34.道具屋と時を経た会話
少しずつ天に陽がある時間が短くなっているが、自由都市国家ラプトロイは季節の変化はそれ程なく、昼の時間と夜の時間とが逆転するようなことは無い。
しかし、裏路地にある「道具屋」には天窓ぐらいしかないので、陽が暮れる頃になると店も工房もだいぶ暗くなってしまい、この時間はすでに魔道灯を灯している。
柔らかな灯りで工房が照らされ、当然その光は作業台の上に横たわる機械人形にも届いている。
「さてと、ある程度身体は動くようになりましたよ。そろそろお話しませんか?」
機械人形は微動だにしない。それでもロウは微笑を浮かべて機械人形を見おろしていると、外殻が外されて露わとなった音声装置の中から、男性とも女性とも取れる少し高めの中性的な声が発せられた。
「やはリ、分っていたのですネ」
「ええ、競売所で目が合った時に。あんな目で助けてくれとお願いされては断る訳にはいきませんよ。」
「そんなつもりはなかったのでス。申し訳ありませン。」
ロウが機械人形の購入を悩んでいた時、一つしかない機械人形の目が、一瞬だが確かにロウを見詰めたのだ。その瞳は人工物であるが、ロウには絶望と哀しみと、諦めの感情が浮かんでいるように見えたのである。
だから、機械人形を連れて帰って、再び動けるように修理しようと決めたのだった。
「安心して下さい。必ず動けるようにしますから。」
「私が再起動した時ハ、すでに身体は破損していましタ。さらに知識無き者に脳中枢を破壊さレ、身体を動かすことが適いませんでしタ。」
「そうですね、命令球と反応球が損傷していました。確かにあれでは身体を動かすことはできないでしょう。」
「その通りでス。しかし私の脳中枢を直す知識と技術を持つ者ガ、この時代まで生存しているとは思いませんでしタ。」
「そこは安心して下さい。私の師匠にしっかりと叩きこまれましたから。君のお仲間も師匠の元で働いていますよ。」
「えエ、聴いていましタ。」
ロウは機械人形を修理している時、何処が壊れているとか、此処は大丈夫だとか、ずっと独り言を言っていた。それを聞いていたのだろう。
実際、ロウはこの機械人形は既に意識を取り戻している事に気が付いていたので、身体を動かせない機械人形に、現在の現状についてずっと教えていたのである。その方が自己修復を始めた時に説明する手間が省けると思ったのだ。
「おかげ様デ、身体の状態把握と修理方法の立案、付属部材の洗い出しは済んでおりまス。もう少し手を加えて頂きたい部分もありますガ。」
「分りました。今日はそこから直していきましょうか。」
「・・・一つ警告いたしまス。私と貴方様の所有者登録がまだ為されておりませン。従って貴方様も私の攻撃可能対象となっておりまス。」
機械人形は自我を持っている。所有者として登録された者には攻撃できない。この機械人形はこれまで一度も所有者の登録が為されていないというのだ。
つまりは自分の意思で行動可能で身体が動くようになれば、修理してくれたロウですら攻撃可能である、という事を意味する。
ロウが思っていた通り、この機械人形は戦闘用であり、今は武器こそ持っていないが強靭な身体から生み出される力は、人族など容易く引き裂く事も可能であるのだ。
だからこそ、この機械人形はロウに所有者登録をせよと迫ったのだろう。
だが、ロウの答えは機械人形の常識とはかけ離れたモノであった。
「まあ、それは後で良いでしょう。僕が主になると決まった訳ではないし、君の希望も聞かないとね。」
「貴方様の仰る事は意味不明でス。私は誰とも所有者契約を結んでいない危険対象物でス。」
「君には自分の意思で所有者を選んで貰いたいのですよ。ほら、相性とかもありますし。」
「・・・そのような行動は登録されておりませン。ご再考される事を提案致しまス。所有者未定の戦闘人形は危険でス。」
「君はそんな事はしないでしょう?君のことを大切にしてくれる御主人を紹介してあげるから、それまで我慢してくれないかな。」
「・・・理解不能でス。貴方様の安全が保障されていないのですヨ。」
「ほら、僕はただの道具屋なので戦闘はしないのですよ。でも君は戦闘人形です。なら、戦いの中に身を置く人が主である方が良いでしょう?」
