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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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61.道具屋は店じまい


多種多様な種族が共存するこの世界には理不尽が溢れている。


体力や魔力での優劣、貧富の差、種族の違い、その他諸々の事情で差別ができ、それが引き金となって醜い争いが幾度となく勃発していた。


それは、他種族を排斥しようとする自種族至上主義

それは、魔法を使える者こそ至高の存在だと主張する魔法第一主義

それは、貴族社会における身分制度を堅持しようとする選民主義


争いの旅に多くの血が流れ、人が死んだにも拘らず、主義主張は名を変え言葉を変え、縮小と拡大を繰り返して綱渡りの体で存続してきた。


人族の世界ですら考えに隔たりがあるのに、人と人外とが共に暮らせる場所など、創る事ができるのだろうか。



大陸の東辺境に位置する自由都市国家ラプトロイ。

この国は、異界から来た勇者様が建国した自由と平等を貴ぶ多種族混成国家である。

都市の人口は僅か二十数万人であるが、人間族、獣人族、妖精族、魔人族が肩を並べて歩ける国とあって、国外からの流入も多く年々人口が増えている。


果てが見えぬほど広い大陸にある国家で、この都市国家ほど異種人族が混在して生活している場所はないであろう。

だからこそ、当初は計画的に区割りされていた街並みも、急激な人口増加に付いていく事ができず、王城から離れれば離れるほど迷路のような街並みに変わってしまった。


そんな雑多な国ラプトロイの、時を知らせる鐘が四つ(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)鳴響いてから間もなくして、路地裏の一角にある『道具屋』が店を閉めようとした頃に来客があった。


重厚な扉を押し開けて入ってきたのは、この店の店主ロウの師である錬金術師のサキである。もちろんロウは、師がこの街に向かっている事を昨日あたりから判っていたのだが、到着はもっと遅いと思っていた。


「やっほ~ロウ、この間振りね!」

「あれ?師匠、随分と早い到着ですね。もう少し時間が掛かると思っていました。」

「ちょっと急ぎ過ぎたかな?まぁ、早いに越したことはないでしょ!」

「はぁ、師匠がこちらに向っていることは分っていましたが・・・急な用事でしょうか?」

「先ずは一息入れさせてよ。辺境縦断街道に入ってからは殆ど休まず強行軍できたんだから・・・」

「あ!すみませんでした。今飲み物を持ってきます。」


ロウはバックヤードに入って茶の準備をし、それほど時間を掛けることなく、今朝買ってきた砂糖菓子と一緒に淹れたての珈琲を持ってきて、カウンターに座ったサキに供した。

淹れたての珈琲の芳醇な香りが広がると、武骨な武器防具、魔道具が陳列されている「道具屋」としての雰囲気が霧散したように柔らかくなっていく。


少し俯き、ゆっくりと優雅な動作で珈琲を啜るサキの表情は、どことなく憂いがあるようにも見える。ロウはそんな師を何も言わず静観していると、やがてホッと一息ついてから顔を上げたサキが、その黒い瞳でロウを見据えた。


「うん、相変わらず美味しい珈琲ね。王都でもこれだけ美味しい珈琲を出すお店は少ないわ。」

「ありがとうございます。その珈琲ですら師匠が淹れたモノに敵いませんけど。」

「そう?で、何で急に来たかという、その理由だったわね・・・・」

「はい。」

「近いうち、というか準備ができたらすぐになんだけど、ちょっと大きな喧嘩をする事にしたのよね。だからロウも()の姿に戻って手伝ってくれないかな、と思って誘いに来たの。」

