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悪役令嬢 〜史上最低の悪女エリザベートは、深紅の唇で紅茶を棄てる〜  作者: 丹空 舞


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8/11

7 やっておしまいなさい(2)

予約投稿できました。本日より毎日10時に更新します。GW中にはさっくり完結します~。

 ミリエッタは苛立っていた。

 まったく今日は散々だった。

 化粧ののりは悪いし、朝食に用意させたマーマレードがいつもの王家御用達の定番品ではなかったし、ドレスが腰の肉にひかかって痛い思いをしたのだ。

 これも全て、あのヘレナという女が悪い。

 そうだ、あの不吉な女のせいで、あらゆる不幸が起こるのだ。


 全く分不相応だ。

 ヘレナというあの女。

 男爵令嬢なんて貴族の端の端だ。それなのに、副団長のディードリヒ様に助けられたりなんかして。生意気だ。


 ヘレナはとろくさいくせにやけに健康的で、化粧っ気もほとんどないのにみずみずしい桃のような肌をしている。

 この間まで漁師の娘として、平民も平民、ド庶民の暮らしをしていたらしい。恥ずかしげもなくズカズカと貴族の学院に踏み込んでくる身の程知らずだ。


 ミリエッタが思っているようなことは、きっと貴族令嬢であればみんな思っているはずだ。

 そうだ……学院の友だちも、酷いねと同意してくれていた。


 そう、これはイジメなんかじゃない。

 正当な正義だ。

 あんな娘は早く貴族の世界から出ていけばいい。

 教えてあげるなんて、むしろ感謝して欲しいくらいだ。


 日頃からミリエッタはそういうふうに考えていた。と、いうよりは、個人的な鬱憤晴らしの丁度良いぶつけ先を見つけたのだ。


 と、いうわけで、ガーデンパーティーの会場でヘレナを見つけ、侯爵令嬢ミリエッタはすすんで近寄ったのだった。


 正確には、ヘレナの横に付き添っている、伯爵令嬢エリザベートの方へ。


「ご機嫌ようエリザベート様」

「ご機嫌よう、ミリエッタ様」


 貴族の令嬢同士、優雅に会釈を交わしあう。


 くすみがかった落ち着いたブロンドのきっちりと結われたエリザベートの髪。


 桃色でふわふわと巻かれた流行りの髪型をしたミリエッタとは、髪型だけをとっても随分と対照的だ。


 ヘレナの髪はといえば、少し子供っぽいきらいがあるが、清楚に整えられている。ミルクティー色の髪は顎下で切りそろえられており、もともとのほっそりとした風貌をしとやかに見せている。


「ご……ご機嫌よう」

 と、いうヘレナ・ホフマンの声を無視して、ミリエッタはエリザベートを見つめながら話し続けた。


「お天気が良くて安心しましたわ。せっかくのガーデンパーティーがだいなしになってしまいますもの」


「ええ、そうですわね」


「でも驚きましたわ。エリザベート様はノア王子と婚約なさっていらっしゃいましたよね」


「いえ、正式な婚約というわけでは……家同士の口約束のようなものですわ。ただの伯爵家のわたくしには畏れ多いお方ですし」


「あら。ご謙遜なさって。ブラィエンシュタインが叙爵を受けないのは、王国に近付き過ぎず、自由に外交や商売をしたいからという理由があるのでしょう?」


エリザベートは微笑むに止めて、これ以上話すつもりはないという意思を伝えた。


ミリエッタは挑発的にエリザベートを見ながら、フフンと笑った。


「王子もお忙しいのですね? 婚約者のエリザベート様をお一人でパーティーに放り込むだなんて」


 ヘレナは戸惑ったように眉根を寄せている。

 どう見ても、エリザベートはヘレナと一緒にいるのに。


 様子をうかがっていた周囲の貴族連中が、不穏な空気を察してざわざわと囁き合う。


 エリザベートは毅然としていた。

 シャンパンゴールドのドレスがエリザベートの高貴さを際立たせていた。

 しかし、ミリエッタも侯爵令嬢らしく一歩も退かない。

 公爵ならばいざ知らず、侯爵よりも上級の貴族はそれほど存在しない。

 いるとすれば、このエリザベートの生家、ブラィエンシュタインのように莫大な成功をおさめた一族だけだろう。


 実のところ、伝統的な侯爵家と、金銭的な成功を収めた伯爵家であれば、どちらが優位かというのは微妙なところだった。言い換えれば、ほぼ対等といってもいい。


 ミリエッタは、流行の形に結い上げた桃色の髪をふわりと一筋こめかみに垂らして微笑んだ。


「本日は『お一人』なのでしょう?」


 空気の底がシンッと冷えた。

 ヘレナが目を見開く。

 周りの貴族たちが、こそこそと囁いた。


「まあ。わざとああいう言い方をなさっているのよ」

「シッ! 聞こえたらとんでもないわよ」

「ヘレナさんお可哀想ね。ミリエッタ様は完全に無視を決め込むようよ」

「いないものとして扱えということかしら……」



 侯爵令嬢の言葉は絶大だ。

 黒いカラスも白になる。


 しかし、静かに騒然とした場で、エリザベートだけは全く表情を動かさなかった。


 ミリエッタはじっと見つめる。

 ここでミリエッタの側につかなければ、徹底的に敵とみなす――いわば試金石だ。





そして、エリザベート・フォン・ブラィェンシュタインは、深紅の唇をゆっくり開いて、


「ええ――」


と、答えた。


 ミリエッタはにんまりと口端をあげた。

 あのブラィエンシュタインといえども、同じ位の貴族との繋がりは切れないのだ。

 ヘレナを切り捨てて、ミリエッタをとる。

 それはとても合理的で、そう、理にかなっている。


 エリザベートは案外に賢い女のようだ。

 ミリエッタが握手を求めようとする前に、エリザベートは言った。


「残念ながら、婚約者は用事があって、間に合うか分かりませんの。ですから、朝方は『一人』でしたわ」


「は?」


「わたくし、友人と呼べるような人が少なくて……ですが、つい先ほどヘレナ様と出会って、一緒に来たのですわ。さ、ヘレナさん。ご紹介しますわ。こちら侯爵令嬢のミリエッタ様よ」


