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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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40.道具屋と空の王者


高級布地「シルバークロス」、刺激が強い香辛料「ゲキカラ」、異常状態を回復する「丸薬」。

人族の国である自由都市国家ラプトロイでは、これらが全て妖魔族によって作られたモノだと知る者は少ない。


シルバークロスはサキ師匠と繋がりのある商会だけに卸しており、製造元を明かさないことを条件に販売している。

状態回復丸薬は探索者組合だけに売る事になっているし、ドリアドの香辛料(ゲキカラ)は商業組合の首脳二人だけがロウの入手先を知っている。


人族の中にも妖魔族に対して悪感情を持っていない者もいるのだが、やはり妖魔族の存在は人族にとって脅威であり、討伐対象であることには変わりがない。

そんな妖魔族が文化的な生活を送っていると言っても誰も信じないし、「知能」を持つ魔獣と余計に警戒される恐れがあるため、その存在を明かしてはならないというのが共通認識であるのだ。



翌日の朝、ロウ達とシキはこの町の地下保管庫にいた。ドリアド達の大地操作魔法で土を固めてくり抜いて作ったもので、中の温度変化も少なく、食料の保管場所にもなっている。

妖魔族にはこれまで備蓄や保存といった考え方はなかったのだが、狩りが不調でも飢えることがない生活は、妖魔達の間であっという間に浸透していったのである。


『ロウ様、今回お渡しできるのはデルスパグラーの糸が三十玉、丸薬が一袋、香辛料(ゲキカラ)の小樽が一つ、ラプトーンの骨や外殻が四頭分、エントの樹液が二樽、草竜の背鰭が数枚と六腕熊の毛皮が八匹分、その他にも素材は沢山ありますよ。』

『そ、そんなにあるのですか?』

『ふふ、農耕はドリアド族とまだ狩りに行けない子供達が頑張っているのです。ラーミア達は薬草の菜園まで作ったのですよ。あっ!そう言えば昨日頂いた一角の毛皮もありますね。』

『へえ、子供達まで頑張っているのですね。それにしても、こんなに多くなると対価を用意できるかな?』

『大丈夫ですよ。ロウ様には全部差し上げても良いくらいなのですから。』


ロウが今回持ってきたのは、頼まれていたシキとラキの革鎧、ケンタウロスの胸当てが数点。大斧や長槍、大剣といった武器十数本。着火棒や魔法拡張鞄など魔道具が数点、大量の木皿などの食器類、塩が大袋で四袋、果実酒と蒸留酒が大樽で四樽ずつ、芋類の種である。

結局、ロウは目録の三分の二だけ譲ってもうことにした。全部貰ってしまうと、とても妖魔族に支払う対価が足りないのである。


それなのにシキはこちらの方が貰い過ぎだとコロコロと笑う。


昨晩の宴会で食べた一角バイソンはまだ一頭分は残っていて、肉は保存食にとリザード族が総出で加工中であり、内臓はラーミア族が薬の原料へと手を加えている。

また、宴会でハクが吹いた笛の音は聞くもの全てを魅了し、一応持ってきておいたロウが作った魔水晶の笛は、全て置いていく事になったのだ。

今もハクは笛に興味を示したラーミア族とハーピス族の子供達に、広場で笛の吹き方を教えているのだ。笛を見たミノタウロス族の職人も、土笛や枝笛が作れないかと工房で頭を悩ませているという。


ここに住む者達は、「魔境」という厳しい環境の中で、己の本能だけを頼りに生きていく生活より、他と協力しながら文化的生活を送る事を望んでいる。

積極的に人族と交流を持とうとまでは考えていないが、今後もロウとは関わっていきたいという気持ちは変わらない。ロウが魔境に来るのが大変なら、こちら側から出向いても良いとまで考えているのだ。


『あら、ロウ様の従魔になって人族の街へ行けば良いじゃないですか。もしそうなれば万難を排し私が立候補しますけど!』

『ふん!ロウ様の従者はあたしとハクちゃんだけでいいの!それにシキは大きいからお店に入れないもんね!』

『あら!私は人化の魔法が使えますよ?ほら!』


ディルと言い争っていたシキが自慢げに笑うと、シキが内面から輝きだし、光の球となってその形が歪んでいき、人化した姿となった。


『シャアアアア!!!な、何でシキが人化できるのよ!!』

『キキキキキキ!!!ロウ様への恩義はディル様にだって負けないんだから!!』


確かに人族と「そっくり」である。

なのだが、上半身の成人女性の姿はそのままなので、ロウよりも背が高いうえ二本の触角は残り、長い牙も爪も大きい紫の瞳もそのままである。さらには、腰下から太腿上までさらさらの体毛が覆って局部を隠しているので、余計に違和感を持ってしまうのである。

