↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真実はラストに潜む―ミステリー短編集  作者: 松本 俊介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/25

『完璧なアリバイ』第4話 暴かれる罠

**『完璧なアリバイ』第4話 暴かれる罠**


「末期がん……? 余命、半年……?」


佐伯は、うわごとのように繰り返した。


嘘だ、と思った。あの男は元気だった。いや、確かに少し痩せてはいた。顔色も悪かった。乾いた咳もしていた。だが、それでも久保田は毎日会社に来て、涼しい顔で帳簿をいじり、自分を追い出す算段を立てていたではないか。


(あいつは、死にかけていたのか……?)


脳裏に、昨夜の光景がノイズ混じりに蘇る。


ロープで首を絞め上げた瞬間、久保田はもがきもしなかった。それどころか、意識を失う直前、ぐったりとした顔をわずかに歪め――ニヤリと笑ったのだ。


あのときは、苦しさゆえの痙攣だと思い込もうとした。だが違う。あいつは確かに、笑っていた。


「佐伯さん」


宮下の声が、静かに響いた。


「顔色が優れませんね。水でも持ってこさせましょうか」


「いえ……大丈夫です。ただ、驚いて。久保田が病気だったなんて、まったく知らなかったものですから」


「そうでしょうね。久保田さんは、周囲の誰にも病状を明かしていなかったようです。会社の役員にも、ご家族にも、もちろんあなたにも」


宮下は薬瓶に視線を落とした。


「ひとつ、私の推測をお話ししてもよろしいですか」


「……どうぞ」


「久保田さんは、自分がじきに死ぬと知っていた。そうなれば、彼が保有する会社の株は相続人のものになる。あるいは、あなたと協議のうえで、あなたの手に渡る。それを、彼は阻みたかったのではないでしょうか」


「な、何を言って……」


「会社の金を横領していたことも、すでにこちらの調べで分かっています。久保田さんは、その罪をあなたに着せるつもりでいた。ただ、病気で時間が足りなくなった。そこで、別の方法を考えた」


「別の、方法……?」


「あなたを道連れにする方法です」


取調室の空気が、凍りついた。


佐伯は反射的に笑い飛ばそうとした。だが、唇が思うように動かない。


「馬鹿な。そんなことが、できるわけがない。俺には、アリバイがあるんだ。友人も一緒にいたし、居酒屋の注文履歴だって――」


「ええ。それも確認しましたよ」


宮下は、手元のファイルから一枚の紙を取り出した。


「久保田さんのスマートフォンから、弁護士宛てのタイマー送信メールが見つかりました。昨夜、二十時ちょうどに送信されたものです」


紙に印刷された文面を、宮下がゆっくり読み上げる。


「『今夜私が殺されたら、犯人は佐伯だ。彼が使うアリバイ工作の証拠は、自室のデスクに残してある』」


「…………」


「あなたが居酒屋にいらっしゃった時間ですね。この時点で、久保田さんは、自分が殺されることも、あなたがアリバイを作ろうとすることも、すべて知っていたことになります」


「ば、馬鹿な! そんなの、ただの言いがかりだ! あいつが勝手に書いた妄想じゃないか!」


佐伯は思わず机を叩いた。若い刑事が身を乗り出しかけたが、宮下が手で制した。


「妄想かどうかは、これから説明します。まず、昨夜の居酒屋についてです」


宮下の目が、じっと佐伯を捉えた。


「あなたがご友人を誘った日の一週間ほど前、ご友人のご自宅に、匿名で居酒屋の割引クーポンが郵送されていました。差出人は不明。ですが、郵送した人物は特定できています」


佐伯の指先が、冷たくなった。


「……まさか」


「久保田さんです。あなたが誘いやすいよう、舞台を整えておいたんです」


クーポン。電話口で村井が口にした、気味の悪い偶然。運が向いてきたと、ほくそ笑んだ自分を思い出す。

(あれは、偶然じゃなかった……?)


「さらに、久保田さんは居酒屋の店員を金で買収していました。あなたが案内された個室の席。裏口の鍵が開いていたこと。昨夜二十時二十分から五十分まで、あなたの席が空いていたこと。そして、二十時三十五分に日本酒を注文したのは、ご友人おひとりだったこと。そのすべてについて、店員は証言する手筈になっていました」


襖の隙間から、じっとこちらを見ていた店員の顔が、鮮やかに蘇った。

あの会釈は、気のせいではなかった。


「ご友人は、あなたがトイレにいたと思っておられる。誠実な方で、嘘をつくような人ではありません。ですが、店員の証言と注文記録を重ねれば、あなたが三十分間、店にいなかったことは明らかです」


佐伯は言葉を失った。


鉄壁だと思っていたアリバイが、足元から崩れ落ちていく。レシートも、日本酒の記録も、友人の証言も――すべて、彼の手の中にあったものではなかった。


宮下は、そこで言葉を切った。眠そうな目は、もう眠そうではなかった。


「そして佐伯さん。もうひとつ、お見せしたいものがあります」


宮下が、若い刑事に目配せをした。若い刑事は無言で立ち上がり、机の上にノートパソコンを置いた。

画面が、ゆっくりと点灯する。


(第4話・了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。