反射のギフト
私、オクタヴィア・ヴァルディスは、侯爵家の長女として生まれました。
ごく普通の貴族令嬢だったのです。五歳のギフト審査の日までは。
両親のもとでそれなりの愛情を受けて育ちました。
すべてが変わったのは、私に授けられたギフトが『反射』というものだと判明したときでした。
反射とは跳ね返すこと。この反射というギフトを持っている人が他にいないので、どう作用するかもわかりませんでした。
その時の私たちは、あまり真剣に考えていなかったのです。
使えないギフトだと、両親は少し失望したようでした。
治癒とか豊穣とか、もっと役に立つギフトでしたら、どんなによかったことでしょう。
「オクタヴィアの嫁ぎ先は、あまり期待できないな。
王家などの高望みは諦め、侯爵家、伯爵家あたりで探すことにしよう」
そう父が話しているのを聞き、両親の期待を裏切ってしまったのだと悲しくなりました。
それからは、より一層勉強やマナー、ダンスなどのレッスンに力を入れ、両親の期待を取り戻そうと、むなしい努力を続けていたのです。
反射というギフトがどんなものか、わかってきたのはその頃でした。
その当時私についていた家庭教師は、何人ものご令嬢を指導したという老婦人でした。
彼女は私が間違うと、厳しくしかりました。そしてある日、とうとう体罰を加えようとしたのです。
物差しで叩かれそうになった私は、思わず目をつぶりました。
それまで両親からも叩かれたことなどありません。
「ヒエーッ!何なの、これは?」
その声に目を開けると、家庭教師が手を腫らし、痛みにうずくまっていました。
彼女の叫び声を聞き、他の使用人も様子を見に部屋に入ってきました。
やがて使用人から話を聞いた両親も、やって来ました。
「どうしたことだ、これは?」
「お嬢様のせいです。私が叩こうとしたら、物差しが跳ね返って私の手が腫れてしまったのです」
「あなたは、娘を叩こうとしたのか?」
「いえ、それは教育の一環で……」
「私は体罰を許した覚えはない。あなたには今日限り辞めてもらう」
父はそう言って家庭教師を辞めさせました。
辞めるときも、
「私は悪くない。お嬢様が乱暴なのです」
などと嘘を言っていました。辞めた後もあちこちで私の悪口を言っているそうです。
私は、教会でもう一度ギフトについて調べてもらうことになりました。
大変珍しいギフトではありますが、古い資料などを調べると、いくつかのことがわかってきました。
ギフトの持ち主に対して、悪意を持って危害を加えると、それが自分に跳ね返ってくるというもののようです。
これは自動的に発動し、自分では発動を制御できないということでした。
どれくらいの悪意や危害だと跳ね返るのかは、わかりませんでした。
前例が少なすぎたのです。
しかしやがてそれも明らかになってゆきました。
王立学園に入学前の子供たちの交流会で事件は起きました。
ここには上級の貴族だけではなく、下級貴族も参加します。
おいしそうなお菓子がたくさんあって、子供たちは皆嬉しそうにしていました。
そんな中、一人の少女が別の少女をいたぶっておりました。
あれは、たしかシュタイン侯爵家のエリザベス嬢だったと思います。
「そんな貧相なドレスで来るなんて、恥ずかしくないの?
私だったら、そんなドレス着て来ないわ!下級貴族は礼儀も知らないのね」
「これは、お母さまが仕立ててくださったドレスです。確かに高価なドレスではないけど、私のために作ってくださったのに、そんな言い方ひどいです」
「まぁ!私に向かって口答えするの?生意気ね!」
エリザベス嬢は、近くにあったカップの紅茶をもう一人の令嬢に向けて、かけようとしていました。
私は思わずその令嬢を庇いました。彼女のお母様の心づくしのドレスが汚されるのを見たくなかったのです。
紅茶は、エリザベス嬢自身にかかりました。
不思議そうな顔を一瞬見せましたが、自分のドレスが紅茶まみれなのを見て、悲鳴を上げています。
すると彼女の母親であるシュタイン侯爵夫人がやってきて、
「誰がこんなことをしたの!」
と、大騒ぎになりました。
私と紅茶をかけられそうになった令嬢も呼ばれ、事情を聴かれることになりました。私のお母様も呼ばれています。
私たち二人は、ありのままを申し上げたのですが、理解してもらえませんでした。
ギフトのせいだと話そうとしたら、お母さまが首を振りました。
話してはならないということです。
なぜ?このままでは、悪いのは私たちということになってしまいます。
お母さまは私たちが悪者にされてもいいの?
