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京女の公爵令嬢×元・浪速のトップ嬢。アップデートは薫り高きビジネスマナー(EQ)と共に  作者: 高瀬 八鳳


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16/22

スカウトと反省会という名の愚痴大会

 ホワイトボードに、はりだされた点数を見ながらヒューイットがみんなに告げようとした、その時。アイリーンが声を上げた。


「えー、発表の前に、まずはこのような美しいマナーをみせていただき、ありがとうございました。めっちゃめちゃ、勉強になりました。ほんまに、お二人ともすごかったです。なあ、みなさん」


 アイリーンの言葉に、みんなが大きく頷いた。


「あたし、こんなの初めてみました! マナーってかっこいいですね」


「本当に、体の動きとかがすごく綺麗でした」


「わたくしも、感動いたしました! 伝説の婦人の所作、美しかったです」


「ええ、あのご婦人は伝説の人なのかい? そりゃあ、見れて得したなあ」


「今日はええものを拝ませていただけたなあ」


 貴族令嬢も平民の観客も、会場にいる人間が一体となって、感動を共有している。


 ちらりとノートン侯爵夫人の表情を見ると、仮面をつけながらも、予想外の展開に戸惑っているのが感じられた。


(アイリーン、ナイスEQ褒め殺し作戦! これで夫人が負けても、でも技術では勝ったのだ、という土壌ができたわ。ほんまに、やるなあ)


 そう思いながらアイリーンをみると、ニコニコ顔の背後で、虎さんがニタリとえらい悪そうに笑っていた。


 アイリーンに何やら耳打ちされたヒューイットが頷く。「では、まずはノートン侯爵夫人の点数を発表します。


『形式点』が5点、5点、5点、4点、4点。合計23点。


『おもてなし点』4点、4点、4点、4点、3点。合計19点。


 総合得点、42点」「おおおーー!」


 人々の歓声が聞こえる中、夫人の表情は冴えない。


「わたくしのおもてなしが……19点?」


(そう、夫人には申し訳ないけれど、審査員に平民が2人いれた事で夫人に不利な要素が増えたのよね。だって、平民は、そもそも最高の形式美がどういうものかを知らないのだもの。そして、貴族の挨拶に慣れていない彼らに、ガチのカーテシーをしたらそら委縮させてしまう。その辺の事情は、高貴な方には、全然わからへんのよね)


「続きまして、マリアンヌ嬢の点数を発表します。


『形式点』が4点、5点、5点、4点、4点。合計22点。


『おもてなし点』4点、5点、4点、5点、5点。合計23点。


 総合得点、45点」


「マリアンヌ様ーー!!」


「さすがですわ! マリアンヌ様、素敵!!」


 ララネ達が喜びの声を上げ、周りの観衆からもワーッと歓声があがった。


 アイリーンがすかさず、審査員にインタビューする。


「おもてなし点が、マリアンヌさんの方が高かったですね。その勝因はなんだったのか、お聞きしたいと思います。みなさん、一言ずつご感想をお願いできますか?」


「ノートン侯爵夫人は文句なしの美しさだ。マリアンヌ嬢も僅差で、よく頑張っていると思いました」


「夫人の立ち居振る舞いは完璧でしたわ。ただ、マリアンヌ嬢の言葉は、わたくしをとても軽やかな気持ちにしてくださったのです」


「私にとってはお二人とも甲乙つけがたい、素晴らしいマナーでした」


「最初のご夫人のふるまいは、素晴らしいと思いました。ご令嬢は、私の身なりから商談を推測し、おめでとうと言ってくれました。最後に、きれいな貴族式のお辞儀をしてもらって、さらに気分が良くなったんです」


「ご夫人のお辞儀はすごいのはわかるんですが、僕みたいな平民には少し怖いというか……。威圧されてる気分になりました。ご令嬢は、正面から少し斜めに立ち位置をかえてくれて。あと、オコノミヤキの話で普通に話せたので、楽しい気持ちになれました。僕も最後に貴族式のお辞儀をしてもらって、自分が敬われていると嬉しくなりました」