「はい?」

「うん、結構厳しい喧嘩になると思うのね。だからあなたの封印を開放して、手伝ってもらおうと急いで来たの。ね、ロウ。力を貸してくれない?」

「え・・・えっと?その喧嘩とやらの原因を伺っても?」

「聖国がまた碌でもない事をし始めたの。ちょっと見過ごす事ができない位・・・酷いこと。」

「聖国、ですか。」


相手が聖国と聞いて、ロウはサキの憂いの原因を悟った。

サキの言う聖国とは大陸中央部にある聖国メンテイルの事で、建国されてからの歴史は長く、人間族純血種の『聖皇』を盟主として崇める宗教色が強い国である。


この国の王は、女神の声を聴く事ができるという『聖皇』の一族で、何百年もの長きにわたって国の頂点に君臨し、強大なカリスマを持って意のままに国家を動かしているという。

人間族しか住んでいない国だが、同族でも長命のコードミア種のほうが身分が高いとされ、アッシミア種が国の中枢には関与できないほど選民主義を徹底しているのだ。


そして、サキの憂いに原因になっているのが種族間の差別である。


潔癖の女神ラナイ神を信仰しているこの国では、人間族こそが世界で唯一神に創造された至上の生命であると公言されていて、妖精族、獣人族、魔人族を一括りに亜人と称して人族と認めていない国家でもある。

もちろん、このような危険な思想を持った国の近辺には、獣人族や妖精族など他種族は住んでいないのだが、他国で違法に奴隷にされた人間族以外の者が売られてくる事もある。

近年、奴隷制度はその形態が大きく変化し、その道の専門が集まった組合によって厳格に管理されているわけだが、これに従わなかった国が聖国メンテイルとレントエール王国であり、聖国内で稀に見かける他種族は、奴隷として人権を与えられず使役されているらしい。


人が奴隷として売れる国なので、奴隷狩りを行う悪徳商人や奴隷管理組合から追放された隷属魔法の使い手、魅了や精神浸食の魔法の使い手などが拠点にしているという噂が立っている。

人間族以外の他種族に対する扱いが酷いことは分っているので、奴隷管理組合もこの二国には神経を尖らせており、違法奴隷が流れぬよう細心の注意を払ってはいるが、未然に防げるのはほんの一握りでしかないのが実情だった。


「流石にね、獣人族の集落まで越境して『奴隷狩り』に出る様になったら、もう許せないわ。だから、そんな行為を許しているあの国は潰すことにしたの。」

「は、はぁ・・・」

「あなたも独り立ちしてから上手に人族社会に溶け込んで、現在(いま)を楽しく生きていることは分かっている。でも、私だけじゃちょっと厳しいのかなって、ごめんね。」

「いえ、師匠からの命令なら、いえ、勇者サキ様の命令ならば、古き盟約に従い、私の命を差しだすことも躊躇しませんよ。」

「もう!その厨二病的な呼び方はやめて!本当はね、あなたの封印を解かずにそのままで行きたい所なんだけど、妖の能力を半分も抑え込まれたままではちょっとね、厳しいと思うのよ。」


勇者サキ。云わずと知れた、この辺境都市国家群を建国した勇者様の事である。


この世界ではない異界から召喚された勇者は、紆余曲折があって召喚元であるハウンドール王国から独立し、自らの強大な力とこの世界にはなかった知識を駆使して、不毛な辺境地を全ての人族が共存できる理想郷へと創り変えた。

さらに、奴隷制度撤廃というこの世界の産業根幹を揺るがす程の改革を成し遂げ、多くの虐げられた人々を救った救世主でもある。


しかし、それは四百年も前の話。長い時が経てば、狡賢く欲に塗れた者達が幾人も生まれ、抜け道を作り、弱き者を闇に引き摺りこもうと蠢き出すのだ。


「本当は、もう少し様子を見るか、他の誰かにやってもらおうとも考えたけど・・・。」

「そうなんですか?」

「奴隷管理組合も水面下では動いているけど、あの閉鎖された国では中で行われていることまで詳しく調べられないみたいね。結局、連れて行かれる人を水際で止めるくらいしか対応策が無いのよ。」

