お茶会はまずプレゼンから
お茶会の前夜。
公爵家の広大な敷地と豪華な屋敷。その3階にある自室で、私は目を血走らせながら机に向かっている。
「ここで、彼女達の心を鷲掴みにするワードを入れて、クロージングまでもっていくには……。お試しプランとして、来月の学園パーティーをつかうか。ファーストインプレッションは大事だし。最初の成功体験をどうもたらすか……」
ひとり会議をしていると、扉が開きドットがすっと入ってきた。
「もしやと思いましたが、やっぱりまだ起きてらっしゃる。明日はお嬢様主催のお茶会ですよ。主役のお顔がヨレヨレだとカッコつかないかと」
「わかってるわ。あともう少しよ。もう少しで、私の脳がスパークしてポテンシャルが最大化され、神の領域へと昇れるはずだわ。そうだわ、ドット、ちょっとリハーサルにつきあって」
私が用意した紙にかいた、様々な図を彼女に見せながら、説明する。
『Q そもそもマナーって何のために必要なの?』
『A 人々がケンカせず仲良く暮らすためにつくられた仕組みのひとつ。ルールがなく、それぞれが好き勝手に行動すると、混乱するため』
『Q マナーって古臭い?』
『A 古くても、良いものは必要です。必要な核の部分を残して、削ったり新しく追加したりと更新しながら、改良していくのが伝統というものです』
『Q EQってなに?』
『A マナーは型、EQ(心の知能指数)は技だと考えるとわかりやすいです。型を習得し、話す相手や状況により最適な技を使えるようになると、対人関係はグッと楽になります』
「どう、ドット? わかる?」
「はいはい、ほどほどにしてお休みくださいませ。まあ、聞いちゃいないでしょうけどね」
と言いながら、ドットは無表情のままお茶とクッキーを机の端に置いて、扉の方へと動く。
私はドットのもってきたお茶をのみ、ボリボリとクッキーをむさぼった。まだまだ、寝るわけにはいかないもの。
その私の姿を見て、諦観の表情で首を振るドット。でも気にしないわ。
「あああ、時間がない、時間がないのよ。でも、なんだか前世の500人規模の講座前日みたい。残り数時間で、いかに最高最善の内容に仕上げるか、腕のみせどころだわ。フフフッツ、フォーッホホホホ……! 面白くなってきやがったぜ、やんなあ」
私の部屋の明かりは、明け方近くまで消えることはなかった。
***
本日のお茶会のメンバーは私を含め6名。
ララネ嬢。ウルリカ嬢。キャサリン嬢。セリーヌ嬢。そしてアイリーンさん。
寝不足だけど、ノープロブレム。根性と、興奮でハイになった脳をフル回転して、乗り切りますわ。
「皆さま、本日はお忙しいところお越しくださり、誠にありがとうございます。今回のお茶会ではまず最初に、皆様との友情の証として、わたくしが長年学んできた人との関わり方の作法「EQ」について少しお伝えいたします」
席についた皆様に、まずは優雅にこう告げる。
普通はまず、本日提供するお茶の種類(どれだけ貴重でお高いか)を説明し、お茶とお茶菓子を振る舞い、最近のはやりのことについて話すところだけれど。
「わたくし達が学園で学ぶ、形式的なマナーではなく、友愛を伝えあう心のマナーのお話です。というのは表向きで、いわば人心掌握術としても使える有用な武器ですわ。ホホホホホッ……」
「……は、はい……」
「あ、ありがとう存じます……」
どうしていいかわからない表情の令嬢達を無視して、私は木を組み合わせ、即席のホワイトボードに仕立てた枠組みに、昨日準備した紙を貼りつけものを紹介する。
「どうぞ、こちらのボードをご覧くださいませ」
ドットに行ったリハーサルと同じ手順で、彼女達にマナーの説明図をみせながら、簡単に読み聞かせる。
ララネ嬢たちの完全ちんぷんかんぷん顔を無視して、久々のライブに、つい熱くなってしまう。
「本来は、強いものが弱いものを守りながら繁栄するために役割分担されたもの。文明は発達し、農業、工業、商業がうまれ、以前とは状況が違います。その時々に沿った、必要なルールはかわってきますわ」
「あ、あのマリアンヌ様……」
「お茶を飲みながらでけっこうですので、もう少しお聞きくださる? つまり、歴史を学び、祖先に感謝し、土台を活かしながらも、新しいものを生み出し、組み合わせて、改良してよいと思いますの」
ペラペラと興に乗って、扇子をバシバシ即席ホワイトボードに叩きつけながら話してしまう。
私のダンガントークについてこれないのか、令嬢方の顔はハニワみたいになっていく……。
もう少しだから、がんばって聞いてちょうだい!
