IF異世界理美的水戸黄門その1 改善小説その2
【IF異世界理美的水戸黄門 改善小説その2】
ベルメールの街をあとにしたソフィー御一行は、次なる街へ向かって石畳の街道を進んでいた。
左右には葡萄畑が広がり、その向こうには赤い屋根の家々が見える。
今日もJINの世界は、実に平和そうである。
少なくとも、今のところは。
◇
「ソフィーさん、お疲れではありませんか?」
八兵衛が理美の隣へ寄ってきた。
「別に」
「喉は渇いていませんか?」
「大丈夫」
「少し休憩されますか?」
「まだいい」
「足は痛くありませんか?」
「痛くない」
「暑くありませんか?」
「八兵衛」
「はい」
「さっきから何なのよ」
八兵衛は真顔で答えた。
「ソフィーさんが快適に旅をできているか確認しております」
「ヒューゴがいるから大丈夫よ」
八兵衛が止まった。
ほんの一瞬だった。
しかし明らかに止まった。
後ろを歩いていたヒューゴは、何事もなかったように理美へ日傘を差しかけている。
「理美様。日差しが少し強くなってまいりました」
「ありがとう」
「…………」
「八兵衛、行くわよ」
「はい……」
神様は少しだけ寂しそうであった。
◇
昼前、一行は小さな宿場町へ入った。
石造りの宿屋や食堂が並び、中央の広場には小さな噴水がある。
「今日はここでお昼にしましょうか」
理美が言うと、八兵衛がすぐに周囲を見回した。
「ソフィーさん、あちらのお店はいかがでしょう」
「どこ?」
「あそこです。窓際の席なら日当たりもよさそうですし、椅子にも背もたれがあります。ソフィーさんは紅茶がお好きですから、茶葉も確認してまいります」
「そこまでしなくていいって」
「大切なことです」
八兵衛は大真面目である。
理美は気にせず店へ向かった。
すると、店先で掃除をしていた女主人が一行を見て、にこやかに声をかけた。
「まあ、旅の方ですか?」
「ええ」
「ご夫婦で?」
「え?」
理美が聞き返した。
女主人は理美と八兵衛を見ている。
理美は異世界人から見れば、五十三歳ほどの女性。
八兵衛も、五十代の男性に見えている。
確かに、並んで旅をしていれば、そう見えなくもない。
理美が八兵衛を見る。
八兵衛は真っ赤になっていた。
「…………」
「八兵衛?」
「…………はい」
「何を赤くなってるのよ」
「いえ、別に」
全然、別にではない。
口元がゆるんでいる。
女主人は微笑ましそうに二人を見た。
「あらあら。仲がよろしいのね」
八兵衛の顔がさらに赤くなった。
助さんの葉が、ふるふると揺れた。
格さんの幹も揺れた。
「笑うな」
二草はぴたりと止まった。
ヒューゴだけは無表情である。
「理美様。お席をご用意いたします」
「お願い」
「はい」
八兵衛が小さな声でつぶやいた。
「……ご夫婦」
「聞こえてるわよ」
「申し訳ありません」
全然、申し訳なさそうではなかった。
◇
食事を終え、一行が再び街道へ出ようとした時だった。
「待ってください!」
後ろから少女の声がした。
振り返ると、十二、三歳ほどの少女が息を切らして立っていた。
「お願いです! お医者様を呼んでください!」
理美の表情が変わった。
「どうしたの?」
「お父さんが……!」
少女に案内され、一行は街外れの小さな家へ向かった。
粗末なベッドには、痩せた男が横たわっている。
どうやら少女の父親らしい。
ヒューゴが男の状態を確認する。
「すぐに治療を受ける必要があります」
「お医者さんは?」
理美が尋ねると、少女は俯いた。
