50.道具屋と黎明の工房
この世界に於ける錬金術とは、魔法を使い金属を変質させてより高い価値の金属を生成する、若しくは非金属から金属を生成することされている。
錬金術師たちは錬成魔法の「分離・分解」「精錬・製錬」「融合・癒着」「融解・組成」そして「錬成・解析」を駆使し、これまで存在しなかった金属の錬成、もはや伝説となってしまった古代金属の復活、純度が高くより価値が高い金属の錬成のため研究を続けている。
この世界特有の産物である魔核を専門に扱う者もいて、魔核生成の仕組みや人造魔核の生成など、こちらもより高みを目指して研究に勤しんでいた。
彼らの中には、未知金属の錬成を諦めて、錬成魔法による回復薬の生成で生計を立てる者もいるが、それはもはや薬師の仕事であって錬金術師の範疇から外れた行為であるとされてきた。
新たな物質を先生魔法によって生成することが可能とされるなか、【黎明】の二つ名を持つ錬金術師がこの世界に齎した功績は、計り知れないほど大きい。
先に述べた錬成魔法を全て習得し、この世界には存在しなかった金属をいくつも生み出したのである。
一つは殆ど錆びない鉄といわれるステンレス鋼の錬成、さらに軽くてミスリルと同等に強いチタン鋼などの自然由来の特殊金属の開発、そして極めつけは魔法親和性が非常に高いオリファルト鋼の錬成であった。
彼女の功績は「金属」だけには留まらない。
魔法発動媒体として使われる『魔宝石』の精製、透明な硝子、表面が滑らかな紙、酒精の蒸留技術など数えればキリがないほどである。
こうした功績に対し、各国は彼女を自国に引き入れようと躍起になった時代もあった。
高額報酬や色恋による懐柔、拉致誘拐といった強硬策まで、時には彼女を獲得するための戦争すら起きる気配であったが、その度に彼女は忽然と姿を消し、騒ぎが落ち着いた数年後にひょっこりと戻って来ることを繰り返した。
自分達の思い通りにならないと悟った施政者達は、彼女の身分を一国に属さない「自由人」とし、各国が必要に応じ資金援助を行ういう形で彼女を繋ぎ止める方策に転換する。
こうした経緯で彼女の拠点は各国に存在するのだが、近年はここハウンドール王国の王都に居る事が多かった。
遥か昔に王国から下賜された彼女の屋敷には、家宰を務める初老の執事、メイドの姉妹、そして万能型機械人形が住んでいる。
初老の執事は魔人族、メイドは獣人族の狼人種で、ずっと彼女の傍にいた弟子には及ばないものの、随分と長い間彼女に仕えてる。
それぞれが事情を抱え、縁あって彼女の元にやって来た者達だが、長く仕えていても主とその弟子に対する忠誠心に揺るぎはなく、彼女の元を離れようとは微塵も考えていない。
ただ、多大な功績を残した彼女が、どこの国の出身でいつ生まれたのか、親族はいるのかなど、詳しいことを知る者は誰もいなかった。
◆
「「ポ~♪ポ~♪ピ~♪」」
音色が少しだけ異なる笛の音が、二重奏となって柔らかな陽が挿し込む居間に流れている。
魔水晶から削り出した笛の音は、まるで透き通った湖のように澄んでいて、お昼までまだ間があるこの時間の雰囲気に合い、何とも心地よい。
昨日、陽が落ちる前にサキの屋敷に到着したロウ達は、予め用意してあった豪華な食事と、ロウが持ってきた蒸留酒で宴会が始まり、たいぶ痛飲してしまった。
到着する時間どころか、出発した日すら伝えていないと聞いたシモンは、何故歓迎の宴が準備されているのか不思議に思い、ロウに訊ねたものだった。
「なぁロウ。サキ様には今日到着する事を伝えていたのか?今日の食事も予め準備されていたような口ぶりじゃないか・・・。」
「いえ、僕ら師弟はある程度近付くと、何となく相手の存在を感知できるのですよ。師匠なら三、四日前から僕達が近付いている事を察知していたはずです。」
「な・・・、す、すごい人なんだな。流石は【黎明の錬金術師】」
シモンが一頻り感心しているが、これはロウとサキの主従関係に起因するもので、それはまた別のお話である。
ともあれ、昨晩の宴のせいで全員がすこし寝坊し、遅い朝食を済ませて一息ついていたところ、狙いすましたかのようにサキの元へやって来たのはロウの従魔ハクである。その手にはしっかりと魔水晶の笛が握られていた。
今、サキが教えている曲は、少しだけリズムが速い、何となく心浮き立つ曲である。その前には、長い韻がゆったりと繋がる曲で、今回は二曲も教えてくれるらしい。
