第1話【オレと海月、オレとサブロー】 その7「『慣れ』は恐ろしい」
オレ達3人の名乗りを聞いたE・トゥルシーは顔をしかめた。
「貴方達がフェアリーティアーズと無関係ですって?ウソおっしゃい!一緒にココに来といて、ソレは通らないでしょう?」
「んなこと言われてもなぁ…」
ロムはわざとらしく困った素振りを見せる。
「実際にアイツらとオレらは無関係だもん。なぁカズ?サブロー?」
うーん、そう訊かれると…
「まあ…、そうだね」
と答えるしかあるまい。ココに来る前に学校で「オレらは元々無関係」と言ってしまったもんなぁ…。
「当然だ」
サブローもまた、ロムの問いかけを肯定した。
「ならどうしてフェアリーティアーズと一緒に来たのよ?言ってご覧なさい」
「それは『呉越同舟』ってヤツっすよ」
「ゴエツドーシュー?」
E・トゥルシーが首をかしげる。アイツの生まれた世界がドコかは知らないが、きっと故事成語が存在しないのだろう。もしくは、ただ単に無知なだけか。
「知らないのかぁ『呉越同舟』?しょうが無いなぁ。昔々、中国に『呉』と『越』という国が…」
「ああ要らない要らない。貴方の解説なんて結構よ」
得意げにロムが解説し始めたのを、E・トゥルシーが遮った。
「私には情報収集専門の部下がいるから。ヂョーサー!」
「はい、E・トゥルシーさん」
E・トゥルシーの部下の理知的な方、白髪ロングの男ヂョーサーが返事をして、持っていたタブレットを弄り始める。
「呉越同舟、この世界の言葉のようですね。昔、中国という国に…」
「語源はどうでも良いのよ!!意味だけ完結に説明なさいな!」
「あ、ハイ!すみません!!」
上司に叱られ、ヂョーサーが焦っている。理知的な雰囲気を醸してはいるが、仕事がデキるかどうかは別のようだ。
「えっと、『仲の悪い者同士が一所にいる、または共通の目標で協力すること』という意味です」
「ご苦労」
「お前がそのタブレット弄った方が早かっただろ」
「お黙り!」
サブローの指摘を短い言葉でシャットアウトしたE・トゥルシーは、口元に笑みを浮かべる。
「何だか知らないけれど、貴方達がフェアリーティアーズとその…『呉越同舟』だかなら、共通の目標っていうのは私達のジャマをすることね?でも残念、貴方達には無理な話よ!」
そう言いながら懐から紫の物体を取り出した。インソムジャーを生み出す物体だ!
「カモン!インソムジャー!」
E・トゥルシーは紫の物体を、近くに植わっている一本の桜の木に埋め込んだ。どうせインソムジャーを作るならもっと太い木、それこそ昨日オレ達が隠れていた広葉樹の方がデカくて太くて、強い個体になれたのではないか?恐らく「近くに植わってたから」というテキトーな理由で選んだのだろう。木を見て森を見ず…はチョット違うか。木を隠すなら森の中?いやいや、オレがあの広葉樹を隠したワケじゃ無いし…。
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
なんて考えている間に、桜の木はインソムジャーへと成り果ててしまった。何か至極どうでも良いコトを考えていたような…。もしかしてオレ、危機感薄れてます?
「ホーホッホッホ!見なさい、このインソムジャーを!」
E・トゥルシーのお望み通り、生まれたインソムジャーを見てやることにする。根っこが足、幹が体、左右の太い枝が両腕で、幹の頂上に例の醜悪な顔が生えている。RPGに出てくる木の魔物が、ちょうどコレと同じような姿をしているよなぁ。
「はい、見ましたが?」
「こんなのにビビれってか?」
「な、何よ貴方達!?」
「インソムジャーが怖くないってのか!?」
E・トゥルシーと、その部下の筋肉質な方セッサーが戸惑いの声をあげる中、ヂョーサーが上司に情報を与える。
「E・トゥルシーさん。どうやらこの世界の子供達は、『ゲーム』や『アニメ』といった文化の影響で、バケモノに対する恐怖心が薄れている傾向にあるようです」
いや、その情報は間違ってると思うぞ?普通の人ならビビるんですよ、普通の人なら。ただ、オレ達はもう見慣れてしまっていてね…。
「そう。まあ良いわ」
ヂョーサーの間違った情報を耳にしたE・トゥルシーは、満足げにフンスと鼻息を吐く。
「何にせよ、フェアリーティアーズじゃない貴方達ではインソムジャーに太刀打ち出来ないでしょう?丁度良い人質が出来たわ!」
「人質…ですって?」
「人質…だと?」
E・トゥルシーの「人質」という言葉にドロップとサブローが反応した。
「そうよ、そこらで倒れてる人間と違って叫び声を出してくれる分、人質としては上質ね!」
「貴女は相変わらず、卑劣な手段を使わないと気が済まないようですね?」
ドロップが怒りの形相で敵を睨みつけている。確かに迫力はあるのだが…。
「フン、相変わらず生意気な小娘ね。何とでも言いなさいな。デキるオンナは手段を選ばないものよ!」
E・トゥルシーも負けじとドロップに言葉を返す。いや、アンタが真に警戒すべきはもう片方だから!
