勇者様の隣にいた、もう一人の英雄
「陛下は、ユリウス殿をどこまで高く評価しておられますか?」
国王アルベルトは少し考えた。
「剣だけならレオンには及ばん。だが王国の騎士でも五指には入る。状況判断が早く、部隊を預けても崩さぬ。三年前に討伐隊へ加えたのも、腕だけが理由ではない」
「実務については?」
「高い。補給、交渉、兵の統率まで一通りこなす。何より、自分が前へ出るべき時と、一歩引くべき時を心得ている」
ミダスは静かに頷いた。国王は怪訝そうな顔をしながらも続ける。
「功を誇る男でもない。レオンとは何度も張り合っていたようだが、互いに認め合っている。レオンが最も信頼する騎士を一人挙げろと言われれば、ユリウスだろう」
「十分でございます」
「何がだ?」
ミダスは椅子から立ち上がった。
「私が調べた内容と、ほぼ一致しております。ユリウス殿ご本人とも、すでにお話ししました」
「本人とも?」
「はい。王女殿下を愛しておられます。それでも勇者殿との婚姻が王国に必要なのであれば、自分は身を引く、と」
国王は少し目を伏せた。
「……あやつらしい」
「ええ。強く、賢く、忠義も厚い。そのうえ自分より他人を立てることができる。実に立派な方です」
そこでミダスは、ほんの少し笑った。
「ですから、一か月いただけますか」
「一か月?」
「その間のやり方は、私にお任せください」
国王が眉を寄せる。
「何をするつもりだ」
「それは申し上げません」
「そなた……」
ミダスは姿勢を正した。
「ただし、もちろん最高の結果をご覧に入れます。王女殿下は望む相手と結ばれる。勇者殿も望む相手と結ばれる。そして陛下は、今より安心して勇者殿を北方へ送り出せるようになる」
「……そこまで言い切るか」
「はい」
国王はしばらくミダスを見つめた。
「報酬はどうする。すでに契約は結んだはずだ」
「そちらは受任についての報酬でございます」
ミダスはにこりと笑った。
「成功報酬は、一か月後に出来上がったものをご覧になってから、陛下ご自身でお決めください」
「私に決めさせるのか?」
「ええ。結果に値段を付けていただきます」
あまりに迷いのない返事に、国王は思わず鼻で笑った。
「随分な自信だな」
「仕事でございますので」
国王は少し考え、やがて頷いた。
「一か月だ」
「ありがとうございます」
ミダスは深く一礼した。
◇
王城の門を抜けたところで、ミダスの足取りが一気に軽くなった。
「ロイド」
「はい」
「聞きましたね?」
「一か月ですね」
「違います!」
ミダスは勢いよく振り返った。
「成功報酬を国王陛下ご本人に値付けしていただけるんですよ! だったらどうします!?」
「最高額を付けたくなる結果を作るのでしょう」
「その通り!」
ミダスは上機嫌で馬車へ乗り込んだ。
「勇者様を弱くしてはいけません。悪評を流すなんてもってのほかです。国民の英雄を傷つければ、陛下まで傷つく」
「では?」
「増やします」
ロイドが向かいへ座る。
ミダスは指を一本立てた。
「英雄を、もう一人」
◇
五日後。
王都中央広場には、魔王討伐三周年を記念した臨時展示が設けられていた。
題して――《魔王討伐隊、知られざる三年間》。
王立軍が保管していた戦闘報告書、補給記録、各地の領主から届いた感謝状、討伐隊と行動を共にした兵士たちの証言。その中から、これまで一般には知られていなかった記録が次々と公開された。
《ガルム峡谷撤退戦。殿を務めた近衛騎士ユリウス・ベルン、負傷兵二十三名を生還させる》
《第三補給路喪失。ユリウス・ベルンの判断により旧街道へ転進。討伐隊の食糧枯渇を回避》
《勇者レオン重傷時、指揮権を代行。三日間戦線を維持》
《魔王城突入前夜、敵軍の奇襲を察知。野営地を移動させ被害を回避》
