35.道具屋と若き探索者
自由都市国家ラプトロイの収穫祭も七日間の日程をすべて終えて、街はどことなく弛緩した雰囲気に包まれている。
しかし、探索者達は違っていた。
祭りの間、随分と散財した探索者達は、早朝から我先にと依頼掲示板に群がり、少しでも割の良い依頼を受けて『魔境』なり、街中へと消えていく。
一方、迷宮探索者達は依頼という形はなく、自己責任で迷宮に潜って素材や魔道具を持ち帰り、それを組合で売り捌いて現金を得ているので、祭りの終盤からちらほらと迷宮に潜る者を見かけられた。
彼らにとって、割の良い仕事を得ることはライバルと蹴落とす競争であり、勝ち抜いたモノだけが贅沢という商品を手に入れることができるのである。
そんな探索者達の活動に影響されたのか、いつも通り閑古鳥が鳴いているはずだった裏路地にある「道具屋」に、今日に限って一見のお客さんがやって来た。
若い探索者の四人組パーティで、人間族の剣士と魔法士、猫獣人族の斥候と虎獣人の戦士と、見事にバランスが取れている一団である。
ラプトロイ北地区の孤児院出身だが、ちゃんとギムキョウ学校にも通い、卒業してからは探索者養成所にも通って探索者の事も学んできたという。
見習いの間は、街中の雑用や「魔境」の外輪で害獣駆除などをコツコツとやって来たらしい。そして、ようやく見習いを卒業しビギナー下級に昇級したので、今使っている養成所支給の武器から、身の丈に合った武器に変えた方が良いとアドバイスされたのだった。
ロウが営む「道具屋」には、養成所の教官に教えられてきたという。まだ資金に余裕がある訳ではないのでオーダーメイドは出来ないが、性能が良い武器を少しでも安く手に入れたくて相談したのだとか。
ロウの店は決して高級店ではない。むしろ表通りの大店に比べれば安いくらいだと思う。この店に足りないのは知名度で、必要が無いのは店主の変なこだわりである。
彼らの目標は迷宮探索だという。迷宮探索を目指す者達は、自分の力量と階層の魔獣に合わせて、常々装備を変えていかなければならない。
そうした養成所の教えをちゃんと守り、自らの力量を過信せず、一からコツコツ経験を積み上げていく。ロウはこのような若者が大好きであった。
彼らの希望を聞けば、剣士が両刃の長剣、魔法士が水土属性増強の杖、斥候は何が良いか分からないといい、戦士は皆を守る盾が欲しいそうだ。
予算は七十万ギル。丸一日働いても一人当たり銀貨一枚も得られない彼らの稼ぎで、およ四月分を越える位だろうか。
彼らにとって決して安い買物ではないだろう。しかし、教官であるリクソンの提案を彼らなりに考え、いま自分達で調達できるギリギリの金額を持ってきたに違いない。そんな彼らの願いを無下に断る事はロウには出来ないのだ。
ロウは彼らを誘い、一旦店を出て脇道へ入ると、木塀の扉を開け店の裏にある小庭へ案内した。
店の裏壁に据付たれた倉庫を開けると、そこには練習用に刃を潰した剣、ロングソード、バスターソード、ブロードソード、片刃のハルシオン、刀など様々な種類の剣が置いてあった。
「ごく一般的なバランスに調整してあります。今の自分に合う剣を選んでみてください。」
「は、はい!」
剣士はおずおずといった感で手を伸ばし、最初に両手剣ロングソードを手に取り、小庭の中央で振い始めた。
おそらく養成所で習った型なのだろう。右足を少し前に出して振り下し、横薙ぎ、袈裟斬りと左足を軸にして少しずつ方向を変えながら何度か剣を振って行った。
長さ、重さを確かめながら、最終的に彼が選んだのはブロードソードである。
ブロードソードは幅広の両手剣で、刃渡り75cmと少し短めだが取り回しが楽であり、刃に厚みがあるため丈夫で、受け払いといった防御にも優れた剣である。
剣士はロングソードへの憧れがあったようだが、実際に振ってみて自分の技量ではまだ早いと諦めたのだろう。
彼の選択にロウは頷くと一旦店に戻り、すぐに革鞘に入った二本のブロードソードを持ってきた。鍔に彫り込み装飾が施されているだけの武骨な剣だが、鋼で鍛造した実戦用の一品である。
二本とも形は同じブロードソードなのだが、重量のバランスが少し異なるものだ。