そこへ思いがけない救い主が現れたのです。
公爵家令息エリアス・ベルン様でした。
「私は、エリザベス嬢がこの二人の令嬢に紅茶をかけようとしているのを見ましたよ。なぜだかご自分にかけてしまったようですが」
その一声で、私ともう一人の令嬢――セシリア・クロフト様は無罪放免となりました。
散々な交流会でしたが、セシリア様とはそれ以来、お友達になることができました。それだけがよかったことです。
エリザベス様からは、あれ以来目の敵にされるようになりました。
あのような場で恥をかかされたと。
悪いうわさもささやかれています。
公爵家令息を味方につけて、エリザベス様を悪者にしたと。
そんなことないのにと悔しく思いますが、うわさを消す手段はありません。
やがて学園に入学する年になり、私も王都のタウンハウスで暮らすことになりました。
元家庭教師やエリザベス様が流したうわさのこともあり、学園でうまくやっていけるか心配です。
セシリア様と一緒なのは嬉しいですが、エリザベス様とも同じ学園ですから。
入学式の日、セシリア様と再会し、これからは毎日お会いできますねと喜んでいました。
その横を取り巻きを引き連れたエリザベス様が通り過ぎてゆきました。
私たちの方を見て、ひそひそ話しながら。
きっと悪口を言っているのでしょう。
ちょうどエリアス様が通りかかり、私たちは以前助けていただいたお礼などを言ってご挨拶をしたのですが、遠くからエリザベス様たちがこちらを睨んでいました。
前途多難だとため息が出ました。
学園ではセシリア様と過ごし、エリザベス様たちには極力かかわらないようにしておりました。
しかしあちらからは取り巻きの令嬢を使って、様々な嫌がらせをしてくるのです。
交流会で恥をかかされたことを、恨んでいるのでしょう。
セシリア様は心配し、できるだけ私と一緒にいるようにしてくださいます。
でもご令嬢の嫌がらせというものは、大したことはできません。
私が廊下を歩いているときに、急に足を出して転ばそうとしたり、教科書を盗んで水浸しにしようとしたり、その程度のことです。
足を引っかけようとした令嬢は、なぜか何もないところで転びました。
教科書を盗んだ令嬢は、私の教科書が無事で、自分の教科書が濡れてダメになっているのを真っ青な顔で見つめていました。
これらも、ギフト『反射』の効果なのでしょう。
しかしギフトのことは、両親からの命令で秘密です。
ギフトは、教会に登録さえしていれば、世間に公表しないということも認められていました。
そのうち私にちょっかいを出そうという令嬢はいなくなりました。
『オクタヴィア様に何かすると、必ず悪いことが起きる』
そういった悪評とともにですが。
それでもエリザベス様だけは、執念深く私に危害を加える機会を狙っていたようです。
エリアス様が私たちと仲が良いのが気に入らないのかもしれません。
ある日、教師からの連絡ということで、三階の教室から一階の教員室へ向かっていました。
そこへ物陰から私を突き飛ばす者がいたのです。
私は階段の方へ飛ばされ、あわや転落するところでしたが、突然風が舞い起こり、踊り場の方へ戻されました。
「きゃーっ!」
という悲鳴とともにエリザベス様が階段を落ちてゆきました。
階段の下に倒れたエリザベス様の足が不自然な方向に曲がっていました。
失神しているようで、叫び声はもう聞こえません。
階段の下で他の生徒や、教師たちも集まってきました。
エリザベス様が医務室に運ばれて行きます。
私は、その後事情を聴くため、学園長室に呼ばれました。
「起きたことを正確に正直に説明してください」
学園長はじっと私を見つめて言いました。
お母さまとの約束は破ることになるけれど、すべてお話しすることにしました。
私がエリザベス様を階段から突き落としたと思われるのは、困ります。
「私が三階から一階の教員室に向かっているとき、階段の上で誰かに突き飛ばされました。危うく落ちかけたのですが、ギフトの力が働いて、踊り場に降りることができました。私のギフトは、『反射』というものです。両親からギフトのことは内密にするよう言われていたので、公表はしていませんでした。
エリザベス様が転落したのは、ギフトの力で私に危害を加えたことが跳ね返った結果だと思います」
学園長は少し考え、やがてこう言いました。
「教会とご両親に問い合わせをします。できればお父上かお母上のどちらかに学園へ来ていただきたい。あなたが落ちたところを見ていた生徒がいないか、これから調べます。エリザベス嬢は病院に入院しましたから、事情を聴くのは少し先になりますね。大丈夫、けがはしましたが命に別状はありませんよ。
いろいろと心ないことも言われるかもしれませんが、今回のことは口外せず、毅然とした態度でいてください。
調査が終わったら、学内の生徒にきちんと説明します。
あなたもいろいろと疲れたでしょう。帰宅してゆっくり休んでください」
学園長は、きちんと調査してくれるでしょう。そんな気がしました。




