第一話「独立前線・・・恋知る呉の姫」
独編開幕!
【薫SIDE】
まだ、董卓討伐戦が最中の頃。
僕達は反董卓連合に参加せず、袁術に隠れて独立運動の準備を進めていた。
勿論、僕もそれに協力しようとしたのだが───
小蓮「かおる~! 遊ぼ~!」
薫「っとっと。シャオちゃん、急に背中に乗られたらビックリするから、やめようね~」
雪蓮さんと孫権さんの妹である、小蓮のお相手?をすることになった。
知り合ってそんなに経ってないのに、だいぶ懐かれちゃったみたいで毎日のように構ってくる。
僕としては、孫権さんのお手伝いに出たいのに、シャオちゃんの相手だけで一日が終わる。
今日も、屋敷の僕の部屋までやってきていた。
薫「シャオちゃん、確か宿題が出ていたよね? それやらないと」
小蓮「え~、明日やるよぉ~」
薫「そういう子は、明日になってもやらないの。僕も付き添うから、ほらやろ?」
小蓮「むぅ~」
渋々と机に向かったシャオちゃんの隣に座る。
穏さんとの"特訓"のおかげで、字を読めるようになったし、書けるようになった。
ただまぁ、シャオちゃんはやれば出来る子で、さくさくと課題を消化していく。
『ひゃわわ~!?』
と、部屋の外から悲鳴が。
悲鳴の段階で誰なのかは、すぐに分かった。
薫「ちょっと行ってくるね」
小蓮「えぇ~、行っちゃうの?」
薫「放っておけないから」
小蓮「お人好しだなぁ~。それが、薫の良いところだけどね」
薫「ありがと」
そうお礼を言って、部屋から出てみると、案の定と言うべきか女性が一人、ばら撒いてしまった資料をかき集めていた。
薫「包さん、お手伝いします」
包「あっ、薫さん。助かりました~」
フランクな彼女は、三国志の話では有名な人物である"魯粛"。
この世界でお決まりな女性の方で、真名は"包"ととても可愛らしい名前である。
しかし・・・何というか、容赦ない言葉がたまに痛いというか、失言が多い方です。
薫「ちなみに、これは何の資料なのですか?」
包「独立のための必要な武具の資料ですよ。雪蓮様たちが戻られた時に、すぐに動けないと意味ないですから」
薫「・・・」
そっか。僕は平和に生活できてるけど、こうしてる今も雪蓮さん達は戦っているんだよね。
まだ、この世界の常識を受け入れられていないけど、こうやって守られているだけの僕は情けなく見える。
包「薫さん?」
薫「ぁっ・・・すみません。これで全部拾えましたね」
包「ありがとうございます。あっ、さっき穏さんが薫さんを呼んでましたよ」
うん? 何だろう?
いつもの特訓は、夜にやってるからその事についてじゃないよね。
薫「分かりました。あっ、でも資料運んでからにしましょうか」
包「え? そんな悪いですよ~」
薫「また転んだら大変ですから。ささっ、行きましょう」
包「・・・薫さんは、変なところで強情ですね」
諦めた包さんから、半分より少し大目に資料を取って孫権さんの執務に持っていく。
今は外出しているため室内にいないから、机にどさっと資料を置いた。
確か、呂蒙さんという方と一緒というのは聞いたけど・・・。
包「はぁ、本当に助かりました」
薫「こんなので良ければ、いつでもお手伝いします。いつも、雪蓮さんや冥琳さんに振り回されてるの見てますから」
包「そうなんですよ! 新人使いが本当に荒くて!」
薫「ふふふっ。僕も何かと雪連さんに振り回されていますから、何かあったら言ってくださいね。それでは、シャオちゃんを待たせていますので」
包さんと少し距離が縮まったみたいで、足取りがとても軽かった。
シャオちゃんに事情を説明してから、穏さんの下へ向かうとしよう。
包「・・・はぁ~。やっぱり、薫さんは優しくていいなぁ~」
[コンコンッ]
薫「穏さん、薫です。包さんに言われて来たのですが・・・」
シャオちゃんに事情を説明して、穏さんの自室を訪れた。
ぶーぶーと文句を言われてしまったけど・・・。
薫「・・・? 穏さん? 入りますよ~」
ゆっくり扉を開けてみる。
薫「っ!? 穏さん!」
部屋の中を覗くと、穏さんが室内で倒れていた。
急いで駆け寄って抱き起こすと、穏さんの手元には───
穏「かおるさぁん・・・ごめんなさいぃ~」
薫「はぁ~、読んじゃったんですね」
穏「だって~・・・」
大事そうに兵法に関する本が抱えられていた。
どうも、仕事の疲れでどうしても我慢できなくなってしまったらしい。
僕がもっと早くに来ていれば、未遂で済んでいたかもしれなかった。
穏「薫さんの・・・せいじゃ、ないですよぉ。私が、我慢できずにぃ・・・」
薫「穏さん、いつもの呼吸法をしましょう。出来ますか?」
