56.道具屋が危ぶむ焦り
迷宮や魔境などで魔獣と戦う事で糧を得ている探索者は、己の能力と組合に対する貢献度で「級」分けされている。
自由都市国家ラプトロイの探索者組合では探索者養成所なる新人教育機関があるので、独自に「見習い」という級を作り、将来有望な探索者を育成している。
偏にこれは若い探索者の死亡率を下げるのが目的であり、他国と比べ新人探索者の死亡率が極端に低い事が、その有用性を証明していた。
しかし、他国ではこのような制度を持つ組合は殆ど存在しない。基本的に、探索者は生きるも死ぬも自己責任であるのだ。
どんな依頼にも命の危険は付きまとい、常に死と隣り合わせで探索を続けて行かなければならないのである。
そんな彼らの生と死を分けるモノは、その者の技量であり、運であり、仲間との絆である。
能力が高い者に教えを乞い成長していく者も、同じような技量を持つ者同士が集い、互いに高めていく者も、生きていればこそ、その先にある「何か」に辿り着ける。
自分を信じ、仲間を信じて危険を分散させ、全員の生存率を高めこそ、一流の探索者と呼ばれるための重要な要素であるのだ。
◆
「ギュワワ!!」「ギュワ!ギュワ!!」
耳障りな声を上げて暗がりからこちらに向かってきたのは、やはり三匹の小鬼であった。
初心者殺しと呼ばれるこの魔獣は、粗末な錆びた剣や木の棍棒、石斧などの武器を使って襲ってくる。
しかし基本的な戦闘能力は低く、戦術もなくただ遮二無二襲ってくるだけなので、落ち着いて対処すれば経験が少ない探索者でも十分倒せる相手である。
緊張で体がガチガチになっているイシュル、リンセルの二人と、緊張どころか恐怖で足を震わせている三人組を余所に、ロウは右足を後ろに引き半身になって短槍を構え、武器を振り回しながら向かってくる小鬼を見据えた。
狭い細脈道では、三匹が横並びになることは出来ず、一匹が真中で先陣を切り、少し遅れて残り二匹が横並びの状態で向かってくる。
ロウは最初に突っ込んできた一匹目を、短槍を縦回して反転させ、下からすくい上げるように小鬼の顎を石突きで殴り上げて転がすと、そのまま返した穂先で左から襲ってきた二匹目の両足を、目に止らぬ二連突きで突き刺し、行動不能にした。
さらに、斜めから錆びた短剣を突き入れてきた三匹目を、槍を横薙ぎに振り回して殴り、壁まで吹き飛ばした。
一連の動作が全て流れるように連続して行われ、ロウは軸足をその場所から少しも動かしていない。
普段はおっとりとした雰囲気のロウからは考えられない攻撃の鋭さに、ビギナーズは訳も判らず目を見開いている。
「す、すごい・・・あっという間に・・・」
「槍の動きが全然見えなかったのです!驚きなのです!」
「師匠、従魔使いなのに強い。さすが。」
ロウの手並みに驚くビギナーズ三人は、強者が傍にいるという事を認識し余計な力が抜けたようだが、迷宮の第一階層で小鬼に後れをとるような中堅探索者などいない。
このくらいの魔獣相手なら、戦闘能力で圧倒するのは当然のことだし、その気になれば即死させることも出来たのだが、今回の探索はそれが目的ではない。
「これから小鬼に止めを差しますが、その時に魔力が魔素に還元されるはずです。それを感じ取って下さい。」
「「「は、はい。」」」
ロウは一番近くに転がっている小鬼の元へ行くと、短槍を逆手に持ち、そのまま小鬼の喉元へ突き下ろした。
低い呻き声を上げて小鬼が絶命する。
すると、ほんの僅かだが空気が重くなったような、小部屋の密度が上がったような、そんな感覚に包まれた。
「これって・・・」
「小鬼の内包魔力が拡散して一瞬だけ魔素濃度が上がった、と言われている現象ですね。」
内包魔力が多い生物が命を落とすと、体内に内包されていた魔力の一部が大気中へ拡散する。人族で言えば、生命活動を維持するための魔力ではなく、魔法を発動するための魔力である。
「魔素を取り込み魔力に変換して従魔に渡すという魔力操作の基本は、自分の周りにある魔素を感じること、次に魔素の取り込み、そして魔力変換からの譲渡となります。」
「ううん、なんとなくボワッとしたものを感じた。」
「そう、それが魔力の還元で我々が魔素を感じる事ができる唯一の事象なのです。」
