第1話【オレと海月、オレとサブロー】 その5「呉越同舟」
この日の三時間目は国語の時間だった。事件はこの授業中に起こったのだ。
「…というわけでぇ、今の『矛盾』の話のようにぃ、中国の故事から生まれた言葉のことを『故事成語』と言いますぅ。故事成語には他にも『呉越同舟』や『四面楚歌』、『杞憂』などぉ、様々な言葉がありますぅ」
肥満体型な国語の先生が、オレ達に授業をしている。
このブクブクと太った先生は、自身の体型に違わず非常にゆったりとした話し方をするので、聞いてる内に眠くなってしまうこと請け合いである。だが、この先生は話し方だけで無く性格もおっとりしているので授業中に寝てしまった生徒を怒ったりはしない。「寝るのは自己責任だぞぉ、補修はしないからなぁ」とは本人の談だ。
「ではぁ、具体的にどんな言葉があるか見ていきましょう~。皆さんに配ったぁプリントを見て下さい~」
オレは「故事成語」と題されたプリントに目を落とす。へぇ「杜撰」も故事成語なのか。ニュースでよく聞く単語だから日本で生まれた言葉なのかと思ってた。
「ではまずぅ、1.呉越同舟ぅ。語源はぁ、昔の中国で敵国同士だった呉と越の人がぁ…」
と、先生が「呉越同舟」の語源を解説し始めた時だった!
「先生!私、トイレ行ってきます!」
静かだった教室に誰かの声が響き渡る。
「おっとぉ、未来来さん。トイレですかぁ」
声の主は未来来希だった。
「はい!我慢出来ないので行ってきます!」
ピンと左腕を挙げた状態で先生に言葉を返したかと思うと、そのまま席を立って教室を出て行ってしまった。
まあ別に、トイレに行く生徒が現われること自体は何の問題も無い。今の時代、引き留める先生もいないだろう。…が、様子がおかしくなったのはここからだった。
「先生、すみませんが私もトイレに行って参ります」
「先生!三佳もトイレに行ってきますっ!!」
未来来に続いてトイレに行くことを申し出た生徒が2人同時に現われたのだ。
「おやぁ、海月さんに有原さんもぉ」
そう、申し出た2人は海月と有原だった。
「「はい、行ってきます!」」
そう言って2人とも、先生の「どうぞ」の声も待たずに教室を出て行ってしまった。
これは明らかな異常事態と言って良いだろう。特に、真面目な海月が先生の許可を得る前に教室を出るコトなんて有り得ない。まあ、オレはこの異常事態の原因を知っているのだが…。
『インソムニアが現われたな…』
オレは心の中で確信した。出て行ったメンバーがメンバーだ。それ以外考えられない。授業なんかより世界平和の方が優先されるのは当然だろう。
でも、そんな真実を知っている人間は教室内で今たった3人しかいない。当然、この太った国語の先生がフェアリーティアーズやインソムニアについて知ってるはずも無い。
「おやおやぁ。3人揃ってトイレですかぁ…」
持ち前のゆったりした話し方のせいで、後に続く言葉が「こんなこともあるんですねぇ」なのか「変ですねぇ」なのか判然としない。前者なら良いが、後者だと少し厄介だな…。
「仕方ないっすよ、先生」
不意に後ろから声が聞こえた。
「前の時間、外で実習があったんで喉が渇いたんでしょう」
「そうなんですかぁ、和野君」
声の主はロムだった。オレと同じく真実を知ってるコイツは、教室を出て行った魔法少女達のフォローに回ったのだ。
「良い天気でしたんでねぇ、しこたま水を飲んだんでしょ。オシッコが近くなるのも当然っすよ」
教室中から笑いが起こる。年頃の女子がトイレに行った理由を「オシッコが近くなった」なんてダイレクトに表現する品の無さに、思わず笑ってしまう者が現われたのだ。現に笑い声に混じって、女子の「やだぁロム君ってば」という声も聞こえる。
何にせよ、ナイスアシストだぞロム!笑いを取るのと同時に「3人同時にトイレ」という不自然さを消すことにも成功した。いやあ、コイツがいてくれて本当に…
「つーワケで、オレもトイレに行ってきやす」
良かった、と続けることが出来なくなってしまった…。
『えぇ~!?』
心中で驚くオレを尻目に、ロムはそそくさと教室を出て行ってしまう。
「おい待てロム!抜け駆けする気かテメエ!」
声をあげたのは、無論サブローである。コイツも急いで教室を出て行ってしまった。
「おいおい、お前に至っては『トイレ』の言葉も無しかい…」
思わず口から言葉が漏れてしまう。ロムとサブローは間違いなくフェアリーティアーズの3人を追うために教室を出て行ったのだろう。このままアイツらを放っておくワケにはいかない!