 盛り上がっている舞台と観客を眺めながら、ノートン侯爵夫人が茫然と呟く。


「わたくしの振る舞いが、人を圧倒していると……?」


 私は、夫人の隣にスッと立ち、小声でささやいた。


「ノートン侯爵夫人、時代と共に、人の考えや、マナーも変化します。いくら形だけ整えても、心が伴わなければ、意味をなさない時もあります。マナーは、気持ちを体現するもの。愛が伴わない、つまり相手をみないマナーは、中身が入っていない宝箱のようなものではないでしょうか」


「わたくしのマナーは、相手を見ていないと言うの……? いえ、相手が誰であれ、同じように最高の対応をするのがマナーの筈……」


「ノートン侯爵夫人の立ち居振る舞いは素晴らしいですわ。今でも夫人はわたくしの憧れです。けっして、その伝統技術を否定してはおりません。皆様方先達に感謝と敬意を。わたくしはその隙のない様式美をほんの少しだけ軽やかに変えたい、それだけなのです」


「軽やかにかえる……」


 ノートン侯爵夫人の表情が少しだけ、かわったように見えた。


 はめていた仮面にひびが入り、その隙間から夫人の素顔がのぞいているような。


(今よ、ここでクロージングさせていただきますえ!)


 私は、扇子をバッと開いて、会場全体をみわたした。

 皆に視線が、私に集まり、一瞬の静寂ができた。


「皆さま、わたくしがマナーを体得できたのは、こちらのノートン侯爵夫人のお陰ですわ。本日も、素晴らしい所作を拝見できました。これからもその美しいマナーを、若輩者のわたくし達へご指導いただけませんか? 素晴らしい先輩と共に、社会に役立つ学びを提供していく栄誉をいただければ幸いです」


 私は大きな声で、あえて全員に聞かせるようにしながら、ノートン侯爵夫人をスカウトした。


 アイリーンが相づちをうつ。


「うわあ、そうなったらええやんか! こんな伝説のマナーの先生が力かしてくれはったら、もっと上級のマナーが学べるんやろ? 生徒さんも大喜びや!」


「んまあ、素敵ですわ! ぜひ、アップデート淑女の会の名誉講師として、ぜひノートン侯爵夫人にもご協力いただければ幸いです」


「いいぞーー! なんかしらんが、楽しそうじゃ!」


 公開勝負からの、皆の目と歓声と言う圧を加えた公開スカウト。


「あなたという人は……」


 ノートン侯爵夫人は呆れたようにそう言ってから、にっこりと微笑んだ。


「今まで、30年間マナーを教えてきましたが、こんなに歓声を受け、歓迎された事はなかったわ。……あなたの手腕には完敗よ」


「では……」


「よろしいわ。わたくしは、アップデート淑女の会の特別講師として、あなたの活動に協力いたします」


「ありがとうございます、ノートン侯爵夫人」


 私も、心からの笑顔で感謝を伝える。


 アイリーンもプロレス中継もしくはライブ会場のMCみたいに、熱のこもったアナウンスを行った。


「すごい情報です! ノートン侯爵夫人がアップデート淑女の会の特別講師に就任される事になりました。皆さんは、今日と言う歴史的な事件の目撃者です。審査員の皆さま、ご参加下さった皆様、本日は誠にありがとうございました! 今後のアップデート淑女の会の活動に要注目です! 勿論、会場はこの場所、当ホテルで行いますよ」


