週に一度の市場
「市場を週に一度へ増やします」
冬の第2月10日、朝。
マルタは広場の中央で宣言し、アウレリアへ帳面を差し出した。
「許可を求めているのですか」
「報告です」
「わたくしは、領地管理を――」
「市場の開催権限は、旧台帳では村の共同会にあります。お嬢様にも確認してもらいました」
そのとおりだった。
マルタが開いた頁には、出店者二十一名の署名と、試行規則がある。
村の共同会は、既定の定足数を満たす会合と採決を行い、予定五回に限る広場使用と運営権を市場組合へ委任した。二十一名の署名は、試行規則、費用、当番への同意である。署名しない者や外部商人の今後の出店権は失われない。
決定までに、市場組合は三回話し合った。月二回へ増やした後の市場帳を並べ、店が少なかった日、雨で客が減った日、売れ残りが多かった品を確認した。
一度でも出店した者へ案内を出し、週一開催へ参加しない者にも、保管場所、清掃負担、騒音について意見を聞いた。賛成署名をしなければ出店権を失う、という規則にはしていない。
アウレリアは旧台帳の共同会権限と、広場の通行幅、火気規則だけを説明した。開催頻度の採決には入っていない。
予定日は、冬の第2月10日、17日、24日、第3月1日、8日の五回。
天候が危険なら前日夕方までに中止し、欠測として残す。五回未満でも第3月10日に判定し、期間は延長しない。
実施できた各回の出店数、客数、売上、売れ残り、苦情、事故と、中止回の理由を見た後、続けるかを出店者が決める。
「月二回から、いきなり恒久的な週一へ変えたわけではありません」
「一月は三十日です。七日に一度なら、月によって四回か五回です」
「そこを訂正するんですか」
「日程は重要です」
マルタは大きく息を吐いた。
「だから、一か月だけ試すんです」
* * *
学院通知から、二か月近くが過ぎていた。
三十一世帯のうち、賛成二十六、条件付き三、反対ゼロ、締切まで未回答二だった。成人個別意見は別に集計した。条件付き三世帯は、共同畑と水路の近くで新しい苔移植や祝福を行わないよう求めた。
全員一致ではない。
各世帯には控えを返し、提出原本は中立回収者二人が封印保管した。公爵家へは集計表だけを送り、条件と未回答も残した。
アウレリアは住民意見を公爵家へ送り、農場管理を続ける意思を伝えた。父オスカーの返事は短かった。
当初の一年間の管理命令を変更しない。追加資金も出さない。
励ましではなかったが、辞任も閉鎖も命じられなかった。
学院からは、新しい移植、祝福、土壌処置を停止したまま、既存標本の生命維持と非介入観察を認める回答が来た。
校正石三個は、冬の第1月5日に発送した。
発送前の状態確認には、ルカ、アウレリア、マルタが立ち会った。学院資産管理窓口は冬第一月九日に三個を受領し、封印番号、傷、重量が発送記録と一致したと番号入り受領書へ記した。
携帯魔力計は残ったが、以前と同じ基準での測定は止めた。
ルカの同意を得て、ルカ所有の携帯魔力計を北東領公認計量所へ送った。費用は市場箱でなく、信託に残った研究費から見積り後に支払った。移送中は欠測とした。
冬第1月21日、公認技師ヨナス・ケルが、低、中、高の基準石に対する表示差を、順に+1.0%、+0.6%、-0.4%と確認した。区間ごとに直線補間した新補正表、計器番号、基準器番号、技師署名を証明書「北計六三二号一一八」へ記した。
24日に校正石が戻り、ルカは新しい補正表を受け取った。ただし、以前の数値をあとから書き換えたり、新旧の値をそのまま比べたりはしない。審査が止まっている以上、新しい測定もまだ再開できなかった。
追加実験の標本は、安全停止より前にそろえていた。
春から夏に調べた九つの候補群落のうち、旧温室のM1、リンゴ園石垣、生活利用のある東の洗い場は除外した。残る六群は、互いに離れ、同じ水路や土の移動でつながらないことを地図と管理者の聞き取りで確認した。
遺伝的な独立まで証明したわけではないため、報告では空間的に独立した候補六群とする。
採取と鉢設置は夏の第2月12日から18日。採取者、所有者と使用者双方の同意、上限量、袋番号、搬入時刻を残した。
採った苔をどこで保管し、何に使い、いつ返すのか。同意書には、その三つを土地ごとに記した。研究へ渡したからといって、元の群落まで研究者のものになるわけではない。
候補地では停止前に、初期魔力値、含水状態、粒度を同じ手順で記録した。事前に定めた低魔力域と近似土質の基準内に入る六地点を選び、地点差はブロック差として扱う。
各地点の土を同じ深さと重量で採り、一地点分を混ぜて三鉢へ等分した。一鉢だけに同群由来の苔、一鉢に同じ被覆面積と厚さの非魔法保湿材、一鉢は無処置とする。
六群を独立ブロックとし、三条件の棚位置は札で無作為に割り付けた。容器、給水、光、観察時刻をそろえ、合計十八鉢とした。
一群から分けた三鉢を、三つの独立標本とは数えない。既存の研究用二十四鉢とも棚、受け皿、記録を分けた。
秋の停止後は、新しい処置と採取をせず、生命維持と安全管理だけを続けている。
