本部へ
「ヒース、撤回だ。俺がすぐに司令官の所に行く。捜索の人数を揃えて策を練っておけ。フリックはどこなんだ!」
最後はすこし悲鳴じみた声になっていた。ヒースがひっと息を飲んだ。
「副隊長は今日は非番ですよ。釣りにでも行ってるはず」
弱々しく応えたヒースの声に、ジャック隊長は唸るような声で命じた。
「誰か捕まえて、すぐさま呼び出してこいっ。ヒース、戻ってくるまで準備を整えておけ」
「もろもろ了解っ」
ヒースはツーリエに軽く手を振ると、すぐに部屋を出ていった。仏頂面になった隊長は、おもむろにツーリエたちの方に向き直った。
「すまないが、手配するのに時間がすこぉしかかりそうだ。それまで待っていてくれないか」
ドスの効いた声が低く感情を抑えたように届く。
コハクが小刻みに頷いているのが目に入る。ツーリエは軽く手を上げた。
「あ、そしたら、私たちは天帝の塔の社に行って、また戻ってきます。二刻ぐらいで戻ろうと思いますが、よいですか」
ツーリエは朗らかに聞いた。
「わかった。協力を感謝する」
隊長は席を立つと、すぐに部屋を出ていった。ほとんど走るように廊下を行ってしまった。残された私たちは、部屋を出てから自警隊の建物を出る。
最初はこちらからの協力要請だったはずだが、いつの間にか協力する側になってしまった。
「すごいですね。あんな大男に対して、冷静に対応できるなんて」
コハクがしきりに後ろを振り返っていた。
「隊長は優しい人だって知ってるからね」
ツーリエはそう応えながら、自らの至らなさに一呼吸おいてから口を開いた。
「私もさ、ちょっと反省。あんまり実感がなかった……、エルウィンド州軍がシンサー国を攻めるって、相当なことよね。ファロ様にも詳細はコハクに聞いてって言われてたのに」
遅刻の代償は大きかった。重大な任務なのに緊張感がなかった。
「……はやく聞いて欲しかったですが、一度で説明が終わったのはよかったかな」
「隊長にも悪いことしたなぁ。いつもは、ヒースとかに捜索を依頼して、捜索隊を組んでもらって、一緒に探して回るんだけど。今回はブッケル国全体を探すから、手が足りないと思ったし、ハイウィンド州には協力してくれる自警隊がいるから。でも、軍部全部への依頼になりそう……」
コハクは少し決まり悪そうな顔をしていたが、思い直したのかいい笑顔になった。
「偶然はないですね。全部なるようになっているわけです」
ツーリエが自警隊隊長に相談しようと思いついた所から、人の手を離れて天上界の支援が入っていたと言っているわけだ。
「そっか、遅刻したけど、ちゃんと指導霊様が、私の動く方向を示してくれてたってわけか……。ありがたいです」
間違えていなくてよかった。心底そう思う。
緊張感を取り戻して建物を出る。道を行くと、社が見えてきた。
「私、ファロ様に状況を伝える文を書くね」
「わかった。俺は状況を確認する」
社に入るとすぐに二手に分かれた。拠点となった社には、常に情報が手紙で送られてきている。シンサー国の状況などは知っていないとならない。
ツーリエは社の奥の事務所に行くと、社守に頷いてから手紙を書き始めた。軍が動くことを簡潔に伝えるだけだ。書き終わったら小さく折りたたみ丸め
て、筒の中に設置する。設置すると丸くした書面はシュッと上に行き、筒を通
って建物の上部に抜けていく。その後、どうやってかファロの居る社に届く。
「よしっ」
思ったより、時間がかかってしまった。
手紙が届く収書室に行くと、椅子に座って手紙を読むコハクがいた。開封済みの書類と、未開封の書類を分けてある。
「どう?」
「う―ん、まだ動き始めだな。エルウィンド州が大変そうだ。軍人たちが長期出征の準備で、街中が忙しい状態だし、地方もな、実家に帰省して家族と過ごす軍人が移動したり、地方に赴任していた軍人が州都に移動したり、人材募集で百姓の次男とかが軍に入隊して訓練が始まり、終われば州都に集合させられたり。大混乱だ」
「うぁ……人探しには厳しい状態ね」
「エルウィンド州には四組が入ってるが、手が足りないようだ。ハイウィンド州は俺らだけでも上手くいきそうで良かった」
次の手紙を開いて読み始める。
「私も手伝うよ」
ツーリエは未開封の手紙に手を伸ばした。
ラティアから港に向かう街道や馬車道、宿屋町などが捜索対象だが、どこをどう拠点にしているか分からないため、近隣の村や町も不審な人たちがいないか確認して回る。
公共のフロートポーターに乗るためには身分証が必要なので、安心とは思うが、疑えばきりがない。潜伏しながら港に向かうならば時間がかかるから、まだ着いていないはずだ。
主要な港を担当した二人からは未発見の報が届いている。
「人探しというのは、よく依頼があるもんなのか?」
コハクの話し言葉から少しずつ敬語がなくなっている。いい傾向だとツーリエは思う。相棒として組んだら信頼関係ができるまで少しだけ時間がいる。気を許してくれているようで、ありがたい。
「なくなって欲しいけどあるの。ちょっとしたいざこざとかで、自分の意思でいなくなった人だと、よっぽど周囲と関係を消してなければ足取りをつかむのははやいけど。誘拐とか、変な人に監禁とか、大変な人探しもあるから」
