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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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60.道具屋と闇に呑まれた未来


海を有する自由都市国家ラプトロイは、塩の生産と流通を国営化しているため、他国より裕福であると言われている。


建国の勇者様が外貨獲得のため始めた事業だが、それは表の顔であり並行して行われる裏の顔もある


自国だけではなく他の国にも多い明日の暮らしも判らない孤児を集め、一定水準の暮らしを保障すること。

そして、理不尽に奴隷にされている者を救い出し、解放することであった。


その当時の奴隷制度は国家経済の根幹であり、安い労働力を確保するため、詐術、誘拐、或いは略奪といった人道を外れた手法で弱者が集められていたのである。


建国の勇者様は、当時この世界に蔓延していた奴隷制度だけは絶対に許せなかったらしい。


諸悪の根源は隷属魔法の不当行使にあると結論付けた勇者様は、違法な奴隷商や人狩りを行う組織を、見つけ次第叩き潰して行ったのだが、一人でやれることは微々たる成果しか生まず、潰した組織も頭を替えては復活し、イタチゴッコの様相を呈す状態であった。


そこで勇者様は人族を隷属化する魔法そのものを排除するため、優秀な技術者達と共に隷属魔法を無効化する魔道具を開発し、実際に出来た魔道具を安価で大量流通させたのである。

当時、奴隷制度を容認していた国々は勇者様の行為に相当怒り、勇者討伐の令も出したとか出さなかったとか。


しかし、勇者様はそのような世論など歯牙にもかけず、とある巨大組織を説き伏せ、奴隷制度を廃止する道筋をつけた。

世界中に拠点を置き、人々のため治療や薬などを供出する組織「癒し手教会」である。勇者様は奴隷制度の廃止に向け教会と連携して活動すると共に、開放された奴隷や逃げてきた弱者を一時的に教会施設で受け入れる約束を取り付けたのだ。


まさに奴隷制度と言う巨悪を、智と力と理で捻じ伏せたのである。


こうして世の中の風潮が奴隷制度廃止に向っていく中、国と奴隷商人達は「奴隷管理組合」「債務管理組合」を作り、隷属魔法の使い手を登録制として魔法の行使を制限し、組織としての改革に乗り出した。

奴隷商人達は、隷属魔法の使い手と奴隷とを適切に管理する事で生き残りをかけたのである。


現在では一部の国を除いて奴隷制度を認める国は無くなり、何処かの田舎で攫ってきた者を売買するような事も、個人が奴隷を保有する事も不可能な世の中になったのである.



双月の光も星の光も届かない森の中は闇に包まれて一寸先まで見えないほど真っ暗なのに、その大きな木の根元だけ蒼白い魔道カンテラの灯りで照らされて、闇を押し返していた。


柔らかな光の中には、ロウとその従者たる黒蛇ディルとメタル系スライムのハク、そしてまだ成人もしていない三人の子供達がいた。

幼い姉弟と少し年長の少女は、見知らぬ大人への恐怖と、良い匂いを漂わせる料理がもたらす食欲との間で迷いに迷っている。


しばらくは何とか我慢していたのだが、美味しそうな料理の匂いに小さい子供が耐え兼ねて、ようやく三人が木の根の間から出てくると、そこからはもう遠慮する余裕もなく料理を食べ始めた。

