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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
36/62

36.道具屋の心配事は


この世界には『迷宮』と呼ばれる不可解な場所が幾つも存在し、人族に「恵」と「無」とを同時に与えている。

迷宮の大きさは様々で、最大で第八十二階層まで攻略したのにまだ先がある迷宮もあれば、第十階層で攻略済みとなった小規模迷宮も存在する。


自由都市国家ラプトロイの代名詞ともいうべき地下迷宮は、現在第二十三階層の探索中で未だ底が見えない。

第十九階層までは洞窟型の迷宮であったが、最初の探索者が第二十階層へ降りるとそこは広大な地下空間が拡がっていた。まるで地上と変わらぬ様相に初めて降りたった探索者は戸惑いを隠せなかったという。


第二十階層以深では、下層に降りるための通路には強力な結界が張られており、人族が自由に降りることは出来ない。

ところが向かってくる魔獣を倒し続けていくと、ある時突然地下へ降りる階段が目の前に現れるのだという。つまり迷宮が探索者の力量を認めれば下層へ降りる事ができるという訳だ。そして、この階段を開いた者だけが、下層へ行く通路の結界を通る事ができるようになるのだ。


第二十階層攻略の仕組みを知った探索者は口々に言い合った。迷宮は強き者を待っているのだと。



その日、リミテッド級探索者のシモンは、探索者組合がある南大通りから裏路地を抜け、東地区の裏路地にある「道具屋」へと向かっていた。


シモンは「深淵」での激しい戦いがあったので、傷付いた装備の整備も含めしばらく探索を休む予定であったが、装備は修理を依頼したロウが早々に直してしまい、つい嬉しくなったシモンは、たった四日ほど休んだだけで再び迷宮探索に出てしまったのだ。


装備の状態を確めるために第二十二階層まで降りたのだが、何度か魔獣との戦闘で装備の仕上がり具合に満足していると、思わぬことに第二十三階層へ降りる階段が目の前に現れたのである。

予想していなかった事態にシモンは逡巡する。


ラプトロイ迷宮の第二十階以降は「大脈道」と呼ばれる直径5mほどの主通路や、幾つも分岐していく「細脈道」、そしてその先にある魔獣が湧き出る「部屋」といった区分けが無くなる。

そこは、まるで地上と変わらぬ山や谷と言った「地形」の様相を呈したり、巨大な湖があったりと、階層ごとにいくつもの顔を持つようになるのだ。

こうなると、探索者達は魔獣に対応するだけではなく、環境の変化に合わせて戦い方や武器装備を選んで行かなければならなくなる。


環境の変化もそうだが、大脈道という「安全地帯」が無くなった探索者の疲労は計り知れない。交代で睡眠をとろうとしても、何処からともなく次々と現れる魔獣の襲撃に気が休まる時が無いのだ。


この事態を打破するため、探索者組合は第二十階層の入口周辺に、石積の防護壁と魔獣除けの結界装置を幾つも設置して、探索者達が休憩できる場所を設置したのである。

その場所は第二十階層探索者村と呼ばれ、野営のためのバオ(テント)の貸出しと、干し肉や乾燥野菜など携帯保存食の販売を行っている。


第二十階層以降まで探索範囲を広げている者は少ないので、まだまだ設備も整っていないのだが、今後探索者が増えればその名の通り「村」として発展していくのだろう。


ともあれ、今回シモンは準備不足を自覚しつつ初めて二十三層まで降りた訳だが、そこは草原と森の階層でとにかく魔獣の数と種類が多い場所であった。今回は現状把握に努め、極力魔獣との戦闘は避けたのだが、ここには地竜や巨人トロル、双頭黒犬、鬼獣オグルまでいて、シモンですら時に成す術なく撤退を余儀なくされたほどである。

中には巧みに身を隠して死角から襲ってくる魔獣もいて、常に周囲に気を配り、気を休める時間がない。


しかも、とんでもなく広い。先行組がある程度マッピングしているのだが、魔獣と闘う機会が多いため、遅々として進まない状況なのだという。

準備不足であったが、とにかく二十三階層から上の階に戻る階段を探し回ってなんとか発見し、追い縋る魔獣達を振り切る事ができたのである。


しかし、拠点にしている第二十階層の休憩所に戻ってきても緊張のしっぱなしである。

シモンの強さは探索者の間で広まってはいるが、それでも女単独の探索者は好奇の目で見られる。周りはこの階層まで来る実力者ばかりなので、万が一襲われても背後だけは取られぬよう常に壁際に身を寄せていた。