ドヤ顔で胸を張るシキと、涙目で悔しがるディル、困惑顔で立ち竦むロウの間には、まだ埋めきれていない溝があるようだ。


ともあれ、シキにはアラクネの姿に戻ってもらって場を収拾し、ロウは素材を魔法拡張鞄に詰めていくのであった。



保管庫を出て町の広場の方へ戻ると、ケンタウロスとルーガルーの戦士達が武器を持ち出して、これから狩りにでも行くのか戦支度をしていた。

しかし、全員が武器を装備しているのも珍しいし、皆が食べる食料は十分確保出来ているはずなので、単なる「狩り」ではなさそうである。


ロウが不思議そうに見ていると、ロウの視線を追ったシキが説明してくれた。


『この二、三日、この辺りまで紛れ込んでくる魔獣が増えているのですよ。その原因の調査と排除が目的ですね。』

『そう言えば、この町に来る前にフォレストエイプやトロルの群れとも鉢合わせました。』

『やはりそうですか。原因は分っているのですがちょっと厄介でして。』


シキの話によると、四日くらい前から近くの渓谷に飛竜が住みついて、魔獣の生態が乱れているらしいのだ。つまり、強者が現れたため、渓谷の方から多くの魔獣が逃げてきている。

普段は寄り付かない、妖魔の領域にまでゴブリンやオーク、トロルなど穴倉に住む魔獣が群れで逃げてきて困っているらしい。あの二足歩行は、動くモノをみると見境なく攻撃してくる上に大食漢なので、妖魔達の獲物まで奪ってしまうのだ。


魔獣の数が多く、全てを駆除することは出来ないので、せめて原因だけでも取除こうと、今日は飛竜を討伐しに行くことになっているのだった。


翼竜と呼ばれる飛竜は腕の代わりに翼手を持ち、自由に空を駆けめくる空の王者である。大抵は群れでいるか番でいる魔獣で、一匹だけとなると「はぐれ」かまだ若い個体かのどちらかであろう。


シキのたっての願いで、ロウとディルも討伐参加することになった。もちとんディルの戦闘力を当てにしてのことだ。


急な依頼であったが、妖魔族のためならばとロウとディルも渓谷に向かう。一緒に行くのは、動きが速いケンタウロス族とルーガルー族の戦士、そしてアラクネ族のシキとラキだ。そして上空からの偵察と牽制はハーピズ族が行っている。

森の中を走ること二割刻(一刻が四時間、二割刻が二時間、四割刻が一時間、八割刻が三十分くらい。)渓谷に到着する。自然が生み出した大地の裂け目は約20m程の落差があり、谷底には糸のような川が流れている。


上空から監視をしているハーピスによると、飛竜はここ二日ほど渓谷の下にいて、飛び立つ事が無いのだという。ずっと谷底で腹を付けたままで、同じ場所から全く動いていないらしい。

狭い渓谷の中は、飛竜にとって不利な場所であるはずなのに不可解な事であった。


ケンタウロスの案内で崖下まで降りていき、谷底をしばらく歩くと、岩壁に身を寄せるようにして蹲っている飛竜が見えてきた。


濃い緑と黒が混じりあったような硬い皮膚に覆われた飛竜である。体長は6m程度の小さい個体であるのは、まだ若い飛竜なのだろうか。翼手は身体を包むように折り畳んでいるので、空を飛んでいる姿よりだいぶ小さく見えてしまう。

首を曲げて妖魔族の一団がいる方を見ているので、近付いてくる敵の存在を感じ取っているのだろう。


妖魔達が慎重に近付いて行き、遠巻きではあるが半円上で飛竜を包囲した。

対する飛竜の方は、取り囲む妖魔達を見て声を上げて威嚇するが、羽を広げたり体を起こすようなことはしなかった。地に腹を付けて動こうともしない。


何となく飛竜の様子がおかしいと感じたロウは、【鑑定眼】で飛竜を鑑定してみる。


名 前:‐‐‐

種 族:飛竜族(ワイバーン)

状 態:衰弱/飢餓/重傷(橈骨骨折)

能 力:変異種(三つ目)


固有能力:【竜息吹】

特殊能力:【属性魔法(風)】【物理魔法抵抗】

通常能力:【熱探知】【索敵】


変異種の三つ目とは、額に第三の目『熱源感知眼』を持っている個体の事だ。この飛竜は何らかの事情で翼手を骨折し、飛べなくなった個体であった。ここまで来て力尽き、墜落してしまったのか。


最近妖魔族の領域に魔獣が多く侵入するようになったのは、この飛竜が墜落した場所の近くにたまたまオークやトロルの巣があったので、魔獣達は突船現れた飛竜に驚き、巣を捨てて逃げ出してしまったのが原因だった。

