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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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45.道具屋と弓の勇者


この世界で武器や魔道具を生産する者達にとって、材料となる魔獣素材は加工方法によって三種に分類されている。


それは金属と同じく熱加工が出来るもの、錬成魔法を使って形を変えるもの、外力で形を整えるもの、であり、いずれかの方法で素材を加工する技術が無ければ、魔獣素材から何かを作りだす事など出来ない。

しかも、単一素材で何かを製作するのであれば、この内一つの手法さえ習得していれば良いのだが、複合素材を扱うとなるとそうはいかない。


魔道具屋を名乗るのであれば、錬成魔法や鍜治魔法といった生産系魔法の習得は必須であり、それは指導者の下で繰り返し修練する事で得られる特殊能力であった。

しかし、特殊能力の【錬成】や【鍜治】にも様々な枝線があり、薬物の融合は出来ても金属の融合は出来ないというように、扱う素材が違うと魔法能力が全く発揮されない。


優秀な道具を生産するためには、こうした特殊能力が基本となっているため、職人達は長年修業を積んで生産魔法を習得するのである。



ロウが描いた魔法弓の素案は、リム部はハンドルと重ね合せる部分も含め、約75cmで上部下部の二つ、ハンドルライザーはリムと重ね部を含めて60cm、これで130cmの弓が組み上がるというものだった。

つまり元々シャンが持っていた木弓より10cm以上短くなる訳だ。


依頼主であるシャンから弓の形について承諾を頂いたので、ロウは早速複合弓として最重要部のリムの部材の製作に取りかかった。


まずは型枠造り、薄い木板にリムを真横から見た図を描く。流線形のその形は、使用時の撓りを考慮して曲がり具合を決定する。

描いた図通りに木板くり抜くと、型枠を素材に張り付けて縁取りし、線に沿って素材から部材を削り出すのである。


ロウは出来あがった型枠を草竜の背鰭に乗せ、形を写していく。

上下の分二つを写し終わってから一旦型紙を外すと、特殊能力【錬成】の物質変換を使って描いた線より外側の部分を柔らかくし、鋭い刃物で短冊状に切断していく。

背鰭は非常に硬いので、このように錬成魔法によって切断部を物資組成を変化させ、一旦軟化させてから刃を当てて切り取るのだが、魔法をあてる加減を間違えると使用する部分まで物質変化の影響を受け、素材の強度が下がってしまうから細心の注意が必要である。


短冊状の部材を切り出したら、後はリムの形状になるまで根気よく削って行くだけである。リムの幅は5cm、厚みが1.5cmから0.7cmとして、重量や先端部の曲線が上下二つとも同一になるように削り落としていくのだ。

先端に行くほど細く薄くしていく作業は正確さが重要で、上下対になるリムが寸法違いになっては魔力伝導速度が変わってしまい、最悪は照準が定まらない場合も出てくる。


削る作業では、粗砥は備え付けの回転砥石を使って一気にできるのだが、細かい造作は幾つものヤスリを使い、時間を掛けて調整していかなければならない。このリムの削り出し作業とケレン作業だけで丸二日は要するのだ。


二本の部材を重ね、作業台にしっかりと固定してから均等にヤスリで削っていく。

この時、ロウは手に持つ鑢に自分の魔力を通して研磨している。少なからず魔力を消費するのだが、後で描きいれる魔法陣を部材に定着させるためには絶対に必要な工程であった。


時に魔力水を振りかけながら、丁寧に、滑らかになるまで削っていく。

ヤスリの目が細かくなるごとに部材には光沢が生まれ、深い碧色が作業灯の光を反射して輝きを放っている。


流石に魔力を消費するこの作業はハクには手伝う事ができないので、ハクには弓の(ストリングス)に使うデルスパグラーの糸を切り揃えてもらい、生糸三本で三つ編み状に編んだものを三本作り、さらにその三本を三つ編みにした絡み糸を作って貰っている。

非常に細かくて根気のいる作業だが、ハクは黙々とそれをこなしていた。


ロウとハクは無言のまま、周りの音さえ聞こえていないような集中力で作業を続けている。


そんなロウの姿を、この二日間でいつの間にかカウンターの客席から内側に陣替えしたシャンが、これも自分で勝手に作ったはちみつミルクティを飲みながらジッと見つめていた。