「その結果、不幸な者が増える・・・」


ロウはつい最近衛星都市サンノで助けた、奴隷身分の子供達の事を思い出していた。


聖国のような国とはいずれ戦う事になるだろうと予想していたサキは、自分の元にいるヨキと同型の万能型機械人形(フルスペックドール)を量産し、万能型機械人形(フルスペックドール)を前面に出して戦うつもりであった。

早い段階から準備を始め、現在では百体ほど完成し、ようやく戦力と呼べるまで辿り着いたところだった。


一方、敵となる聖国の国力はそれなりに高く、決して侮ることが出来ない戦力を有している。

まず、聖都防衛の兵士が約四千人も常駐いている。また、国内の主要都市に駐屯する兵が集まってくれば、その数は二万五千にも膨れ上がる。さらに、国内にいる傭兵は多くとも千を超える程度いるはずなので、計三万の兵が相手となる計算だ。


これに対抗するため、先に必要な戦力は、ヨキの量産型が一体あたり人間族三十人を相手に出来るとして、千体もの機械人形を創らなければ互角の戦いが出来ないことになるが、実際に稼働できるのは百体程度しかないのが現状だった。


そこでサキは、せめて聖都の守備兵に対抗できるだけの機械人形を量産し、魔法空間倉庫で聖都近くまで運んで一気に落とす、そんな計画をたてていたのだが、ロウが復活させた機械人形サンの存在が予定を大きく狂わせたのだ。


「ロウ、あなた戦闘用機械人形(バトルドール)を復活させたでしょう?実は、あれと同型機が聖国にも保管されているのよ。もしサンの情報が聖国に渡ったら、聖国はきっと自国にある機械人形を復活させようとするわ。」

「なんと、サンと同じ機械人形が他にもあったなんて・・・、確かにあれが戦争に使われたりしたらとんでもない事になりますね。」

「ええ・・・。万が一よ、戦闘用機械人形(バトルドール)が一体でも復活したら、ヨキが百体いても敵わない、あっという間に殲滅されるわ。だから予定変更したの。」

「それは・・・サキ様の予定を邪魔してしまいましたか。すみませんでした。」

「そんな事はいいのよ。遅かれ早かれ行動に移す心算だったし。思っていたより早く「聖皇」の奴が耄碌してしまっただけよ。」

「ここ十数年で癒し手教会も巨大な組織になりましたから。聖国も焦っているのでしょう。」


ロウが言う「癒し手教会」とは、人間族至上という聖国の教えを是とせず、万人が治癒魔法の恩恵を受けるべきだとして、世界各国にいる治療魔法の使い手たちが所属している組織である。

欠損部位も復活させるほどの高度な治療魔法を有する聖国を巨大な総合病院と例えると、癒し手教会はいわば地域に密着した町医者のような存在だ。


近年、その癒し手教会が組織としてだいぶ大きくなり、治癒魔法の質も向上してきている。

対して聖国は、過去に女神から授かったという高度の治癒魔法が優秀であるが故、魔法技術の独占によって若い治癒魔法士が少なくなり、新たな魔法の開発や治療効果の検証なども行われてこなかったため、閉塞感が蔓延していると専らの噂だった。

さらにここ十数年では、女神の治癒魔法を使える適性を持つ魔法士が徐々に減ってきているという。


そんな聖国が、今頃になって他種の人族を集める理由は、ただ一つ。怪我人や病人を「作為的に」作り出し、治癒魔法の練度を高めるためであることは、容易に想像できることだった。

明確に言えば、自国の人間を使わず、他所から人を集めて「人体実験」を繰り返し行っているのは間違いないであろう。


この実態を掴んだ勇者サキは、自らこの腐りきった聖国を、二度と立ち行かぬまで潰す決断をしたのだった。


サキの話を聞いたロウは、カウンターを離れて店の中央に鎮座する結界棚の前へ行くと、棚の結界を解除して中から黒い剣と白い杖を取出した。


「サキ様の武器ですから、この二つはお返しします。」

「ん、ありがと。こんなモノ二度と手に取らないと誓ったけど、結局はこうなっちゃうのよね・・・」

「結局、サキ様が作ったその剣と杖に勝るモノは、私では作れませんでした。」

「ふん、いつも言っているでしょ!弟子に追い抜かれるわけにはいかないって。だけど、そろそろ覚悟した方がいいかな・・・」


そう明るく言うサキは、どことなく憂いが晴れたような、いつのも笑顔を見せて言った。


名 称:闇の剣ルーン(魔法剣)

