22.道具屋と上品な喫茶店
自由都市国家ラプトロイの収穫期も終盤となり、どことなく尖った活気もだいぶ落ち着いてきた。
そしてこの頃になると、国民の関心は年に一度の大祭である「収穫祭」の方へと移っていく。
豊作であれば豊穣の女神に感謝し、たとえそうでなくとも来年も飢えることがないよう供物を捧げる。
建国の勇者は特定の宗教に肩入れすることなく、余程過激な思想でない限り個人が信仰するモノに自由を認めてきた。ただ、どんな宗教であれ信仰であれ、「食」に感謝する事だけは忘れぬよう、このお祭りを作ったと云われている。
七日間にわたって行われるお祭りの時は、探索者達も休暇をとって祭りに参加する者が多い。探索を休めば金を稼げない事になるので、探索者達は収穫祭の前は少しでも多くの報酬を得ようと精力的に活動する。
そう、迷宮へ潜る探索者が多くなるのだ。
迷宮の浅層はどの階層でも探索者の姿が見られ、割の良い階層では場所の取合いすら発生するほどだ。
また、実力にそぐわない階層まで降りる探索者までいて、様々なトラブルが発生し、組合職員の頭痛のタネになっている。
何故だろうか。そんな厄介ごとの一つが、閑古鳥の鳴く店に舞い込んできた。
◆
裏路地にある「道具屋」の店主ロウの元に探索者組合からの出頭要請が届いたその日、どうせ客は来ないからと早々に店を閉めてロウは組合のある南大通りへと向かった。
南大通りに向うにはロウが住む東エリアの大通りを登って第二防護壁沿いの周回道路を使うルートと、店から裏路地を抜けて南エリアに入り、そのまま南エリアの裏路地を抜けるルートがある。
南エリアは探索者達が拠点にする宿泊施設や食堂酒場、賭場や娼館が多い所で、大通りや名付き道路以外はガラが悪く一日中喧騒が途絶えることがない。
ロウは黒蛇ディルと従魔ハクを連れ、そんな喧騒を気にする風でもなくのんびりと歩いていた。
もう昼近くだというのに、道端で眠る酔っ払いや、窓越しに声を掛けてくる娼婦の声を躱しながら進み、南大通りに出るとそこは全くの別世界となる。
高級宿が建ち並び、小洒落た食堂やテラス付の喫茶店、この時間は営業していない雰囲気のある酒場などが軒を連ねている。
建物際の歩道を歩き、大通りの中間付近にある探索者組合の建物の前へ着くと、まず出迎えてくれるのが高さ4m程の開け放たれた両開きの金属製扉である。
この街に長く住んでいるロウですら、この扉が閉まっている姿を見たことがない。
扉を潜ると右手にある受付窓口へと向かう。
何かの依頼を受ける場合は出入り口に近い方の五つの窓口を利用するのだが、今回は組合の呼出しである。唯一探索者がいない一番奥の窓口へと向った。
道具屋として呼ばれたのか、探索者として呼ばれたのか分からなかったため、取りあえずロウは探索者の肩書で名乗った。
「こんにちは。呼び出しを受けてきましたセンターのロウです。」
「ああ、ロウさん。こんにちは。上から聞いているよ。ちょっと待っていてくれるかい。」
滅多に使われない窓口だけに、通常窓口へ並ぶ探索者達の視線が集まっている。しかも、その窓口に立ったのは、最近【雷滅の黒蝶】を落としたと噂されていた、黒蛇を首に巻いた優男なのだ。
ロウは強い視線に戸惑いながら、なるべく彼らと目を合せないよう奥の階段の方へ顔を向けていると、しばらくして戻ってきた職員がロウに告げた。
「お待たせした。二階の第三会議室にいってくれ。皆、そろっているそうだよ。」
「皆?誰でしょう?」
「まあ、行けばわかるよ。時間通りとはいえ君が最後だからね。」
「はぁ・・・」
ロウは階段を上り、指定された会議室の前で一度深呼吸して木製扉を拳で叩き、声を掛けてから中へと入って行った。
扉を開けてロウは瞠目する。
十人ずつ対面して座れる横長の机に、国軍の甲冑を身につけた男と文官風の男、魔法士組合の幹部が並び、対面して探索者組合の首脳と探索者の男女二名、そして何故かシモン・ヴェルモートルが座っていた。
ほぼ全員の視線を受けて戸惑うロウに、ダンドール副支部長が目線だけでシモンの隣、一番端の席に座るよう促した。
「さて、これで全員が揃った。本題に移ろうか。」
そう切り出したのは、やはりダンドール副支部長である。
会議の目的や自己紹介などが無かったのは、すでに語られた後なのか、それとも全員既知の者達なのか、来たばかりのロウに知る由はない。
唐突にはじめられた会議の主題は、ラプトロイの迷宮の中で何らかの魔法陣が発見された、という内容である。
この会議に同席している男性探索者のパーティが第十五階層の小部屋で発見したのだという。
滅多に起こることではないのだが、迷宮で魔法陣が見つかった場合、それは罠の発動か別の分岐道へ行く「扉」であるか、または強力な魔獣、またはお宝が眠る「隠し部屋」であるかもしれない。
