二話(呉)「貞操の危機」
薫「穏さん、少し休憩しましょうか。川で顔を洗って、落ち着いてきてください」
穏「は、はいぃ・・・あふぅ」
今日は外で穏さんの特訓を実施した。
もし、興奮して火照ってきたときに川が近くにあるから冷やせるのと、一目につかないから外の方が周りの目を気にせず、集中できる。
穏「はぁ、はぁ、はぁ」
息遣いが荒く足元がおぼつかない。
これでも進展した方だ。初めて穏さんの性癖に直面したときなんて大変だった。
そう、孫権さん達に自己紹介をした翌日───
薫「そ、孫策さん? どこに行くんですか?」
雪蓮「真名で呼んでって昨日言ったでしょ。じゃないと、答えてあげないわよ」
薫「じゃあ雪蓮さん。一体、どこへ連れて行こうとしているんですか?」
雪蓮「ひ・み・つ」
薫「結局、教えないんですか!?」
雪蓮「何言ってるの? 私は"答えてあげないわよ"って言ったの。教えるなんて言ってないわ」
そういう事を言うんですか・・・。
雪蓮「まぁ、教えなくてももう着いたわ」
薫「・・・倉?」
雪蓮「そうよ。せっかくこの世界に来たんだから、勉強しなきゃ」
薫「でも、僕は字が読めないんですが」
雪蓮「安心して。適役の先生を用意したわ。さっ、入って入って」
薫「わ、分かりましたから押さないでください。はぁ・・・」
倉の中は暗く、要所要所でロウソクの火が灯っている。
雪蓮「では、ごゆっくり~」
[ギィイ]
薫「え? 雪蓮さん? 何で閉めてるんですか!?」
扉が完全に閉ざされると、引っ掛け棒がかけられる音が聞こえた。
薫「雪蓮さん? 雪蓮さんっ!?」
ドンドンっと扉を叩いても反応がない。
閉じ込められた・・・けど、一体どうしてそんなことを?
?「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
薫「ん? 誰かいるんですかぁ?」
荒い息遣いを辿って、倉の奥の方に歩いていく。
声からして女の人・・・もしかして、雪蓮さんが言っていた先生なのかも。
本棚から顔だけ出して覗くと、携帯用の燭台を机に置いて、本を読み耽っている人物がいた。
薫(あれは、陸遜さんだよね・・・)
そう思っていると、ガタっと陸遜さんの身体が震えた。
ガクッブルブルッと只ことではない様子で、僕は耐え切れず声をかける。
薫「あ、あの・・・大丈夫ですか?」
穏[ピクッ]
「はぁ、え? あ、南条、さん・・・お待ち、しておりましたぁ。はぁ、はぁ」
薫「え、ええ。えっと、本当に大丈夫ですか? 体調が悪いんじゃ」
穏「だいじょうぶですぅ。いつもどおりですからぁ」
呂律が回ってない。お酒が入ってるわけではないよね。
「では始めましょう~」と、隣の席に座れとジェスチャーされた。
穏「じゃあ、まずは歴史からお教えしますわねぇ」
薫「あ、あの、近いです」
穏「え~、近づかないとお互い見れないですよ~」
いや僕、字が読めないんですけど、と言おうと思った手前、ふぅっと耳に息が吹きかけられた。
薫「ひゃっ!?」
穏「ふふふっ、可愛い反応ですねぇ~。もっと虐めたくなっちゃいますぅ」
顎を撫でられ、片脚が僕の膝に乗ってきた。
密着度が増して、甘い匂いと柔らかい感触が意識を朦朧とさせる。
危機を感じた僕は、「ごめんなさい!」と陸遜さんを押しのけて、席から立ち上がった。
穏「やんっ!」
薫(こ、この人危険だ・・・逃げないと)
穏「えへへ~、待ってくださいよぉ」
薫「こ、来ないでください!」
にじり寄ってくる陸遜さんに背を向けて、出口に走り出す。
だが、出口は固く閉ざされている。
薫「雪蓮さん! いるなら開けてください! 雪蓮さん! 雪蓮さんっ!?」
体当たりをして開けようと思っても、まったく開く気配がない。
その間にも、陸遜さんが頬を高揚させて迫ってくる。
穏「なんじょうさ~ん」
薫「ひっ!」
後ろを向けば、すでに陸遜さんは僕の目の前にいた。
薄暗い室内も相まって、陸遜さんがまるで狂人に見える。
穏「わたしぃ、なんじょうさんがくるってことで、た~くさん よしゅうしたんですよぉ」
ガシッと両手を取られ、陸遜さんの胸元まで持っていかれる。
薫「あ、ありがとう、ございます」
穏「? どうしたんですかぁ? ふるえていますよぉ」
あなたのせいですよっ!
穏「小動物みたいでかわいいですねぇ・・・ぺろっ」
薫「っ!?!?」
ほっぺを舐められた。
脳裏に戦慄が走った・・・やばい食われる!
薫「っ───」
穏「にがしませんよぉ!」
もう一回、陸遜さんから離れるために手を振り払おうとしたが、今度は逃げられなかった。
体勢を崩して床に倒れ込み、僕は陸遜さんの下敷きになる。
穏「あはっ! もうにがしませんよぉ」
薫「ぁ・・・た、」
怖い・・・この人怖いよ・・・!
誰でもいいから───
薫「助けてくださいっ!!」
雪蓮「はーい、そこまで」
[ドンッ]
穏「ひぅっ───」
雪蓮さんの救いの声が聞こえたと思ったら、陸遜さんの身体から力が抜けて、気絶した。
気付けば、僕たちの横に雪蓮さんがしゃがみこんでいた。
雪蓮「助けに来たわよ、薫」
薫「・・・」
陸遜さんを丁寧にどけて、上体を起こした。
そして雪蓮さんを見据えて、涙ながらに言い放った。
薫「全部、あなたのせいでしょうが!」
[ブルッ]
薫「思い出すと、まだ震えが・・・そういえば、穏さん遅い───
穏[ブクブクブクブクッ]
薫「わあああ!? 穏さん!?」
川に顔を突っ込んだまま、興奮しすぎて気絶した穏さんを引きずり出す。
今日も、平和な一日です。