能 力:属性魔法増幅(闇火)/魔法吸収/闇霧具現化/奪光

状 態:良好

原 料:黒竜の牙・尾先(亜種)/緋緋色金

所有者:勇者サキ(隠)


名 称:覇者の杖ロザリオスケイン(魔法杖)

能 力:全属性魔法増幅/魔力吸収調律/浄化/再生魔法

状 態:良好

原 料:創世樹の枝/古黒壇

所有者:勇者サキ(隠)


「さて、僕も店を片付けます。まあ、品物を空間倉庫に放り込むだけですから、時間は掛かりませんが。」

「私もサイノスの屋敷は処分してきたわ。と、いうか、まんま屋敷ごと異空間に入れただけだけど。」

「・・・相変わらず、規格外の魔法ですね。」

「それはそうと、ロウ。妖精族の彼女さんにはお別れ言わなくて良いの?」

「っ!シモン様は彼女じゃありません!大丈夫ですよ。彼女にはサンもいますし、これから一層ご活躍されるでしょう。」

「そんな意味じゃないんだけどな・・・。それならいいわ。」



大陸中央部にある聖国メンテイルの第一都市は、聖都トロンという。


三方を山に囲まれた盆地にあり、羊毛とモロコシの生産が盛んな国だ。また背後に聳えるエリスエル山には、埋蔵量は少なめではあるが良質なミスリル鋼を産出する国営鉱山があり、国庫を潤している。

女神信仰の宗教色が強い国であるのは、建国時の指導者が女神から強力な治癒魔法を授かった、という伝説が語り継がれている事がその理由であろう。


この都市も他と同様に、外敵から身を守る高さ4mほどの防護壁で囲まれている。


もっとも、長い歴史の中で聖国メンテイルの、しかも聖都まで侵攻してきた他国の軍勢はいない。

この国自体が小さく、大陸の重要拠点である訳でもない、というのが一番の理由だ。もちろん、高度の治癒魔法を占有している国に侵攻しても益が無いという事もある。


そもそもこの世界、大陸の大きさに対し人口が少ないうえ、大陸全土に人族の天敵ともいえる魔獣が跋扈しているため、各国とも領土拡張を積極的に行っていないのが現状である。王都を中心に魔獣を駆逐しながら自領を守るとで精一杯なのだ。

国家間の侵略戦争を起こしてまで領土を広げても、それを維持できる国力が無いのである。


聖都トロンには高貴な者達が使う副門と一般人が使う正門の二カ所の入口があるが、街道に面した東側にしかない。

自国への出入国を厳しく管理している国では解放している門が少ないのは世の常であり、そんな国ほど他国に対して後ろめたい闇を抱えている、というのは、この広い世界のあちらこちらを見て回ったサキの持論である。


そんな早朝の聖都トロンの防護壁上にある望楼で街道の動きを監視していた衛兵達が、防護壁から200mほど離れた街道上に忽然と現れた異様な集団に気付いて叫び声を上げた。


「お、おい・・・あれを見ろ!