とある別の迷宮では「転移」のような仕掛けが施してあり、発動させた者はついに迷宮の外へ戻らなかった、という事例も報告されていた。
探索者は迷宮内で魔法陣を発見した場合、自分達だけで起動させず組合に届ける義務があり、違反した者は組合追放、場合によっては投獄などの厳しい刑罰を受けることになる。
これまでの発見例の殆どが宝に目が眩んで魔法陣を起動させており、その度に大規模な罠が発動したり、宝を巡り仲間内で殺し合いになるなど、凄惨な事件になってしまっていたのだ。
もちろん組合監督の元で魔法陣を起動させ、そこが「宝部屋」であった場合は財宝の六割を受け取る権利があり、決して損をする話ではない。
さて、ラプトロイの迷宮で魔法陣を発見した探索者「蒼天」はエクスぺリア中級で、ラプトロイでもそこそこ名が知られた中堅どころである。
男三人女二人で前衛剣士と後衛魔法士と治療術士、遊撃斥候と重戦士というバランスのとれたパーティであり、仕事ぶりは堅実で丁寧、迷宮探索も商隊護衛もこなすという万能型である。
初めての第十五階層探索で、細脈動の小部屋にいた猿型魔獣ビックエイプを殲滅して魔核を取り出したところ、集めた魔核が光と共に融合して奥の壁に向って飛んで行き、壁に当たって消滅した。そしてその消滅した痕を調べると円形の文様があったという。
蒼天のメンバーは、その紋様が何かの罠か、隠し部屋への鍵なのか、とにかく判断に迷い、魔法士のソルデゥスが紋様の一部を書き写してから迷宮を出て、規則通り組合に報告したのだった。
「これが書き写した魔法陣だ。ロウ、見てくれないか。」
皆の視線がロウに集まった。突然自分の名を呼ばれ戸惑うロウの前に、机の上を滑って半皮紙が流されてくる。
紋様の四分の一ほどを描いたというその半皮紙には、確かに魔法陣と思われる図形と象形、そして古代文字のようなものが描かれていた。
「さっきも説明したが、ロウはあの『黎明』の弟子だ。古代文字に関して彼の右に出る者はこの国にはいない。どうかな?」
「古代文字が記されています。間違いなく魔法陣ですね。これだけでは何の魔法陣かは判りませんが。」
「うむ、魔法時組合も同じ意見だが、ロウよ、読めるのか?」
「・・・古代文字はいくつか繋がって一つの『言葉』になるのです。読める状態なのかは実物を見ないと分りません。」
「そうか。と、言うことだ、蒼天よ。今この場で答えを出す訳にはいかぬ。もう一度第十五階層まで行くしかない。」
「・・・分かった。俺達だってあれを組合に黙って触るほど馬鹿じゃないさ。万が一氾濫だったらとんでもない事態になる。」
魔獣が氾濫する可能性がある。ここに国の関係者がいる理由である。
魔法陣の起動によって一番多いのが別の道が開かれる事象である。しかし、開いたその先には未知の魔獣の出現、大魔獣氾濫、死霊系魔獣の侵攻などが考えられ、探索者だけでは万が一それが起こった場合、対処できない可能性がある。
国家として、常に最悪を想定して備えなければならないのである。
もちろん、そんなことは探索者稼業より商売に重きを置いているロウにとって全くあずかり知らぬ事である、筈なのだが。
「で、ロウよ。第十五階層まで行ってくれ。」
「断固拒否します。死んでしまいます。」
何となくそう来ると思っていたロウは即座に組合からの依頼を拒否した。単独での探索ならいざ知らず、他の人族の目がある中で迷宮深部まで行くなど、ロウにとっては自殺行為にも等しいのだ。
だが、ダンドール副支部長もロウの答えを読んでいたのか、悪い笑みを浮かべて言い放つ。
「報酬は弾むし、評価も上げよう。護衛も付けるぞ。リミテッド級のシモンだ。」
「うっ!」
シモンの名を出され、ロウは言葉に詰まってしまう。となりを見ればシモンがとても良い笑顔を浮かべてロウを見ていた。
身の危険を理由に依頼を拒否しようとした以上、護衛に付くのがシモンと聞いた上で断れば、わざわざこの場に来ている彼女への礼儀を欠くし、シモンの戦闘能力を否定してしまうことにもなる。
完全に退路を断たれた状態での呼出しであったのだ。
◆
迷宮へ潜る、という行為は、第一、第二階層あたりの浅層で日帰りしてくるならまだしも、第十階層以深まで行くとなれば、武器と防具と携帯食さえ持っていけば良いなどというような簡単な話ではない。
「大脈道」だけを通って日帰りできるのは、精々第七階層か第八階層までというのが一般的であり、それ以上先に進む場合、魔素阻害の魔道具や結界魔道具など必要な道具類を揃えていかなければならないのだ。
迷宮の中は濃度の濃い魔素が充満し、長くその魔素に曝されれば人族すら魔獣化してしまう危険もある。
