23.道具屋の退屈な探索
まだ夜も明けきらぬ早朝の自由都市国家ラプトロイだが、商売人や探索者は既に活動を開始していて、あちらこちらに人の影が動いている。
国外に出る西門は開いていないが、西門前は商人たちの馬車が数十台も待機し、開門の刻限を待っている。南エリアでは、探索者組合の建物周辺に探索者が屯し、今日の予定を確認しながら目的の場所へと散っていく。
そして、それら朝から動き回る人々へ、食料や衣料、小道具を売る露天商の屋台から大きな声が掛けられるのだ。
そんな者達の例に洩れず、ロウも迷宮へ向かう。ラプトロイの南東にある迷宮は「道具屋」からそれほど時間は掛からない。
ロウの格好はいつも通り、白シャツと黒ズボン姿であり、その上から愛用の革鎧を身に着けている。さらにその上から赤黒い色のローブを羽織っていた。
手に持っているのは愛用の短槍のみである。肩掛けの鞄は魔道具でも何でもなく、ただディルを運ぶための鞄で、口からディルが顔を覗かせている。準備したものを入れた魔法拡張鞄はその中に収められていた。
ハクはスライムの形に戻り、下したフードの中にスッポリと収まっていた。
今日から最低五日間は迷宮の中に潜ってしまう予定である。
第十階層以深の中層階まで行く場合、最低でも五日分の食糧と様々な探索用魔道具が必要となる。このため探索者達は、魔法を付与して鞄本体の見た目より大容量の収納を可能とした魔法拡張鞄にいれて持っていくのが一般的である。
魔法拡張鞄は入る容量、つまり性能によって金額は異なるが、容量が2m四方の物でも四百万ギル(金貨四枚)はする高価な物である。当然のことながら、時間停止などという夢のような機能は付いていない。
それら迷宮探索に必要な大荷物を収容する魔法拡張鞄を持っていない探索者はその先に進めないため、この国のセンター上級以上の探索者ならば殆どが自前の魔法拡張鞄を所有している。
本業が「道具屋」であるロウの魔法拡張鞄は自作したもので、世に出せば天文学的な金額を得る事が出来るほど容量が大きい特殊な物なのだが。
迷宮探索に最低限必要なモノだけを詰め、帰りには鉱石でも採取して来ようと考えながら中身を確認する。
【食料】
最低限必要なモノとして、干し肉、干物、根野菜、青菜、茸、調味料、米、パン、水。迷宮魔獣の肉は食えないことはないが、同時に多くの魔素を取り込むことになり魔獣化する危険度が増してしまう。
【道具】
最低限必要なモノである。鍋、飯盒、食器、寝袋、バオ(テント)、鉈、ナイフ、裁縫道具などがあり、
【加熱台】
火属性魔核を使用して高熱を発生させる台。火は魔獣を呼び寄せるとも云われているため、迷宮ではなるべく火を使わない、というのが一般的な考えだ。もちろん攻撃魔法は別だが。
【魔獣結界装置】
三本以上で使用し地面に突き立てると結界を作る魔道棒。使用する魔核の性能で稼働時間と可動範囲が変化する。
【魔道カンテラ】
魔力を使わない照明器具。魔核を動力として使う。稼働時間は魔核一個で二日半は持つものが売れているが、ロウのカンテラには魔素吸収を付与してあるので、迷宮や魔境ならば魔核の交換なしでずっと使用できる。
【迷宮シート特殊】
この上に置いたモノは迷宮に吸収されない。一般の物とは違い。魔境に住む昆虫型魔獣モロモスの繭から作った糸を編んで一枚布にしたもの。薄い布で軽くて強いが高価。
【魔素遮断の魔道具】
大気中の魔素の体内取り込みを阻害する魔道具。迷宮シートの材料で作った服でも良い。因みにロウ、ディル、ハクには必要のないものである。
これが武器防具を除いた迷宮探索に必要な最低限の装備である。単独でなければ仲間とある程度は共用できるが、生活魔法を使える者は着替えすら持たないで十日も潜りっぱなしなど当たり前のことなのだ。
因みに、ロウが持っている魔道具は全て自作したもので、一般の物より格段に性能が良いモノだ。
しばらく歩いて迷宮の入口に到着する。
迷宮の入口、ラプトロイ東軍の拠点となっている櫓砦の周りには、すでに多くの探索者パーティが屯していた。地下洞窟型であるラプトロイの迷宮の入口はこの砦の地下にあり、魔獣の氾濫が起った場合最初の防衛拠点として軍が管理しているのである。
待ち合わせの場所へ行くと、すでに殆どのメンバーが揃っているようである。