浅い眠りの中でシモンは考える。


(頼るべき者は誰もいないが、それでも探索を続けるしかない。迷宮で戦う事が自分の存在意義なのだから。)


そんなことを考えながら体力回復に努め、早々に探索に区切りをつけて八日ぶりに地上に戻ってきたのである。


そして、迷宮で得た素材の換金と報告のために組合に寄ったのだが、ロウから時間がある時に店に来てほしい欲しいとの伝言があったのだ。

剣と鎧の修理はすでに終わっていたので、ロウとシモンの間に仕事上の接点は無い。その他の用事でとなると、ロウの方からシモンを呼び出すなどとても珍しい事だった。


確かロウは鉱山都市国家グランデルへ仕入れに行くと言っていた。戻って来るには十日ほどかかるだろうから迷宮に入っていたのだが、今回の探索は思いのほか時間が掛かってしまった。


伝言を受け取ったシモンは、探索者組合を出ると装備もそのままにロウの店へと向かった。治安の悪い裏通りを通って行くのだが、完全武装のシモンを見て絡んでくる者など皆無だ。

程なくして「道具屋」の看板の下に到着し、涼やかな鐘の音と共に重厚な扉を開けた。


「ロウ、伝言は受け取った。至急の用事だろうか?」

「いらっしゃいませ、シモン様。お呼び立てして申し訳ございません。」

「いや、ロウからのお誘いならば、何処にいても如何なる用があっても全て打ち捨てて馳せ参じるよ。」

「・・・いや、それはお止め下さいね?」

「何を言っている。死地から共に生還した仲間ではないか。君と会うのは最優先事項なのだぞ。」


店に入って早速何時ものような掛け合いを交わし、シモンはこの店に来た時にいつも座る一番奥の足高椅子に腰を預ける。鎧を着用したままなので椅子には座れないのだ。


それでもカウンターの上には、直ぐにロウが淹れた珈琲が出てくる。

シモンは籠手だけを外してカウンターの上に置いて珈琲のカップに手を伸ばし、優雅な動作で口に含む。

そしてカップを静かに置くと、店に入ってからずっとあった違和感の元である、カウンターの中でロウの背後に立つ見たことがない子供に視線を向けた。


「ロウ・・・その子は?」

「はい、戦闘用機械人形(バトルドール)です。先日の祭りの競売で偶然手に入れまして、徹底的に整備してこのように起動する事ができました。」

「お初にお目にかかりまス、シモン様。私はBD(バトルドール‐070010号、現在の仮名はサンと申しまス。」

「い、いや・・・機械人形とは太古の遺物ではないか。何故それが動いているのだ?そんな話は聞いたことがないぞ。」


シモンは見た目は人族の少女と何ら変わりない機械人形サンを、まじまじと見つめた。


黒髪黒目で十歳か十一歳位の少女のようだが、口元は黒い薄鉄板のようなもので隠れているので、表情が分からない。真直ぐな髪は肩より少し上で切り揃えられているため、男の子なのか女の子なのか、判別するのは難しい。

その子供がシモンの鎧とよく似たロリカプレートを装着し、二本の長剣を背負い、左の肩には菱形のカイトシールドまで装着して静かに立っている。


サンの持つ魔法剣は火風属性の両刃剣と水闇属性の片刃剣で、両刃剣は鉱山都市で買った火属性魔法剣に風属性を付与したものだ。もう一つの片刃剣は店に置いてあったモノで、良い品なのに闇属性が敬遠されてずっと売れ残っていた。

サンは背の高さが140cm程度しかないため、剣を腰に挿すことは出来ずに背中に背負うしかないのだが、そのままでは鞘から抜けないため、鞘の側面にスリットが入った特製の革鞘を作ってある。