さらには、迷宮に「喰われぬ」ように、魔獣除け結界を張る魔道具を設置し、床に沈まない効果があるシートを敷いて野営しなければならない。
こうした魔道具は、護衛を雇えない個人商人や旅人、迷宮に入る冒険者が野営する時に日強い不可欠なも道具で、結界の中で騒ぐようなことさえしなければその効果は保障されるのだ。
そして特に重要なのが「灯り」である。迷宮では特定階層以外は常に薄暗い。「大脈道」は岩壁に張り付いたヒカリゴケが発光しているのである程度は明るいのだが、無数に分岐する「細脈道」は光源が無いのだ。
今回の依頼では「細脈道」には入らず、「大脈道」だけを通る予定なのであまり必要性はないものと思われるが、何が起こるか分からない迷宮の中で「視覚」を奪われることが一番恐ろしい。
探索者組合での会議を終えて、ロウは店に戻るため大通りを北上していた。
治安の悪そうな南エリアの裏路地を使わなかったのは、となりにシモンが並んでいるからである。これからシモンの行きつけの店で珈琲を飲むのだとか。
出発は二日後ということなので、ロウは早く店に帰って探索の準備をしたい所なのだが、ニコニコと機嫌の良いシモンの誘いを断る事が出来なかったのである。
ロウ一人ならば絶対に入ることはないお洒落な店であった。
燕尾服を身につけた老紳士が柔らかな笑顔で二人を迎え、窓際の四人掛けの席へと導く。ロウの首に巻き付いている黒蛇を見ても、表情一つ変えることはなかった。
「ロウが淹れる珈琲も美味しいのだが、この店だって負けてはいないぞ。」
「は、はあ、是非とも味わってみたいもので・・・」
お洒落な内装と優雅な立ち振る舞いの従業員。ここは別世界かと思うほど自分の生活と掛け離れた雰囲気に、ロウは緊張しっぱなしである。
「うむ、今回の件はすぐ私の耳にも入ってだな。これはロウが呼ばれると思って少し工作させてもらったのだ。」
「もう話が出来上がっていましたね・・・」
「久し振りにロウと探索が出来るのだ。それくらい良いだろう?」
悪戯っ子のように微笑むシモンだが、その笑顔すら悪魔に見えるのは気のせいだろうか。
しばらくして、芳醇な香りと共に二人の珈琲が供される。老紳士は二人の前で優雅な動作で珈琲を注ぎ、一礼して去っていく。
珈琲はとても美味しい。香りが良く発ち、少し酸味を抑えた苦みとコクがある味で、ロウは自分で淹れたものより数倍も美味しいと感じた。
そして一旦は去った老紳士が、今度はレモンケーキを乗せた皿を持ってくる。注文はしていなかったはずだが、相変わらずの笑顔のままロウの隣の席へと置いた。
「黒蛇ディル殿のお噂も聞こえておりますれば。」
その言葉を聞いて今まで眠っていたディルが飛び起きて、レモンケーキと老紳士を見比べている。
するとハクが飛び出して人型に戻ると、ロウの隣の席にちょこんと座り、フォークを器用に動かしてケーキを一口サイズに切ると、ディルに食べさせようと腕を伸ばすのであった。
「ほっほっほ、これはまた可愛らしいお嬢さんですな。今度いらしたときは美味しい物をご用意しましょう。」
そう言って去っていく老紳士の背中を唖然として見詰めるロウ。
黒蛇やスライムを見ても動じないその胆力もそうだが、一つ一つの動作に無駄な動きが無く、全く隙が無いのだ。
聞けば老紳士殿。元レジェンダリの探索者でシモンも師事した事があるとか。つまり人族最強の一角を担ってきた歴戦の戦士であったという。
さておき、今はシモンのお誘いでお茶の最中である。いつまでも意識を飛ばすわけにはいかないと、ロウはシモンとの会話に集中することにした。
「迷宮の中に魔法陣とは珍しい事が起りましたね。」
「私も長い事探索者を続けているが、迷宮に魔法陣が発生するなんて初めてだよ。調べたが百九十年前に西の国で同じ事があったそうだ。」
「レモ王国の洞窟迷宮ですね。巨大攻殻百足が何体も這い出て暴れたと。」
「さすがはロウだ。組合の記録では相当の犠牲者があったと記されている。何体かは地上にも出たそうだ。」
そう、迷宮の魔法陣を不用意に起動させると、このような悲劇が起こる可能性もあるのだ。探索者が己の欲望や好奇心だけで、迷宮の未知なる事象を動かすわけにはいかないのである。
「ロウ、魔法陣を起動できるのかい。」
「・・・その魔法陣が何を意味しているのか、によります。文字には意思があり陣には目的が表れるのです。」
古代文字は古き者の魂に刻まれた情報であり、ロウは本能で理解している。人族の言葉で音を出すことは難しいが、文字を見ればそれが何を意味するのか頭に浮かんでくるのだ。
「それを見極める、か。」
「はい。」
ロウの答えを聞いて満足そうにシモンは頷いた。
ロウは学者でも研究者でもない、ただの道具屋なのだ。魔法陣に興味はあっても、その先にあるものに心惹かれることはないのである。