「ノートン侯爵夫人、ありがとうございます」


「ノートン侯爵夫人、万歳!」


「キャー、マリアンヌ様ーー!」


 武道館ライブみたいな状況に、どうしたものかと思案していると、夫人が、真剣な顔で、私の両手を握った。


「マリアンヌ嬢、私はあなたに協力すると覚悟を決めました。これからも、保守派はあなたとこの会を潰そうとするでしょう。……戦いは、これからですよ」


 「そこまでの御覚悟でわたくしの味方に……ノートン侯爵夫人、ありがとうございます。マナーで人々を幸せにするために、これからも負けずに進み続けたいと思います。ご支援ご鞭撻の程、何卒宜しくお願い申し上げます」


 私は、力をこめて、夫人の手を握り返したのだった。


 熱狂的な舞台が終わってから数日後、私はアイリーンと営業が終わった後のホテルスタッフの待機部屋で、反省会と称して二人きりで会う時間をつくった。


「あー疲れた。こういう時は梅酒のソーダ割片手に、めっちゃソースとマヨネーズかけたお好み焼き、がっつり食べたいわ」


「姐さん、そういえば完全に京都弁に戻ってますやん。第一言語は関東弁言うてたん、どこいったん? あ、梅酒ソーダはないけど、こっちのワインみたいなんはありますよ。もってきましょか?」


「あかんあかん、さすがにアルコールは飲まれへんわ。わたくし、公爵令嬢でございますから」


「何が公爵令嬢や。あぐらかいてる令嬢なんて、ここの世界におらんで」


 足をくずして楽にしていると、ノックのあとヒューイットが入ってくる。


 私は慌ててあわてて、姿勢を正した。 彼の手にはお茶と高級品の桃ジャムがのったパンケーキが。


「先日はありがとうございました。よかったら試作品なんで食べてください」


「美味しそう。私の好きな果物のジャムがのっていて素敵」


「ヒューイット、ありがとう、めっちゃ美味しそうや。で、このジャムどうしたん?」


「マリアンヌ様のメイドさんが持ってきてくれたんだ。サイファ様からの差し入れですって。あ、あと食べ過ぎに注意するようにとの伝言も」


「姐さん、婚約者にもメイドにも愛されとんなあ。なあ、プレゼント攻撃以外に、何かあった? 最近、サイファさん、姐さんの側に立つとき、前より距離が近いようにみえるんやけど?」


 アイリーンがニヤニヤとやらしい笑みで言うので、つい感情的に言い返してしまう。


「な、何言うてんの? そんなん気のせいよ、気のせい。それより、あなた達の方がよっぽどやん、アイリーン。二人が揃うと空気が熱くなりすぎるわよ」


「な、なに言うんよ」


「あ、その、どうぞごゆっくり」


 照れながらでていくヒューイット。


 もぐもぐ食べながらのダラダラ喋りは、大変楽しい。


「そういえば、みたらし団子のレシピ盗まれたし封印したやんか。で、代わりにきなこ団子をおしてるやろ」


「うん、この前食べたけど、けっこう美味しいやん。きな粉を上手く再現できるよね。さすが、アイリーン」


「おおきに。そう、あれが持ち帰り用にすんごい売れていんのよ」


「そうなん?」


「こっちって、大豆みたいな豆はあっても、ああやって乾燥させて粉にするって料理ないやんか? そやし、めっちゃ珍しがられて、家族にも食べさせたいって、買うてってくれんねん。日持ちせえへんし、今日中に食べて下さいよって、徹底して案内するようにしてるけど。それがまた希少価値度をアップさせてて」


「よかったやん! 禍福は糾える縄の如しやなあ」


「何それ、どういう意味?」


「ピンチはチャンスいうか、失敗は成功の元いうか」


「ほんまに、それな!」


 パンケーキを食べながら、焼き鳥風の串刺し料理と、枝豆みたいな緑の茹でた豆を食べる。


 甘いものと辛い物を交互に食べる幸せを噛みしめる。


「しかも、盗まれたレシピでつくったと思われるみたらし団子、隣町の市場で売り出されたんやって。でも、餅が硬くて、蜜が玉になってて美味しないし、貧相な容器で見た目も最悪やったってヒューイットのお義母さんが言うてた」


