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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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39.道具屋と妖魔達の国


この大陸の半分以上を覆う「魔境」と呼ばれる深い森。ここは人族が踏み込めない魔獣達の楽園であり、人知の及ばない無数の種が犇めき合う未開の地である。

人族は自分達こそが大陸の覇者であると考えているようだが、ここ「魔境」に住むモノにとっては、人族などただ数が多く際限なく生まれてくる虫のような存在でしかない。来ぬなら放っておくし、もしやって来たなら喰らうだけなのだ。


彼らは自分達にとって最も住みやすい場所に住んでいるに過ぎない。

大気中の魔素、或いは地脈から溢れ出る魔素が森によって拡散を阻害され、さらに濃縮されて漂っているため、それらを取り込んでいる彼らの身体は活性化し、他者の肉をより多く喰らう事でいずれ上位種として進化を遂げるのである。


そんな濃縮された魔素が漂う場所が妖魔達の領域であり、彼らは数多の魔獣とは一線を画す独自の進化を遂げてきた。

その一つが会話による意思疎通である。会話と言っても声帯を使って音を出す種族特有の伝達手段ではなく念話によるものであるのだが、それによって妖魔族に理性が生まれ、社会が形成されるようになる。


種が違うとはいえ、会話が成立する事で互いのことを解り合い、共存する事を可能とし、ある時から妖魔達が集まる「町」が出来たのである。

町と言っても建物らしいのは木造の平屋や、木の上に作られた小屋であったりと、人族の町のように整然と区画割が為されているようなことは無いのだが、文化的生活が為されていることは間違いなかった。


そこに住んでいるのは妖魔族の八種であり、妖魔種ではないが、何故か言葉を解するほど知能が高いオーガの家族も住んでいる。


蜘蛛人アラクネ

人狼ルーガルー

蛇人ラーミア

半鳥ハーピス

人馬ケンタウロス

牛人ミノタウロス

蜥蜴人リザード

樹人ドリアド

鬼人オーガ


どの種も三十に満たない数であるが、常に単体で行動し生殖本能が希薄な妖魔族が、ここまで集まるのは非常に珍しい事である。


このような場所に妖魔達の町が出来たのは、ロウが師匠であるサキと二人で錬金材料となる希少植物を取りに魔境へ入った時に、巨人トロルの集団に囲まれていた二体のアラクネを救った事が切っ掛けであった。


アラクネは巨大蜘蛛の頭の部分に人族の女の上半身が乗った妖魔である。

妖魔族を名乗るモノは基本的に群れることは無い。魔境という厳しい環境の中で生き残るために、必要であれば同族すら躊躇う事無く喰らう者達だ。二体だけとはいえ、アラクネが群れているのは珍しいことであった。

妖魔族なら各々の能力は魔獣よりも格段に高く、単体同士ならば遅れを取ることは無いが、不利な場所で天敵と呼べる相手から多数で囲まれれば別である。


このアラクネ達の場合も渓谷の岩場で足場が悪く、偶々トロルの棲家前を通り、前後を挟まれる形で戦闘になってしまったようだ。

ロウとサキは戦闘の中に乱入し、アラクネと協力して七体のトロルを殲滅した。ロウは以前「魔境」で暮らしている時に、アラクネ族はしっかりと知性を持っていて、意思疎通が出来る妖魔であることを知っていたのだ。


ロウは戦闘の後もその場に留まっていたアラクネの傷を治してやると、彼女達は念話で感謝の意を伝えてきたのでロウも念話で返答したのだが、人族の姿をしたロウが念話を使ったことに驚き、あっさりとトロルを倒した二人に、もう一つのトロルの群れを殲滅して欲しいと頼んできたのである。

今までの棲家を天敵であるトロルの群れに奪われたことを聞き、ロウはアラクネ達の避難場所として、水場の近くにトロルの力でも壊せない岩土の壁、防護壁を作ったのである。そこは防護壁の上から攻撃しても良し、罠を仕掛けて誘い込み一体ずつ倒しても良し、そんな使い方が出来る拠点でもあった。

そしてロウとサキ、二体のアラクネは、この防護壁を使って、アラクネを追いやったというトロルの群れを誘い込み、殲滅したのである。


アラクネ達は喜び、そのまま防護壁を新しい棲家としてしまったのだが、それ以来、この防護壁の元に同じような境遇の妖魔達が集まってくるようになったのである。

元々妖魔族は念話による意思疎通が出来る。いつしか防護壁の中で秩序が作られ、妖魔族の共同体が出来上がった。普通は単体行動の妖魔が集団となればそれは力となり、その力の庇護を求めてまた別の妖魔がやって来る。