「診てもらえないんです」
「どうして?」
「お金がないから……」
少女の父親は、近くの染色工房で働く職人だった。
ところが数か月前から、工房の主人が職人たちの賃金をほとんど払わなくなったという。
抗議した者は仕事を失う。
少女の父親も、未払いの賃金を求めたことで工房を追い出されていた。
「そう……」
理美は男を見る。
「ヒューゴ。この人、お願いできる?」
「もちろんでございます」
ヒューゴは静かに頭を下げた。
「理美様のご希望でしたら」
八兵衛が一歩前へ出た。
「必要な薬も、すぐに用意しましょう」
理美が八兵衛を見る。
「神の力は禁止でしょう?」
「…………」
「八兵衛?」
「買ってまいります」
「そうしなさい」
「はい」
八兵衛は財布を持って走っていった。
神様も、旅に出れば普通のお使いである。
◇
その日の午後。
理美たちは染色工房を訪れた。
大きな石造りの建物の中では、多くの職人たちが黙々と働いている。
しかし、その表情は暗い。
工房の主人は、立派な服を着た男だった。
「何の御用ですかな?」
「ちょっとお話を聞きたくてね」
「あなたは?」
「ただの隠居した女商人ですよ。今は気ままに旅をしております」
男は鼻で笑った。
「ならば余計なことに首を突っ込まないことですな」
「あら、そう」
理美は工房の中を見回した。
「商売をしていたものでね。働いた人にお金を払わない商売っていうのが、どうにも理解できないのよ」
男の顔から笑みが消えた。
「誰から聞いた?」
「さあねえ」
「よそ者には関係ない!」
男は理美たちを追い出した。
理美は素直に外へ出た。
「さて」
それだけ言って歩き出す。
屋根の上で、黒い影が動いた。
誰にも気づかれないまま、サンスベリアの葉でできた小さな風車が、工房の二階の窓へ飛んでいった。
◇
夜。
工房の主人は、一人で帳簿を確認していた。
職人たちへ支払うはずだった金。
実際に支払った金。
そして、その差額。
帳簿には、すべて残っていた。
窓の外に黒いサンスベリアがいることを、男は知らない。
さらに工房の裏では、黒いガジュマルが石壁を眺めていた。
しばらく眺める。
じっと眺める。
その肩に、サンスベリアの葉でできた風車が刺さった。
飛猿が風車を見る。
そして壁から離れた。
今夜、壁は無事だった。
◇
ところで、その頃。
宿屋の浴室には、ヒューゴがいた。
湯気の立つ湯船。
静かな水面。
若き日のヒュー・グラントを思わせる端正な顔。
濡れた髪。
今日も無駄に絵になっている。
ヒューゴは一人、湯船につかっていた。
「…………」
しばらくして、自分の置かれている状況を確認するように周囲を見る。
「……なぜ私は、お風呂に入っているのでしょうか?」
答える者はいない。
「…………」
ヒューゴは再び前を向いた。
それだけである。
◇
翌朝。
工房の前には、職人たちが集められていた。
「文句がある者は全員辞めてもらう!」
工房の主人が怒鳴る。
「この街で二度と仕事ができると思うな!」
「お待ちなさい」
声がした。
人々が振り返る。
理美が歩いてくる。
その左右には助さんと格さん。
後ろには八兵衛とヒューゴが続いていた。
「またあんたか!」
「ええ。また私」
「部外者は引っ込んでいろ!」
「そういうわけにもいかないのよ」
理美は男の前で立ち止まった。
「働いた人には、働いた分のお金を払いなさい。それだけの話でしょう?」
「証拠でもあるのか!」
その時。
シュッ!