「う、うん・・・」
「もう一度試してみましょう。」
ロウは穂先で両足を突き刺し、動けなくなっていた小鬼の胸を突き刺して絶命させる。
一匹目は予備知識が無いままに魔素還元現象を体験させたので曖昧な感覚であったが、今回は意識している分、ちゃんと感じ取れたようだ。
「うん、感じた。たぶん魔素だと思う。」
「よくできました。倒す魔獣によって、つまり強ければ強い魔獣ほど還元される魔素量は多いと言います。人族でも余りに濃い魔素を浴び続けると魔獣化する危険があります。たから、高位の探索者は魔素遮断の魔道具を身に着けているのです。」
「なるほど。」
実は、探索者証には「魔素吸収阻害」の魔法が付与されている。
迷宮の低階層ならこれだけでも十分機能するが、階層が深くなるごとに魔素濃度は上がって行くので、より確かな【魔素遮断結界】の魔道具が必要になるのだ。
ロウは壁まで跳ね飛ばされ、動かなくなっていた最後の小鬼に止めを差すと、リルに向きなおって言った。
「リルさん、今はまだ『何となく』なのでしょうが、魔素を無意識に感じ取れるようになれば、魔力操作への第一歩です。」
「うん、わかりました!!」
もう少し奥へ進んでいく。適当な小部屋に入り、中にいた小鬼の集団を討伐しては次の小部屋に行く事を繰り返し、あまり範囲を広げず慎重に探索を続けていく。
小鬼は殆どロウが仕留めるのだが、まず全てを行動不能にしてから一匹ずつ止めを差しているので時間が掛かる。さらに、群れを一匹だけにすると時々リルやイシュル、それにリンセルにも討伐させているので、効率が良いとは言えない探索だった。
しかも、リルとイシュルにとっては初めての魔獣との戦いであり、ましてや人型の魔獣の命を奪う行為は、精神的にきついのだろうか、その動きはどこかぎこちないモノだった。
一方のリンセルは迷宮に入った経験はあるのだが、後方支援職なので自らが魔獣に止めを差したことは数える程しかなく、やはりどこかおよび腰である。
それでも、倒した小鬼はちゃんと解体し、魔核を取り出して袋に詰めていく。小鬼が落とした武器もロウが原料として買う予定だ。
人型魔獣を初めて解体したリルとイシュルは、顔色が悪くなってしまって嘔吐する時もあったが、それでも泣き言を言わず必死にロウの後に付いて行った。
魔獣を解体し、素材や魔核を採取してお金に替える事こそ、探索者が危険な迷宮へ入る目的であるのだ。
小部屋を四つほど回ると、ビギナーズもようやく小鬼との戦闘に慣れ、多少の余裕が生まれてきた。
ロウが小部屋にいる小鬼を一、二匹残して倒した後、前衛のイシュルを弓持ちのリルが後方支援し、今は剣を持つリンセルがリルを守りながら時々水系の攻撃魔法を使う戦術である。
前衛のイシュルは優れた身体能力を生かし、小鬼を翻弄して確実にダメージを与えていく。
そんなイシュルに他の敵が近付けないようリルが弓矢で牽制し、時には急所に矢を撃ち込んで仕留め、戦闘の優位条件を確保していた。
そんな中、リンセルの動きは後衛も治療もこなしビギナー級とは思えないほど秀逸であった。前衛のイシュルが少しでも傷付けば前衛のいる場所まですぐに移動し治療魔法をかける。また、後衛のリルに小鬼が向かえば、攻撃魔法で支援する。
贔屓目で見ても、ビギナー級にしては非常にバランスが取れたパーティなのだろう。
敵が小鬼一匹、いや二匹いても余裕をもって討伐できる実力を、この短時間で十分に身に付けた様子だった。
そして一行は、お昼過ぎに大脈道へ戻ってきた。休憩や食事を摂る時、ラプトロイ迷宮の低階層では、大脈道が安全地帯となる。
周りを見れば、ルーキー級の探索者パーティや、ロウ達と同じように引率付きで訪れた若い探索者の一団もそれなりにいる。
ビギナーズ達の食事はロウが用意している。リンセルはともかく、リルとイシュルはその日に食べる食事代にも困るほど切羽詰まっていたのだ。
手軽に作って来たお弁当の中身は、薄く切った白パンで卵焼きと青野菜、そしてローストした肉を挟み、ムギ粉を黒糖水で溶いて薄く焼いた生地に包んだ携帯食だ。甘辛いタマネギソースをかけて食べると、とても美味しい。
急遽リンセルが同行することになったので、お弁当はビギナーズ三人に渡し、ロウは自分の魔法拡張鞄に常備している保存食を齧っている。