今回第十五階層までの探索に同行する仲間との待ち合わせは鐘三つの刻(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)で、人員はロウとシモン、探索者組合職員と魔法士組合職員が一名ずつ、「蒼天」メンバー五名、蒼天が指名した立会人の計十人である。
ロウもセンター級の探索者だから、このメンバー全員が戦闘も可能である。組合職員といっても元は探索者であり、軍属であり数多の戦闘経験は積んでいるのだ。むしろ階級だけで言えばロウが最弱なのだ。
「遅くなりました。」
「いや、時間通りだよ、ロウ。あと蒼天の女性陣が来れば全員が揃う。」
「本当に申し訳ない!うちの奴等段取り悪くて・・・。」
「いや、急ぐ探索ではないのだし、構わないさ。十五階層までなら多少遅れてもいくらでも挽回できる。」
ロウとシモンの会話に蒼天のリーダーカリウスが割って入り謝罪する。それを気にする風でもなく、格上で二つ名持ちのシモンがさらりと流す言葉に、蒼天のメンバーますます恐縮するばかりである。
傍から見ていても、シモンと蒼天のカリウスでは風格というか覇気というか、纏っているのもが格段に違っている。シモンがどんな工作をしてこの探索に潜り込んできたか分からないが、ロウは内心蒼天に同情せざるを得なかった。
やがて、間を置かず蒼天の女性陣もやって来て、小言をいうカリウスを制し探索者組合職員のレインブルが場を取り仕切った。
今回のように組合が絡む探索となった場合は、レインブルが探索隊の隊長、魔法士組合の職員フィジルモが副長となり、要所での指示と方針を出していくことになる。
この十人パーティのリーダーは、組合のレインブルという事になるのだ。
「これで全員が揃いましたね。今日は一日かけて第十階層までは降りる予定です。先行は蒼天で、殿はシモンさんでお願いします。」
「わかった。」「了解した。」
「この探索は、基本的に蒼天の探索にその他が付いていく、という形です。討伐部位は蒼天の、魔道具等発見された場合は発見者の権利とします。」
つまり、蒼天のペースで探索を進めるということなのだろう。組合職員は手出しせず、シモンはロウの護衛に徹しろ、ということだ。
もちろん、ロウもシモンも異論はない。探索費と報酬は組合から支給されるのだから。
◆
全員が揃ったところで迷宮に続く階段を降りで中へ入って行く。ここからの探索行程は既に打合せ済みであった。
目的の第十五階層までは「大脈道」だけを通り、「階層の突き当たり「試練の間」にいる階層主だけ倒して次の階層へと進んでいくのである。
ラプトロイ迷宮は、第一第二階層が無駄に広い。
魔獣が出現しない「大脈道」だけを進むのだから気楽で良いが、偶に「細脈道」の方から魔獣が飛び出きたり、迷宮初心者のルーキー級が魔獣を引き連れて逃げてくる事もあるので、周囲の警戒を怠ることは出来ない。
まだ早い時間なのであちらこちらで探索者達の姿を確認できる。広大な第一第二階層ならば狩場にあぶれることはないが、奥へ行けば行くほど強い個体がいるので、実力と判断力が試される場所でもある。
一行は第一階層の守護魔獣ロックイーター、第二階層の守護魔獣 を何事もなく倒し、第三階層に降りた時は迷宮に入ってから一刻(二時間)ほど経過していた。
「試練の間」の主を倒すと死体が直ぐに迷宮に「喰われて」しまうので、素材を回収する時間は殆ど無く、せいぜい魔核を取り出すか、牙や爪などの露出素材を剥ぎ取るのが精一杯である。
他のグループが守護魔獣に挑んでいれば待ちもあるし、順調に行けば、一階層あたり半刻(一時間)は掛かってしまうのは仕方がないのだ。
第三、第四、第五階層も同じようなペースで進んでいくが、ここまで特に問題は無く進めている。そして、第六階層へ降りたところで一旦食事休憩に入ることにした。
合同探索隊の場合、それぞれのメンバーで休憩を取るのが慣例だ。蒼天メンバー六人と、ロウとシモン、そこに組合職員の二人が加わった二つのグループに分かれて、それぞれ食事の支度をしている。
準備といっても、初日の昼食は各々屋台で購入してきているので荷物から出すだけだ。
「戦闘が無い、というのは味気ない物だな。」
「無いに越したことはありません。今回の目的は調査ですから。」