「ならバ、その方を先に所有者登録すべきでス。自由意思の戦闘人形は非常に危険であると具申しまス。」
「まぁ、そこはお互いの信用、という事で。」
「・・・」
機械人形に元々表情は無いし今は外殻も外されているので、この機械人形が何を考えているか窺い知る事は出来ないが、自分を見おろす人族に呆れていることだけは分かる。
「そんな訳だから、とにかく動けるようになりましょう。僕一人では大変なのです。」
「・・・了解しましタ。貴方様を仮のマスターとして認識いたしまス。何なりとご命令くださイ。」
「まあ、良いでしょう。早速ですが・・・」
そんな会話を交わした仮の主従は、修復個所の優先順位や必要な部材の有無、具体的な修理方法とさらには能力強化を見越した魔改造まで話は広がっていった。
頭部の修理は終わり、身体を動かす命令系統は復活した。機械人形は作業台に横たわったままで動きもぎこちないが、左手と左足は動かせるようになったので、少しならロウの作業を手伝う事も出来るはずである。
機械人形は腰部分の損傷が一番大きく、金属筋肉も何本か切断されていた。ロウがなぜこれほど大きな損傷を受けたのか聞いたのだが、この機械人形にも記録が無いらしい。
彼が起動して目覚めた時、すでに右腕は外れ、腰も損傷していた状態だったのだ。しかも、その場所は既に廃棄されてから相当の年月が経っていた施設のようで、自分の身体を修理できる程の施設や材料は残っていなかった。
自分が作られてから相当時間が経っていることを理解した機械人形は、起動後の魔力充填を止め、休止状態にして動力の節約を図ってきた。
さらに時は流れ、ようやく現れた人族があの場所から持ち出したわけだが、新たに置かれた施設の人族は機械人形の扱い方を知らなかったようで、外殻を壊そうと散々手を尽くしたが結局装甲を破ることは出来なかった。
それからも散々体中を痛めつけられたが、時間が経つにつれて誰も見向きもしなくなり、木箱に詰められまたしばらく倉庫の中で眠る事になる。
やがて数十年も経った頃、倉庫から出された機械人形は二束三文で売却され、ロウと出会った競売所まで流れてきたのだった。
「なんと壮絶な歴史ですね。ところで君には名前は無かったのですか?いつまでも君や貴方では流石に話難いです。」
「製造番号はBD‐070010-EX‐参型でス。」
「ふむ、それじゃとりあえず君のことはサンと呼ぶことにしましょう、参型だけにね。僕のことはロウと呼んでください。」
「了解しましタ、ロウ様。」
「うん、では明日から二人で頑張りましょう。」
生み出されてから気が遠くなる程の時が流れ、これまでは単なる「物」でしかなかった機械人形が、ようやく「個」として認められた、記念すべき日となった。
◆
翌日もロウの姿は朝から工房の中にあった。今日から本格的にサンが「動く」ための修理を始める。
昨夜のうちにサンの手足は動けるようになったが、まだまだ動きがぎこちない。長い年月で魔鉄もミスリル鋼も酸化した箇所があるためで、まずは錆が出てしまっている身体に魔力を通し、不純物を取り除かなければならない。
ロウはサンの胸に格納された古代生物の魔石に手を置き、ゆっくりと魔力を流し込んでいく。魔石の中に漂う発行体の動きが徐々に速くなり、それに伴って発光色の変化も激しくなっていく。
しばらく充填を続けると、発行体の動きが一定の速度となり、変化に規則性が出てきたので、動力としての魔石の起動は上手くいったようだ。
サンによればある程度の魔力を充填してもらえば、後は大気中の魔素を取り込んで魔力へ変換できるのだという。
続けてロウに借りた魔力を全身に流していくと、酸化して錆となった部分が見る見る修復されて消えていき、骨格や金属筋肉は元の輝きを取り戻していった。
元通りになった各部位は、より滑らかな動きが出来るようにするため、中枢回路から全身に張り巡らせた神経となるミスリル再糸の本数を約五割増しにすることにした。
さらに骨格は全て魔鉄とミスリルの合金だが、関節は基本的に球体で魔力伝導によって自在に動くため、腕と足の関節だけは魔力伝導に優れた純ミスリル鋼に交換する。
この作業中に外れた右腕の関節も修理し、サンは初めて両腕が使えるようになったのである。