そんな様子を見てロウはニッコリと笑みを浮かべ、子供達が欲するまま温かい雑炊スープを取り分け、時に串焼き肉を焼きながら子供達の世話を焼いた。


子供達は無言でご飯を掻きこんでいる。ここ数日、まともな食事がとれなかったのだ。とにかく目の前に出された食べ物を口いっぱいにほおばっていた。

しばらくして食べ終えた三人は、空腹が充たされ、先程までの怯えた様子も消えて、幸せそうな良い笑顔を浮かべていた。


しかし、既に隷属の呪いが発動しているのは明らかで、子供達の顔色が悪いのは相変わらずである。

今までは魔力が失われていく気怠さより空腹感が勝っていたのだが、たとえ腹が満ちたとしても体調がすぐれない事は変わりがないのだ。


ロウはバオ(テント)の前に毛皮のシートを敷き、椅子に座っていることさえ辛そうな子供達に横になるよう勧める。


「頭がぼうっとするとか、胸が苦しくなるとか、そんな症状はありませんか?」

「・・・アムが、アムサッドの体調が良くないです。今日のお昼位から動けなくなって・・・。アリサも少し・・・」

「うん、顔色も悪い。まずこれを飲んで下さい。」


ロウは中級の魔力回復薬を三人に差しだした。

隷属の呪いは、人族の内包魔力を排出するか流れを阻害するもので、いずれにせよ対象を魔力枯渇状態にして死に至らしめる悪質なものだ。


ある程度魔力を回復すれば症状は治まるものの、根本的には隷属紋を消さないと同じ事が繰り返されてしまう。


「中級の魔力回復薬、体調が良くなるお薬です。探索者達が良く使っています。」

「・・・」

「彼の具合が悪くなった原因は、隷属紋のせいで体の中の魔力が極端に少なくなってしまったからです。まずは魔力を補充しましょう。」

「・・・」


まだ警戒心が解けないのか、少女は回復薬を中々受取ろうとしなかったが、ためらいがちにロウの手から回復薬を受け取り、男の子に飲ませる前に毒見でもするつもりなのか、蓋を開け、少しだけ口に含んで飲みこんだ。


黒ヘビ印の回復薬、しかも中級の回復薬である。

もちろん少女も隷属紋の呪いで魔力欠乏の兆しがあったのだが、回復薬を飲んで暫くすると血色を取り戻し、頬に赤みが差してきた。


弱っていた子供達も同じように血色が戻り、不思議そうに空の容器を見詰めていた。


「だいぶ楽になったでしょう?隷属紋の呪いを少しの間抑えることができます。」

「・・・」


ロウの言葉を聞いた途端に少女の表情が曇った。親に捨てられ、奴隷商人に売られたという事実が、再び頭を過ぎったのだろう。


貧しい寒村ではよくあることなのかもしれない。

村にいては飢えて死んでしまうかもしれない子供達を生かすため、村を存続させるため、そして自分達が生きるため、我が子を売ることが当たり前だなどとは言いたくはないが、それがこの世界の現実である。

売られた子は確かに生きることは出来るだろうが、闇取引されて奴隷となった者に明るい未来はない。夢も希望も、ささやかな日常ですら闇に呑まれてしまうのだから。


久し振りの食事でお腹が満ちたうえ、魔力回復薬を飲んで体調も回復した小さな子供達が、うつらうつら舟を漕ぎはじめた。

ロウは子供達にバオの中で休むよう促すと、少女に連れられて目を擦りながら入って行った。


食事の後片付けを終え、珈琲でも飲もうかとお湯を沸かしていると、年上の少女が一人でバオから出てきてロウの前に立ち、勢いよく頭を下げて言った。


「あの・・・お薬とご飯、ありがとうございました。アムもアリサも安心して眠ってしまいました。」

「良かったですね。あなたも早く休みなさい。結界がありますから獣も魔獣も近寄ってきませんから。」

「リリウです。逃げてしまってごめんなさい。あたしが二人を誘ったんです。小さいから、何も分かんないで付いて来て・・・それで・・・」

「こらこら。リリウさん、落ち着いて。私は奴隷商人の仲間なんかじゃないです。あなた達を探しに来た、それだけですから。」

「っ!」

「もちろん、出来るだけあなた達が望むようにしてあげたいと思っていますし。少しだけお話を聞いてもらえませんか?」


ロウは少女の緊張と不安を煽らぬように、出来るだけ長閑な口調で語り掛けた。

しかし、少女は力が抜けたかのように肩を落とし、そのまま俯いて黙り込んでしまった。


やがて、少女の口から出た言葉は、長年人族の中で暮らしてきたロウでさえ言葉を失うような、絶望と諦めの感情が入り混じったものであった。


「・・・望みなんて、ないです。父さんに売られて、帰る家ないし、どれいになって、生きていても苦しいだけだし・・・。」

「リリウさん・・・。」

「だから逃げたのに・・・。小さいあの子達に真っ暗な世界なんて見せたくないもん!」

「・・・」

「どれい商人のやつ、言ってたもん!おまえらに夢も希望もないって!一生どれいだから光なんて当たらないって!」


せいぜい十歳位にしか見えない子供が言う言葉なのだろうか。

人族の世界とは、こんな小さな子供の未来まで、いとも簡単に闇に呑まれてしまう場所なのか。


ロウは胸内でザワザワと騒ぐ感情を抑えて平静を装い、声を上げずに泣いているリリウに優しい口調で話しかける。


「私は、あなた達を不幸に縛り付けている隷属紋を、忌々しい魔法を解除できます。」

「え・・・おじさんも奴隷商人なの?」

「いえ、私はただの道具屋ですよ。隷属を解除する道具があるのは知っていますか?私自身も魔道具を作るのでそう言った魔法にも詳しいのです。」

「そう・・・なんだ。」

「あなた達が、捕まった奴隷商人に会いたくない、あの町に行きたくない、と言うのであれば、私が魔道具を使って隷属魔法を解除します。約束します。」

「・・・」

「私が住む国ラプトロイは、あなた達のような奴隷をたくさん救ってきた国なのです。それ故にあなた達を連れてきた奴隷商人も捕まった。あなた達次第ですが、できればあの町に戻って、ちゃんと隷属魔法を解除して、奴隷身分から開放された方が良いと思います。」