風を切る音がした。
サンスベリアの葉でできた風車が飛んできた。
工房の扉に突き刺さる。
そこには帳簿がくくりつけられていた。
男の顔色が変わった。
「なっ……!」
ヒューゴが帳簿を受け取る。
「職人の皆様へ支払うべき賃金と、実際の支払額が記録されております」
「で、でたらめだ!」
男が叫ぶ。
「こいつらを追い出せ!」
雇われた男たちが一斉に前へ出た。
理美は小さく息を吐く。
「助さん、格さん」
二草が前へ出る。
「少し懲らしめてやりなさい」
「はい、ソフィー様」
「お任せを」
助さんの葉が剣となる。
格さんが太い幹を構える。
あとは早かった。
剣を抜いた男の武器を助さんが弾き飛ばす。
格さんが別の男を投げ飛ばす。
さらに三人。
四人。
次々と地面へ転がっていく。
八兵衛は理美の前に立った。
「ソフィーさん、危ないですから私の後ろへ」
「助さんと格さんがいるから大丈夫よ」
「万が一ということがあります」
「あなた、この前つまずいて転んでたじゃない」
「今回は転びません」
「そういう問題じゃないのよ」
八兵衛はそれでも理美の前から動かなかった。
神の力は使えない。
戦っても役には立たない。
それでも理美の前には立つ。
そこだけは、八兵衛ではなくJINなのである。
やがて最後の男が倒れた。
工房の主人が後ずさる。
「お、お前たち……何者だ!」
理美が格さんを見る。
「格さん」
「はい」
「そろそろいいでしょう」
格さんが一歩前へ出る。
懐から取り出したのは、理美のサインがでかでかと入った印籠。
「静まれ!」
辺りが静まり返る。
格さんが印籠を高々と掲げた。
「このサインが目に入らぬか!」
工房の主人が固まった。
「こちらにおわすソフィー様こそ、唯一神JIN様が、ただお一人『推し』と定められた御方である!」
職人たちが一斉にひざまずく。
工房の主人も、その場に崩れ落ちた。
その後ろで八兵衛も誇らしげに頷いている。
自分のことなのだが。
「未払いのお給料は、全部払いなさい」
「は、はい!」
「追い出した人たちにもよ」
「はい!」
「それから、あのお父さんにもちゃんと謝って」
「ははっ!」
理美は頷いた。
「じゃあ、それでいいわ」
◇
数日後。
少女の父親は治療を受け、無事に快方へ向かっていた。
未払いだった賃金も職人たちへ返され、工房には以前のような活気が戻ったという。
朝。
街を出る一行を、少女と父親が見送っていた。
「ソフィー様、本当にありがとうございました」
「元気になってよかったわ」
理美は笑う。
「私は何もしてないわよ。ただの隠居した女商人なんだから」
少女の父親が深く頭を下げた。
そして、理美の隣に立つ八兵衛を見る。
「ご主人にも、大変お世話になりました」
「…………!」
八兵衛の顔が一瞬で赤くなった。
理美が横を見る。
「また赤くなってる」
「なっておりません」
「なってるって」
「光の加減です」
「朝よ」
八兵衛は、それ以上何も言わなかった。
ただし、しばらく口元はゆるんだままだった。
助さんの葉も揺れていた。
格さんの幹も揺れていた。
「だから笑うなって」
二草はぴたりと止まる。
◇
こうして、病に倒れた一人の職人と、その家族を救ったソフィー御一行。
悪事は正され、働く者には正当な報酬が戻り、街には再び穏やかな日々が訪れたのである。
されど、広いJINの世界には、まだまだ困っている者がいる。
ソフィー御一行の気ままな異世界漫遊は、今日も続く。
その少し後ろ。
八兵衛は一人、機嫌よく歩いていた。
「……ご主人」
「聞こえてるわよ」
「何も言ってません」
「言ったわよ」
石畳の街道に、助さんと格さんの揺れる姿が続いていく。
屋根の上では、弥七が静かに一行を見守っている。
そして飛猿は――。
道沿いにそびえる、立派な石壁を見ていた。
弥七の風車が飛んできた。
飛猿は黙って壁から離れた。
今日も壁は無事である。
さてさて。
次なる街では、いったいどんな騒動が待ち受けていることやら。
それはまた、次のお話――。
ゴールはいつになるのだろうか?
まだまだかかりそう……。