そうしなければならないほど、飛竜の存在は他の魔獣にとって脅威なのである。


人族の世界でも同じで、空を悠々と飛ぶ飛竜の姿を見たらすぐに身を隠さなければならない。飛竜に襲われてしまったら抵抗など無意味である。地対空戦で物理攻撃はおろか魔法攻撃にも抵抗力が高い相手に人族が敵うわけがないのだ。

飛竜は逃げる余裕がないほどの速度で空から滑降し、強靭な嘴と鉤足で獲物を捉え、あっという間に空へ舞い戻っていく。

軒下に、岩陰に、木の枝葉に隠れようとも、強大な力で破壊し、確実に獲物を捕らえるのである。


正に空の王者、食物連鎖の頂点である。


だが、目の前にいる飛竜はどうだ。翼を折ってしまい、飛べなくなった飛竜は獲物も獲ることも出来ずに飢え、まさに瀕死の状態である。


『こいつ、羽が折れて飛べないみたい。』


妖魔の戦士達は飛竜が弱っているのを見て安堵する。飛竜が飛べない状態であるなら、強力な鉤足も脅威ではなく、飛竜の吐くブレスさえ気を付けていれば、大きな怪我もなく楽に倒せるかも知れない。

まず、アラクネ達が蜘蛛糸を操り、動けない飛竜を雁字搦めにして、完全に動きを封じようと前に進み出た。


ところが、ロウはその動きを制するように右手を横に広げると、スルスルと一人飛竜の方へ近付いて行く。それはまるで街の中を歩いているかのように、至極自然な動きだった。


見事だったのはディルで、そんな行動をとったロウとは何の相談もしていないはずなのに、いつも通り、何も躊躇う事無くロウの後ろについていったのだ。


「グルァアアア!!」


飛竜は残った力を振り絞り、声を上げて近付いてくるロウとディルを精一杯威嚇する。それでもロウは飛竜の元へ進むのを止めなかった。

もう間もなく飛竜の牙の攻撃範囲に入る、という所まで来た時、ロウは歩みを止め、魔法拡張鞄から来る途中で仕留めたフォレストエイプの死体を取出し、飛竜の前に積み上げたのである。

そして、そのままナイフを取り出して魔獣の死体を部位ごとに刻んでいき、飛竜が首を伸ばして届く範囲に放り投げた。


優しく微笑むロウと餌を前に戸惑う飛竜が暫し見つめ合い、谷底に水が流れる音だけが響く。

やがて飛竜は、弱々しく喉を鳴らすと首を動かして魔獣を啄み始めた。やはり腹が減っていたのだ。極限まで飢えていた飛竜の食欲は、久し振りに新鮮な肉を口に入れると、もう止まらなかった。自分を殺す事ができる間合いに地上の強者がいるのに、我を忘れて餌を貪っている。


ロウはニコニコと微笑みながら飛竜の側面に回り、傷付いた翼の様子を時に指先で触れたりしながら確認する。同族と争ったのか、それとももっと手強い魔獣だったのか、身体のあちらこちらに引っ掻き傷が付いていた。


「これはまた派手に戦いましたね、傷だらけじゃないですか。羽もだいぶ傷んでいますよ。」


ロウは念話ではなく、声を出して飛竜に話しかけた。もちろん飛竜は餌を夢中で食べているだけで答えることはない。


「とりあえず、折れている骨を直しましょうかね。【錬成リペア】」


ロウは折れてしまった骨の断面を思い描き 骨をゆっくりと移動させながらその断面がピッタリと重なるよう特殊能力【錬成】を発動する。

ロウは【治療魔法】ではなく、錬成魔法を使って「骨」という素材を「元の通り」に修復したのだ。


飛竜が骨を繋ぐときに痛みを感じたのか、短い叫び声を上げた。


「もう少し我慢ですよ。【古代魔法トリートル】」


ロウは飛竜を覆うほどの巨大な魔法陣を発現し、戦いで傷付いた飛竜の身体を治療していく。飛竜の細胞が活性化されて、体中の傷が古傷に至るまで見る見る塞がって行った。


「これで治療は終わりです。もう無茶な戦いをしてはダメですよ。」


そう言い残してロウは妖魔達が呆然と佇むところへ戻っていく。怪我が治り、腹も満ちれば自分の居場所へ戻っていくだろう、とロウは考えたのだ。妖魔達に危害を加えてはいないのだからわざわざ殺す必要はないと。


『さて、町に戻りましょうかね。早く帰らないと日が暮れてしまいます。』


まるで飛竜討伐の話など最初からなかったかのような、長閑な念話である。

妖魔達も血に飢えている訳ではない。スタスタとディルを従えて戻っていくロウを、「ああ、やっぱりロウは変わらないな。」と苦笑いを浮かべて追いかけるのであった。




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