追加審査委員会は、その計画と分離記録を受けて、安全再確認を継続しながら、既存データと非介入観察記録の提出準備だけを認めた。送付、正式受理、再審査は不可のままである。
審査停止そのものは、まだ解除されていない。
一方、商会は照会文の写しを開示した。
発信元は学院安全審査室。秋第3月8日付、文書番号「安審六三二号四四」、室長署名入りで、月眠り苔と祝福を利用した生産物が安全確認中だと知らせる文書だった。学院側も同一文書だと回答した。
一般の香り葉草まで止める指示はない。
商会は、ミューレ側の分離記録と第三者検査を確認すれば、乾燥葉の相談を再開すると回答した。検査先は学院提携所ではなく、一般商品を扱う別の公認検査所とする。
取引は、まだ成立していない。
それでも、閉じていた扉に、条件が書かれた。
* * *
週一市場を提案した理由は、商会ではなかった。
月二回では、挽きたての粉を売る日が偏る。
修理道具の受け渡しに、半月待つ者がいる。
冬は生の野菜が少ない代わりに、薪、保存食、織物、籠、乾燥薬草が少量ずつできる。
各家が一度に大量の商品を用意するより、できた分を七日に一度持ち寄る方が負担が小さい。
マルタたちは、秋の市場帳からそう判断した。
市場組合への加入は任意である。
出店料は机一台ごとの定額。場所を多く使う店は、その分だけ払う。売上の割合では取らない。
出店料は、広場清掃、共用天幕の修理、火気用の砂、夜明け前の灯りへ使う。会計担当と現金箱担当は別にし、任期一か月。月末に選ばれた三人が照合して署名する。
アウレリアの信託から、市場運営費は出さない。
最初の共用天幕と机は、月二回市場で積み立てた出店料と、組合員が持ち寄った材料で用意し、市場組合の共同資産とした。寄贈は所有権移転、立替は返済額、順序、上限を帳簿へ記す。
机と天幕は番号を付け、使わない日は、マルタの許可を得た麦穂亭醸造庫の乾燥区画へ、醸造品と離して保管する。組合は定額保管料を払う。開場前には当番二人が脚、布、雪荷重を確認し、危険な物は使わない。
食品、火気、薬草、修理受付の間には通路を取る。水車の粉袋は地面へ直接置かず、苦情が出た品は売り手と当番が状態を確認して記録する。
「外の商人を追い出すんですか」
アウレリアが尋ねると、マルタは首を横に振った。
「塩も布も、村だけじゃ作れません。来てくれる人は必要です。でも、その人が来ない日に市場まで開かないことははやめます」
外部商人の机代と規則は、村の出店者と同じである。
価格を組合で一律には決めない。買う者へ産地と量を示し、研究材料か一般商品かを表示する。食品と薬草原料は机を分ける。
苦情はマルタ一人へ集めず、当番二人が記録する。
組合規則の最後には、赤い字で書かれていた。
市場組合は、アウレリア・ローゼンベルクの所有ではない。
「わざわざ書く必要がありますか」
「あります」
二十一人が同時に答えた。
* * *
最初の週一市場は、雪の残る朝に始まった。
並んだ店は十一軒。
水車で挽いた粉。
麦穂亭の固焼きパン。
イルザたちの乾燥香り葉草。ただし未検査のため、薬草原料の机ではなく生活用虫よけの机へ置く。食用・薬用不可、効果非保証、人や家畜へ直接塗らない、異常時中止、子どもの手と火気を避ける、と表示した。
産地、乾燥日、販売者、ロット番号を付け、研究材料、祝福、研究土との分離記録も売場で閲覧できる。
テオの採土棒、温度計枠、修理済みの鍬。
籠、薪、豆の保存食、繕った外套。
ゲルトは商品を出さず、共用天幕の雪下ろし当番に入っていた。
リナは見習い仕事ではなく、マルタと買い物に来ている。夜学で作った「見た日、見なかった日」の小さな札を、得意そうに友達へ見せていた。
鐘が鳴る。
最初の客は、村の中から来た。
次に、隣村の農家が採土棒を修理へ持ち込み、帰りに粉を買った。
昼前には、定期便の御者が立ち寄り、次週に運べる荷物の量を注文板へ書いた。
市場組合は定期便の御者と一回分の運送契約を結び、小口荷物をまとめる試行も始めた。運賃は御者が受け取り、組合当番二人が重量、封、引渡し受領を記録する。
研究標本、未検査薬用原料、生鮮危険品は受付外。送付先、所有者、紛失・破損時の上限責任を一件ずつ書き、組合が商品を買い取ったことにはしない。
アウレリアは、広場の端で客数を数えていた。
「お嬢様、今日は店を決める人じゃありませんよ」
マルタが言う。
「客数記録の担当です」
「なら、三人来ました」
「今の親子は二人です」
「買い物袋は一つです」
「客数は人で数えると、先に決めました」
「相変わらず細かいねえ」
笑いながら、マルタは帳面へ二と書いた。
赤茶色の髪を布で包み、腰の鍵束を鳴らす姿は、もう研究所の世話役だけではない。売上も苦情も数えて、次の市場を住民と決める町の会計役だった。
学院からの審査再開通知は、まだ来ていない。
商会との取引も、まだ一枚の契約書になっていない。
それでも広場では、住民が自分たちで決めた七日後のために、次の注文を取っていた。
週に一度の市場は、誰かに町を救ってもらう日ではなかった。
自分たちで、次の一週間へ仕事をつなぐ日になった。
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