66。幕間 俺のたまああああぁぁ!!!
2025年7月29日 視点変更(物語に影響なし)
時は二、三年前に遡って、フェルがロダール女王国に贈られた土地に屋敷を建てて、レダスたち狐人族一家と一緒に暮らしているある冬の朝ーー
「フェ、フェルさざまま……」
「何だ?」
「ほほ本当にひひつよよよようで、ですか?」
背後からラッパーのレダスはフェルに問いかけた。
「……ああ。最高のケーキをダルミアに作らせたいだろう?」
「そそそれはフェフェルささまんんのあああアイディアーーさささむいいぃぃ!」
「まあ、それはそうだが、お前、自分の嫁にベストを尽くしたくないのかよ?」
彼らは今、最高のケーキを作るためにある物を探して雪山を登っている。
それで寒がり屋のレダスはいざ登ろうとした時寒さにやられて、さっきから同じ質問を投げているのだ。
「なななぜぇフェフェル様は、へへへ、平気なんんんです、か?」
「途中で笑ったな? っていうか無理に喋らなくてもいいのに……ほらよ、これでマシになったろう?」
毛が立派なのになぁ……とレダスの周りの空気の温度を上げる魔法を発動したフェルは彼の尻尾に視線をやる。
「人を毛玉みたいに言わないでくださいよ……ふぅ、あったけぇ〜」
……その尻尾は毛玉みたいなもんだ。
▽
「クエェェェェェ!」
「にーげーろー!」
「フェールさまー!」
青白いデカい卵を一個両手いっぱい抱えて、下りを先に駆け出しているフェルに対してレダスは悲鳴に近い声を出しながら追っている。
「だから言ったろ! 静かにしろって!」
「仕方ありませんよ! まさか山頂があんなに寒かったなんて思ってもみませんでしたよぉ!」
「その尻尾しまっとけ! より速く走れるぞ!」
「無茶言わないでください! 出来るわけないでしょう!」
「じゃあ、仲良くそいつと暮らしとけ!」
「クゥエェェェエェェエエェ!」
「フェールーさーまー!」
じりじり距離を開けているフェルを見て、レダスはさらに大声を出した。
それは仕方がない。
彼の後ろには足と首が長い白い羽毛のでかい鳥がいて、手羽を羽ばたかせながら鳴き声を出して、確実に近付いてきているからだ!
「くええぇぇ!!!」
フェルたちはこの鳥の卵を取る為にこの雪山にやってきたのだ。
掴んだ情報通り鳥の巣は山頂にあって、いざ卵をぬすーー借りようとしている時レダスは寒さに震えだして鳥に気付かれたのだ。
「いいから走れ! 自分が撒いた種だぞ!?」
「フェル様が笑いを堪えなかったせいでしょう!?」
……そう、フェルのせいで。
「お前が歯をカチカチと鳴らして自分の尻尾を抱いてたからだぞ!?」
「クゥアアァァァアァァ!」
二人が仲良く走りながら口喧嘩している所、前方にもう一匹、しかも彼らの後にいる鳥より一回り大きい鳥は現れた!
「うぉ! 危なっ!」
道を遮っているその鳥は手羽で辺りの雪を飛ばして、フェルはそれを避けるために素早く横へ跳んだ!
「おまっ! 卵が割れたらどうすんだよ!?」
舞い上がった雪の中に枝や小石が混じっているから卵に当たったら割れるだろう。
「クゥア?」
「人間の言葉理解できないくせに首を傾げるなよ!」
「クエェ!」
かわいいな、おい! とフェルは鳥こと鳥その二にツッコミを入れると彼らの後ろから迫ってきている鳥こと鳥その一がついに追いついてーー
「クゥアァッ!?」
ーー跳び上がって鳥その二の頭を手羽で引っ叩いた!
