64。幕間 アンナ、王妃になるように頑張りなさい
2025年7月10日 視点変更(物語に影響なし)
「もうフェルさんったら、帰ったら声掛ければよろしかったのに……」
リビングのソファーに座っているアンナはフェルを見て小さく呟いた。
でもフェルは実際に〝ただいま〟と言ったからなぁ……不憫である。
「ちゃんと聞いている?」
「も、もちろん!」
椅子に座っているフェルは今レイアとルナに囲まれて、昨夜のちょっとした〝事件〟について説教されている。
アンナ? 参加していない。昔似たような状況経験したからな。
(そうですわね……あの時はーー)
あ、ちょっと回想を勝手にはじめーー
▽
南の大陸、魔族の大陸と中央大陸の間にある国境の付近に魔族が頻繁に見られ、何かよからぬ事を企んでいるかと怪しむ中央大陸の最大王国、そして唯一勇者召喚を行えるレヴァスタ王国は以後どう対応すべきか自国で会議を開催しました。
レヴァスタ王国は情報共有兼ねて招待を手紙に載せて各地にある国々に送りましたの。
当然ロダール女王国も招待されましたけど、距離故長く国から離れないローダル女王であるお母様は国の代表としてジューナさんと数人の情報部隊隊員を赴かせました。
往復に丸一年間が必要の距離をジューナさん達は約一〇ヶ月間に短縮し、秋に王城に戻ってきましたの。そしてジューナさん達が帰国した翌日に会議が開かれ、いつか女王、もしくは王妃になるからという理由でお母様に強制参加されたわたくしはその会議に出席しましたわ。
ジューナさんの報告によりますと魔族たちは軽い武装をしていて国境を越えようとしましたの。
目的は未だ不明ですが、以前侵略を試みた種族ですから決して碌なものではありませんとレヴァスタ王国は主張していました。
「魔族と戦争か……」
「はい。準備だけはしておくべきかと」
戦争……もし本当に戦争になったら数百年ぶりの戦争になりますわね……。
「それともう一つの報告がーー」
暗い報告ばかりかと思っていますが次のジューナさんの報告にその考えは改められました。
「一年前ほどに勇者召喚が行われていました」
「「「おお!!!」」
これは誠に喜ばしいことですわ! 他の皆さんの喜びは分かります!
ですからジューナさんの表情が深刻のままの理由は分かりませんわ。
「どうした、ジューナ?」
お母様もジューナさんみたいに深刻な顔をして話を促しました。
「……召喚が失敗に終わりました」
「「「なにっ!?」」」
わたくしを含めてこの場にいる皆さんは驚きを隠せませんでしたわ!
勇者召喚を行ったレヴァスタ王国によりますと召喚の儀式自体は無事に終えましたけど、魔法陣の中に現るはずの勇者は現れませんでしたの。
このような事態は初めてなのでレヴァスタ王国は待つ事にしましたけど、いくら待っても勇者は現れませんでしたから召喚が失敗だと結論に至りました。
「失敗の原因は不明。再び召喚できるのは数年後になります。そして次の召喚の成功率を上げるために聖剣を触媒にする必要があるらしいです」
取るべき手段はもう分かっているようで、皆さんは安心している顔を浮かべていますが、ジューナさんの報告はまだ終わっていませんでした。
「そこで大昔の勇者の一人が使っていた剣、聖剣フォレティアは幻想の森にあると分かり、レヴァスタ王国は探検者ギルドに聖剣の回収を依頼しましたが、こっちも失敗に終わりました」
え? とまだ話についていけない人々を無視してジューナさんは更に続けました。
「原因はフェルと言う一人の少年だったらしいです」
探検者が、一人の少年に? ありえない話に皆さんは騒めきました!
「レヴァスタ王国にある全ギルドにその少年の調査と捕獲依頼は既に出されました。各国のギルドにも同じ依頼を出すようにとレヴァスタ王国は要請しました」
あら、時間の問題ですわね。
「ふーむ……少年について現在分かる情報は?」
「はい。失われた時空魔法の使い手らしいです」
「何? とんでもない相手だな」
魔法に詳しくないわたくしにはそれがどれくらい凄い事か分かりませんでしたけど、ジューナさんの報告にお母様は眉間にしわを寄せました。
「他には?」
「そうですね……まだ確定ではありませんが、精霊王と呼ばーー」
ガタッ!
「女王様?」
報告が終わる前にお母様は急に立ち上がりましてーー
「全ギルドに知らせろ! 件の少年に手を出さないこと! それと出来るだけ彼を助けろ!」
「「「なっ!」」」
ーー力強くそう宣言しましたわ!
その言葉に会議に出席している皆さんは驚愕して抗議しましたけど、お母様は更に言い出しました。
「女王の命令だ! もし件の少年に手を出したらーー死刑する!」
そう宣言したお母様に誰も声を出せませんでした。
▽
「本当によろしかったのですか、お母様?」
難しい顔をしているお母様と一緒にお母様の私室に戻りました。
「これ以上いい選択肢はないのよ……」
ソファーに掛けてお母様は溜め息を吐きました。
「他の国々の味方よりお尋ね者の味方の方がいい選択、ですか?」
どう考えてもそれはないですわね。
「はぁー、教えなかった私にも非があるけど……アンナ、勉強不足よ」
あら、久しぶりにお母様に叱られましたわ……。
「報告では転移魔法使いと精霊王と呼ばれているようですが、その情報どこまでが真実なのでしょうか?」
「全部よ」
即答でした……。
「何故そう断言できますの?」
「じゃあ答えなさい。普通人々は他人を精霊の王と呼ぶ?」
「……それはーー」
しませんわね。嫌がらせじゃなかったらしませんわ。
「何かしらの根拠があるはずよ」
例えば大精霊にそう呼ばれているとかね、と言った後お母様は立ち上がって窓際へ歩きました。
「相手は男がせめての救いね……いや、幻想の森ってあの女の住処じゃなかったっけ……?」
そして腕を組んで考えている事を口に出しましたわ。
「あの、お母様?」
「……アンナ、王妃になるように頑張りなさい」
お母様のその言葉はしばらく脳内に響きましたわ。
女王「いい? 少年と必ず結婚するのよ?」
アンナ「……お母様、目が必死ですが?」
よかったらぜひブックマークと評価を。