「しひょー、これおいひい。」
口いっぱいに頬張りながらリルが言うと、イシュルもリンセルもコクコク頷いている。みんな良い笑顔だ。
どんな場所、どんな状況でも、美味しい食事は人の心を和ませてくれるものなのだ。
楽しい食事も終え、再び探索に出る前に、朝からの探索に問題点が無かったか打合せをしておく。
休憩などで一旦緊張感を切らしてしまった時は、こうして次の動きを確認するだけで重大な過失を回避できる場合が多いのだ。
「昼までの間に結構な数を倒しましたが、だいぶ慣れたようですね。特にイシュルさんは中々の戦闘センスですよ。」
「はいです!敵を弱らせてから止めを差す方が楽に倒せるのです!私には一撃必殺はまだ早かったのです!」
「そうですね、急所を狙う方法もありますが、魔獣によってその場所が違います。それは経験していくしかない。」
「はいです!」
「それと、リルさんも支援射手として十分な働きでした。魔素を感じ取る事も忘れていないようですし。」
「まだ。まだ何となく分かるだけ。もう少し魔獣を倒してみたい。」
「はい。少し休憩したらまた小部屋を廻りましょうか。」
「うん。」
ロウはリンセルに向かって言った。
「さて、リンセルさん。」
「はい?」
「あなたは何を焦っているのですか?」
「っ!」
決して厳しい口調ではなかった。どちらかと言えば、穏やかな笑みを浮かべたままの言葉だった。
だが、リンセルにはロウの目が笑っていないように、自分を射抜くかのように見ているようで、思わず目を逸らして俯いてしまった。
「あ、あの・・・」
「傷を癒すのに早い方が良いのはあたり前のことです。しかし、それは絶対条件ではない。」
「・・・」
「速さばかりを追求して、いざという時に魔力切れを起こしては元も子もないのです。」
「・・・」
ロウは俯くリンセルの眉間に人差し指をあてる。慌てて顔を上げるリンセルだが、ロウの人差し指はリンセルの額に付いたままだった。
「落ち着きなさい。眉間に皺など寄せて良い年齢ではないですよ。それに・・・」
「え・・・?」
「まだまだ、あなたはリンセルさんのままで良い。メルミラにならなくたって良いのです。」
「!」
目を上げたリンセルは、もう一度ロウの眼を見ると、さっきまで刺すように感じた瞳は、柔らかく優しい眼差しになっていた。
「リルさんもイシュルさんも、みんな初めから上手くできている訳ではないのです。そんな事より多くの失敗を経験して、それを繰り返さない方が大切だと思いませんか。」
「ロウさん、私・・・がんばらなくちゃって・・・もっとうまく魔法を使って・・・それで・・・恩が・・・」
「はい、ちょっと無理しているように見えましたよ。」
ロウに言われるまでもなく、リンセルは自分が焦っているという事を自覚していた。でも、もっと自分を高めたいという思いを止める事ができなかったのだ。
あの時、探索者組合でロウを見つけた時、一緒に探索に行きたいと願ったのは、もしかしてそんな自分を止めて欲しかったから、なのかもしれない。
「そうなのです!あんなに早く治してくれなくても、ちょっとくらい痛くても全然平気なのです!」
「うん、リンセルちゃん、もっとリル達信じて欲しい。怪我してもみんなが無事に帰る事ができたら、それで万々歳なんだから。」
「みんな・・・」
そんな様子を見ていたリルとイシュルがリンセルを励ます。
探索者養成所で最初に教わるのが「探索が首尾よく終わっても失敗しても、最後は仲間と共に生きて帰ってくるのが優秀な探索者である」という言葉だ。
リンセルは他国から来て養成所に通っていない二人から、探索者にとって一番大切な事を改めて教えられたのである。
そして、ロウがリンセルの額から指を話すと、そこにあった苦悩の印は綺麗に無くなっていた。
「さて、休憩もここまでにして・・・もう少し頑張ってみましょうか。」
「「「はい!」」」
ロウが立ち上がって促すと、ビギナーズもすぐに立ち上がって元気よく返事を返してくる。
リンセルが心に溜めていた「焦り」が全て無くなったかどうかはわからないが、歩き出したロウの背後から聞こえる足音は少し軽くなったように思えた。