「女性というだけで、制限されている事は多い。しかし、わたくしは思うのです。やる気や能力がある女性を埋もれさせておくのはもったいない。共に学び、より良い社会へと改善するために、形骸化された枠組みを、新しい形に組み替えていくのが、今という時代に生きるわたくし達、気概ある女性の役割ではないかと!」
我慢できずに、アイリーンが手をあげ立ち上がった。
「あの、すいません。ちょっと難しすぎて……。つまり、私達のようなカシコ……才能ある女性達が、もっと尊敬されたり、気軽に働いて稼げるように仕組みをかえたったらええ、のではないか、そういう事ですか?」
アイリーンの言葉に「なるほど」、「そういうお話だったのですね」とつぶやく令嬢達。
「マーヴェラス(素晴らしい)!いえ、その通りですわ!」
つい興奮して、大きな声をあげちゃったわ。
(この子、わかってるじゃないの!)
アイリーンをみながら、私はニヤリと悪人顔で微笑んだ。
「マー……?」
「外国の言葉かしら……?」
他の令嬢がひそひそと囁くなか、アイリーンだけは、清楚系な笑顔をつくりながらも、肩を震わしていた。そして、再び彼女の後ろにブワッと虎があらわれた。
(はいはい、お決まりの咆哮姿、いただきました。きっと私の後ろにも、今お狐様が雅で高貴な笑顔をなさっているのでしょう)
そこへ、慌てたメイドが小走りでやってきた。
「お邪魔して申し訳ございません、マリアンヌお嬢様。第二王子サイファ様がお見えでございます」
(ハアァ~~? 王子の来訪? そんなの聞いてないわよ!)
全員があり得ない状況に驚いた。
なぜ、という間もなく、サイファが姿をみせた。
「やあ、先触れもなく悪いね。マリアンヌにどうしても聞きたい事があって」
突然あらわれた、高貴で華やかな王族。
堂々たるハンサム王子の微笑みと威圧感に、令嬢達は慌てて礼をとる。
私はさっと前にでて、完璧120点の優雅なカーテシー、からの即追い返しにかかる。
「第二王子サイファ様におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます。我が家にお越しくださり、心より御礼申し上げます。しかし、大変心苦しく思いますが、わたくしたちは今、女性だけのお茶会を設けておりますの。王子殿下でいらっしゃっても、ご参加いただけません。おわかりですよね?」
「……な、んと……?」
皆の前で、まさか断れるとは思っていなかったのか、彼の目がいつになく見開き、唇が震えているように見えた。
(いやあ、そんなに驚かれると罪悪感がわくやん)
「あの、大変残念ではございますが、今日のところはお帰り願ってもよろしいですか? いえ、男性を差別しているわけではございません。コンセプト、つまり方向性と規定の問題なのです」
「コンセ……、規定?」
「さようでございます。ドット、ドットはいるかしら?」
いつの間にか近くに来ていたドットに手招きをする。
「こちらに」
「ドット、サイファ様を玄関までお送りして。最大限の歓迎の意をお伝えするのを忘れずによろしくね。サイファ様、お目にかかれて嬉しゅうございましたわ。どうぞ、良い一日をお過ごしくださいませ」
「かしこまりました。ささっ、こちらへどうぞ、第二王子殿下」
「あ、ああ……」
唖然としているララネ嬢達と共に、全員でサイファを見送る。
名残惜しそうにこちらを振り返るサイファに、ニッコリとサービス笑顔を贈る。
「サイファ殿下、また近いうちにお誘いいたします。ありがとう存じます」
