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上官の一言で部下たちはさっとその場から離れた。ミハイルが動くときは、陸軍の方向性が決まるときだ。アスターに話があるなら、なおさら邪魔はできない。どのような時でもだ。
「おい、うちには何もないぞ」
すでに扉の外に消えたミハイルと、連れを追いかけるようにアスターは店の外に出た。すでに歩き始めている二人に追いつく。
目の前にしても驚くほど整っている容姿だ。さすがにモテるのではとファロは推察する。
「もう店も閉まってる。茶くらいならあるが」
けれど、ものすごく気さくだ。優しい人間なのだと分かる。
「水でもいい。はやく行くぞ」
「わかった。歩きながらでもいいが、そちらは? 俺はアスター・クリフォードだ」
陸軍の大将は、歩きながら握手を求めてきた。本当に気さくな方だ。尊敬する上司に、こんな風に話しかけられ、握手されたら、誰でも忠実な部下になりそうだ。
「天帝の塔から来ましたファロです」
「天帝の塔? そうか」
大通りから外れて、どこをどう曲がったのか二十分ほどを、かなりのはやさで歩くと、一軒の家に着いた。閑静で大きな家だった。
「屋敷?」
「ここに一人暮らしだ。客室として泊まるなら部屋はある、この時間から宿は探せないだろう?」
とことん面倒見のいい大将だ。慕われるのもわかる。
屋敷に入ると暗い玄関エントランスがあり、明かりを灯さないといけなかった。慣れた様子でミハイルが続き部屋の応接室に明かりを灯した。
「ファロ、こっちだ」
ミハイルに呼ばれて応接室に入ると、いくぶん埃っぽいがキレイな室内だった。ソファと暖炉、テーブルがある。窓にカーテンもある。ヨアンよりも身の回りをきちんとしているようだ。
アスターは別の場所に行き、なにやら戸棚を開けたり閉めたりしているようだ。
そわそわしているミハイル参謀長に、荷物から出した地図を渡して、帳簿をテーブルに置いた。
「アスターさんが来るのを待ちますか?」
「いや」
すでに地図を広げているミハイルは、紅茶色の髪をゆらしもせずにじっと地図を見つめている。すごい集中力だ。
「それは、何が書かれているんだ?」
地図を見つめているミハイルが、突然口を開いたが、一瞬だけ何を言われたかしばし戸惑った。
手元にある帳簿が目に入ると、それが帳簿を示しているとすぐに分かった。
「名簿なんですが、名前に×が書かれている者と、追加して書き加えられた者が記載されているんです」
ゆっくりと地図から目を離すと帳簿に手を伸ばす。
「ラティアの機密って、何だろう」
「王女が誘拐されているんです」
おかしなことを言ったかのように、ミハイルの琥珀色の瞳がこちらを見た。ファロは少しの間、ミハイルの琥珀色の目と向き合っていた。探られているのか、ただ見ているのか、表情がわからない。
「独自の見解がある感じだけど……。少し待ってくれ」
まるで心中を見透かされたかのような言葉に、ファロはいつの間にか緊張していたのに気付いた。いま、ミハイル参謀長はものすごく考えている。
まだ情報は全部伝えられていない。
「確かに独自の見解は持っています。が、もう一つの事実を伝えますと」
ミハイルの目がもう一度、ファロに向けられた。
「シンサー国では、海賊が活発化してるようです」
「他に何か情報が?」
ミハイルも気付いたようだ。情報は出揃わないと、間違った憶測になるばかり。
「その地図を持っていた人は、シンサー国の役人だったようで、ブッケル国に地図を持って行くと言っていたそうです。途中で山賊に襲撃され、地図を託されたと少年が言っていました。ブッケル国とシンサー国の間に、かなりシンサー国寄りですが小さな島があって、海賊が島を襲う計画を立てていると偶然知ったことも加えておきます」
「こちらからもひとつ情報を提供すると、エルウィンド州は王より出陣を強要され、断るとエルウィンド州がラティアからか攻撃を受ける」