一度に二つも覚えられるのかと思ったが、以外にハクは思考の切り替えが早いようで、曲の分別はちゃんとついているようだ。
そんな朝の曖昧な時間、サキとハクは笛の練習をし、ディルは黒蛇姿になってサキの横で目を閉じて丸まっている。
シモンは庭に出て、日課である剣の鍛錬、愛用の双剣を振っている。サンはシモンから離れ、サキに仕える同じ機械人形であるヨキの元へ行っており、居間にはいなかった。
ロウは、というと、朝早くからサキの錬金工房に籠っていた。もちろん昨晩サキから言い渡された、予定より遅れてきた事に対する「罰」である。
今、ロウの目の前には六角錐の水晶がある。底辺同士を合せて一体化しているので、ずんぐりとした水晶柱にも見えるが、透明度は高く水晶のように濁っていないものだ。
水晶の大きさは2m四方ほどあるだろうか。水晶は床から天井まで貫通している鉄製の四本柱に、しっかりと固定されていて、一見、宙に浮いているかのように見える。
この水晶体は自然由来の鉱物ではなく、複数の魔獣から採取された魔核を錬金術で一つにした「合成魔核」である。
しかも、合成した魔核の元は飛竜やグリフォン、羽を持つ虫型魔獣、さらには古代竜など、とにかく飛行型魔獣の魔核を集めて【錬成】したものであった。
この世界で自らが魔素を魔力に変換する代表的なモノと言えば、魔獣が活動するに不可欠な「魔核」であるが、サキが求めるモノは膨大な魔力を必要とするため、自然由来の魔核、即ち魔獣を倒して得られる魔核では容量が小さすぎた。
そこでサキは器を大きくする事を試み、複数個の魔核を錬金魔法によって合成し、巨大な魔核を作り上げたのだ。
その合成魔核を前にして、ロウは何をしているのか。
ロウは宙空に何らかの魔法陣を顕現させると、ゆっくりゆっくりと合成魔核の中へ押し込んでいく。よく見れば、合成魔核の中には幾重にも魔法陣が重ねられている。
魔法陣は魔核の中に入っても消えることはなく、中心部にお収まるとロウはそのまま特殊能力【錬成・融合】を使って魔核内に魔法陣を定着させる。
「ふう、百二十一枚目・・・成功っと。」
合成魔核の中には、すでに百以上の魔法陣が定着していて、その殆どが【重力操作】の陣であった。しかも、大気中の魔素を吸収し魔法陣が常時起動している術式が組み込んである。
透明な魔核の中に、複雑な紋様で描かれた魔法陣が重なる姿は、非常に美しくもあり、ひどく反自然的というか機械的な印象を醸し出している。
サキとロウが合成魔核を使って作ろうとしているモノ、それは自らが魔素を吸収して内包魔力を生成し、定着した魔法陣を起動させる魔法発動媒体である。
そして、サキが研究を続けている題目は「空を自由に飛ぶためのもの」であり、それを彼女は「飛行艇」もしくは「天空の城」と名付けていた。
サキの最終目標は、城一つを宙空に浮かべることらしいが、実現するために必要な「飛翔石」という伝説の石は既にこの世界で消滅した原料らしく、手に入らないらしい。
それならは自分で作ってしまおうと長年研究と実験を続け、ようやくたどり着いたのが「人造魔核」の生成と「魔法陣による重力制御術式の固定」である。
サキはこの水晶体を【飛翔魔石】と命名した。
何とも夢のある話だが、魔法陣を具現化する「古代魔法」無くして【飛翔魔石】を作ることは出来ない。必然的にこの作業は全てロウが受け持つことになったのである。
そんなロウが作業を終えて呟く。
「やはり一回の作業で二十枚が限界ですか・・・。二百日後にまた二十枚、気が遠くなる話ですね。」
古代魔法に於ける付与魔法では、一つの物体に複数の同じ魔法陣を定着させるのは至難の業である。
対象に具現化した魔法陣を定着させるときには、若干の魔力が魔法陣に伝わるので微力の魔法効果を発動してしまうが、その時に先に定着させていた魔法陣にも、時間差で魔力が流れてしまう。
その結果、魔法発動が反発し合う「共振」現象が起り、定着直前の魔法陣と定着させようとした物体の間に「亀裂」が入るのだ。
このため、先に描きこんだ魔法陣と定着させた物体が安定するまでは、次の魔法陣を描きこむ事ができないのである。
対象の物体に物理的に魔法陣を刻みこめば、このような現象は発生せず作業は難しくないのだが、これまでにロウは何度も合成魔核を作り、何度も壊してしまっていた。
「ようやく三分の一・・・。最後まで失敗なく行けますかね?」