「正解の味と見た目を知らんと、レシピだけあっても意味ないってことやね」


「そやけど、保守派のあのおっさん連中、自分は表にでてこんと、私の元師匠である夫人をけしかけてくるとかやり方汚いわ。高貴なお人がやりそうなことで。まあ有能な人材を増員できたし、おおきにって感じやけど」


「でも、いやがらせはこれで終わりやないんやろ? めんどくさいなあ」


「そうね。でもまあ、彼を知り己を知れば百戦殆からず」


「前世のお客さんがよう言うとった言葉や。どういう意味やっけ?」


「敵と自分の陣営の状況・情勢をしっかり把握して臨めば、負ける事はないってこと」


「つまり……?」


「今後もしっかり、自分らの状況を冷静にみて、周りの情報集めながら対策とっといたら、負けへっんてこと」


「ほんまかいな」


「今はそのことは置いといて、心ゆくまで好き勝手言わしてえな」


「ぷぷっ、姐さん、今めっちゃ悪い顔してんで」


「聖人君子じゃないんだから。令嬢にも息抜きが必要よ。あんまり真面目にがんばり過ぎると、ろくなことにならん」


「そやな……息抜き、か……。うちは、前世も含め、一生懸命がんばってきたけど、痛い目もぎょうさんおうてきた。お金がない、身分がない……。なあ、うちそろそろ美味しい思いさせてもろてもバチあたらんやんな?」


「いや、あんたはほんまに、そう! アイリーンは、幸せにならなあかんで! 私はこっちでは高位貴族に籍をおいているし有難い地位にある。だからこそ、昔の自分が渇望していたこの地位・名誉を活用して、もがいている女性をどんどん向上サポートしたい。まあ自分勝手な自己満足で自画自賛したいだけなんだけど」


「自画自賛、よろしいやん。やりまひょ、アップデート淑女の会、でっかい花火打ち上げましょ」


「フッ、アイリーンとなら、ごっついプロジェクトもやれそうや。あらためてよろしゅうおたの申します」


「姐さん、こちらこそ!」




 一方、宰相の屋敷では。


 彼は、家族と共にダイニングルームに座っている。


 奥方と学園に通う長女、そしてまだ幼い二女が無言で食事をしている。 奥方が、静けさを破り夫に話しかける。「あなた、私も噂のアップデート淑女の会に参加してみたいとおもうのだけれど。とても楽しい有意義な会だと聞いたのよ」


「……誰からだ?」


「あら、そんな怖いお顔をなさって……」


「誰からだ!? あんな女こどもが主宰している、世迷い事集団の会にお前が行くなど許さん!」


 ドンと机を乱暴に叩く宰相に、ビクッと委縮する娘二人。


「……あなた、女こどもとおっしゃったの?」


「……言葉のあやだ」


 奥方の表情がかわり、冷やりとした空気が漂う。


「それで、誰からきいたのだ?」


 奥方も、娘も、誰も口を開こうとしない。


(こういう事だ。こうして、家族に不調和がおこり、それが一族の不和の元のなり、国の一大事に発展し得る。火種は、小さいうちに何としても消さねばならない!)


「いつも言っているように、私にはこの国、民を守る権利と義務がある。だから、異物は排除する。いくら優秀で素晴らしい人物であったとしても、この平和が乱される事があってはならないのだ。40年前の、あの恐ろしい事件を、お前も知っているだろう? 有能すぎる個は全体を揺るがす。多くの民の血が流れるようなことは二度とあってはならないのだ」


 奥方は無言で夫を見つめる。


 長女はギュッと両手を握りしめながら、ただ、自分の手を見つめていた。


「お前達も、そのような輩と付き合う事がないように、いいな」


(今は、わからなくとも、必ず私の言い分が正しいと、理解する日がくるだろう。非情にみえても、誰かがやらねばならぬ事だ。私は私の正義をつらぬこう)


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