やがて、この場所に妖魔族の町が出来たのである。



魔境の中を進むロウ達の目の前に、このような深い森には似付かない人工的な構造物が見えてきた。

妖魔族が暮らす町の「防護壁」である。出来た当初は3m程度しかなかった防護壁の高さも今では5m位まで上がり、その範囲もだいぶ横方向に広がってきている。


一行が防護壁に近付いて行くと、ロウ達を警戒していたのか、門から弓を構えた人馬族(ケンタウロス)が走り出てきたが、領域への侵入者の姿が白銀の九尾と黒い蛇人であることを認めると、構えた弓を降ろし、一転笑顔を浮かべて近付いてきた。


『何と、ロウ殿にディル殿ではないか!よく来られた!!』

『ムニロさん、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。』

『やっほ!また来てあげたよ!』

『わははは!!お二方も相変わらずじゃの!つい先日もそろそろ来る頃かと噂していたところだぞ!』


この町の警備を担当しているケンタウロス族の男である。

アラクネ達に最初の庇護を求めてきた一族であり、ロウやディルとも顔馴染であった。


彼らは声を出して話している訳ではない。妖魔族は種族ごとの言語はあっても共通の言語を持たないので、代わりに【念話】によって意思疎通を図っている。種の特性や生活文化の違いで多少かみ合わない事もあるが、ともに生活するうえでは何ら問題はないようだ。

この念話で意思疎通が出来ていると思っていない人族は、妖魔族を魔獣と同じ括りにしてしまい、その存在を否定してしまうのである。


再会を喜ぶ間もなく、ムニロに先導されてロウが防護壁の門を潜ると、臨戦態勢のケンタウロス族とリザード族の戦士達が武器を持って集合していた。

どうやらディルの強大な魔力を感知して若いラーミア達が騒ぎ出し、何か強力な魔獣が向かってくると勘違いして急遽迎撃の準備を整えたようだ。そこには魔法を使うラーミア族も何体かいて、明らかに怯えた様子を見せている。


『皆、心配ない!ロウ殿とディル殿だ!!』


ムニロが叫ぶと、集団の中に安堵感が広がったが、続いて門を潜ってきたディルの黒い巨体が現れると、流石にその場の空気が再び固まってしまった。

その場の空気を敏感に察したディルが、頬を膨らませて声を上げる。


『何よ!女の子に向かってその態度はないでしょ!!』

『い、いや、相変わらずディル様の覇気は凄まじいですね・・・、震えが止まりませんわ。』

『あっミシルチュ!元気してた!?』


近付いてくるディルに、ラーミア族の長であるミシルチュが前に進み出て頭を下げ、上位種たるディルへ服従の礼を取る。ラーミアもまた蛟に属する種であり、その最上位たるディルに従うのは当然のことであった。

もっともディルにはそんな意識はなく、ミシルチュのことはしばらくぶりで会う友達という感覚でしか見ていない。ディルの中にある上位下位といった優劣は、ロウとの間にある主従の絆以外何もないのだ。


強い魔獣の襲撃かと警戒していたのが、実は友人の来訪だと分り、門前に他の妖魔達も集まってきた。当然狩りなどに出かけているモノもいるが、以前この町来た時より多くなったとロウが感じていた。

実際、この町には約二百の妖魔族が住んでいる。


そして、ロウはこの町に人族が使う様々な「道具」を持ち込んでいる。それと塩と果実酒に蒸留酒、穀物の種といった食文化も魔法拡張鞄の中に入っており、妖魔達でも「生産活動」が出来るよう補助しているのだ。


持ってきた道具は、ここで使っても便利そうな農耕具や木製食器の類で、これを見本として自分達に合うような道具を自分達で考えて作るのである。

妖魔族が武器を使うのも自衛のため、獲物を捕り子供達を食べさせるためである。ここへ立ち寄る度に、走り回る子供の姿が多くなっているのは、ロウにとっても嬉しいことだった。


やがて、ロウ達を取り囲んでいた戦士達をかき分けて、二体のアラクネがやって来た。


『ロウ様!』

『やあ、シキさんにラキさん、お元気でしたか?』


髪も瞳も紫、胸巻だけを身に着けた素肌は褐色だが、蜘蛛の身体の装甲まで紫色というアラクネ上位種【クイーンアラクネ】のシキとラキである。彼女達はこの町の長妖魔達の間に的な存在で、ロウとサキが最初に助けたアラクネ達であった。