「・・・開放して、あたし達をどうするの?もう、帰るところもないのに・・・」

「ラプトロイで学校に行きましょう。いろいろ勉強して、得意分野を見つけて働いて、また三人一緒に暮らせばいい。」

「え?」


異界から召喚された勇者様が建国した国、自由都市国家ラプトロイ。

そこは人種差別、身分差別を廃し、人々に自由と平等を与える国家である。そこは自由を求めやって来た者を拒むことなく、門を開いて受け入れる街なのだ。


親がいない子供達でも安心して暮らせる孤児院もあるし、孤児院からでも教養を身に着けるため学校に通うことだって出来る。


「ラプトロイでは裏路地にいる子供達も元気に学校へ通っています。もちろん孤児院にいる子も、です。農家の子も商人の子も、みんな一緒に。」

「うそ・・・」

「ラプトロイを作った最初の王様、勇者様が決めたのです。子供は国の宝だって、子供達が笑って過ごせる国は幸せな国だって、大勢の大人達の前で言ったのですよ。」

「ゆうしゃさま?」

「そう、ずっと昔に勇者様が決めたことを守って、ラプトロイでは学校に通っていない子供はいないのですよ。」

「あたしたちでも、がっこうへ行けるの?」

「もちろんです。勉強してお友達も作って、みんなと一緒に笑って過ごせるのですよ。」


不安げにバオの方を見るリリウだったが、先程までの激しい感情の爆発は収まったように見える。

小さなリリウが自分達にまだ希望ある未来が残されている、ということを理解したのかどうか、その表情を見ただけでは判らなかったが、この子達を飲み込もうとしていた闇は、少しだけ薄くなったことは間違いないだろう。


「リリウさん、ラプトロイにはあなた達の未来があることを約束します。だから明日、一旦町に戻りましょう。」



翌朝、ロウと子供達三人は、衛星都市サンノに戻ってきた。

行方不明の子供が無事生還してちょっとした騒ぎになったが、夜道を歩いていたら偶然見つけ保護したのだと門番に事情を話し、砦を管理する西竜軍の担当者を呼んでもらう。


結論からすれば、三人の子供達も他の隷属紋を付けられた者達と一緒に奴隷身分から解放された。随分と厳しい取り調べが行われたようで、ボロボロになった奴隷商人は抵抗することなく全員の隷属魔法を解除したのだった。

軍は奴隷身分から解放された者達に聞き取り調査を行い、自国へ帰りたい者や行く当ての無い物、自由に行動したい者など意思を確認して、それぞれの思いが尊重されるよう手続きを進めていく。


ロウが予想した通り、開放された子供達はラプトロイの孤児院に預けられ、ギムキョウ学校へ通う事になった。

一緒に連れてこられた大人達も、ほとんどの者がラプトロイへの移住を希望したので、軍が用意した馬車(件の奴隷商人から接収したモノ)で、明後日の朝には衛星都市サンノを出てラプトロイに向かう事になっている。

彼らもこれまでやって来た仕事に応じた職場を斡旋され、生活が立ちゆくまでは債務管理組合の専用宿舎で暮らすことになるとの事だった。


こうした手続きが行われる中、部外者のロウが詳細を知る事ができたのは、リリウがロウのローブの裾を握ってずっと離さなかったので、必然的にロウも一緒に立ち会う事になったからである。


手続きも終わり、ロウと離れることに不安そうな表情を見せるリリウだったが、ロウがラプトロイでも必ず会いに行くことを約束すると、ようやく笑顔を見せてローブの裾を離してくれたのである。


そしてその日の夕刻、軍の伝令兵と共にラプトロイに戻ったロウは、自分の店に戻らずにリリウ達が入るという孤児院を訪ねた。

西竜軍の担当者から、リリウ達の事情を孤児院の先生方へ話しておくよう頼まれたのだ。


そして、完全に陽が落ちた刻限になってロウが孤児院から出てきた。


「ディルさん、今回の仕事の報酬が全部飛んでしまいました。暫らく節約ですね・・・。」

「シャアアァァアァ!?」


リリウ達も最初は何かと入用だろうからと、ロウが孤児院に寄付した金額、三人分で大銀貨三枚(300,000ギル)。

節約と聞いて大袈裟に驚くディルだったが・・・。


「またお金が無くなっちゃいましたね。最近は店の物が全然売れませんし、しばらく魔境に入って素材集めでもして凌ぎましょうか・・・」

「シャア!」

「ポ~♪」


魔境へお出掛けと聞いて、途端に機嫌が良くなる従魔達であった。








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