「あ、あの、フェル様、チャンスではありませんか?」
こそこそとレダスはフェルの背後から話掛けた。
「いや〜こいつら面白いからつい見とれてしまったよ」
あー、さっきから鳥その二は鳥その一に説教されていて、〝クエェ〟と〝クアァ〟が止まらないのだ。時々鳥その二は落ち込んで、頭を垂れてチラチラとフェルたちを見ているよ。
まあ、レダスの言う通り今が逃げるチャンスだから、いくら続きを見たくても逃げた方がいいだろう。
「というわけで、そーれー!」
痴話喧嘩してる二匹の着目は卵に向いていると確認して、フェルは素早く卵を遠方へ全力で投げた!
「えぇええぇぇ!? 俺のたまああああぁぁ!!!」
その言葉選びだと色々と誤解されるけど、レダスは本当にショックを受けている顔をしている。
「クエェエェ!」
「クアァアアアァァァ!」
突然の出来事に一瞬固まった二匹は我に返った瞬間、卵を全力で追っていった!
「よし! 今のうちにテレポートするぞ!」
何故もっと早くテレポートを使わない? と思うかもしれないけど、この時のフェルはまだ未熟すぎてかなり集中しないとテレポートを使えないのだ。
「俺のたまが……」
魔法が発動した直前、レダスは頭を垂れていてそう呟いたけど安心してくれ! まだつているはずだぞ!
▽
「きゃい〜!」
「ほら、ソフィマ、大人しくしなさい」
ダルミアの手にあるスプーンに、ハイチェアに座らせた一歳くらいのソフィマは嬉しそうに手を伸ばしている。
「いやぁ、まさかあれはただの雪玉だったとは……さすがフェル様です」
鶏ももをガッツリとかじったレダスは呆れるように溜め息を吐いた。
彼の言葉通り、フェルが投げたのは鳥の卵じゃなく、ただの雪の塊だった。
二匹がちゃんと卵に着目していると確認したフェルは魔法で自分の体を強化して素早く雪面に卵を置いて、拳の大きさの雪塊を全力で投げた。
これらを全部一瞬でやったから、この先彼を待っているのは筋肉痛だ。
「はい、これはフェル様の分です」
「ありがとう」
しかしそのおかげで今彼の目の前にイチゴを載せている最高のケーキがあるのだ。
「きゃいぃ〜! ぶ〜!」
それにソフィマも嬉しそうにケーキを食べているから、筋肉痛なんて彼にとってどうでもいいのだ。
「ん〜! いいね!」
とダルミアの腕により最高の材料から作られたケーキを口にしたフェルはうんうんと頷いている。
「いや〜やっぱりクリスマスにはケーキだな!」
「「くりすます?」」
ダルミアとレダスはフェルの言葉を聞いて、首を傾げた。
まあその反応は当然だ。
この世界にキリスト教はないから二人がクリスマスを知らないのは仕方がない。
「あー、何でもない」
どうせ説明してもピンと来ないし、自分は異世界人である事が二人にバレるかもしれないと思ったフェルは言葉を濁った。
「それにしてもよくあんな材料集めましたね」
さっきも言ったけど、ダルミアに作ってもらったケーキに使った材料はどれも高級な物だ。
フェルたちが取りに行ったデカい鳥の卵の他にデカい蜂の蜂蜜とか、超高速牛の牛乳とか、捕らえるのがとっても難しい生き物からの産物ばかりだった。
「まあ、俺が言い出した事だから責任を持って最高の材料をゲットしても当然だろう?」
外の地面が雪に覆われていると見た時、そろそろクリスマスなんじゃないかなと思ったフェルは狐人族一家を夕食に誘った。
その時ケーキを作ってくれとダルミアに頼んだけど材料がなくて、せっかくだから最高の材料を使おうと言い出したフェルはレダスと共に東奔西走した。
面倒くさがり屋のフェルにしては頑張ったとしか言えないな。
「とにかく、かんぱい!」
明日に待っている筋肉痛の事を考えないようにして、せっかくのクリスマスだから今夜は楽しもう! というスタイルで行くことにしたフェルはエールを掲げた。
「「かんぱい!」」
「きゃい!」
あ、ソフィマは牛乳な!
ソフィマ「えーる!」
大人達「いやいやいや」
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