続いて、一番損傷が激しい腹部の金属筋肉の交換である。
金属筋肉は細く糸状に加工した魔鉄を何本も束ねて一つの部位にしている。その束をさらに何本も骨格に溶着させ、やはり魔力によって緊張させることで伸縮するのだが、魔鉄の糸が一本でも切断すると、その束は全て交換しなければならない。
ロウの肉眼では探せない破損もあるため、機械人形に魔力を与えて昨夜のうちに調べておいてもらった。
サンが特定した金属筋肉の破損部分は、破損個所は、やはりロウが目視で診断した時よりも多かったようだ。
サンが指示する通りに、ロウは新しい金属筋肉の部品を作っていく。塊状の魔鉄のインゴットを糸のように細く伸ばしていくには、錬金魔法の特殊能力【錬成】を使う。
魔鉄のインゴットを円柱状に変形させてから二つの円柱に分離し、さらに四つに分離し、さらに八つと分けていき、最終的に0.2mmほどの糸状にするのである。
そして調査を終えたサンが「七番の三十二束筋、120mm。」と調査結果を言葉にするので、そのサイズに合わせてロウが糸を作っていくのだ。
「ロウ様の錬成技術ハ、私が造られた時代のモノと似ているようでス。その複雑な紋様ガ、身体のあちらこちらに描かれていまス。」
「うん、古代魔法と言うのです。何故か僕は物心ついた時から使うことが出来るのですよ。」
束ねた糸の両端を【錬成】で溶着し、骨格に埋込まれた緊張機器の窪みに取り付けて神経糸と接続する。神経糸に魔力が伝わると緊張機器が収縮し、金属筋肉を動かす仕組みで、人族のものと遜色ないほど、細かい動きも再現できるのだ。
そんな作業を丸二日続け、骨格だけの姿ではあるがサンは人族と何ら変わらない動きが出来るようになったのである。
内部の修復はほぼ完了したので、次は外殻の修復に移っていく。
凹んでしまった外殻の下層殻は、火を当て板金で直すしかないので、分解した部品から上層殻と人工皮膚を剥がし、元の姿に形を整えていく。
これこそロウの得意分野であり、サンは鍜治という特殊技術を興味深そうに見つめていた。
サンの身体は魔法発動体でもあるらしく、腹部にある六つの魔石に属性の魔力を充填することで、自分で魔法を発動する事が出来るという事だった。ただ、サンは腹部の魔石に属性を充填される前に行動不能になったらしく、魔法は一度も発動させたことはないらしい。
ならば、その命令を伝える神経線も純度を上げて強化し、掌と指先の外殻にはそれぞれ属性強化の魔法陣を描き加えておく。
さらに魔石を格納する箱の扉に魔力集積と属性変換の魔法陣を描き加え、少しずつではあるが恒常的に魔力を補充できるよう改良した。
外殻の修復もすべて完了し、一つ一つサンの骨格に取り付けていく。
全ての部位を取り付けると、そこにいたのは競売所で痛々しい姿を晒していた機械人形ではなく、穢れ無き純白の肌を持ち、艶やかな黒髪を靡かせた中性的な顔立ちをした人族の若者であった。
「さて、動くと外殻が干渉するとか、魔力の流れを阻害する箇所とかはないかな?」
「・・・動きはとても滑らかでス。私の思い通りに動ク、何の問題もありませン。」
「うん。あと、これは人工皮膚の強度を上げた、いわば防護服です。あ、上下に分かれていますから服と同じ要領で付けてみてください。」
ロウは首と手足の先部分だけが開口になっている、薄いが伸縮性のある半透明のインナースーツを取り出す。それを着用したサンは、球体関節や外殻の継目も目立たなくなり、一見人族に見間違うほどであった。
「うん、流石に首から上を覆うのは無理ですが、見た目は機械人形とは思えない仕上がりですね。」
「これハ・・・ありがとうございまス。この形状記憶スーツの伸縮性能があれバ、姿勢回帰動作が楽に行えまス。」
「・・・いや、確かに伸び縮みするけどそこまでの性能はないから。」
ロウの言葉を聞いているのかいないのか、サンは腕を曲げ伸ばししてみたり、足の屈伸をしてみたり、自分の身体の動きを一つ一つ確認している。
これでロウが出来る機械人形サンの修復は完了である。
明日はサンが身に着ける服を買って来なければならないなと思いつつ、はて、男物か女物かどちらが良いだろうと、また頭を悩ませるロウであった。