「すみません!2人を連れ戻してきます!!」
そう言ってオレも席を立ち上がる。先生の言葉も待たずに教室を飛び出し、後を追う。
足の速さに自信のあるオレは、程なくして2人に追いつくことが出来た。
「おお、来たかカズ!」
「待ってて良かったんだぞ?」
「待てるかい!おどれら教室戻らんかい!」
「そうは行かねえ」
「こんな面白そうなイベント、放っておけるかい!」
「いやいや、オレら元々無関係な人間なんですよ。わざわざ授業抜け出してまで…」
なんて話してる間に、先に教室を出て行ったフェアリーティアーズの3人に追いついてしまった。休み時間中も人通りの少ない所で、授業中の今は近くに誰もいない。彼女達はそこで輪になって、ポンイーソーが出している結界のようなモノに入っていた。
「えぇ!?棚田君?ロム君?」
結界内にいる未来来が驚きの声をあげる。
「やはりインソムニアか……いつ出発する?オレらも同行する」
「逃がさねえよ」
そう言ってロムとサブローがズケズケと結界内に侵入する。
「待て待て待て待て…」
オレも躊躇せず結界内に入り、2人の肩を掴む。
「塔岡君、貴方まで…」
「いや海月、オレはこの2人を連れ戻そうと…」
「お前ら、今からワープするつもりだったろう?」
ロムがオレの言葉を遮った。
「さっさとインソムニアの元に向かわなきゃ、だもんな?オレらも連れてけや」
「いやいや何を言ってるポン、ロム!?」
ポンイーソーが困惑の声をあげる。
「そうだよっ!ロム君はともかく何で棚田君までっ!?」
そう言う有原は脳内がスケスケだぞ?そこはウソでも2人を同列にしとけよ…。
「馬鹿か有原。お前らが負けたらどうするつもりだ」
サブローが冷たい口調で答えた。
「心配は無用で…」
「ままま、サブローの言い分も一理あると思うのよ」
ロムが海月の言葉を遮った。
「なんせ世界の運命が懸かってんだ。仮に今、3人を黙って送り届けたとして、もし向こうで待ち構えてる敵に返り討ちにされちゃった…なんてコトになったら、オレらは一体何してたんだって話になるだろ?」
「だからそんな心配は…」
「『杞憂』だってか?」
習ったばかりの故事成語を使って、ロムが再び海月の言葉を遮る。
「んなこと言わずに連れてけや。さっきも言ったけど、この戦いには世界の未来が懸かってんのよ。お前らが負けないにしても、万が一の保険は必要だろ?」
う~ん、何だかロムの言い分の方が正しいように思えてきたぞ?正しさって何だっけ?
「ここは『呉越同舟』と行きましょうや」
ロムは再び故事成語を使って説得を試みた。
「…はぁ、仕方有りませんね」
海月がため息をつく。ロムが勝ってしまったようだ。
「お望み通り『呉越同舟』と行きましょう。ポンちゃんさん、3人も連れて行けますか?」
あ、何だかオレまで行く流れになってるぞ?まあ、ロムとサブローだけ行かせるワケにもいかないし、同行するか…。
「出来なくは無いけど…、約束して欲しいポン!フェアリーティアーズのジャマはしないことを、この場で約束して欲しいポン!」
「しょうがねえなぁ」
「OK!判子は無かったんだけど良いかな?」
「すみません、どうかよろしくお願いします…」
「良し!じゃあ行こう、ポンちゃん!」
唯一最初からオレ達が行くことに不満を持ってなかった未来来が出発の音頭をとる。
ポンイーソーを中心に展開されている半径1メートル程度の結界にオレ達6人が固まって入る。ぎゅ、ギュウギュウだ…。
「それじゃあ行くポン!」
ポンイーソーの掛け声と共に、結界から強い光が放たれた!思わず目を閉じる!
…そして目を開けた時には、学校から離れた「とある場所」に到着していた。