「なっ!どこの軍勢が攻めてきたのか!?突然湧いて出たぞ!!何処から来やがったんだ!?」

「も、門を閉めろ!!閉門!閉門!!」


怒号が飛び交い、警笛が鳴り響く中、見張りの門兵が慌てた様子で跳ね上げ式の門扉を引き上げようとしている。

しかし、突然現れた謎の軍勢に気を取られ、誰も周囲を見ていなかったので、遥か上空を旋回している黒い影に気付く者はいなかった。


そして、そんな右往左往する衛兵を嘲笑うかのように、遥か上空を旋回していたその黒い影が急下降を始めた。


「グワアアアアア!!!」


空から滑降してくる黒い影は、飛行型魔獣の飛竜であった。

漆黒の飛竜は謎の軍勢の後方で地面すれすれに方向を変え、超低空飛行でトロンの城門へと向かってくると、嘴を大きく開けて竜の息吹(ブレス)を吐き出した。


飛竜のブレスは、炎と風を巻き込み、真空状態を生み出して対象を焼き、斬り裂く。

ブレスが直撃した跳ね上げ門は、固い表面を高熱で溶かされ、さらに固定していた鎖も断ち斬られて、途中まで上がった門扉が大きな音と共に落下した。


門扉を操作していた衛兵や、付近にいた一般人から悲鳴が上がった。


「うわあああっ!!ひ、飛竜だと!?なんでこんな処にいるんだ!?」

「門が落ちたぞ!!!中戸を閉めろ!!街に侵入されるぞ!」


飛竜は竜の息吹(ブレス)を吐くとそのまま急上昇し、防護壁を掠めて上空に逃げて旋回した後、謎の軍勢の後方へ戻ると砂塵を舞い上げて着地した。


引き上げる鎖が無ければ門は二度と閉まることはない。

これで、侵攻してきた敵軍を止めるには、防護壁の内側にある観音開きの薄い木製扉を閉めて、申し訳程度の閂をかけるしか手立てがなくなってしまった。


門前で右往左往している兵を余所に、侵攻してきた謎の軍勢は門前を埋め尽くす勢いでどんどんその数を増やしていく。

そして、正体不明の軍勢が増殖していく様子を呆然と観察していた一人の衛兵が悲鳴を上げた。


「おい!スケルトン兵だ!!あれは魔獣の集団だぞ!!」


聖都門前に現れたのは、漆黒の金属鎧を纏い、同じような長剣と円盾を持ったスケルトンの軍団であった。

やがて、衛兵の視界を埋め尽くす勢いで、次から次へと湧いて出て来たスケルトン兵が一斉に動きだすと、百体ずつ十の隊に分かれて隊列を組み、一糸乱れぬ動きで聖都の門前に等間隔に整列する。


「ま、まて!あれは・・・人間か?スケルトンに混じって人間もいるぞ!?」


百体ずつの小隊に分かれたスケルトン兵の先頭には、魔獣とは明らかに異なる、人族の女性兵がお揃いの鎧を纏って並んでいる。そう、まるでこの五人が背後の百のスケルトン兵を率いているかのように。

さらに、スケルトン兵の背後には、同じ格好をした五十人の女性兵が整列していた。


もちろん、この百人の女性兵は万能型機械人形(フルスペックドール)のヨキを模した量産型機械人形である。

彼女らが手に持つ得物は長剣、双剣、槍、斧、弓と部隊ごとの一貫性はないが、得物の輝きを見れば、その武器が一級品で良く整備されたモノであることは一目瞭然であった。


そして、この謎の軍勢の最後尾、門を破壊した黒い飛竜がふわりと着地した場所の傍には、黒服に籠手と具足、白銀のキュートレットだけを装着し、漆黒の剣を持った黒髪の女を真中にして、戦場には似合わない軽装だが、禍々しい赤黒の大鎌を持った長身の男と、その男よりもさらに背が高く、黒の半鎧(ハーフプレート)とキュートレットを装着している金髪の女が立っている。

勇者サキとその従者ヨキ、そしてサキの弟子ロウであった。


「ふ~、流石にこの数を召喚するのはきついですね。」

「ホント便利な大鎌ね~、恐れを知らぬ有能な戦士がこんなに湧いてくるなんて。魔力は大丈夫?」

「七割位持って行かれましたよ。回復薬を飲んでおきます。」


禍々しい大鎌を持ったロウは、それほど疲れた様子もなくいつも通り軽い口調であるが、それでも懐から回復薬の小瓶を取り出して一気に飲み干した。

ロウが召喚したスケルトンの死霊兵は凡そ千体。一度に二百体ずつ計五回の召喚である。


ロウが持っている大鎌はラプトロイ迷宮の「深淵」で手に入れた【死霊の大鎌】である。


名 称:死霊の大鎌(魔槍)