実はこの【飛翔魔石】は、既に一つは完成しこれが二つめである。サキの計算では、城を浮遊させるためには最低でも四つの【飛翔魔石】が必要らしい。
【飛翔魔石】を完成させて空を飛ぶ城を作るというサキの夢は、ロウにとっても心躍る事である。が、極度の緊張と集中力を要するこの作業を行う度に、ロウの口からは溜息と愚痴が漏れるのであった。
◆
サキの屋敷の錬金工房は、二階建ての建物に五部屋あり、さまざまな用途に合わせて使い分けている。
飛翔魔石へ魔法陣の定着を終えたロウは、一つ隣りの部屋の扉を開け、中に入って行った。そこはサキの第一錬金工房で、彼女のライフワークともいえる道具造りをする場所である。
工房の中にはすでにサキがいて、部屋の中央に置かれた台の前に立って作業をしていた。
「師匠、ハクの相手お疲れ様でした。」
「うん、ロウもお疲れ。ハクちゃんは良い子ね~、憶えも早いし復習もちゃんとできるし。あなたの助手もできるんでしょ?評価点上げなきゃね。」
「もともと人であった時から能力が高かったのかもしれませんね。出会った時から少し変わっていましたから。」
「リッチに使役されていた時も笛を持っていたのでしょ?闇属性の支配を受けていたのに、普通じゃ考えられないわ。」
とりあえず、ロウは師匠がハクの練習に付き合ってくれたことを労う。弟子として当然の務めである。
サキの前には人一人が横になれるくらいの寝台が置いてある。楽に寝られるように、背中からお尻にかけて人族の身体の起伏に合わせた形だ。
しかし、【黎明の錬金術師】であるサキの工房にあるものが、ただの寝台であるはずがない。台の表面には複雑な紋様した魔法陣が、人体の頭、胸、お腹、手足など部位に合わせて幾つも描かれている。
サキはこの寝台を「手術台」と呼んでいる。ロウは「手術」というものを見たことがないのだが、サキに言わせると、それは「魔法」を使わないで病気や怪我を直す「魔術」のようなものだそうだ。
そして、その「魔術」を行うための道具の一つとして、この「手術台」が作られている。
サキが作ろうとしているのは、手術台に刻まれた魔法陣で操作できる金属生物の錬成で、サキはそれを「外科手術用魔工ゴーレム」と呼んでいる。
それは、ハクのように身体を金属化させる魔獣や、一般の錬金術師が作る「魔工ゴーレム」などではなく、自らが人族の体内に入って患部の除去や縫合といった医療行為を行うという、外科手術用の至極小さいミクロサイズのものだ。
ミクロゴーレムの製作を依頼してきたのは、サキの知り合いで治療師のリンドーという男である。
自分のことを「外科医」という聞き慣れない職業であると称し、治癒魔法や回復薬があるため、医療技術が発展しない世界だといって嘆いているらしい。
魔法が当たり前のように存在する世界で、高度な回復魔法でも治せない怪我や病気は存在するし、原因不明とされる病気や呪いでの死亡率は高い。
特に病気に関しては、対処法、予防法など一般人が持つ知識はほとんど皆無に近い状態なのである。
魔法頼りで医療レベルの低い世界で、彼は自分の国で使っていたという「手術用具」を作るため、あちらこちらの街の鍜治工房や錬金工房を探し回っていたのだが、そんな小さくて繊細な道具は作ったことがないと、全て断られていた。
そんな最中にサキと出会い、サキの手によって、メスやカンシといった手術道具を得たリンドウは、回復魔法でも治せなかった病気を「手術」という手法で完全に直して見せたのだ。
サキと出会い、外科手術によって救える命が増えたが、やはり一人では限界がある。
そこで目を付けたのが、魔力によって動く魔道具で、極小の魔工ゴーレムを患者の体内に侵入させ、治療魔法を使って進入時の傷を治しながら執刀するというものだ。
手術台に描きこんだ魔法陣で命令系統を構築し、ミクロゴーレムを術者の思い通りに操る魔道具である。つまり手術台が本体でミクロゴーレムは分体である。
この魔道具が能力を発揮するためには、人体の皮膚、内臓、筋肉、骨といった人体構造を正確に把握させなければならず、実用化させるまでの壁は厚いが、魔法で治せない病気による死亡率を低減させるため、何度も試行錯誤しながら研究を続けている。
「ロウ、魔法陣を描き込んだ命令盤を圧縮して。」
「はい、師匠。」
ハクと笛を吹いていた時の穏やかさが消えたサキの横顔は、凛として強い意思を宿した探求者の貌となっていた。
祝 50話達成
このお話を目に留めて頂いた皆様のおかげです。
ありがとうございました。