カイトシールは鉱山都市に言った時に買った、魔法障壁付き盾を改良したもので、障壁の範囲を使用者の全身まで展開するよう性能を向上させている。


「何とも勇ましい姿だが、私を呼んだのはこの機械人形を見せるためなのか?」

「いえ、そうではありません。シモン様、これよりシモン様の相棒としてこの機械人形をお使い頂けないかと。」

「なに!」

「この機械人形の戦闘能力は相当なものでした。第十一階層の岩蟹を素手の一撃で倒しております。」

「な、何だと・・・」


ロウはサンの戦闘力と火属性の抵抗力を確認するため、迷宮の第十二階層まで行ってきたのだ。

途中、第十一階層の岩蟹の甲羅が堅いと見たサンはすぐさま剣を収め、岩蟹の頭を素手で殴り、爆散させたのである。あれにはロウも開いた口が塞がらなかった。


「迷宮の二十階層以降は迷宮の様相も変わり、常に緊張を強いられると聞いております。」

「そうだな。」

「魔獣の強さも格段に上がり、連携まで取って来る魔獣がいるとも聞きかじりました。さらに敵は魔獣だけに非ず・・・」

「うむ、その通りだ。いつ後ろから襲われてもおかしくはない。」


迷宮の敵は魔獣だけではない。魔獣より、迷宮の罠より、最も恐ろしいのは仲間であるはずの探索者なのだ。


迷宮で起こる事は自己の裁量で処理する。それが人族同士の争いであったとしてもだ。

例えば、迷宮で二つのパーティが争いとなり、片方が全滅すれば勝利した方が正義となる。負けた方の誰かが生き残り、一方的に襲われたのだと訴えても証拠はないので、襲った方は処罰されないのだ。

もちろん、そんな事件が特定のパーティで続けば組合も動くが、処罰されるまでに至った事例は極端に少ないのである。


さて、シモンが置かれた立場はどうなのだろうか。単独で探索を続けているシモンは、常に「いつ襲われてもおかしくない」側の立場であろう。

それは魔獣との戦闘中かも知れないし、野営所で休みを取っている時かも知れない。いずれにせよ、迷宮に潜っている間は、常に注意を怠らず周囲を覗って過ごさなければならないのである。


「シモン様がお仲間を作らないのは承知しております。しかし忠実な機械人形ならば、それは仲間ではなく言わばシモン様の分身です。きっとシモン様の助けになるかと思うのです。」

「・・・ロウ。もしかして私の身を心配してくれているのか?それは非常に喜ぶべき事なのだが・・・。はっきり言えば、確かにこのまま一人で探索を続けるのは難しいとは感じていた。だからと言って誰かと組むという選択肢はない。正直困っていた。」

「もし、この機械人形がバトルドールではなかったなら、全く別の使い方でした。バトルドールであると分った時、真先に頭に浮かんだのがシモン様です。」

「ふふふ、それは嬉しい告白だな。そうか、ロウは常々私のことを想ってくれているのだな。ありがとう。」


満面の笑みを湛えたシモンの言葉に一瞬呆けた顔をしたロウだが、そこは気が付かないふりをして話を先に進める。ロウはシモンの感謝の言葉を、サンを引き受けることに対する「肯定」と受け取ったのだ。


「この機械人形の所有者登録はまだ為されておりません。サン、登録の準備を。」


ロウの言葉を聞くと、サンの頭髪が一瞬の内に頭蓋の中に格納され、頭頂部の外殻が開いて人工頭蓋に描かれた小さな魔法陣が現れた。

シモンの血液で所有者登録をするというので、シモンは指先に針を刺し、その指で魔法陣の中心に触れた。


「シモン・ヴェルモートル様。BD(バトルドール‐070010号の主として登録されましタ。何なりとごご命令下さイ。」

「お、おう・・・。」

「070010号の名をお決め下さイ。」

「え?あ、ああっと、その、サンのままで良い。」

「固有名称サンを登録、マスター、これより存分にサンをお使い下さイ。」

「待て・・・ロウ、話が急すぎて付いていけないぞ。もう一度ちゃんと説明して欲しい。あ、その前にここで鎧を脱いでも良いか?落ち着かぬのだ。」


陽が落ちるまでは、まだ少し早い。機械人形といういわば「古代の兵器」について、シモンに説明する時間はある。


この日より、「雷滅の黒楪」双剣使いのシモンの武器に、もう一つ新たな刃が加わったのである。



明くる日から、シモンの二歩後ろには完全武装の少女が付き従うようになった。


周囲の者はシモンが雇った侍女か荷物持ちとでも思っていたようだが、その少女と共に迷宮へ入り、第二十階層まで降りる戦闘を殆どその少女が一人でこなしたと噂が流れ、騒ぎが大きくなった。

特に、第十九階層の「試練の間」の階層主であるオーガ騎士を、瞬く間に二人で斬り刻んでしまった様子は、探索者の間で静かに広まっていった。通常、オーガ騎士が相手なら、綿密に作戦を組み、如何に自分達の被害を抑えるかが勝負となるはずなのに、二人はオーガ騎士に反撃する隙すら与えなかったという。


そしてその話と同時に、シモンに付き従っているリミテッド級探索者にも引けを取らぬ少女が、実は戦闘用機械人形(バトルドール)であるという噂も、探索者達を驚愕させたのであった。


因みに機械人形サンが「少女」の姿であるのはシモンの要望であるそうな。


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