リム部が完成し、次は取手部(グリップ)の製作に取り掛かる。


取手部、ハンドルライザーの素材はラプトーンの外殻を加工する。

濃い茶色の外殻は金属のように堅いのだが軽く、魔力を通し易い特製を持っている。そして、ラプトーンの外殻は金属素材と同じように熱加工ができる素材なのだ。


適当な大きさで切り取り、魔高炉で熱を加えて、反りを調整しながら形を加工していく。

魔獣素材は熱を加えても赤色の変化することは無いので、熱を加え続ける加減が難しいのだが、ロウにとっては長年扱ってきた素材であり、時間と感覚で加工に最適な温度を見極め、魔鎚を振って鍛え上げていった。


シャンの手の大きさ、指の長さを考え、長年使っていた木弓に残っている「握り跡」を思い浮かべながら加工していく。


再度加熱し、ハンドルの両端部にリム厚さと同じサイズでコの字型の臍を作り、しっかりとリムが固定できるようにする。

さらに、使用者の魔力をリムまで伝達しやすいようにすため、リムとハンドルの接着面にミスリル板を仕込んでビス止めし、特殊能力【錬成】を使って魔獣素材とミスリルという二つの異なる素材を融合させて一体化した。


ロウがハンドルライザーを作っている間に、ハクはデルスパグラーの糸を束ねたストリングスの製作を終えたようで、ロウの後ろに立ってじっと鍜治仕事を眺めていた。


リムとハンドル、そしてストリングスが完成したので、後は組み立てて魔法弓を仕上げるだけである。

ただ、ストリングスの部材にはラプトーンの尾筋も使う事ができるので、外殻と同じように魔高炉で加熱し、細く太さが均等になるように、ゆっくりと糸状に引き延ばし、種類が異なるストリングスを用意した。


デルスパグラーの糸を使うか、ラプトーンの尾筋を使うか、こればかりは使用者であるシャンの感覚によるものなので、予備も含め、全てシャンに渡して決めてもらえば良いだろう。


ともかく、各部材の製作が終わり、再生能力の高いトレントの樹液を接着剤にしてリムとハンドルを固定し、ストリングスを張って魔法弓は完成した。

最後にグリップとなる部分に竜種の皮を巻いて、しっかりと手に馴染むよう厚みを持たせる。


魔力を通すイメージをすれば属性が召喚されリムで強化し、それを魔法で矢状に具現化する魔法弓である。属性魔法強化の魔法陣は、直接リムに刻んで定着させているので、シャンの思いのままに属性の矢を放つことが出来る筈である。


「さて、ようやく完成です。思いのほか手間がかかりました。」

「・・・」


名 称:エメラルドボウ(魔法弓)

能 力:属性魔法強化(火水風土闇)/標的固定/魔力循環/軽量化

状 態:良好

原 料:草竜の背鰭/森蜥蜴の外殻


ハクも働き詰めで、何となくだが元気がないように見える。そう言えばこの五日間、笛の音を聞いていなかったような気がする。


「店主、これはすごい。見ただけで良い弓だということが分かる。」


そして、いつの間にか工房に入っていたシャンがぼそりと言う。


結局、彼は毎日店にやって来ては自分ではちみつミルクティを作り、カウンターに陣取ってずっと魔法本を呼んでいた。さらに、気にしなくても良い、と言いながらもしっかりとごはんとおやつは要求していた。