「な、っ……エリザベート様、自分が何を言われているのか理解なさっているの?」


 ミリエッタが驚いたのも然り。

 つまりは、ヘレナを公式の場で『友人』と認めたのだ。

 しかも、高位貴族であるミリエッタを紹介した。

 さきほどの発言は、ブラィエンシュタイン家が貴族としてヘレナを認めているということを公に知らしめることになる。


 この意味をエリザベートは全て理解していた。

 自らの一挙手一投足が、貴族の世界では意味を持つものになることを。


「ええ、もちろん」


 ミリエッタはじろりとヘレナの姿を見た。


「お言葉ですけれど、あなたも貴族であるなら、どちらの側につくかはよくよくお考えになるべきよ」


「同意ですわ。まあ、考えるまでもないことというのはありますけれど」


「あら、興味深いですわね……」


 その場の空気は底冷えしていた。おそろしいものの、周囲の貴族たちは怖い物見たさで遠巻きにしている。令嬢二人の諍いというのはセンセーショナルだし、その二人が高位貴族というなら余計に話題になる。


「男爵令嬢などとご一緒なさっていて、伯爵家の格が落ちるのではなくて?」


「あら、我が家にそのような教えはございませんわ。私たちこそが規範たれと言われて参りましたから」


 ミリエッタはじろり、とエリザベートを品定めするように眺めた。エルムランドの悪女、エリザベート。


 その当人と対峙する、見た目は可憐な侯爵令嬢のミリエッタ。


 ミリエッタは周囲の貴族たちが静かに自分たちに注目を集めているのを理解しながら、


「誰と付き合うか、よく考えた方がよろしくてよ。ひっくりかえしたミルクを嘆いても遅い……」


「ご忠告痛み入ります。ええ、ですから、ご覧のとおり、よく考えているのですわ」


 ミリエッタは口角はあげたままだったが、親指を色が変わるくらい握りしめていた。


「それにミリエッタ様。わたくし、あなたからたくさん学ばせていただきましたのよ」


「な、何のことかしら?」


「ご友人とはずいぶん仲が良くていらっしゃるのね。あなたのお願い事を何でも聞いてくださるのだとか。例えば、誰かの持ち物を盗んだり、勝手に破いたり……」


「侮辱だわ! 私、そんなことをやったことなどなくてよ」


 ミリエッタは頬を紅潮させて、小さく叫んだ。

 取り巻きの令嬢たちが慌てて走ってこようとする。

 しかし、ごてごてしたフリルやピカピカしたドレスの装飾が邪魔でうまくいかず、どの令嬢も石けんの泡に浮かんだカナブンのようになっている。


 エリザベートはすました顔で言い添えた。


「Les secrets lient les gens……『秘密が人々を結ぶ』というけれど、まさにその通りね。互いにしか分からない秘密や特別な体験が、人を結ぶのだと、わたくしあなた方を見てよく理解できましたの。では、失礼。いきますわよ、ヘレナさん」


「あっ……は、はい」


 ミリエッタは言葉もなく、ぶるぶると震えていた。


 エリザベートと一緒にその場を離れたヘレナは、少し青ざめながらエリザベートに尋ねた。


「あ、あのう……エリザベート様。よろしかったのですか」

「何の話です」

「さっきのミリエッタ様に……私のせいで、エリザベート様がミリエッタ様に睨まれてしまいましたから」

「生意気な思い上がりね」

 と、ズバッと斬るエリザベート。


「いいこと、わたくしはいつも、わたくしがしたいようにしているの。あなたのせい? 調子に乗らないで頂戴。わたくしの判断に、あなたは関係ありませんわ」


 断言して、エリザベートは遠くを見据えた。

 どうでもいいこと、と言わんばかりの態度だ。

 しかし、ヘレナは紅潮した頬でエリザベートを見つめた。


(なんて高貴な女性だろう)


 ヘレナにだって理解できた。

 気を遣わせないために、あんな言い方をしているのだ。


 じわりと目頭に涙がこみ上げそうになるのを、ヘレナはぐっと眉を寄せて堪えた。

 ここで泣いている場合ではない。


 エリザベートの恩に報いるために、ここにいるようなものなのだ。

 何かを覚悟したような表情になったヘレナに、エリザベートはふと微笑んだ。


「ふふ……今日から貴方もわたくしと同類だわ。あなたは『悪女』の友人よ。もう諦めることね」

「エリザベート様……!」


 それはエリザベートの近くにいつもいるメイドたちでなければ気が付かないような一瞬の柔和な微笑みだったが、ヘレナの心をわしづかむには十分な時間だった。


「いいこと、この会場であなたが何をしても、わたくしが監視しているわ。ここから逃げられるだなんて思わないことね」


 周囲の様子うかがいをしていた貴族の何人かが、高圧的な物言いに眉をひそめた。

 ミリエッタ以上に悪女のようなエリザベートはいつも遠巻きにされている。

 しかし、ヘレナはへにゃりと相好を崩した。


(エリザベート様……ここにいる間はしっかり見守ってくださっていると、そう言っていらっしゃるんですよね? なんてお優しいんだろう)


 忠信を深めたヘレナの元へ、一人の男性が歩み寄っていった。





「失礼。ダンスのお相手をお願いしてもいいだろうか」





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