能 力:死霊兵使役/破壊不能/武器破壊/変形

状 態:良好

原 料:不明


深淵での死闘の時も死霊騎士は死霊兵として数百体も召喚していたが、ロウ専用となってしまった今、使い道などないと思われていた。

その数の暴力が自分の見方として整列する姿に、ロウは何となく戸惑いの表情を見浮かべている。


「さて、ディルさんも元の姿に戻りましょうか。」


もちろん、まだ距離がある聖都の衛兵達に、そういったロウの言葉は聞こえていない。


唖然としてスケルトンの兵を見詰めていた衛兵達が、不意に背筋がザワザワする感覚に襲われ、我に返る。


不穏な気配がする方向、スケルトン兵が整列する後方で、突如一般人ですら感じることが出来る程の強大な魔力が湧き上がり、防護壁に立っている兵が見上げるほど巨大な「何か」が立ちあがった。


それは体長が十数mにも及ぶ大蛇であった。その身体は周囲の光を吸収するかのような漆黒の鱗で覆われ、腹の部分の薄い灰銀色の鱗が艶やかに輝いている。


ただ、この大蛇は衛兵達が知る魔獣の類ではない。

なぜなら、大蛇の頭となる部分が人族の半身型になって、遠目からでもその体型は女性であるのことが分かるのだ。


風に靡くウェーブのかかった漆黒の長い髪、縦に裂けている鮮やかな紅色の瞳、漆黒の鎧に身を包んだその姿は、魔人族の伝説にも謳われた妖魔メドゥーサそのものであった。


「ロウ様!サキ様!」

「ディルちゃん、今日は宜しくね!」

「うん、任せて!ちっちゃな人間達なんてディルが全部吹き飛ばしてやるから!」

「はいはい、ハクちゃんもお願いね!」

「・・・」


擬人化していたハクがサキの声にトコトコ近付いてくると、身体を震わせて形を崩して行き、そのままサキの体に貼り付いて、白金(プラチナ色の半鎧(ハーフプレート)に変化した。


勇者サキの戦力は、人族相手なら三千人もの部隊に匹敵する戦闘能力を有する万能型機械人形(フルスペックドール)が百十三体と、ロウが召喚したスケルトン死霊兵が約一千体である。