そして、鐘四つの刻(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)の鐘の音を聞くと帰っていく。


まさに傍若無人、我が道のみをいく行動だったが、不思議とディルとも仲良くやっていたようで、二人で並んで店番をしていたほどである。


「さて、魔法弓の性能を確認しなければなりません。」

「うん、とても楽しみ。早く行こう。」


ロウは急いで工房を片付けると店を閉め、いつも通りのローブ姿で南地区にある探索者組合の修練所に向った。



その日の午後、探索者組合の修練所の一角に標的となる土人形が置かれた。


魔法弓の試し打ちは、まずロウが行う。


的までの距離は約20m、ロウは魔法弓を引き絞り、リムとストリングスの間に普通の氷魔法矢(アイスアロー)を具現化させると、魔法の威力を極力抑えて的に向かって放つ。

ストリングスが「ヒュッ!」と空気を斬る音と共に、氷の矢が真直ぐ的に向かって飛んで行き、中心ではなかったがちゃんと的には突き刺ささった。


今の実射では、リムの撓り具合、ストリングスの張力、魔法発動と魔力調整など、特に問題はないようである。


ロウは魔法弓の仕上がりに満足そうに微笑むと、もう一度氷の矢を番え、的を見ながらシャンに言った。


「魔法弓を使えばこんなことも出来ます。」


的とは別の、全くあらぬ方向ぬ向けて射たのだが、放たれた矢は途中で大きく曲がり、これも的に穴を開けた。

さらに魔法矢が放たれる。今度はちゃんと的に向かって射たのだが、途中で二本に分かれて的の左右に突き刺さった。


「・・・」

「この弓から発射された矢の威力や方向は、射手の魔力と想像力に影響されるので、弧を描いて飛んだり、慣れれば的の背面にも命中させることも可能ですよ。」


シャンは言葉もなく、ただじっと孔のあいた的を見詰めている。何時もの通りの無表情だ。

しばらく無言の状態が続き、やがて小さな声でポツリと呟いた。


「お前、すごい。何で道具屋なんかやっている。探索者の方が稼げるぞ。」

「魔法弓はお眼に適いましたか。私は道具屋ですから、せいぜい素材集めに行くときぐらいしか探索者として活動しません。」


どうやらシャンは魔法弓の出来よりも、ロウの射撃の腕と魔法制御能力に驚いたようで、ロウの顔を真直ぐに見て言葉を繋げた。


「もったいない。だが、さすがイェンが勧めただけある。お前は腕がいい。」

「え゛?」

「うん。これなら貧乏を脱却できる。感謝するぞ。」

「あ、あの、イェンさんって・・・」

「お前たちの頭領?組合長?」

「やっぱり支部長(イェンシェイス)ですか!!」


ロウの胸に「嫌な予感」が渦巻いてくる。


支部長(あの人)が客を紹介する、という事自体が怪しい行動だというのではなく、こんな事に自らロウに関わってきた、という事が胸のもやもやの原因なのだ。

そう、彼女は時々無理難題をロウに押し付けてくる張本人なのだ。


どうやらその予感は当たっていたようで、ロウから魔法弓を受け取ったシャンが自分の魔法拡張鞄を漁り、徐に一枚の金貨を取り出してロウの掌に置いた。


「イェンが言っていた。蒸留酒二本じゃ足りないぐらい働いた、と。だから弓の代金は金貨一枚も与えればいいと。」

「え?」

「お前は貧乏人に優しい。気に入ったぞ。」

「え?」

「これからも宜しく頼む。またまけてくれると嬉しい。」

「ええ・・・」


それまで無表情でしかなかったシャンが初めて微笑んだ。その悪い笑顔が、未だに誰も見たことがない支部長の笑顔に見えたのは、決してロウの気のせいではないはずである。

また赤字かと肩を落としたロウに、再び自分の魔法拡張鞄を漁りだしたシャンが何やら取り出して、それをロウに手渡そうとした。


「それと、これ。」

「え?」

「魔核あげる。」

「え?」


ロウに向かって無造作に差し出された黒い塊は・・・何か魔獣の魔核であろうか。


「アンデットドラゴンの魔核。闇属性。呪われている。」

「っ!!」


思わず手を伸ばしたロウが身体ごとのけ反った。破滅級の魔獣アンデットドラゴン。異界から来た勇者にあれが討伐されたと聞いたのは、何百年も前だったか。信じがたい事にその魔核が今ロウの目の前にある。


この巨大魔核が、呪いが掛かっていない状態で取引されれば、金貨だけでも数百枚、いや、一千枚は越える値が付く代物である。

ロウが唖然としている様子を見て、シャンは今度こそニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「昔、友人達と一緒に倒した。」

「な、なんてものを出しているんですか!受け取れません!!こんな高価な物!」

「ん?誰も加工できないし、誰も買ってもくれないし。ボクが持っている意味が無かった。」

「だ、だからって!!」

「まぁ、これが自分のモノになると気が休まらないのは分る。」

「・・・」

「これからこの魔法弓でいっぱい稼ぐから。お前の良いお客になってやる。それまでの担保だ。」

「い、いや、担保などいりません!」

「お前の師匠にでも預ければいい。サキなら喜んで飛び付いてくるぞ。」

「・・・」


ロウの師匠である【黎明の錬金術師サキ】を呼び捨てに出来る者はとても少ない。サキは上位探索者にも一目置かれるほどの実力者なのだ。


サキとも旧知のようだが、この魔人族の探索者は一体何者なのだろうか。


そんな疑問がふと浮かんだロウがシャンを見ると、当人はこれまで見せたことがない可愛らしい笑顔で微笑んでいた。






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