次々と書面に目を通していく。
ファロ様からの書面はすでにコハクが目を通していたが、ツーリエも目を通した。シンサー国の方はまだ動きはないようだ。
「思ったんだが、ハイウィンド州軍の男たちが私服でうろうろしてたら、それはそれで目立つような気がしないか」
想像して口元に力が入る。
「天帝の塔のやり方を伝えて、やってみてもらったらいいかも?」
コハクは数回ちいさく頷いた。
「いいかもしれないな」
「もう半刻で戻らないと、行こう」
現時点で届いている手紙はすべて開封し、整理してまとめる。
確認が終わると部屋を出て、社守に声をかけてから出た。夕方の時間帯だがまだ陽は高く、人通りも増えて来ていた。帰宅する人たちだろう。
自警隊の建物に戻ると、受付で待っていたらしいヒースが待っていた。大きく手を振って受付の隣のスペースを示す。合流すると少し疲れた顔をしていた。
「待ってたよ、軍部に向かうから付いてきてくれ。どう動いたらいいかとか、いつも俺たちに教えてくれてるだろ、あれをやってくれ」
ヒースはすぐに歩き出して、歩きながら説明してくれた。
「フロートポーターを使うから」
コハクが眉を上げた。
「乗り場はけっこう距離がありますけど」
「いやいや、軍でも保有してるんだ。こっちこっち」
ヒースの案内で建物内を移動すると、地下車庫についた。小型の見たことのないフロートポーターが何台か保管してあった。
「これ、四人乗り。さ、乗って下さい」
薄い石の板が浮いており、四人ほどが前向きに乗れるように、手摺が付いている。椅子がある場合もあるが、これは手すりだけだった。
「乗ってしまっていいんですか? 馬もいませんけど」
コハクが困惑したように問うと、ヒースは高く笑った。
「馬場までは俺が引っ張って行きますから、ほとんど重さは感じないんだよ。時間もないし、乗ってしまって下さい」
意を決してツーリエは石の上に乗った。一瞬だけふわりとした浮遊感があったが、乗ってしまえば違和感はあまりなかった。手すりに捕まって立つ。
「ほら、コハクも」
コハクも同じように乗り込んだ。
「出発しますよ」
ヒースがローブを引っ張ると、体が引っ張られるような感覚になりつつ、前に進んでいく。けっこう速く感じる。
ヒースが慣れたように馬につなぐと、乗り込んだ。
「さ、行きますよ。しっかり掴まって下さいな」
馬が走り始めると、驚くほど速かった。馬は荷物などないかのように軽やかに走っていく。風が髪をなぶり、目を細めないとならないほどだった。
「もう着くよ、ほら」
フロートポーターは、城門を開けてくれた兵士を横目に過ぎていった。
「到着。下りてください」
コハクがすぐさま降りた。
不思議な乗り物だったなと、ツーリエは名残惜しい気持ちで降りた。
いろいろな城を見てきたが、やはりハイウィンド州の城は瀟洒だ。細かい飾りがあり、行き届いた庭園まである。
「こっちだ」
瀟洒な城とは別の建物に連れていかれる。こちらも瀟洒だが、横幅が大きく、施設であることが良く分かった。建物内に入っても、おしゃれな印象は変わらなかった。こだわりがすごいなと思う。扉の前に止まる。
「失礼いたしますっ、天帝の塔の者を連れてまいりました」
ヒースがノックをしながら扉を開けた。
「来たか、待っていたぞ」
中は赤が基調となっている装飾で、テーブルや椅子がしつらえてあった。細身の軍服をきた壮年の男が、朗らかな声を出した。テーブルには数人の軍人がおり、その中に隊長もおり、こちらを見て少しだけ頷いた。
「はじめまして、天帝の塔のコハク・バルフォアと、ツーリエ・ブロンです。この度はご協力を感謝いたします」
コハクが如才なく挨拶をすると、がたりと音を立てて椅子を引いた人物が立ち上がった。
銀色の髪をした剣豪のような雰囲気の男だ。
「私は州軍総司令官のカタラーニ・ウルクだ。協力などと、むしろ我が国の危機をよくぞ知らせてくれた」
総司令官?
ハイウィンド州軍の一番偉い人だ。ツーリエは、手先が冷たくなってきた。
「偉い人」の前に立つとどうしても緊張してしまう。失敗しないようにしなければと思う。
子供のころに叱られてばかりいたからか、なかなか緊張を緩められない。
「こちらにおかけ下さい、天帝の塔の方々」
椅子に案内されて座ると、会議がスタートした。
「紹介しよう、右に座るのが、陸軍ラディ・クハード。左が海軍シグルト・リィンだ」
二人が会釈すると、コハクも会釈を返したので、ツーリエも会釈をした。
「では、さっそく対策を検討しよう。天帝の塔では人探しの際、どのようにしているか。自警隊隊長の話では、たびたび協力して探しており、探し出すのに成功していると聞いている」
陸軍のラディ・クハードの芯の通った声は、威圧感もなくさりとて優しいわけでもなく、心地のよい音程だった。
「はい、こちらのブロンは、人探しには詳しいです」
周囲にいた男たちの目線がツーリエに集まった。偉いカタラーニ・ウルク様の視線もある。手に汗がにじむ。
「えっと、ですね」