広場を歩く人々の口から、同じ名前が何度も漏れ始める。
「またユリウスだ」
「この人、こんなに働いてたのか?」
「勇者様の仲間っていうくらいしか知らなかったぞ」
展示の端では、実際に遠征へ参加した兵士が当時を語っていた。
「勇者様はそりゃ強かったさ。でも、全員が勇者様みたいに敵へ突っ込んだら三日で全滅してる。戻れって怒鳴るのはいつもユリウス様だった」
「そんなに?」
「魔王を斬るのは勇者様の仕事だ。そこまで勇者様を生かして連れていくのが、あの人の仕事だったんだよ」
その話を少し離れた場所で聞きながら、ロイドが呟く。
「先生が作った話ではないんですね」
「当たり前でしょう。全部、本当にあったことです」
ミダスは展示を眺めながら満足そうに腕を組んだ。
「私は並べ替えただけですよ。今まで《勇者レオンの魔王討伐》という大きな箱の中に放り込まれていたものを、一つずつ名前付きで外へ出しただけです」
◇
数日後、今度は討伐隊の公開報告会が開かれた。
広場を埋め尽くした民衆の前に、勇者レオンと仲間たちが並ぶ。当然、一番大きな歓声を浴びたのはレオンだった。
司会役の役人が問う。
「レオン殿。この三年間で、最も危なかった場面はどこだったのでしょう?」
レオンは少し考えた。
「魔王との最後の戦い……と言いたいところだけど、その三日前だな。俺が毒を受けて動けなくなった」
「勇者様が!?」
民衆がざわめく。
レオンは隣に立つユリウスへ視線を向けた。
「こいつが俺を背負って敵陣を抜けた」
「レオン。それはセラの解毒が間に合ったからだ」
「またそうやって自分のところだけ削るだろ」
笑いが起きた。
レオンは肩をすくめた。
「補給路が潰れた時に別の道を見つけたのもユリウス。夜襲に気づいたのもユリウス。俺が突っ込みすぎた時に止めたのもユリウスだ」
「最後のはお前が悪い」
「分かってるよ」
再び広場が沸く。
レオンも笑っていたが、やがて少し真面目な顔になった。
「剣なら、俺の方が強い」
「そこは断言するんだな」
「事実だからな」
ユリウスが苦笑する。
レオンはそのまま民衆へ向き直った。
「でも百人の兵を預けるなら、俺はユリウスに預ける。千人でも同じだ。俺にはできないことを、こいつは山ほどやってきた」
広場が静かになった。
「俺が魔王を斬った。それは本当だ。でも――」
レオンは隣の親友の肩を叩いた。
「こいつがいなかったら、そこまで辿り着けなかった」
一拍遅れて、大歓声が上がった。
「ユリウス様ー!」
「騎士様も英雄じゃないか!」
「もっと前に出ろー!」
当のユリウスは、心底困った顔をしていた。
その様子を広場の後方から眺めていたミダスが、楽しそうに目を細める。
「ほらね」
「何がです?」
「ご本人が一歩引くなら、周りから前へ押せばいいんです」
◇
その日の夕方。
事務所の机には、王都で発行された新聞が何紙も積み上がっていた。
《勇者レオンを支え続けた近衛騎士》
《知られざる第二の英雄、ユリウス・ベルン》
《勇者「軍を預けるならユリウス」》
《魔王討伐隊を支えた名副官》
ロイドが一紙ずつ確認していく。
「かなり広まりましたね」
「まだです」
ミダスは即答した。
「強い。賢い。人格者。勇者様が認める親友でありライバル。ここまででようやく、王女殿下の隣に立たせても民衆が首を傾げないところまで来ました」
「次は?」
ミダスは新聞を一枚持ち上げた。
そこには、歓声を浴びながら困ったように笑うユリウスの姿が描かれている。
「次は王都中に、恋をしていただきます」
ロイドが顔を上げた。
「誰にです?」
「決まっているでしょう」
ミダスは満面の笑みを浮かべた。
「ユリウス・ベルンと、第一王女エレノアの恋にですよ」