「さあインソムジャー!あの男子3人組を捕まえなさい!!」
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
桜の木のインソムジャーがオレ達へと枝の腕を伸ばした!
「フンッ!!」
…が、その枝はサブローの右腕によって一撃で粉砕されてしまった。
ていうか、今オレ避けようともしなかったよな?それどころか叫び声すらあげなかったぞ?やっぱ警戒心が薄れてるんじゃ…イヤイヤ、今はロムとサブローが近くにいたから余裕だっただけだぞ?独りだったら逃げてたから!間違いなく!!
「「「ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」」」
自分に言い訳するオレを他所に、モノクロトリオが驚愕の叫び声をあげた。
「な、な、何?どういうこと!?なんでこんなガキンチョが…、こんなパワーをっ!?」
「…お゛い゛!」
困惑するE・トゥルシーを、サブローが怒りの形相で睨みつける!迫力なら、先のドロップよりコチラの方が上だろう。
「テメエさっき、オレのことを人質扱いしたよなぁ!?」
「ヒィッ!」
E・トゥルシーが短い悲鳴をあげる。
「オレがこのデカブツより弱えって言いてえのかゴラァ!!」
そう叫んでサブローがインソムジャーに襲いかかる!
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
インソムジャーが苦痛の声をあげる!サブローが跳び蹴りを食らわせたのだ。
「馬鹿な!インソムジャー!?」
跳び蹴りを食らったインソムジャーが10メートルほど吹き飛ばされる。哀れなデカブツの様子を、モノクロトリオが目を丸くして見つめていた。
「オラァ!!」
地面に倒れ込んだインソムジャーに、サブローが追い打ちの蹴りを食らわせる。
「オレをッ、見くびるとッ、どうなるかッ!そのッ、デカい図体にッ、しっかりッ、味合わせてやるッ!!」
サブローが怒りの言葉をぶつけながら、インソムジャーを蹴りつける。
「イ゛イ゛ッ!イ゛イ゛ッ!イ゛イ゛ッ!イ゛イ゛ッ!イ゛イ゛ッ!」
インソムジャーの悲鳴と共に、バキッ!バキッ!という音が響き渡る。元が木なのでこんな音がしてるのだろう。普通の木なら直ぐさまサブローに蹴り壊されてるだろうが、そうならないのは一応バケモノと化しているからか、はたまたサブローが相手を苦しませるために手加減してるが故か…。
「あ~あ、コリャ止まらんね。オレの出番は無いようだ」
ロムが残念そうに言う。
「ちょっと!そのまま倒れてるんじゃ無いよ、インソムジャー!頑張って残りを人質にしなさいな!!」
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛…!」
奴の命令を聞いたインソムジャーが、残った枝をオレ達に伸ばしてきた。
「おっとっと!」
…が、その最後の希望もロムの手によって砕かれてしまう。オレ達に迫り来る太い枝を、ロムが両腕でしっかりとキャッチしたのだ。
「そうは問屋が卸しません、よっと!」
ロムは両腕で掴んだ枝を、右膝を使ってバキッとへし折った。
「こ、コイツもぉ!?」
「何してんだオラァ!!」
驚くE・トゥルシーを尻目に、サブローがインソムジャーを蹴り飛ばす。
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛…!!」
デカい体が再び蹴り飛ばされる。後、数メートル飛んでいれば下のグランドに落下していただろう。
「オレを無視してカズノリに手を出そうとは見上げた根性だ…。褒美にオレの蹴りを食らわせてやるっ!ありがたく受け取れやぁっ!!」
またしても、サブローがインソムジャーを蹴りつけ始める。
敵方にはもう、為す術が残されていなかった。