さらに、最強妖魔のハイメデゥーサ、魔獣の頂点ともいえるスライムの最終進化系アマダススライムがいる。


「ヨキの姉妹だけで攻城戦は厳しいかなって思っていたけど、ロウがいればディルちゃんもハクちゃんも付いてくるもんね・・・。戦力過剰だったかしら。」


死霊兵、機械人形、魔獣、妖魔と頼もしい味方達を見渡して苦笑交じりに呟いたサキが、傍に立ちいつもと変わらない微笑を浮かべたロウに向き直る。


勇者サキが最も信頼を寄せる味方。勇者サキと血の契約を交わした弟子のロウは・・・。


「さぁロウ!あなたの封印を開放するわよ!こうなったら徹底的に叩いてやるから!」


サキの頭上に巨大な魔法陣が顕現した。それは人族では使えないはずの『古き者』の魔法であるはずだが、明らかにサキが生み出した魔法陣である。


魔法陣の直下にいたロウの身体が、人の姿形が歪み崩れていく。それは、これまでロウが度々行っていた妖人への変化ではなかった。

一つの「可視化」した魔力の塊になると、今度はそれがどんどん巨大化していき、一つの形に纏まっていく。


やがて・・・。体長は4mを越える巨大な四足の獣、九尾の狐たる白銀の妖狐となり、大地を踏み締めたのである。


妖狐がゆっくりと閉じていた瞼を開けると、そこには人族の姿になっていた時のロウと同じ黄金の瞳が輝いていた。


『ふう・・・久し振りだな、勇者サキよ。』

「何言ってるの、結構な頻度で会ってるわよ。まぁ、妖人(アヤカシビト)に【変化した】時のロウと、だけどね。」

『そうではあるがな、我とロウは同一であっても全く別のモノだ。我が眠っている時の思考は別の魂に支配されるのでな。」

「何だっていいじゃない!私にとってロウはロウなんだから。」

『そう言う事にしておこうか、我が主よ。』


妖狐はふわりと尾を巻いてサキを絡め取ると、自分の背に乗せる。


「ねえ、ロウ。私は・・・東堂沙姫は異なる世界から召喚されて、この世界を救う勇者サキとなったけど、今では魔獣より人間の方を多く殺しているわね。」

『そうだな。』

「魔獣を駆逐して人族を救うはずの勇者が同族殺しをしているなんて、もう人間やめた方がいいのかな・・・。」

『人族だろうが魔獣だろうが、サキはサキだ。』

「なんなのよ、それ!もっと気の利いた慰めとかないの!?」

『己の欲望のままに生きている姿は、我から見れば魔獣も人族も同じに見えて何ら変わることはない。我にとってはサキの生き方こそヒトらしいと思うのだがな。』

「ふふ、ありがと。ねえ、ロウ。人間族も妖精族も、獣人族も魔人族、妖魔や妖人も一緒に暮らせる世界を作るなんて、無茶な夢だったのかな。」

『さてな。我には良く判らぬが・・・妖人ロウとして過ごした所は、色々な種族が一緒になって暮らしていて、中々心地良いと所であった。』

「それは一からそういう国を作ったからよ。そんな運命だったから、ただただ、我武者羅にね・・・」

『では、また作れば良い。』

「そうね、そうすれば良いんだよね。」


背中に首を回し横目で見る妖狐ロウと、勇者サキが微笑み合う。


「クルウウウウウ!!!」


妖狐が嘶くと、死霊兵が一斉に動き出し、人族の国に向けて行進を開始した。



大陸の東辺境地、魔獣の楽園ともいえる魔境と接する辺境地にある自由都市国家ラプトロイ。


辺境地にしては大都市ともいえるこの街の裏路地は迷路のように入り組んでいて、始めてここを通る者ならば必ず迷ってしまい、目的地には辿り着けない。


そんな迷路の一角に佇んでいる一軒の店。

三階建ての店舗兼住宅になっている建物には人の気配は全くなかった。



そんな人気の無い店の前に、長い銀髪の女性がしばらく無言で立っていた。

店の扉から二階の窓へと視線を移し、再び店の扉へと戻した彼女は溜息を一つ溢すと、踵を返して路地裏に消えていった。



大陸の西辺境地、太古からある迷宮の入口を中心とした街マリトニス。


この街の周辺にはさらに三つの迷宮が存在し、迷宮に囲まれたこの街は【迷宮都市】と呼ばれ、多くの探索者で賑わっている。


そんなマリトニスの裏通りにある商店街の外れに、最近引っ越してきた者がなにやら商売を始めたようだ。


見るに堪えない下手な文字で『道具屋』とだけ書かれた看板が、通りを吹き抜ける風に揺れている。


道具屋。


なんと不親切で愛想の無い名前であろう。

看板を見ただけではこの店が何を取り扱っているのか、武器なのか、防具なのか、それとも魔核などを売る魔道具屋なのか一切判らないのだから。


ふと、通りに「からん」という乾いた鐘の音が一度だけ響き、道具屋の内開きの木製扉がゆっくり、ゆっくりと開けらていく。


さて、この店の扉を開けたのは・・・。








長きに渡り、ご愛読ありがとうございました。

またどこかで「道具屋」が店開きした時にはご贔屓にしてくださいませ。

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