即ち、柄側に重心:剣速上がる、刃側に重心:殺傷力上がる、といった風に剣を持つ者の技量で選ぶのである。
売り物の剣に若干緊張気味だが、何度か剣を振って彼が選んだのは、刃側に重心を置いた方の剣であった。
「どうしてこちらの剣を?」
「僕の役目はなるべく速く魔獣を倒すことです。それならば一撃が重く、敵に致命傷を与える剣の方が良いと思ったのです。」
名 称:ブロードソード(両刃両手剣)
能 力:---
状 態:良好
原 料:鋼
検死の答えにロウは満足そうに微笑むと、剣を一旦返してもらい、二本の剣をハクに渡して店に戻すよう頼み、引き続いて斥候役の少年の武器を選ぶことにする。
まずロウは彼の戦い方について尋ねた。
「斥候とは珍しいですが、戦いの際はどんな役目を担うのですか?」
「戦うというよりは、投擲で牽制するか魔法士のミアンナを守っているかですね。」
彼は自分の能力では戦闘で役に立たないという事を自覚しており、投擲で牽制や攪乱といった補助的な戦い方をしているらしい。
しかし、前衛後衛が揃ったパーティならそれで問題ないのだが、まだ少人数のパーティでは、たとえ斥候とはいえ戦力として数えなければならない。だが、迷宮の魔獣相手に投擲の短剣ではとても戦えない。
たから自分の動き、素早さを阻害せず、それなりの威力が発揮できる武器が良いという事だった。
話を聞いてロウが魔法拡張鞄から出したのは、短斧フランシスカである。ただ、刃の面積が普通のものより大きく、逆に柄は50cm程度で少し短い。二本で一組になっていて、二本を繋ぐ軽鎖は簡単に外せるようになっている。
「鎖を外せば投擲具としても使えますし、このように敵の武器を受ける防具としても使えます。」
ロウはフランシスカを交差させ、柄の側面に付いた突起同士を引っかけて形を安定させた。さらに的として置いていた木人形目掛けてフランシスカを投げ、見事胸の辺りに命中させると、刃は深々と木人形に食い込んでいた。
目を見開いて驚いた少年は、フランシスカを大分気に入ったようで早速手に取り、横に薙いだり、投擲する型を考えたりしている。
このフランシスカには腰ベルトと一体型になった鞘も付いていて、ベルト部分には投擲用短剣も何本か挿しておくことが可能なので、これまで通りの投擲攪乱も出来るだろう。
名 称:フランシスカ(投擲短斧)
能 力:---
状 態:良好
原 料:鋼
続いては戦士の盾である。虎獣人である彼は腕の力は十分にあるので、重くても大きく丈夫な盾が欲しいそうだ。
さて、とロウは考える。
盾は防御という観点ではこの上の無い武具であるが、他の者を守るという意味合いでは少し異なる。敵は一体だけという訳ではなく、時に複数で、時に群れを成して襲ってくるのだ。
ただ攻撃を防ぐだけでは皆を守ることは出来ないのだが、彼自身は剣も槍も扱いが下手、というより利き腕の第四第五指を事故で失っていて、武器は上手に扱えないらしい。
「俺、指が無いから・・・余り役に立ってないから・・・」
「そんなことないよ!後衛をしっかり護る!それでいいんだって!」
そんな話を聞いていたロウは店に戻って倉庫を漁り、あまりに特殊すぎて売れ残っていた二つの盾を持ってきた。
一つは、直径1mの円形盾の側面にびっしりと鋭い刃が付いたもので、内側の取手を持ち替えるだけで円形の片手剣ともなる盾である。
そして、もう一つは同じ円形で少し小さいのだが、右手に装着する金属籠手と一体化し、内部に刃渡り30cm程の飛出しの両刃剣が仕込んであるサークルシールドである。
名 称:シールドソード(円刃盾)
能 力:---
状 態:良好
原 料:鋼
名 称:サークルシールド(突刃盾)
能 力:---
状 態:良好
原 料:鋼
剣が持てず盾が持てるならば盾で攻撃すれば良い、獲物を「持てない」ならその手に獲物を固定して戦えば良い、そんな発想である。
元々虎獣人は身体能力が高く、長い腕の力は強いしリーチがある。その分、重い盾に取り付けられた刃で自傷する事もない筈だ。
接近戦を得意とする種族なので、防御力と攻撃力を兼ね備えた武器なら、十分仲間を守る事ができる。
「こ、これ・・・」