穏「はぁはぁはぁ、はぁい・・・すぅ~、はぁ~」
僕に抱き起こされた状態のまま、呼吸を整えていく。
最初の頃は、今の官能的な穏さんにドギマギしたものだが、だいぶ見慣れてきたというか、保護欲の方が高まってそんな気分も起きなくなった。
穏「すぅ~・・・はぁ~・・・はぁ」
薫「落ち着きましたか?」
穏「はぁい、だいぶ。本当に、薫さんにはお世話になってばかりですね」
薫「気にしないでください。さっ、とりあえず本を渡してもらえますか?」
穏「わかりましたぁ」
後生大事な本を預かる。
これは、後で書斎に返却をしておこう。
薫「もう大丈夫そうですか?」
穏「いつもありがとうございますぅ」
そのお礼に笑顔で応えて、僕は部屋を出た。
今日の特訓はしない方がいいかも。無理は身体に障るし。
でも、今日みたいな事が起きたら大変だから、そのカウンセリング方法も考えないと・・・
穏「今日も薫さんに触れられちゃいましたぁ・・・もう、本じゃなくて薫さんにドキドキしちゃいます」
小蓮「ぶー、今日はシャオと遊ぶはずだったのにぃ」
薫「ごめんね。代わりに、明日遊びに行こう」
小蓮「ほんと!? じゃあ、明日はシャオの言うことを何でも聞いてね!」
ははは・・・明日も孫権さんの手伝いに行けなさそうかな。
せめて今日だけでも様子を見に行ってみたい。
小蓮「・・・あーあ、シャオ眠くなっちゃった」
薫「え? でも宿題は?」
小蓮「もう終わったよ~ん。おやすみ~」
寝具を占領したシャオちゃん。
ここ、僕の部屋なんだけどなぁ・・・あはは。
小蓮「お姉ちゃんなら東の演習場にいるよ~」
薫「・・・ありがと、シャオちゃん」
シャオちゃんの気遣いに感謝して、僕は東の演習場に行くことにする。
一応、包さんに一言伝えておこう・・・。
小蓮「薫はシャオのものなんだから・・・今日は特別なんだから」
薫「すみません、包さん。こんな事を頼んでしまって」
包「さっき手伝ってもらいましたから、これぐらいお安い御用です」
僕は鎧と護身用の剣を腰に差し、東の演習場まで包さんに先導してもらっている。
馬には、だいぶ慣れてきたもので軽い移動なら余裕になっていた。
蓮華「───そこまでっ!!」
遠くの方から、孫権さんの号令が聞こえてきた。
よぉく目を凝らすと、大軍が一糸乱れない隊列を組んでいるのが見える。
包「丁度、休憩に入ったようですね。行きましょうか」
薫「は、はい」
僕たちはタイミングを見て、前方の部隊に近づいていく。
既に、包さんが早馬に手を回してくれていたようで、兵士の方がすぐに孫権さんのもとへ案内してくれた。
包「では、包は失礼致します」
蓮華「ええ。ここまで薫の護衛、ご苦労様」
薫「ありがとうございます、包さん」
包さんは馬に再び跨り、演習場から離れていった。
この場には休憩中の兵士達と、孫権さん、そしてその隣にいる呂蒙さんだ。
確か、呂蒙さんも僕が御使いだということを伝えられている。
薫「すみません、孫権さん。急に来てしまって」
蓮華「あまり、薫の立場からしたら良い事ではないけどね。でも謝ることじゃないから安心して。
それで、何でここに来たの?」
薫「少し、様子を見てみたいと思いまして・・・大丈夫でしょうか?」
本当は何か手伝えることがあれば、と思ったけど、あんな壮大な演習を見た後じゃ、そんな軽い気持ちも消えてしまった。
だけど、せめて勉強になることを一つでも持ち帰りたいと思った。
蓮華「構わないわ。ここにいる亞莎・・・呂蒙も、軍師としての教育のためにいるから、一人も二人も変わらないわ。亞莎もいい?」
亞莎「は、はひ・・・」
薫「ありがとうございます、呂蒙さん」
亞莎「───」←顔を隠す
蓮華「ごめんなさい。亞莎は、ちょっと人付き合いが苦手らしくて」
僕と目を合わせないようにする呂蒙さんのフォローに、孫権さんはすぐに入った。
しかし、僕の中で呂蒙さんへの距離感が少し近づいた気がした。
薫「大丈夫です。僕も面識のあまりない方とは、うまく話せないといいますか、たどたどしくなってしまいますから」
亞莎「す、すみません・・・」
薫「これから、宜しく御願いいたします、呂蒙さん」
亞莎「っ・・・は、はい!」
目つきは怖いけど、とても素直で良い人そうだ。
初めて会った方だけれど、これから仲良くしていきたいと思う程、僕の中では好印象だった。
蓮華「そろそろ演習を再開するわ。薫は私の隣に」
薫「分かりました」
【蓮華SIDE】
薫の急な訪問には戸惑いはしたけど、これは好機だ。
そう・・・明命がいない間、つまり薫の警護に就いてた時に何度も失敗した、"真名を預けることだ"。
───なのに!
