愚痴を聞くうちに、ブランは何やらうれしい気持ちになっていた。
「ん??……ブラン、何をお前はニヤニヤしてるんだい?」
「ああ、すいません。いや、アリッサさんが元気になってよかったなあって」
「はぁ??」
「いや、さっきまでアリッサさん、全然しゃべらなかったじゃないですか。話しかけても生返事だったし」
「そうかねぇ」
「やっぱり、何だかんだでガンダルガさんと一緒の方が元気が出るんですね……ぶっ!!」
アリッサが指を鳴らした途端、何かスリッパのようなもので頭をはたかれた衝撃がブランに走った。
「目覚めの悪くなるようなこと言うんじゃないよ。さっきはちょっと気になることがあったから考え事をしてただけさ」
「いてて……気に…なること??」
「ああ、あのほこらなんだがね」
そう話すアリッサの顔には、珍しく困惑の色が浮かんでいた。




