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  :光と闇の邂逅

 時刻は、11時30分の少し前。騎士団はほとんど使わない小さな会議室に、アルトとラジーは座っていた。



「帰りてぇ……」



 アルトは、ぐでりと体を机の上に投げ出す。普段から、あまり任務に意欲的ではないアルトだったが、今回は特に気が進まなかった。あの夢のせいなのか、それともただの気のせいなのかは分からないが、嫌な予感がしているのだ。



「もうっ、任務なんだからそんなこと言ってもしょうがないッスよ」



 そんな思いはつゆ知らず。不満を漏らすアルトを窘めるラジーは、どこか心配そうだ。



「やっぱ、今日変ッスよ、アルト先輩。ホントに大丈夫なんスか?」

「何もねぇよ、いつもどーりだろうが」

「うーん……なんかあったら、ちゃんと俺に言うんスよ?」



 お前は俺の親か! と言いたい気持ちを、アルトはぐっとしまい込む。


 体調管理ぐらい自分で出来るし、今までだってしていた。まるで子どものような扱いにアルトは不満げに眉を寄せる。


 こんこんこん、とノックの音が鳴ったのは、ちょうどその時だった。



「どうぞ」



 ちらり、と互いに目配せし、ラジーが扉を開けに行く。ゆっくり開いた扉から出てきたのは、封筒を持った制服姿の女だった。


 その姿を見たラジーは大きく目を見開いたかと思うと、途端に目付きを鋭くして、入ってきた女を威嚇するように睨みつける。

 アルトは今まで見たこともなかったラジーの険しい表情に少し驚いたものの、彼女の胸元を見て納得した。



 女の胸元には、鳥の羽を模した、黒のブローチが輝いている。対して、アルトやラジーのブローチは、白。


 黒いブローチは騎士団の暗部を担う名もない組織、もとい黒騎士隊に所属する人間の証だ。

 そして騎士団では、問題解決のためなら手段を選ばず、殺しすらもやってのける黒騎士隊を、正義の組織である騎士団の汚点だと考える隊員も多い。ラジーも、その一人だった。



「何しに来たんスか」



 さっさと出ていけと言わんばかりに、ラジーが冷たい声で言う。だがそれに対して、女は怯むことなく穏やかに笑む。



「まぁまぁそう怖い顔をしないでくれたまえ。これからしばらくは共に働くんだ、仲良くしようじゃないか」

「はぁ? 共に働く? 誰とッスか? あんたらと?」

「そうだよ。あぁ、正確には、私じゃぁなくて彼ら二人なのだけれど」



 混乱するラジーを見てさらに笑みを深め、するり、と女がその場から退けた。そして、後ろから出てきた彼女の言う"二人"に、アルトは目を疑った。


 一人は、壮年の男。体格はあまり屈強には見えないが、アルトやラジーに向けている警戒のこもった視線や、相手に隙を見せない立ち回りが、彼の戦闘経験の多さを物語っている。


 問題は、もう一人。もう一人が、まだ年端もいかぬ少女だったのだ。小柄で華奢、何の脅威も感じないごく一般的な少女である。とても黒騎士隊の激務に耐えうるとは思えない。



 ふるり、とラジーの拳が震えたのが見えた。どうやら、騎士団の隊員としての理想とプライドを持つラジーには、耐え難かったらしい。黒騎士隊と共に仕事をするのも、そのうちの一人が子どもであることも。



「生憎ッスけど、俺らも暇じゃないんスよ。変な冗談はやめてくれません? 笑えないんで」



 ぎっ、と睨むが、女は引く様子もなく余裕そうな態度も崩れない。



「うーん、冗談じゃないのだよねぇ、これが」

「へぇ、じゃあ何だって言うんスか」



 女の、形のいい唇が三日月に歪む。目を細め、しかし、あくまで柔らかな顔のまま。



「命令だよ」



 低い声で吐き捨てた。びり、とラジーの怒気すらねじ伏せて、女の発する圧が部屋を満たす。それは近くにいただけのアルトでも動けなくなるほどで、女が圧倒的な強者であることを示していた。


 逆らえない、逆らってはいけない。ラジーの本能がそう告げる。口を開いてせめてもの虚勢を張ろうとするが、彼の口から零れるのは音にもならない呼吸だけ。



「メアリーさん、いい加減に遊ぶのは止めて、あの書面を見せてあげてください」



 しんと静まり返った部屋に、少女の無感情な声が落ちた。女の視線が、自分を平然と見上げる少女に移る。次の瞬間、冷たい空気は一気に霧散した。



「ふふ、ついつい」

「"つい"で余計に拗れさせないでくださいよ」



 息苦しさから開放されたアルトは、小さく息を吐く。それは安堵からの溜め息でもあったが、嫌な予感が当たり、面倒に巻き込まれたことを察した故の嘆息でもあった。


 他人をいとも容易く戦慄させてしまえる女と、それに動揺すらしない少女。アルトにとってあまり関わりたくない部類の人間であることは確かだ。

 追い打ちをかけるように、女が封筒から合同任務を許可する旨が書かれた紙を、楽しげな笑顔で取り出した。


 反省する気色の見えない女に、はぁ、と溜め息をついて、少女は頭を下げる。



「上司が失礼しました。僕はエルル、孤児院育ちなので苗字はありません。普通にエルルと呼んでください。よろしくお願いします」



 ごく普通の自己紹介を済ませ、エルルは隣に顔を向ける。すぐさま女がメアリー・スーと名乗り、そのさらに隣の男は一瞬ひどく嫌そうな顔をしたが、気を取り直したようにイーヴァス・クロイツだと名乗った。


 さて、次はお前らだ、と言いたげな顔で、少女エルルは二人を、その長い前髪越しに見つめるが、ラジーは書面を見たきり俯いたまま動かない。仕方がないので、アルトが口を開く。



「アルト・ロイガー。こっちがラジー・ツァールだ」

「アルト先輩!?」



 公正な文書で合同任務を許可されてしまった以上、そしてそれを命令されてしまった以上は、やるべき事をやらなければならない。それに、アルトには今メアリーに反抗したところで逃れられるとは思えなかった。



「任務だから文句言ったってしょうがない、なんだろ? 諦めろ」

「ぐぅ……」



 勝手に自分の名前まで名乗ったアルトに非難するような視線を送っていたラジーだが、自分の言葉を使われてしまえば、反論もできない。

 八方塞がり、逃げ場なし。もうどうしようもないことに気がついたのか、彼は悔しげに顔を逸らした。


 そこで、見計らったように、メアリーがぱちんと手を打った。



「さて、自己紹介も終わったところで、任務の話を始めようか。今回の任務について、君たちはどこまで知っているんだい?」

「失踪事件だってことくらいだな、それ以上は知らん」

「ふぅむ、じゃあ、まずはその辺りから話すことにしよう」



 そう言ってメアリーは、封筒からさらに様々な資料を取り出し、話し出した。

メアリー・スーは、強くて当たり前。

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