薫「あれはどういった陣形なのですか?」
亞莎「あの陣形は───」
蓮華(話しかける隙がない・・・!)
演習後、さりげなく話しかけようと思ったけど、二人とも仲良くなるの早過ぎ。
私は亞莎と親しげに話せるようになるまで、それなりにかかったというのに・・・。
蓮華(二人とも、人付き合い苦手って絶対嘘でしょ)
「ううぅ・・・!」
薫「孫権さん?」
蓮華「ひゃっ!? な、なによ・・・?」
薫「いえ、何か唸っていたので、亞莎さんと気になってまして」
蓮華「べ、別に大したことじゃ"亞莎"さぁん!?」
薫「うわっ!?」
亞莎「あっ、薫さん!」
身を乗り出して脅かしてしまったせいで、薫は馬上から落ちてしまった。
私と亞莎は馬を降りて、背中をさすっている薫に駆け寄る。
蓮華「ご、ごめんなさい!」
亞莎「お怪我はありませんか!?」
薫「だ、大丈夫だよ。孫権さんも気にしないで。僕は大丈夫だから、あはは」
蓮華「───」
薫の笑顔にズキっと胸が痛みが走る。
その痛みが何なのか分からないまま、夜まで痛みが引くことはなかった。
蓮華「・・・はぁ」
もう空には月が昇っているけど、全然寝付けず、私は寝間着のまま城壁に出ていた。
今日の薫と亞莎の様子を思い浮かべて、私は本日何度目かも分からないため息をつく。
蓮華「どうしちゃったんだろ、私・・・」
演習中は思いもしなかったのに、今は彼の事が頭から離れない。
彼がシャオやみんなと仲良くしてるのは良い事なのに、すごく胸が締め付けられてしまう。
もしかして、私───
蓮華「・・・薫」
薫「はい、何でしょう?」
蓮華「っ!?!?!? な、ななな、なんでここにゃ所に!?」
本日二度目の驚愕。
驚き過ぎて、明命っぽい口調になってしまった。
薫「あまり寝付けなくて。孫権さんこそ、どうされたんですか?」
蓮華「わ、私も寝付けなくて・・・」
薫「じゃあ、僕と一緒ですね。隣いいですか?」
蓮華「別に、いいわよ」
突然の二人っきり。
いや驚いてる場合じゃないわ蓮華! これは二度目の好機!
気丈に、自然に振舞うのよ・・・まずは、他愛な話題を───
薫「孫権さんは」
蓮華「は、はい!」
薫「何か僕に言いたい事があるんじゃないですか?」
蓮華「はい! あります!」
きゃあああぁ! 何、普通に答えちゃってるの私!
というか、何で薫にバレて・・・。
薫「やっぱり。最初の護衛の日から感じてて・・・」
しかも、それ以前からバレている。
はぁ・・・穴が入ったら入りたいよぉ。
蓮華「もしかして、私が何を言いたいのか、分かってたり・・・?」
薫「え~と・・・はい。でも、神聖なことかもしれないから、自分からは言い出し辛くて」
ああぁ、そこまでバレてるなんて・・・。
でも、薫から言い出してくれたのは、最大限な気遣いなのかもしれない。
聞いた話によると、天の国では"真名"というのが存在しなく、その神聖さも分からないそうだ。
ここまで気を遣われて、逃げるなんて孫家の名に泥を塗るわ!
蓮華「薫!」
薫「は、はい!」
蓮華「えっと・・・私の事───
【小蓮SIDE】
シャオは、薫がやってくるのを白虎の"周々"の背に乗って待っていた。
数分ぐらい待っていると、薫が走って待ち合わせ場所までやってきた・・・何故か、傍らにお姉ちゃんがいるけど。
小蓮「遅いよ、薫!」
薫「シャオちゃん、ごめんね。少し遅れちゃった」
蓮華「シャオ! 薫を外出させる時は、必ず私に伝えなさいって言ったでしょ!」
小蓮「え~。だって、お姉ちゃんはこの後、亞莎と演習に行くんでしょ? 居ないなら意味ないじゃん」
蓮華「今日も、薫を演習に連れて行こうと思ってたの・・・はぁ、とにかく今後は必ず私に報告すること。いい?」
小蓮「は~い」
まったく過保護過ぎだよぉ・・・。
小蓮「早く行こ、薫!」
薫「うん。それじゃまた今度、演習に参加するね"蓮華"」
・・・ん?
蓮華「ええ。あっ、これだけは守って。必ず夕刻までには戻ってくること。分かった?」
薫「大丈夫だよ、必ず守るから」
んんん???
薫「行ってくるね」
蓮華「行ってらっしゃい」
何か、シャオが知らない間に、すごく仲良くなってるんだけど・・・!