「分っているさ。普段ならもう第十階層くらいには進んでいる時間なのでな。少し物足りないのだ。」
「・・シモン様の通常は我々にとっては異常ですから。無理せず進みましょう。」
十分に休憩を取り、一行は再び下層へ向けて探索を開始する。
蒼天は流石にエクスぺリア中級の探索者チームだけあって、第六階層の守護魔獣、巨大蠍スミオニヴァも、第七階層の蜥蜴魔人リザードも、三体もいたにもかかわらず危なげなく倒している。
ただ、八階層の守護魔獣、双頭蛇トゥージャは、またやって来たディルの気配を感じ取ったのだろうか、まるで道を空けるように壁際までさがり、皆を困惑させたものである。
このまま順調に続くと思われた探索だったが、最後の第十階層の守護魔獣と対峙した時にそれは起った。
この階層の守護魔獣は、異常状態を引き起こす鱗粉と毒毛を持つ蛾魔獣ヴァーミガーである。
攻撃力では他の魔獣に劣り、鱗粉さえ吸わなければ倒すのにそれほど苦労はないので、蒼天は全員布で口を覆い、早速ヴァーミガーを取り囲んで攻撃していった。
多少鱗粉を吸ったところで、回復役の治療術士サンラーンが即座に魔法回復してくれるので異常状態に罹る心配はない。
ヴァーミガーの鱗粉が充満し少しずつ視界が悪くなる中、前衛がなかなか決定打を出せないでいる間に、後ろにいたサンラーンの背後に天井からもう一体のヴァーミガーが降りたったのである。
もう一体は触角を伸ばして毒毛をサンラーンに刺し、彼女を麻痺状態にしてしまった。前衛は前ばかりに集中していたため、誰ももう一体に気が付かず、対応ができなかったのである。
倒れた仲間を見て蒼天の連携が完全に崩れてしまった。目に前の敵を倒すか、仲間の救出が先か、統制が執れぬまま二体の魔獣に分断されつつある。
後衛組と分断され前衛のカリウス、戦士のセルダイナーは、遊撃のボトムウス、魔法士のティファに合流しようと剣を振うが、腕が痺れてきて自分達まで劣勢になってきた。
回復薬が倒れてしまっては、いずれ鱗粉による異常状態も緩和できなくなり、体の自由が利かなくなってしまうだろう。
リーダーであるカリウスは、まず皆を撤退させるため自分に向かってくるヴァーミガーの攻撃を無視し、捨て身で後ろのヴァーミガーに突っ込もうと剣を構え直した。
その時、空気を引き裂くような轟音とともに黒い稲妻が二体のヴァーミガーを貫き、宙に浮いていた身体を真二つに両断してしまったのである。
カリウスらは一瞬呆気にとられ、やがて我に返って稲妻が放たれた方を見れば、レイピアの双剣使いである『雷滅の黒蝶』シモンが黒い稲妻を纏った細剣を持ち、不敵な笑みを浮かべていた。
シモンの能力【黒雷】とシモンの所有する剣【雷鞭】の複合技である。
シモンの持つ双剣は対になっている物ではなく、一つは迷宮が生み出した魔剣、もう一つはロウが作った魔法剣である。
魔剣【雷鞭】も、ロウが師匠と共に放浪している間に潜った迷宮で見つけたもので、雷を纏う魔剣を扱える者がいなかったため、ずっと死蔵していた物だった。
ロウがラプトロイに流れ着いて「道具屋」を営むようになり、偶々迷宮の中で出会ったシモンが魔剣を持つ適性があることを知って譲ったのである。
ロウと出会った時、迷宮の深層でシモンは身を守る剣を失ってしまい、もはや生存を諦めていた時だった。シモンの双剣は業物ではあったが、相手の魔獣の牙はそれを凌ぐ強さと速さを持っており、リミテッド級のシモンですら歯が立たなかったのだ。
だが、突然天井から落ちてきたロウとティルはそんな魔獣をも凌ぐ力を持っており、シモンを窮地から救い迷宮の外まで連れてきてくれたのである。
あの日の出来事以来、シモンは本当のロウと会っていない。いつか、本当のロウと会って、心からの感謝を伝えたいとずっと思っているのだ。
名 前:シモン・ヴェルモートル
種 族:妖精族
状 態:平常
能 力:魔法剣士/精霊使い/探索者
固有能力:【黒雷】
特殊能力:【精霊魔法(闇水)】【身体強化魔法】
通常能力:【刀剣術】【双剣術】【体術】【索敵】
名 称:雷鞭(魔剣)
能 力:雷鞭化/標的追跡/破壊不能
状 態:良好
原 料:不明
名 称:水踊の剣(魔法剣)
能 力:属性魔法抵抗/水属性の攻撃力追加/斬撃氷刃
状 態:良好
原 料:ミスリル鋼
黒蝶の目には、あの時の美しい銀狐の姿が焼き付いていた。