「そう、君の武器は剣や槍ではなく、武器として使える盾なのです。この盾なら襲ってきた敵の攻撃を防ぐだけではなく、慣れればその敵を倒す事だって可能ですよ。」
「着けてみても、いいですか?」
「どうぞ。」
彼は盾を装着し狭い小庭を動き回り、盾を剣のように扱って振っていたが、その顔には闘えることへの喜びの感情が溢れ出ていた。
そして最後は魔法士の杖である。
ロウがどんな形の杖が良いか聞いてみると、本人は先輩探索者からのお下がりであるこの杖で満足しているらしいが、他の仲間が皆買い替えるのだからと、半ば強引に連れてこられたらしい。
ロウは【鑑定眼】で杖と少女を鑑定してみる。
名 前:ミアンナ
種 族:人間族
状 態:平常
能 力:魔法士/探索者
固有能力:【魔力集積】(未)
特殊能力:【属性魔法(水土)】【治癒魔法】(未)
通常能力:【索敵】
名 称:木のワンド(魔法杖)
能 力:土属性魔法強化(魔力未充填)
状 態:未整備
原 料:樹魔獣エント
おそらく、魔法士の少女ミアンナはこの杖の本当の価値を知らないのであろう。
ちゃんと魔力を通してやれば、元来備わっている属性魔法強化も機能するはすなのだが、長く使われてきた間に余り整備されてこなかったようで、魔法発動媒体としては状態が少し悪いというだけなのである。
しかし、この程度なら簡単に整備できるし、ロウの付与魔法で注文された属性強化も付与する事ができるので、新しく杖を買うよりだいぶ安く済むのだ。
「貴女が言うように、中々良い杖ですね。上級者でも使える魔法杖です。」
「えっ?そうなのですか?」
「はい。ただ、ほとんど整備されていないから状態が悪く、発動媒体としての能力を発揮できていないのです。」
「え?杖って整備が必要なのですか?乾いた布で磨いたりはしていますが・・・。」
「そうですね、杖全体に魔力が行き渡る等に充填したり、魔力水を付けた布で拭いたりと、いろいろやる事があるのです。」
「そうなのですか・・・知りませんでした・・・」
「そこで提案なのですが、新しい杖ではなくこの杖を最高の状態に整備しませんか?勿論水魔法強化も付与しますので。」
「え?」
ロウは一日か二日杖を預けてもらえれば、杖を整備し魔法付与も出来ると請け負った。
その方がだいぶ出費を抑えられるというロウの言葉が決定打となり、ミアンナの杖は一旦ロウが預かる事になったのである。
ブロードソードのグリップの調整やサークルシールドの籠手の大きさ調整も含め、購入した武器の引き渡しは明後日と決め、若手冒険者達は今日の依頼をこなすために東門へと向かって行った。
もちろん、代替えの杖も渡しておいたので、今日と明日の探索には支障は出ない事だろう。
◆
そして三日後。ロウの店の中で新しい武器を装着した四人の冒険者が、顔を上気させて興奮している。
グリップに黒皮をまかれたブロードソード、左右の腰にぶら下るフランシスカ、見ただけで威圧される禍々しい刃が付いた盾、そして艶やかに亜麻色に輝く杖はどれも四人の手にしっくり馴染むという。
派手な装飾品など一切ない地味で武骨な武器であるが、きっと四人の探索を助けてくれるはずである。
ミアンナの杖も整備され、ロウの付与魔法によって新たな能力も追加されている。
名 称:木のワンド(魔法杖)
能 力:属性魔法強化(水土)/治癒魔法範囲増強
状 態:良好
原 料:樹魔獣エント
近い将来、ミアンナも新たな能力を発現することになるだろう。その時までこの杖を使うのかどうかは分からないが、杖自体は大変良い品なので、きっと誰かに引き継がれていくはずである。
ロウが提示した代金は、ブロードソードが十五万ギル(銀貨十五枚)でフランシスカは二十万ギル、杖が二万ギル、盾がセット二十五万ギルで計六十二万ギルである。
もちろんこれは店頭価格より二割は値引いた特別価格で、付与魔法に至ってはほとんどサービスである。材料費や製作手間を考えれば赤字ギリギリのラインだった。
四人は予定よりだいぶ安く買えたことに喜び、全員揃ってロウに頭を下げた。ロウが新しい顧客を掴んだ瞬間である。
後にこの四人は、迷宮でも常に最前線を探索する優秀な探索者となり、ラプトロイ第二迷宮への隠し通路を発見して有名になったのは、また別のお話である。