少しだけ、小さな頃から知っている私にしかわからないレベルで、彼の目が潤んだのがわかった。
(良かった……怒ってはいないらしいわ)
横からドットが小声でささやいた。
「殿下、最新のお嬢様が欲しがっている物が判明。廊下で報告いたします」
ドットの言葉に、表情が明るくなるサイファ。
「なるほど、レア情報が得られて、彼女の笑顔も見ることができた。今日は良き日だ。来てよかったよ」
微笑みながら、足取り軽く去って行くサイファとドット。他のメイド達も屋敷内へ戻っていく。
一方、あっけにとられ、一言も発せなかったララネ達令嬢方。
椅子から立ち上がった姿勢のまま、茫然としている。
(やだ、口ぽかんのご令嬢って、なんだかカワイイわね。マナーポイントは減点だけど)
「よ、よろしいのでしょうか? 第二王子殿下より、わたくし達を優先されるなんて……」
「王子殿下を追い返されるなんて……マリアンヌ様は後日、お叱りをうけたりなさいませんか?」
「皆様には、不要な気遣いをさせてしまい申し訳ございません。サイファ様には、わたくしからお手紙を差し上げますので、全く問題ありませんわ。本日のわたくしの大切なお客様は、サイファ様でなく、皆様ですもの」
「……マリアンヌ様……」
ララネはじめ、令嬢全員が、私の今回の言動にいたく感銘を受けたようだ。目がウルウル、キラキラさせながら、尊敬の視線を浴びせてくる。
(まあ、そらそうよね。王子を追い返して、令嬢を優先させる令嬢は、この国で私だけでしょうよ。フフフフッ、いいデモンストレーションになったなあ。皆様、この調子で、どんどん私の虜になりなさい)
この時、令嬢達は目をハートにして私を見ていたが、アイリーンだけは口元は笑みをたたえながらも、目は笑っていなかった。
「マーヴェラスって英語はこの世界にはあらへん……そして、婚約者の王子より、先約の令嬢を優先。社内のお偉いさんより顧客を優先するなんて大したタマやな……」
彼女の視線にも小さなつぶやきにも気づかず、私は令嬢達に向き合っていた。
「このように、殿方にはこちらが丁寧に相手に合わせるだけではなく、たまにはこちらの都合を優先することも大切ですわ。勿論、相手の方の性格や状況に応じて、配慮する必要はあります。でも、わたくし達は、殿方の保護者ではございません。対等なパートナーです。それに……」
「それに……?」
ララネ達令嬢の、必死でメモを取る姿が可愛くって、私はつい本気の笑顔になってしまった。
「皆様のような可愛らしい方々が、たまに少し拗ねたり、甘えたりする様は、殿方にとって良き刺激になると思いますわ。皆様、どうぞご自分に自信をもってくださいませ」
「マリアンヌ様……」
「わたくし、一生ついてまいりますわ……」
「マリアンヌ様こそが尊いです……」
なんだかんだで、お茶会は無事和やかに終了した。
ララネ嬢は、「本当に大切にされているとはこういう事か」という満足感を体感したらしい。
他の令嬢達も「考えていた以上に、マリアンヌ様はサイファ様と仲がいい(尻に敷いている)」と感じたようだ。(後日談)
そして皆と挨拶を交わし、令嬢方がメイドに案内されて庭園から出ていく瞬間に、私はアイリーンにささやいた。
「二人だけで話したい事があるの。残ってもらってええかしら?」
アイリーンの目がキラリンと光り、そして背後からすごい勢いで、虎がグオオオ~~って飛び出てきた。
(と、虎! また出た、虎! 黄黒のメガホンを額に貼りつけた虎って、アレしかないやんなあ!?)
私達は、背中に顕現された白狐と虎を互いに見つめながら、再び見つめ合う事となった。




