04 もしかして彼女は……
体裁的に見れば、ヒロインと皇太子の初対面は成功した。自分という存在を除けばである。
しかしながら、リゼットのほうは「違う」と否定するような呟きに自分は目を丸くしてしまっていた。
「違う、じゃないですか!」
今度は否定するような意味ではなく、彼女の瞳はとてつもない輝きをしていた。そこは怪訝そうな表情をするのではないだろうか。
「まさか……! まさか! ごめんなさい、私の存在は邪魔ですよね! 私のことは気にせず、逢瀬を楽しんでください! 私はただの草! そう、ただの木なので! よしよしよし、私はこのまま壁という存在になって見守るんですよ……!」
まくし立てるように話す彼女に、ヒロインという姿には十歩譲っても見受けられない。前世の興奮したオタクが早口でまくし立てるように語るような声色をする乙女ゲームの主人公。
そんなまさかと、自分は確認を取るために自分たちにだけわかるような言葉を投げかける。
「リゼット、一つ質問があります。攻め、の反対は何でしょうか」
「それはもう、受に決まってるじゃないですか! あたりま……え゛?」
まず最初に可憐な少女が出しても良い声ではない。何か潰れたような声にしか聞こえない。「お前もなのか」と驚いたように目だけで訴えてくるリゼットに、自分は静かに頷く。唯一理解していないのはレイモン皇太子のただ一人だけ。ひとまずこの場では穏便に行こうと察した彼女は、小さい咳払いをしたあとに頭を下げる。
「レイモン皇太子様、この度は窮地を助けてくださりありがとうございます」
「いや僕は何も……」
「この御恩は一生忘れませんので、私は失礼致します! おほほほほ!」
さかさかと足早に去っていくリゼットだが、その去り方は絶対にヒロインの走り方ではない。
まだ学園に入学して二日目であり、授業も始まっていないというのに自分に降りかかってくる疲労感は何だろうか。今後やることとしては、隣で理解できないでいるサイモン皇太子から振り切り、二人きりでリゼットと会う時間をもうけなければいけない。
おそらく彼女は自分と同じで、前世の記憶を持っている人間だ。違いないというよりも、攻めの反対は守りである。にも関わらず、リゼットは≪受≫と答えたのである。
「彼女は一体何だったのでしょうか」
「あ、ええ……ナンダッタンデショウネ」
最初のイベントがもうめちゃくちゃだというのは言うまでもないだろう。うっすらとした記憶でも、ここは察そうと現われたレイモン皇太子がくすぐったくなるようなセリフを喋ったあとにヒロインが感謝の言葉を述べるイベントである。
いや、感謝を伝えていたけれども何かが違う。絶対に違う。あれは──。
「ハンス、呆けるのも良いですが昼食を取らないと午後が大変になりますよ」
「え、ああ……そうですね。自分たちも昼食にしましょうか」
促されるように今度はレイモン皇太子に腕を掴まれて食堂へと向かう。本来ならないはずだが、ここは乙女ゲーの世界なので食堂ではお嬢様やお坊ちゃまたちがそれぞれの派閥を作りながらご飯を取っている。
自分はレイモン皇太子に連れて行かれるように来ているが、やはりチクチクと刺さってくる視線に胃がムカムカしてくる。彼らは隙を見れば家のためにレイモン皇太子に近づこうとしてくるのだろう。
残念ながら自分という壁が一つだけあるために気軽に話にいけない。ざまあみろ、と強がって見たいものの強く出れるわけがないではないか。
平穏な生活というのはどこに行ってしまったのだろうか。自分はしがないモブ役でしかないと言うのに。まさか隣室が皇太子だということがそもそもの想定外の話しである。
「ほら、ハンス。早く昼食を食べて万全な状態で午後へ向かいましょう」
「はい……」
お昼として食べたご飯は緊張と視線のせいで味が全くしなかった。