あのトロル殲滅作戦の時にロウとサキが戦闘不能にした個体の止めを刺して回っていたシキは、最終的には上位種に昇華してしまったのだ。そして、その数年後にはもう一体のラキも進化し、この町の最大戦力として他の妖魔族を守護している。


『ロウ様、お久しぶりでございます。よくいらしてくれました。』

『また行商にやってきました。今回も宜しくお願いします。』

『ロウ様とディル様なら大歓迎ですよ!そんなに豪華なおもてなしは出来ませんが。』

『ふふふ、シキさん、実はお土産があるのですよ。』

『え?』


ロウは魔法拡張鞄から一角パイソンを取り出した。するとハクもフードの中から飛び出して大スライムの姿になると、どこからかもう一頭の一角を取り出す。

客人を取り囲んでいた妖魔達から歓声が上がった。彼らも一角が美味であることを知っているのだ。


『偶然仕留める事ができたお土産です。皆さんで召し上がってください。』

「「「「グオオオオオオ!!!!」」」」


妖魔達の間に静かに広がっていた歓声が、大きな絶叫へ変わった。


『これは大物ですね!今夜はみんなお腹いっぱい食べられそうです。』

『このハクが仕留めたのですよ。僕の新しい従魔なんです。』

『まぁ!可愛らしい従魔さんですね!ありがとう、ハクさん。』

「・・・」


果たしてハクに念話が伝わるかどうか、今のハクからは感情の動きは感じられなかった。


『ところでロウ様、今回は何をお求めですか?一角だけでもお渡しできるモノは相当増えますわよ!』

『いや、一角は手土産ですよ。偶然仕留めたのですから。今回はデルスパグラーの糸とドリアドの香辛料、魔獣の素材なんかを分けて頂けないでしょうか?』

『まぁ!宜しいのですか?ありがとうございます!ええ、ご希望のモノは全てございます。明日ご案内しますね。』


そう、ロウにとってこの妖魔族の国に来るのは「行商」と同じ事なのだ。ロウが人族の文化を持ち込み、妖魔達が集めておいた魔獣の素材と交換するという、立派な取引なのである。

もう何年も続けてきた商売であるが、取引は完全な物々交換であり金銭という概念はない。妖魔達はロウに絶大な信頼を置いていて、ロウに自分が作ったモノを渡すと、別の良いものに変わって却ってくるくらいにしか考えていないのだ。

だからこそロウもこの国から持ち帰ったモノをラプトロイで売却し、妖魔達の文明を壊さぬ程度で最大限の「人族の文化」を持ち込んでいるのである。


例えばロウはアラクネ達に「機織り」の技術を伝え、人族達に蜘蛛魔獣セルドスパグラーの銀色の糸で織った「シルバークロス」という高級素材を齎した。

五年ほど前にこの町に六十日も滞在した時は、鋼と魔鉄のインゴットも持ってきて鍛冶場を造作し、槍や剣、弓など多くの種類の武器を作ったのだが、今は鍜治仕事をミノタウロスの一族が引き継ぎ、必要な道具や武器を自作している。


ケンタウロス達に与えた戦弓は狩りの効率を格段に上昇させ、この町で飢える子供は居なくなった。リザート達も「干物」を作る技術を得てからは肉や魚の保存食を作り、狩りが上手くいかなかった時でも、誰も腹を空かすことがなくなった。

ドリアド達が作っている香辛料は、ラプトロイの飲食店から注文が途切れることは無いし、ラーミア達が作る異常状態を回復する丸薬も需要が高い。


単体の妖魔族が共同体となり、生産活動を行う事で彼らの生活水準は飛躍的に向上した。

だからと言って人族の文化に染まっていくわけではなく、この弱肉強食の「魔境」にあって、如何に妖魔族が生き残れるかを最優先した結果であり、ここで力をつけて再び「魔境」に戻っていく種もある。

食料があるから狩りに行かない、などと言う妖魔もいない。必要以上は狩らなくなっただけである。他者を狩るのは彼らの本能でもあり、それを怠惰で失う者はいないのだ。


そんな妖魔族を人族は魔獣と同じ範疇に押し込め、決して相容れぬ敵として認識している。この世に知性ある生物は人族だけで良い、と。ディルがラプトロイにいる間は元の姿に戻れないのも、こうした人族の種族に対する考え方があるからだ。


ロウは思う。

そのような面倒な事を考えず、人族も妖魔族も、分け隔てなく平等に暮らせる世界は無いのだろうかと。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 彼女達はこの町の長妖魔達の間に的な存在で ? 彼女達はこの町の長的な存在で、か?
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